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☆ 中国庶民と交流♪上海―南通4泊5日の旅(5) ―― 2009/06/14
――― 7月14日(月)5日目 Sub-Title;またお会いしましょう!

TOPICS:1.第1陣Sさん見送り
    2.間に合わなくなる!走る走る!
    3.Hさん滑り込みセーフ!さて‥
    4.Mさんがションボリと‥‥
    5.Hさんの感想記

1.第1陣Sさん見送り―――――――――――――≪Fさんと OJIN 合作≫

┌--------「Fさん」

旅もいよいよ最終日、日本からの参加者は全員午前中の便ですが、時間がまち
まち。ーーーSさんが最初ということで、朝6時30分に出発。

私も仕事に行く前にホテルに寄り最期の挨拶。ロビーで待っていると OJIN さ
んSさん登場。ーーーあれ?Mさん!今日も朝の散歩ですか^^

「私もどうせ車だから、リニアの駅まで乗せていこうかな」と思い立ち、お二
人と一緒にリニア駅まで最後のドライブ。

駅まで送り届けて、私の役目は無事?終了したのでした〜〜〜

└--------
リニアの駅まで送ってもらって乗り込んで、スムーズに浦東空港到着。

チェックインを済ませたらSさんが「HさんMさんの出発便まで2時間ありま
すからまだ大丈夫でしょう。ちょっとコーヒーでも飲みませんか」ーーーこれ
がこの後の大慌ての原因になるとは想像もせず、、、。


2.間に合わなくなる!走る走る!―――――――――――――≪ OJIN 記≫

リニア→地下鉄と乗り継いで戻り、Fさんから教えられた最寄の地下鉄駅で降
りて歩き出しましたが、、しかし番地がえらい離れているような感じ??

地下鉄駅から歩いて10分ちょっとという話だったのに、20分近く歩いても
ーーー番地からするとまだ遥か彼方じゃないか??

さすがに、こりゃダメだ!と判断してタクシーを拾う。

ホテルに着くと、HさんMさんが大慌て「飛行機の時間に遅れそう!!」

乗ってきたタクシーに飛び乗って「リニア龍陽路駅!」走り出して少ししたら
運転手が「****!」ーーー何を言ってるのか分かりませんでしたが「何時
の飛行機だ?」と聞いたところをみると、どうやら混雑していて時間がかかる
ということらしい――――。

近くの地下鉄駅へと行き先を変更して、走りこんで乗ってやれやれ、と駅名を
見たら・・・??さっき降りた駅の次の駅じゃないか!?ーーーFさんが最寄
の駅を間違えて教えてくれたようでした――――とほほ。


3.Hさん滑り込みセーフ!さて‥―――――――――――――≪ OJIN 記≫

龍陽路駅でリニアに乗り換えて、出発すれば浦東空港まで7分、、しかし間に
合うか??

Mさん「わたしは第1ターミナルなので降りたら走りますから、そちらは二人
で行って下さいッ!」

リニアが停まるのももどかしく、ダッと飛び出して渡り廻廊に上がり、右と左
に走り出す、、、。最近運動していないのでもつれる足を、前を走るHさんに
なんとか追い縋って走る!

ようやく第2ターミナル、エスカレーターで出発ロビーへ上がると、目の前は
Gエリア、に駆け寄って「アシアナ航空はどこ!」 !!Bエリア!!

ーーーそこから200メートルほども離れた、遥か彼方・・・ナムサンッ!!

Hさんが走る! OJIN が追う!

途中で「Hさん!旅行ケースはオレが運んでいくから、あなた先にカウンター
に到達してリーチしてッ!」

〜〜〜結局Hさんはギリギリで間に合いました。バイバイと別れて、さて、


4.Mさんがションボリと‥‥―――――――――――――――≪ OJIN 記≫

呼吸が収まるころ急に不安になる、「Mさんは間に合ったんだろうか?」

まさかとは思いながらも、ともかく第1ターミナルへ行ってみようーーーー。

もしかしたら歩いて来るかもしれないと、長大な渡り廻廊を行き交う人々に目
を配りながら、もう少しで第1ターミナル、というあたりまで来たとき、

ケータイが鳴りました。

「ウェイ?」

「もしもし、そちらは乗れましたか?こっちはダメでした‥‥」

!!Mさん!!

第1ターミナルの出発ロビーに上がって、遥か彼方のJALエリアの前に小さ
なMさんの姿・・・・

「JALは40分も前にチェックインを打ち切ってたんですよ、だからどっち
みち間に合わなかったんです‥‥」

アシアナ航空に比べると、JALのこの傲慢な商売はなんだ!!ーーーこんな
ことだから倒産寸前にまでなって、政府の援助を受けなきゃならないんだよ!

Mさんは、えらい高い片道切符を買い直して、2時の便で帰って行きました。

┌--------「Fさん」

ということで、皆さん大変お疲れ様でした〜〜〜

日本では知りえない中国の空気を感じ取ってもらえたら、この旅行は成功では
と思います。また、皆さんとお会いできればと思います。

もっとも OJIN さんとはすぐに会う気がします、、、うなぎ屋さんで・・・

└--------

5.Hさんの感想記

 OJIN さんを頼って上海に飛んだ。とにかく、普通のメディアでは分からない
中国の裏事情が、現地に長く住む OJIN さんたちを通して分かるのでは、とい
う期待があった。

ーーー結論からいえば、やはり肌で体験しなければ分からないということ。

しかも、今回は質問にも正確に答えてくれる OJIN さんのガイドであったから
最高の旅だった。現地で活躍している日本人とも知り合えたし、本当に行って
よかった。

到着した日の夜の上海では、屋上のバーから租界時代の建築物が立ち並ぶ外灘
(バンド)を眺めながら、租界時代、上海事変から終戦までの日本との関わり、
国共内戦、文革時代、改革開放時代にどんな人間ドラマがあったのだろう、と
激動の歴史を想った。

翌日、上海から、揚子江を橋で越えて高速バスで2時間ほどの南通へ行った。

バスは、荷物を一杯持った人たちで混雑するのではないか?と思っていたが、
コンピューター発券の指定席で、エアコンも効いて思いのほか快適だった。

揚子江には何年か前に橋が完成し、道路はまっすぐな片道3車線だった。

予備知識がなかったが、南通には国家級の開発区があって、日本からは帝人や
東レに代表されるアパレル関係の会社や、建設中の王子製紙、その他たくさん
の化学会社が進出していて、とにかくその工業団地と工場の巨大さには仰天さ
せられた。

その一方で、日本国内の工場や雇用はどうなるのだろう、と考えてしまった。

アメリカも深刻だと思うが、グローバリズムの行き着く先には何があるのだろ
う。新自由主義と独裁政権の道行きは矛盾に満ちている、ような気がする。

20年ほど前、最初に中国へ行った時は、北京市内でさえ、狭い道路は舗装さ
れていなかったし、夜は街灯もなく市内は真っ暗だった。トロリーバスの中も
真っ暗で、停留所に着いたときだけ乗降口に豆電球がついた。

北京空港から市内に入る狭い道には農民の馬車があったし、ガソリンスタンド
ではポリタンクで給油していた。

しかし、ここ十数年ほどで、大雑把だがそれなりに、空港・港湾・道路・電気
・上下水道などのインフラ整備をしてきた中国共産党の戦略性は脅威的だと思
う。不正や腐敗も多いのだろうが、それも中国の原動力なのかもしれない、と
思った。ーーー国家戦略を考える優秀なテクノクラートがいるのだろう。

いかに共産党に不正や腐敗があろうが、ここ20年間、少なくとも沿海部の中
国人の生活は著しく向上しているのは間違いない。上海では、車のナンバーを
取るだけでも日本円で60万円もするそうだが、自家用車も沢山走って渋滞し
ているし、ベンツ、BMW、レクサスなどの高級車も少なくない。

南通で昼食に寄った高級レストランでは外車がズラリと並び、いくつあるか分
からないほどのVIPルームは満席で、北京ダックなどが運び込まれて昼間か
ら宴会をしていた――――。

ーーー農村にも案内してもらったが、豊かでもない田舎の農家にはエアコンが
2台も取り付けてあった。

そう高級でもないホテルに三軒泊まったが、全てのホテルの各部屋にランケー
ブルがあってインターネットに接続できた。鍵も全部カード式だった。この新
しいものを採り入れる(新しもの好き?)精神はナンなんだろう。

ーーー皆が豊かになろうと競争しているのはよく分かる。

それに比べて我が国は、成田空港は30年以上、東京の幹線道路は40年以上
経っても完成せず、東洋有数だった神戸や横浜の港湾は、今やみる影もない。

現在の日本の混乱する政治状況は、折角の資金も技術もあるのに、将来の国家
像を国民に示せない、政治の指導性のなさに起因するのではないだろうか。

中国がどうなるかは兎も角として、わが日本がしっかりした戦略を持ち得ない
ことが、日本の最大の不幸だ、と思った上海・南通の旅だった。

今回、アテンドしていただいた OJIN さんやOさん、Fさん、F女史、Aさん
には大変感謝しています。みんな外地にいて日本のことを案じている愛国者で
す。----外地にいるからこそ日本を意識するのだそうです。

これからも宜しくお付き合い下さい。

                         = 報告おわり =
┏━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛ ┃┃ お寄せいただきましたご意見や感想 ┗━┛
┌──────────「上海のFさん」 OJINさん、おはようございます!!旅行記のまとめ、大変お疲れ様でした。 うっ、駅名間違えましたか。失礼いたしました。m(_ _)m ーーーMさんに会わす顔がない。泣) 気を取り直して、 今回の旅行記、中国庶民との交流・・・というより、中国小姐との交流・・・ という感じがしたのは私だけでしょうか。笑) 私も参加したかった〜〜〜(;_;)
└────────── ┌──────────「(^^) OJIN です(^^)」
Fさん、旅行記の取りまとめに一半のご尽力を頂きまして、真にありがとうご ざいました。お陰様でようやく取りまとめることができました。 中国小姐だって中国庶民じゃないですか〜〜〜♪ 要は交流し易いところから 交流できればいいんでございますよ〜〜〜 それからだんだんと交流の輪が広がっていって、相互理解も深まる。まず交流 の端緒がなければ、そこから先へは進むことができません。 まあ、Fさんの場合にはもう既に、タップリ交流の海に首まで浸かっていらっ しゃるのですから、いまさら中国小姐との交流なんて、まったく必要ございま せんでしょう〜〜〜〜〜〜♪♪ (^O^) └────────── ┌──────────「onestoさん」 OJIN様、こんにちは。現役引退して13年になる年金生活者です。 ☆ 中国庶民と交流♪上海─南通4泊5日の旅(3) ───── 参加者合作 の中に、 ┌-------- そして中国投資最大の2千億円といわれている王子製紙の工場建設現場の正門 前、、Hさんは声もなくただカメラを構えて写真を撮る、、と、門内から若い 守衛が、咎めるように飛び出してくる。Hさんは、 「すみません、日本から来ました」と日本語、----ほんとはそのぐらいの中国 語は話せるのに----守衛さんは笑顔になって戻っていく、、役者やのう、、。 └-------- この話は、尻ポケットの財布紛失で終わってしまいますが、 実は私は、王子製紙に36年間勤務していた者です。 大分前に中国進出の話を聞きましたが、貴殿のメールを読むと、まだ建設中の ようですが、建設作業員が忙しく働いているとか、はたまた、建設途中でほっ たらかしになっているとか。 どうなんでしょうか。 中国ではワイロが幅を利かせると聞いたことがありますが、王子製紙はワイロ 等の不純な行為はしない(と信じている)ので、工場完成までにこんなに時間 を要するのかな、と思ったり。 現役中は当プロジェクトとは全く関わりのない仕事をしておりましたが、会社 の業績にも関わる問題ゆえ、一寸気になったものでお便りを書いた次第です。
└────────── ┌──────────「(^^) OJIN です(^^)」
OJIN と、このプロジェクトの責任者の一人はかなり近しくお付き合いさせて いただいておりますので、そこそこの真実情報は聞かされておりますが、 工事開始が遅れたのは「中国ではワイロが幅を利かせる」のは全く関係がなく て、どういうわけか、(本格工事の)第二期工事分が現地経済技術開発区の裁量 を離れて、北京政府の認可案件になってしまい、、その葛藤の中身は分かりま せんけれど、 なかなか許可が下りなくて、それが遅れた原因のようです。 今は、100名内外(以上?)のこの工事の関係者が駐在する規模になり、これ から工事の進捗に合わせて2倍以上の規模に脹らむそうで、現在は順調に進ん でいるようです。 └────────── ┌──────────「Hさん」 ーーー「南通4泊5日の旅」懐かしく(もう?)読みました。 最後の、Mさんの日本航空40分前締め切りの件は、いかにも日航(日本?)的 官僚主義ですね。 アセアナの窓口では「マダ、ダイジョウブデスヨ」と日本語で言われました。 おかげで出国手続もギリギリで、本当に間一髪飛び乗りました。ーーー韓国的 ケンチャナヨにも良いところはありますね。 それにしても、王子製紙の工場など、南通の開発区には考えさせられました。 上海だけでは分からなかったことです。帰国して皆に話していますが、そのう ち何人か集まれば現地視察を企画したいと考えます。そのときは宜しくお願い します。 Oさん、Fさんたちにも宜しくお伝え下さい。
└────────── ┌──────────「(^^) OJIN です(^^)」
ほんとに、Mさんから電話がきたときには“ゾッ”としました――――。 「そのうち何人か集まれば現地視察を企画したいと考えます」 はいは〜〜〜い♪ 雪ちゃんとかいう人も首を長くしているようでございますので、早めの企画が よろしいようでございますよ〜〜〜♪ └────────── ┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘ └→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。
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