我が人生三分の二故事
☆ 忽然と消えて突然現れてまた消えて ――――――― 2008/02/25
                         by 老玩童 OJIN

その後直ぐに田村がクラブ花を辞めて西口の店に移って、今度はそこに通うよ
うになったある日、ナムコの販売課長が、何人かのお客と一緒にやってきまし
た。
「あれ〜、田村ちゃんのとこに通ってるとは聞いてたけど、もうこっちに来て
るんだ?!さすが美女キラーは早いね〜。‥‥‥ところで、矢口の純があれか
ら元気がないのは知ってんの?」

「たまには顔出してますよ‥‥」
「美女ばっかり独り占めにしないで、少しは我々の分も残しておいてね〜」

彼らが別の席に着いてから、

「ねえ田村、彼らのオンナの話、知ってるでしょ?」
「課長は用心深いから女には手を出してないみたいだけど、Mさんはクラブ*
の何子でしょ、その横のGさんは川崎の**の女の子を彼女にしてるわよ」

「ふ〜〜ん、みんなやってるじゃないか。ところでねえ、田村はわたしの彼女
だってみんなに思われてるみたいなんだけど、どう、ほんとにそうなる気持は
ないですか?」

「わたしももうトシだし、こんな仕事はあんまり好きじゃないから、誰か‥‥
と考えるんだったらやっぱり木目ちゃんかな〜と思う気持もあるんだけど‥‥
前にあなたがアラビアンに通っていたのだって、それでわたしへの欲求を鎮め
て、わたしにはそういうことを言わないようにしていたのも分かってるし…」

「まあ、田村は売れっ子だから、候補者が目白押しなんだろうから・・・」

「わたしはイヤなヤツはお客にしないから、あなたが考えるほどなんていない
けど、木目ちゃんには、一応まだ籍のある奥さんがいるでしょう。そしてその
病気の奥さんを、まさかここで棄てるなんてできないでしょうし、わたしもそ
んなのイヤだし‥‥‥」

「・・・・・・・・」

結局それからしばらくして、田村は突然店を辞めて行方不明・・・というか、
連絡先を教えることもなく消えてしまいました――――。
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それから4年ほど経って、

「社長、田村さんという女の人から電話です」
「女のタムラ?誰かな〜?もしもし〜」

「もしもし、ご無沙汰しました。田村です..覚えてる?」
「た、田村か?!ご無沙汰じゃないよッ!どうしてたの!今どこなの?」

「いろいろあったんですけど‥‥今月の*日に鶴見でお店を開店するの。話せ
ば長いから、そのときに話します。来てくれる?」
「そりゃもちろん!で、鶴見のどの辺?」

「ちょっと分かり難いとこだから..国電鶴見駅の東口の広い道路を京急鶴見の
ほうに歩いてくると左に横浜銀行**支店がありますから、その前から電話を
下さい。迎えに行きますから」

開店の日、指示されたとおり横浜銀行**支店の前・・・電話をすると「3分
で行きます!」・・・小雨もよいの中、傘を差して小走りに駆けてくる和服の
小柄な女‥‥‥田村!

店に着いてみると、15坪ほどの小さな店で、フロアが入口より高くなってい
て絨毯が敷き詰められていて、入口で靴を脱いで上がる、、4人掛けのカウン
ターと、各席は掘り炬燵のようになっていて、・・・田村らしい温かい感じの
寛げるいい店でした。

席に着いて、飲みながら後日譚を聞く――――。

蒲田の店の最後の頃、わたしを頼ろうか、もう一人のほうにしようかと悩んで
悩んで考えて考えて、結局もう一人のほうの、当時飛ぶ鳥落とす勢いで羽振り
のよかった不動産屋のFと定め、一緒に暮らして直ぐ男の子が生まれたけど、

その直ぐ後でバブル崩壊!ーーー破産したFは海外逃亡、子供と二人残されて

「あの人は多分、、もう生きてはいない、、殺されちゃったと思う‥‥‥」

何かしないと食べていかれないしと、、水商売には戻りたくなかったので小さ
なラーメン屋をはじめて、まあまあお客さんは入ったけど、やっぱり馴染んだ
水商売のほうが、身体も楽だし稼げるし、昼間は子供と一緒にいられる・・・

Fは倒産して逃げたので何も残らなかったけれど、たったひとつ、住んでいた
マンションだけは名義を替えてくれていたので残って、それを売ってこの店を
作ったこと・・・・

「苦労したんだ・・・オレも今はあんまり楽ではないけど、でも、オレにして
おいたほうが..まだマシだったんじゃないのかい?」

あなたかFかと、ホントに迷ったんだけど、でも、病気の奥さんと別れて下さ
いなんて言えないし、子供が欲しかったから..日陰の生活じゃ子供が可哀相、

今カウンターの中にいるのはわたしの母なんだけど、むかし芸者をやってて、
わたしがそうやって育ってきたから..奥さんが病気じゃなかったら..木目ちゃ
んと暮らしたかった‥‥‥

田村はもう40近い年齢なのに、その容色は、少し太ったかな?というぐらい
で、初めて会った20代後半の頃と少しも変わっていませんでした。しかし、
Fの子供がいるとかには関係なく、さすがにもう昔の情熱を復活させて一緒に
なりたい・・・という気持は湧いてきませんでした――――。

田村のほうも、私生活ではもう女はやめて、母親として暮らしていくつもり、
短い間だったけれど一緒に暮らしたFとの想い出を抱いて、子供と静かに生き
ていきたい・・・・

そんならオレはこれから足長オジサン・・・40だったか41だったか、それ
から何年も、時々顔を出して、相談に乗ったり愚痴を聞いてあげたり、して過
ぎていきましたが、

中国と関わりだして暫く足が遠のいていて、久し振りに顔を出してみると‥‥
ーーーお母さんはいるけど田村がいない?

「あの働き者はどうしたの?病気にでもなったの?」

「病気なんかじゃないんだけど、ほら、子供が小学校へ上がるトシになったか
ら、こっちにするか(故郷の)岩手にするか、あっちの親類に相談しに行ってる
のよ。木目さんにも相談したかったんだけど、木目さん、しばらく日本に居な
かったでしょう。向こうでの相談の具合によるけど、暫くは帰ってこないよ」

それから時々東京の住まいのほうに電話を入れてみましたが、呼び出し音が鳴
るばかりで、、そのうち「この電話は現在使われておりません」・・・店のほ
うも、ホステスだった娘が「今度わたしが引き継ぎましたので、よろしくお願
いいたします」

ーーー田村が28才のときから18年ーーー

こうして彼女は消えていきました‥‥もう再び会うことは‥ないでしょう‥‥

                           = つづく =
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。 
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