我が人生三分の二故事
☆ 18年続く女「田村」との出会い ―――――――― 2008/02/25
                         by 老玩童 OJIN

ーーー凄艶美女和子さんとの、崖っぷちの恋が破綻したのが28才の頃、

それから1年ほどが過ぎて、

やはりナムコで商談が終って、その日は販売課長も一緒で、蒲田へと繰り出し
ました。目蒲線で蒲田へ出て、東口の鰻屋だったか鮨屋だったか、、食事が済
んだら「行きましょぉぉぉぉ」〜〜〜連れ立って東口の紅灯街を右に折れ左
に曲り、行き着いた店の名は「クラブ花」。

「いらっしゃいませ〜〜♪♪」

と、何人かの女が着いて、、そのとき隣に座ったのが彼女・・・・

華やかで優しそうな感じの、小柄な肢体に和服をピシッ!と着こなして、それ
が実に良く似合って着映えのする女「田村」でした。

それまでは、ただ酒を飲んで騒いで、適当な時間になれば「それじゃご馳走様
でした〜♪」と別れて東海道線に乗って帰る。矢口の純ちゃんも含めて、特別
気に懸けるような女にめぐり合うこともなく、また、飲み屋の女とどうこうな
りたいという気持もありませんでした。

「お客さんお若いですけど、課長さんから接待されるぐらいですから社長さん
なんでしょう、どんなお仕事?」
「この課長の仕事は知ってるでしょう、同じですよ」

「あら!ゲーム屋さんなんですか、じゃーお金持なんだ!」
「べつにお金持じゃないですよ、会社だって30ン億ぐらいしか売上ないし」

「きゃーーー!お金持ッ!これから贔屓にしてくださいねぇぇぇん」
「そりゃいいけど、あなたトシはいくつなの?」

「わたし小さいから若く見えるでしょ。でもほんとはもう28、おばーさん」

初めてのその日は、他愛もない話をして帰りましたが、

店で一緒にいたときには特別な感覚はありませんでしたが、仕事をしていて、
フッと間が空いた拍子に、フワ〜〜ッと彼女の様子が頭の中に蘇えってくる?

ーーー人と人との出会いには、、運命的な何か、、があるんでしょうか?

仕事に没頭していないと必ず頭の中に浮かんでくるので気になってならず、そ
れから何日かして、用事もないのに夕方蒲田へ出て、うろ覚えの路地を行きつ
戻りつ、ようやく「クラブ花」にたどり着きました。

席に着いて、もちろん指名は「田村」

「あら、今日は一人なの?」
「そう、あなたが忘れられないから、仕事もないのに遊びにきたの」

「ホ〜ントにぃ?嬉しいわ〜ねえ、今日のお酒は課長さんのでいいでしょ」
「いや、それじゃI課長に悪いから、新しいボトルを入れてよ」

「大丈夫大丈夫、来てくれて嬉しいから今日はそうしましょ無駄遣いしない
で、ボトルは今度のとき入れてくれればいいわよ」

そんな心遣いが嬉しくて、コロリ〜〜ン

1週間もしないうちにまた寄って‥‥気がつきました‥‥純ちゃんと一緒だと
楽しい気持になったけど、田村と一緒だと気持が安らぐ・・・どちらも気持の
鎧を外して寛がさせてくれるけど、田村はなんだか、母親といるような安らか
な穏やかな気持になれる・・・・

そして、1週間に2度が3度、3度が4度、夕方の電車に乗って東京へ。メー
カーに顔を出す出さないに関係なく、田村のところには必ず寄る。

ーーー田村は最初からオンナとして意識していましたが、しかしこれが堅い!

同僚のホステスにそっと聞いてみると「田村ちゃんは身持ち堅いよ〜。男はい
ないみたいだけど、でも、お客さんの誰かと浮気..なんて絶対しないと思う」
ーーーその理由は後に分かりました。

3日と空けずに通うようになって、飲んで、カンバン間際に送り出されて歩き
ながら、・・・オンナの肌が欲しいな〜・・・田村へのモヤモヤした気持と、
凄艶美女和子さんへの、未だ断ち切れていない想いが湧き上がってきて鎮まら
ず、
以前に、福島の取引先の接待で利用したことのある川崎堀の内の、今の名前は
ソープランド、その頃はトルコ風呂・・・街へ・・・行ってみるかな・・・・

タクシーで第二京浜国道を大師橋を渡って堀の内のトルコ街・・・以前利用し
た「アラビアンナイト」の前。遅い時間でしたからラストの入店時間ギリギリ
で、でもそのときは幸運なことに、1週間も前から予約してないと絶対お目に
かかれないアラビアンのナンバーワンの売れっ子がキャンセルで空いていて、

〜〜〜天国に連れていってくれました〜♪♪♪♪♪♪♪♪

さあそれからは、夕方東海道線で川崎蒲田クラブ花カンバン後タクシー
でアラビアンナイト午前2時頃タクシーで小田原までご帰還ーーーこの深夜
タクシー代が2万数千円、アラビアンが5万5千円、田村の店で3万円‥‥‥

2日に1度の割でそんな放蕩を1ヶ月以上も続けていた頃、さすがにどこから
か田村の耳にも届いたらしく、

「木目ちゃん最近堀の内に入り浸りなんだって?どうしてそんなメチャクチャ
をするの?そんなんだったらもうウチにも来てくれなくていいから、真面目に
仕事をしてちょうだい!」(飲屋での名前はどこでも「木目」にしていました)

まさかあなたが堅いのが原因だよ..とも言えず、また、丁度その頃からエイズ
のニュースが報道され始めてきておりましたから、以前、東南アジア伝来悪性
淋病で死ぬほど痛い思いをした恐怖が蘇えってきて、さすがに怖くなって、

アラビアン通いはピタリとやめました――――。

東南アジア伝来の、といっても、東南アジア旅行に行って貰ってきたわけでは
ありません――――。福島の得意先の、プレイボーイでならしたFJが、上京
してくる度に「おい、メートル上がってきたから行こうぜいッ!」
:
・‥‥どこへ?‥‥ トルコ風呂 ‥‥

あるとき、吉原と堀の内と、超高級トルコを2軒ハシゴして、どちらもナマで
中出し(-ε- )ーーー1週間ほどすると、ん?パンツに青っぽいシミ?‥‥間も
なく!小便のたびに激痛!ーーーさすがに性病と気がついて、もちろん女房に
も感染させていましたから‥‥‥当然死ぬほど責められましたけど‥‥‥二人
揃って病院へ・・・検査した後で、

「最近、東南アジア方面へ旅行しましたか?」
「行ってませんけど‥‥‥」
「ふ〜〜ん、これは東南アジアのほうの、それもかなり悪性の淋病ですから、
普通のやつよりガンコだから、治るまでちょっと長くかかるな〜。勿論お互い
にセックスはダメですよ」
‥‥言われなくても…寄せ付けてもらえるどころの状態ではありませんよ‥‥
暫く治療を続けて..膿が出なくなって..でも念のためもう少し続行しましょう
・
もう大丈夫でしょう、と医者に言われて完治!と喜んでーーー1週間ぐらいで
また膿が出た!?ーーー完全に治ってなかったんだな、しぶといヤツだな〜。
また治療再開、、念には念をいれて1ヵ月以上、、今度こそ大丈夫でしょう!
・
しかし、
・
1週間ぐらいするとまたまた膿!?ーーーもう諦めて、一生お友達で持ってた
らどうですか?とか冗談を言いながらも医者も必死、今度こそはと念には念に
さらに念をいれて7週間ほど・・・・
〜〜〜ようやく東南アジア性悪性淋病とオサラバすることができました。(^^;

ーーー余談が長くなりました・・・

                           = つづく =
┏━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛ ┃┃ 感想を頂きました。 ┗━┛
┌──────────「宿無しの壞蛋さん」40代@男性@無職@海外 アラビアンナイト、知ってますよ〜、今では珍しくないけど、70年代後半は それはそれは貴重な18〜20代前半の娘を揃えた、堀の内でナンバーワンの お店でした。それどころか、未成年を使って店長さんが何回かお上のお咎めを 食らっていたかと、、、。 先輩の自伝を毎回楽しみに拝読しております。先輩が中国にかかわった経緯な んかも是非ともご披露ください。 イヤーそれにしても、先輩と一度差しでお話を聞きたいと願ってやみません。
└────────── ┌──────────「(^^) OJIN です(^^)」
すぐ隣の、同系列の「金瓶梅」とどちらが上かと謂われておりましたですね。 料金的には「金瓶梅」のほうが五千円?ぐらい高かったような? でも、女の 子のレベルは変わりなかったです。 最初の頃は、偶然の巡り合わせで相方になったアラビアンナンバーワン娘を目 当てに通ったんですが、なにしろ開店から閉店まで常に客の途切れがないとい う売れっ子でしたから..そう、3回ほどもまみえることができたでしょうか? それ以外はいつも別の娘で、そうこうしているうちにナンバーワン娘は病気に なり辞めてしまいました、、、。それにしても彼女達の技術は、さすが堀の内 のトップクラス、素晴らしいものでございました。(^^; 中国に関わるようになるのは、まだまだもうひと山もふた山も波乱万丈してか らになりますので、いま暫くお待ちになられて下さいませ〜〜 └────────── ┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘ └→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。
我が人生三分の二故事に戻ります







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