☆ 2回目の蹉跌 ――――――――――――――――― 2008/02/01
by 老玩童 OJIN
この頃も相変わらずセガの営業所とは仲良くしておりましたので、修学旅行の
団体がワサワサやってくる、近畿日本ツーリスト系列の箱根高原ホテルの娯楽
場の半分ほどの機械を譲ってもらいました。
修学旅行団体の入るところがどうして売上がいいかは、説明の必要はないです
よね。こういう、地方の修学旅行生たちが住んでいるところでは、娯楽機自体
を設置している施設自体が少ないし、また、中高生は出入禁止、というところ
ばかりで、でも遊んでみたい・・・・
というところへ、修学旅行でそこそこのお小遣いを持たされて、お土産を買い
に売店へ降りてみると、その半分はゲーム場!!ーーー押すな!押すな!と群
がる状態になります。
お正月や春休み夏休みは普通の家族連れで埋まって、修学旅行シーズンはその
団体で埋まって、オフシーズンとよべる時期がほとんどない、極めて高収益の
ロケーションでした。
また、どういう経緯でそこを任されるようになったのかは忘れましたが、秦野
市の渋沢地区に渋沢ショッピングセンターという小さなショッピングセンター
があって、最初は店頭に木馬とピンボールを置かせてもらっていたのですが、
古い機種でもかなりの売上を上げてくれる、大変ありがたいロケーションでし
た。
ある日そこの店長さんが、「屋上が空いてるから、どうだろう、簡単なテント
で囲って遊園にしてみたら‥‥」
小さなショッピングセンターでしたからそこまでやるのは冒険じゃないかな?
とは思いましたが、テント屋さんに相談してみるとそれほどかからないで作る
ことができる、、のと、他では使えないような古い機種でもけっこうソコソコ
以上に稼いでくれる場所柄・・・思い切ってやってみることにしました。
結果は上々!近所のおばーさんを店番に雇って管理させて、それこそ寄せ集め
のボロ機械を並べたのですが、学校が終る頃になると地区の小学生中学生が押
しかけてきて、管理のおばーさんが悲鳴を上げるほどの盛況!
なにしろ新規投資をしなくてもいい、ヨソで使い古しになった機械で稼いでく
れるのは一番ありがたいことでございます。
この成功に味をしめて、ちょっとした町の小さなショッピングセンターはボロ
でもかなりの稼ぎになるんだ!ーーーそれからはそういう施設を重点的に開拓
するようにして、次に、小田原近郊の松田町のショッピングセンターに置かせ
てもらうのに成功しました。
ここは屋上ではなく、最初から屋内の、たまたまテナントさんが抜けて空いて
いたところに置かせてもらったら、ヘタなテナントより稼ぐし活気も出る!と
いうことで、隣接するスペースも使わせてもらえるようになり、ちょっとした
ゲームコーナー並になり、主要なロケーションになったのですが、
しかしこういう成功例ばかりではありませんでした。
すっかり小さなショッピングセンター内のゲームコーナーに味をしめて、当時
小田原駅裏口にバッティングセンターがあり、セガがゲーム機を設置いました
が、バッティングセンターの人気に翳りが出始めたので、そこに大きなゲタ履
きショッピングセンターを建てることになりました。
しかしセガはショッピングセンターにゲームコーナーというのは手掛けたこと
もなく、不得手な分野でした。どうだろうか、オタクでやってもらえないかな
という話に、----それまでの2軒の成功例がありましたから----、ロクに検討
もせずにOK!OK!
ーーーこれが大失敗。
まず、バッティングセンター時代の機種揃えの影響があって、さらに駅裏とは
いいながら一応は小田原駅の真ん前、、渋沢や松田のようなボロ機械というわ
けにはいかず、ソコソコのものを揃えなければならず、かなりの設備投資。
それでも売上が上がってくれればまあ、シングルヒットぐらいにはなったんで
すが、いくら駅の直ぐ傍とはいいながら駅裏・・・今でも大して変わらないよ
うですが、このゲタ履きショッピングセンター・・・客が入らない・・・主体
が集客できないのにゲームコーナーの売上が上がるわけがありません、、、。
真っ赤っかの赤字状態ながら、このオーナーが郊外にもう一度バッティングセ
ンターを作るとか、いやボーリング場を作るとかいう計画があるとかで、簡単
にハイさようなら〜、と逃げ出すこともできませんでした。ーーーとほほほ。
1973年、アメリカのアタリ社が、世界初のピンポンタイプのテレビゲーム
機「PONG(ポン)」を制作し、それをセガがライセンス生産しました。コン
トロールのつまみを操作してTV画面上のボールを打ち合う反射型のゲームで
今から思えばきわめてチャチなものでしたが、初めてのテレビゲームというこ
とでとても人気がありました。
そして直ぐに続いてアタリ社から、ブロック崩しゲームの「ブレイクアウト」
が発表されて、これまた大ヒットしました。この頃のテレビゲームは、現在の
ようにカセットポン!で別のゲームに変わるという便利なシロモノではありま
せん。
テーブル型のテレビゲームではなくアップライトタイプ、、立ったままプレー
する大型のもので、中はガランドウでしたが、ともかく1筐体1種類のゲーム
で、それが人気がなくなるとまた新しい別のゲームを台ごと買わなければなり
ませんでした。
----この「ブレイクアウト」で、中村製作所が試験的に初めてテーブルタイプ
のものを売り出して、以後TVゲームは、喫茶店などへ市場を拡大していくこ
とになります。
こうした人気ゲームが続いたために、その後も順調に業績を伸ばすことができ
て、、、しかし、当たり前ですがどれでもこれでもがヒット商品であるはずが
なく、油断の狭間にジワジワと染み込んできている落し穴、に全く気付くこと
なく・・・・
それまでは、最初からの庭付き一戸建ての借家、で我慢してやってきていまし
たが、この頃になるともう狭くてどうにもならなくなってきました――――。
そんな悩んでいたある日、出入の酒屋の若旦那が顔を出したので愚痴をこぼし
ていたら、
「じゃー、ウチの向かいに空いてる土地があるから、あそこにご希望どおりの
建物を建てるから使ってよ!」2階を住まいにして1階は事務所と工場、トン
トントンと話が進んで、新しい拠点が出来上がり、引越しました。
現在の呑兵衛 OJIN からは想像もできませんが、ホテル勤めの時の仲良し五人
組の泊り込み飲み明かしは何だったの?と、ご不審をもたれるかもしれません
が、----あの時は例外..いや..どうしてなのか自分でも分かりません----この
以前は酒がほとんど飲めませんでした。
東京のメーカーへ仕入れ商談に行けば、晩飯を一緒に食べて、その後は紅灯の
巷へと繰り出して接待・・・コップ1杯のビールで、顔を真っ赤にして直ぐに
酔っ払ってしまって、酔っ払ったところで人気のない機械を買う約束をさせら
れて、後でホゾをかむ、
・・・これじゃイカン!ーーー飲んでは吐き飲んでは吐き飲んでは吐き、必死
に鍛錬した甲斐があって、暫くすると、酒で負けることはなくなりましたが、
ーーーしっかり酒の楽しみを覚えてしまいましたーーー
酒のせいではありませんが、この頃、資金繰りが逼迫する状況に陥ってしまい
ました。原因をひと言で言うなら「急激過ぎる拡大と過剰投資」ーーー資金繰
りなんか全く気にしなくてもいいほど各ロケーションから毎日現金が流れ込ん
できましたからーーー猪年生れのの悲しいサガ?・・・それいけ!やれいけ!
電話1本でメーカーは新しい機械をドカドカ運んできて、〆日になれば手形を
切ればいいだけで現金が出て行くわけじゃない。――――ある日の午後、取引
銀行から電話がかかってきました。「本日交換で回ってきた手形を落とすのに
当座の残高が不足でございます。2時半までに入れて頂けないと不渡りになり
ます」ーーー!!??
ーーーその日は女房の貯めたお金を回して切り抜けましたが、慌てて次の決済
日までの入金予定金額を計算してみると、、足りない!!手形を切り過ぎてい
る・・・湘南から箱根、熱海にかけてのトップオペレーター、なんて囃[はや]
されていい気になり過ぎていた・・・・
それまで大きな顔をして付き合ってきていたので、相談するのも片腹痛い(?)
自分だけなんとかしようと駆けずり回って、次の決済日はなんとかできはした
ものの、それで終りではない・・・それでも相談することができず、何度かは
凌[しの]いだものの、何度目かに遂にどうにもならず、決済当日のギリギリに
「手形の依頼返却」依頼をする羽目に・・・・
担当者が驚いて飛んできて「いったいどうしたんですか?!」
こうなってもう万事休す、、見栄も外聞も捨てて実はカクカクシカジカ・・・
「う〜〜むむ、ウチだけじゃなくセがさんやもっと別のところもあるでしょう
から、全部を洗い出して善後策を考えないと、どうにもならないですね〜」
それから二人して夜中までかかって資金繰り表を作りました・・・恥ずかしな
がら、それまで資金繰り表なんか作ったこともありませんでしたし、作る必要
もありませんでした・・・・
「こりゃ短期で回復させるのは難しいですよ。どうしてこんなになるまで放っ
ておいたんですか、、まあ、そんなこといってもしょうがないですね。さて、
どうしますか。・・・ウチに全部のメーカーさんに集まって頂いて、再建策を
相談しませんか」
否も応もありません・・・中村製作所本社の会議室に取引先メーカーの担当者
に集まってもらって、、とりあえず迫っている決済日の手形は各社とも回さな
いようにして不渡りを回避して、
主要なロケーションのうち、売れそうなところはどこかに売却して、手を広げ
過ぎている状況を改善して、以後の投資を抑えながら、各社一律の延払い条件
で手形を切り直す・・・ということになりました。
ロケーションを買ってくれそうな相手・・・・
それまで、サブオペレーターとして機械を買ってくれていた、伊東の芸者置屋
の息子のE氏と、小田急線大根駅の傍に東海大学大根校があって、その傍で小
さなゲームセンターを共同で経営しているS氏とK氏に話を持ちかけてみると
E氏は、伊東オークラボールと川良ホテルなど、伊東近辺のロケーションを引
き受けてもいい、大根のS氏とK氏のうちのS氏は、大きなところはできない
けど、伊勢原から厚木にかけての細かいロケなら引き取りましょうということ
になりました。
こうして、なんとか不渡りを出さずに切り抜けることはできましたが、
さて、
しばらくは動けないにしても、ひと息ついた後、どう展望を開いていったらい
いか・・・ボーリング場や大きな施設は業者がガッシリと確定してしまってい
るから割り込む余地はないし、残った社員も、以前短い期間アルバイトで働い
たことのあるW君が手伝ってくれているだけ・・・どうしたものか・・・・
= つづく =
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└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。
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