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オヤジの嫌味 ―――――――――――― 2009/08/14

☆ アメリカの民主主義 ――――――――――― by hideおじさん
語りつくされた感があるが、日米の戦いは「避けられたはず」という意見は多
い。さらに、アメリカには日本と戦う意志はなかったという意見もある。

私は、どちらかというとこれらの意見にはネガティブである。

正直いって、アメリカという国を理解していないのではないか?という思いが
強い。

私にとって第二の故郷といえるアメリカであるが、個々のアメリカ人を見ると
義理と人情に溢れているヤツもいるし、基本的に人が善くていいヤツが多い、
とも言える。

しかし「アメリカ」という国として見ると、これほどしたたかで自己中心的と
いう国も珍しいのではないかと思う。昔から、民主主義と平和を愛する国と自
画自賛してはいるが、中南米、カリブ海、そしてハワイ、フィリピンなどに対
する政策からみると、

言っていることとやっていること、が、これほど乖離している国もない。

さて、今では日本でも観光名所として有名なサンフランシスコだが、戦前、こ
の地から排日が始まったと知っている日本人は少ないのではないだろうか。

日露戦争の1年後の1906年4月18日早朝この町を大地震が襲った。世に
いう「サンフランシスコ大地震」であるが、律儀な日本人は義捐金として24
万ドル≒50億円超をこの町に贈った。

この金額は、その他各国の援助金の総額より多かったのだが、アメリカの日本
へのお返しは同じ1906年にサンフランシスコの条例として定められた「日
本人(日系を含む)と朝鮮人」の隔離教育だった。

地震による校舎崩壊による整理集合というのが表向きの理由だが、たった百人
ぐらいの学童を、無理に東洋人学校にまとめる必要性は全くなかったと言われ
ている。

これは、ルーズベルト大統領の異例の指示で1年で廃止されはしたが、地震の
翌年、1907年には、この地で「反日暴動」が起き、日本人コミュニティー
は甚大な被害を被っている。

さらに1908年には、日米紳士協定という名の実質的移民制限処置が行われ
ている。ーーーそれでも日本は日米友好を信じ、1909年にワシントンへ桜
を贈っている。
不幸にも害虫によって最初の桜は焼却処分にされてしまったが、駆除方法を完
璧にして、1912年に再度桜が贈られている。これが今有名なポトマック河
畔の桜である。

そのお返しにと頂戴したのが、1913年の「外国人排除法」である。

これは別名、「カリフォルニア排日土地法」ともいわれるものだが、要は子々
孫々日系人には土地を売らない、持たせない、という法律である。

その後も次々と日本を締め出す政策が取られているが、第一次世界大戦で米兵
として活躍した日系兵士が、やっと手に入れた帰化権や既に帰化している日本
人の権利まで剥奪するということを平気で行っている。

これが彼らのいう「民主主義」である。

この当時の民主主義は白人のものであって、黄色人種や黒人のものではなかっ
たのである。日本との友好を口にしながら、やっていることは真逆のことでは
ないのか。

さて、カルフォルニアに戻るが、

ゴールドラッシュも既に過去のものとなり、経済的に停滞ムードにあったカル
フォルニアにとって、経済の復興が何より求められていた。 所謂「白人の為
の経済復興」に邪魔になっていたのが日本人だっという見方もできる。

さらに、太平洋を挟んで対峙する日本は、アメリカにとって安全保障の見地か
らも、将来的に脅威となると認識されていた。

こういった風潮を上手く利用したのがカリフォルニアの財界であった。日本へ
の「潜在的不安」をもって、軍港建設や陸軍基地の増設を画策したのである。

増軍されれば、当然地元に大金が落ちることになり、経済の復興に繋がる。
さらに、事が起これば金・物・人が集まって第二のゴールドラッシュとなる。

しかし、あからさまに軍の増強を言うと地元の抵抗も考えられるため、新聞を
通して「適切な防衛を」と暗に日本の脅威を煽ることをした。こういった扇動
によって、反日暴動が起こる下地ができていたのである。

事情に疎い者は、不安から「寝る前に、ベッドの下に日本人が潜んでいないか
チェックした」という、笑えないニュースまで当時の新聞には載っている。
さらに新聞社は、「日本軍の特殊部隊がメキシコに上陸」と偽のニュースを流
すことまでやった。

ーーーこのように、全く根拠のないプロパガンダがまかりとおり、ことさらに
日本への不信感を煽っていたという背景があったのである。

民主主義の国アメリカというのであれば、作られたものとはいえ、こうした世
論を無視できるのだろうか。これでもアメリカは日本と戦う意志がなかったと
自信を持って断言できるのか。

戦後、アメリカが「真の民主主義」をもたらしてくれたと大喜びの日本だが、

ーーー所詮、貰い物には裏が隠されているのである――――。

                        = この稿おわり =
┏━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛ ┃┃ お寄せいただきましたご意見や感想。 ┗━┛
┌──────────「1日本人さん」50代@男性 日米が、双方共戦う意志がなかった、というのは正しくもあり誤りでもありま す。日米共、マスコミの巧妙な宣伝により世論が形成されていったことを重視 すべきです。 日米双方共、世論の動向を無視しては政ができないのは同じ、マスコミの流す 情報で世論はいくらでも変わります。 この民主政治の弱点を、最も理解していたのはコミンテルンでした。 戦後の日本で一番検証されなければならなかったのは、マスコミと戦争の関係 ですが、米国はマスコミ操作で占領統治を行いましたし、現在の統治者にとっ ても都合の良いことなので、封殺されたままになっているのではないでしょう か。 政権中枢にもマスコミにも、コミンテルンの工作員が潜入していれば世論の動 向は国民本来の意思とは関係なく、どちらにでも偏向します。ーーーまさに今 の日本のように――――。
└────────── ┌──────────「hideおじさんから」
仰る通りだと思います。「双方戦う意志がなかった」ということも「双方意思 があった」というのも、同じことだと言えるかもしれません。 ただ、アメリカには戦う意志がなかっのに、日本が一方的に挑んでいったとい う認識は違うのではないかと思います。 どちらも、マスコミというものが大きく関わっていたのは事実でしょうし、為 政者もそれを利用したのでしょう。 今の日本のマスコミは、まるで自分たちは無実であるかのような態度を取って おりますが、彼らが世論を形成し国民を煽っていたことは、すっかり忘れてい らっしゃるようです。 ふと思うのですが、日本人ほどマスコミを疑わない国民も少ないのではないで しょうか? 今も昔も変っていない国民性なのか? 純粋というか、世界から みれば御しやすい国と思われているのかもしれません。 └────────── ┌──────────「tenyoufoodさん」 サンケイ新聞の古森君も、この件について本を書くべきだよね。
└────────── ┌──────────「hideおじさんから」
「機会均等」「門戸開放」アメリカは何度この言葉を口にしたでしょう。 簡単に言えば「独り占めすんなよな、俺にも分け前よこせ」という宣言です。 こういうことを言っている国が日本に敵愾心を持たないほうがおかしいです。 これで、「アメリカは日本と戦う意志はなかった」という発想になることが、 私には信じられません。 └────────── ┌──────────「ana5さん」 ┌-------- 戦後、アメリカが「真の民主主義」をもたらしてくれたと大喜びの日本だが、 ーーー所詮、貰い物には裏が隠されているのである――――。 └-------- 敗戦でしか手に入れることができなかった社会変革、帝国の存続下では起こり えなかった変化。
└────────── ┌──────────「hideおじさんから」
それぞれの国よって民主主義のあり方も違うと思うのですが、頂戴したアメリ カ型民主主義が絶対のものと考えて、日本にあった形に消化しようとしないと ころが残念に思うところです。
└────────── ┌──────────「ana5さん」
被災者住宅から、そろそろアパートや自宅を買ってお引越し。 60年以上経てば、引越ししてもいい時期ですね。 燃え残りの家や、アパートに引越しされる人が多いのが残念。 └────────── ┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘ └→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。
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