☆ さらにボーリング場で失敗 ――――――――――― 2008/12/04
by 老玩童 OJIN
1993/01/ 内蒙古自治区の集寧市=北京→モンゴル共和国の首都ウランバート
ル→シベリア鉄道へと繋がる幹線鉄道の交通の要衝都市。そこにボーリング場
とゲーム機を投資してほしいという話がI社長にもたらされました。
「どう、一緒にやらないかい?」
「オレはボーリングは懲りたから、ゲーム機だけだったら参加してもいいよ」
北京から集寧市まで直行の航空便はありませんでしたから、先ず内蒙古自治区
の区庁所在地「呼和浩特[ホフホト]」へ飛び、そこから車で集寧市まで行くこ
とになりました。ところが、呼和浩特から集寧市まで、地図で見るとそれほど
離れているような感じではなかったんですが、いや遠いこと遠いこと・・・・
木が一本もない、草だけの小高い丘が連なる大平原?をスタコラ車はひた走る
・・・その途中で、突然道路が切断された、水の無い涸れ川(?)にぶつかって
その川底(?)をのろのろガタゴトと横断――――。
しばらく走る、また‥‥
しばらく走る、また‥‥
「これはなんですか?橋を架けるお金がないんですか?」
「そうじゃなくて、このへんは冬はかなり雪が積もるんですが、春先になると
その雪解け水が洪水のようになって流れて、こうして各所で道路を寸断してし
まうんです」
「直さないんですか?」
「直してはいるんですけど、毎年どこをやられるか分らないので、賽の河原の
石積みたいなものなんですよ‥‥」
そうこうするうちに、晩御飯のじかぁ〜〜ん♪になりました。
大平原の一本道..お弁当もないしどうするつもり?と思っていると・・・よく
したもので需要のあるところに供給あり!…程なく小さな集落に入りました。
その集落は道路に面してドライブイン(?)..というか“停車吃飯”の看板を掛
けたアバラ家が何軒かありました。そのなかの一軒に入りました。床は土間!
裸電球のぶら下がった薄暗い十畳ほどの店内にはテーブルが4〜5卓。先客が
二組ほど食事中でした。食べカスは、当然床の上にペッペッペッ!?
「オイオイ、ここで食べるのかいな?」
「別の店でもいいですけど、どこでも同じですよ」
・・・・・・(没法子‥‥)
ともかく料理を注文して..その前にビールッ! 当然冷えていないヌルッタイ
やつが目の前に、、ん..コップがこないな?
「しょうがないなぁ〜、コップ持ってくるの忘れてるよ」
「忘れてるんじゃなくて、ここではコップに注いで飲む習慣がないんですよ」
「エッ!じゃあどうやって飲むの?」
「・・・隣を見てください」
先客たちがビールをラッパ飲みしているのは目にしていましたけれど、あれは
あの人たちだけの作法?と思っていたのですが‥‥
でも、コップを持ってきてくれるように要求したら、こちらには飯碗を持って
きてくれました。(T^T)
という艱難辛苦の果てに到着した集寧市は・・・目抜きの通りを、車とともに
ロバの引く馬車が糞を落としながら闊歩していました。・・・こんな田舎町で
ほんとにボーリングをやる奴なんかいるんだろうか?
着いた日は夜も遅かったのでそのままホテルで休んで、さて翌日、
午前中に簡単な会議をして、早々に「ではお昼御飯にしましょう」
案内されたレストランには、市政府じゃ共産党の誰某じゃと20数名が集まっ
て大テーブルが2卓。席に着いて目の前を眺めると、あれ?酒を飲むグラスが
ないじゃないか?珍しいな〜お酒抜きの宴会か〜、まあ午後も会議があるんだ
ろうから当たり前だわな〜〜
しかし甘かった!
グラスはありませんでしたが、ちょうど日本の味噌汁椀ぐらいの大きさの陶器
の椀が各人の前に一つずつ置かれている・・・汁物料理の取り椀だろうと気に
もせずにいたら・・・服務員小姐が各お客さんの後ろに一人ずつ付いて、その
手には白酒の瓶が1本ずつ?!
どうするのかな?と思っていると、誰かが合図したようで、服務員小姐が各お
客さんの前の、味噌汁椀ほどもある陶器の椀に白酒をドボドボドボ!!??
で、皆さんそれを手にして立ち上がって、一番偉い(らしい)人が簡単な挨拶を
して「カンパ〜〜イ♪」ーーーカンパイったってこんな大きな椀、口をつける
だけだろうと現地側の人々を横目で観察すると、?!みんなイッキ飲み!!
ブッタマゲてとなりの通訳に「どうするのよ?飲まなきゃいけないのこれ?」
「ここの習慣では飲み干さなきゃいけないようです。しかも駆けつけ3杯じゃ
ないですけど、これを3杯飲むんだそうです‥‥」
で、
モンゴル族に負けてなんかおれん!と、死に物狂いで3杯空けて、やれやれと
席に着いたら、!?後ろの服務員小姐が、またなみなみと椀を満たす!!で、
「我々の提携の成功を祈念してカンパ〜〜イ♪」とか「遠来のお客様の健康を
祈念してカンパ〜〜イ♪」とか、その度に文字通りの乾杯が延々と続き・・・
どのぐらい飲んだのか・・・意識も朧になりながら・・・延々と続いた宴会が
ようやく2時頃にお開きとなり、「では部屋でひと休みなさってください」の
声にホテルのベッドに倒れこんで前後不覚・・・そのまま眠り込んでいたよう
で、
「晩御飯ですよ〜〜♪」という声に起されてレストランに行ってみれば・・・
また同じカンパ〜〜イ♪の嵐・・・次の日も全く同じ、その次の日のお昼も、
そこでようやく帰る予定期限となり、呼和浩特まで車、そこで1泊して北京に
戻りましたが・・・それから1週間、具合が悪くてホテルで寝ておりました。
で、
肝腎のボーリング場とゲーム機はどうなったかというと、ーーー小規模ながら
オープンはさせました・・・しかし最初に危惧したとおり売上は惨憺たるもの
で赤字経営・・・引上げるにしても今更そんな金はとても掛けられない・・・
ということでそのまま放棄・・・して手仕舞いにするしかありませんでした。
= つづく =
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└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。
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