☆ あたまデッカチのマセガキ ――――――――――― 2007/10/31
by 老玩童 OJIN
そんなもんでまあ、あたまデッカチのマセガキになってしまいまして、6年生
のときでしたか、社会科の----今から思うとかなりサヨクがかった----先生が
ある日の授業時間に、黒板に「毛沢東」と大きく書いて、
さあ、この字はなんと読むか分かるかな?
その頃の田舎の小学生が、中国の毛沢東なんて知っているわけがありません。
みんなは「けざわひがし!」とか「もうさわひがし?」「もう.なんか.とう」
といろいろ答えていましたが、先生はニヤニヤしながら聞いていて、、みんな
の答が出尽くして静かになった頃「君なら分かるだろう」と指名されました。
----どうやら今までみんなが言ってたのは違うんだな----みんなは「沢」の音
読みを知らないから正解が出てないんだろう、、それなら「もうたくとう!」
見事正解でハナ高々・・・それからその授業で、毛沢東というのは中国の国家
主席で、現在の中華人民共和国を建国した偉い人で、共産主義というのは万民
皆平等で云々、という話を聞かされて、同級生連中は右の耳から左の耳という
感じでしたが、
なにしろ図書室の本を2周も3周も読了していましたからもういささか飽きて
きていたこともあり、こりゃ新興味「先生!先生はそういう関係の本をたくさ
ん持ってると思いますから、1冊1冊僕に貸してもらえませんか?」
勿論いいよいいよということになり、内容はさすがに難しかったですけれど、
それでもなんとかかんとか読みこなしていきましたが、、、しかしそのうちに
疑問を感じるようになりました――――。
ウチの親父みたいに分家して、一所懸命働いているけど分家したばかりだから
まだあまりお金のない貧乏な家もあるけど、あの子の家なんかお父さんが大酒
飲みで仕事をしないから貧乏だし、戦後入植したもっと奥の開拓団部落なんて
頑張っているけど条件が悪いから、今でも以前のウチみたいな藁葺の家ばっか
りじゃないか、、、どうやったら万民皆平等なんてことが可能なんだろう??
さあそれからは、折りある毎にこの先生をつかまえて質問攻め‥‥というか議
論を吹っかけ、先生もいろいろ答えてくれましたが、どんなに説明されても、
納得できる“そうか!そうなのか!”と思えるようには至りませんでした。
だって、どんな仕組みにしたところで、身体や知能に障害があって働けない人
は別として、よく働く者と怠け者が同じ収入になるようにすれば、よく働く者
に不利で、それは即不平等ということだし、怠け者に合せたのでは国が衰えて
しまうだろうし、第一、それじゃあ壮大なムダじゃないか・・・・
先生は、資本主義は、資本家や地主が労働者や農民を搾取しているというけれ
ど、搾取ったって農民の場合は、農地解放が実施されて、今は全部自作農ばか
りで地主なんかいないですよ。会社や工場だって、資本家が搾取?‥‥‥でも
それでも町で働いている人たちのほうが、農民より楽な労働でいい暮らしをし
てるようにみえるけどな〜。
それよりなにより、ーーー働き者と怠け者をどうやったら平等化できるのか?
結局先生はこのあたまデッカチな小学生の疑問に明確な答を与えてはくれませ
んでした。
‥‥でもこの先生、旧日本軍が悪かったとかはひと言も言いませんでした‥‥
まあ、言えるわけないですよね。ーーーまだ終戦後十数年。 OJIN の父親や、
鉄砲玉の下をかいくぐって戦ってきた兵隊さんが部落中にゴロゴロいるわけで
すから、いくら先生でもそんなことを言ったら「戦場も知らんハナタレが何を
寝言を言っとるんだ!!」ーーーと、ドヤシつけられたでしょうから‥‥‥。
小学校での思い出というと、遠足とかはあまり記憶に残っていませんが、鮮や
かに覚えているのは秋の薪[たきぎ]集めです。――――その頃の北海道の山間
部の学校は、冬場は各教室の後ろのほうに1つずつ薪[まき]ストーブが置かれ
ていました。
そのストーブにくべる薪にする丸太や、焚き付けに使う細い雑木の小枝を4年
生以上の生徒全員で近くの山へ行って拾い集めてくる‥‥‥倒木や枯れ枝を、
各自が一抱えほど集めてこなければならない行事がありました。
もちろん、薪の原料となる大きな木は、父兄が馬を使って搬入してくれました
が、焚き付け用の柴は、高学年生がこうして一冬分を準備したものでした。
ーーーそうこうしているうちに6年生になりました。
6年生になると、先生から、みんなどこかのクラブに入ってクラブ活動をする
ようにという話がありました。クラブ活動??それは何ですか??ーーー聞い
てみると、ドッジボールや卓球や、体育が得意ではない者は絵を描いたりコー
ラスをしたり、勉強時間以外で、好きな者同士が集まって楽しむ活動だという
ことでした。
好きなこと‥好きなこと‥何がいいかなぁ??‥‥よし!学校新聞を作ろう!
でも、ひとりじゃ大変だから誰か仲間を‥‥声をかけましたらNT君が賛成し
てくれて、2人だけの新聞部ができ上がりました。ーーー三つ子の魂百まで、
現在メルマガなんかを発行することになる萌芽は、この頃からあったわけでご
ざいます――――。
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北海道は、食べ物が美味しいのは折り紙つきで、日本国民等しく皆知るところ
ですが、もうひとつ、その自然、景色が雄大で美しいこともまたよく知られて
いるところです。
高校を卒業して、希望に燃えて勇躍上京するときは、全行程汽車の旅でした。
池北線(北見―池田間:現在廃線)から池田町で根室本線に乗り換えて、十勝と
上川の境に聳える日高山脈を越える狩勝峠、、のトンネルに入る直前で、車窓
に広がる十勝平野を一望できる地点がありました。
遠くは霞んで茫漠と広がる、今まで自分を育んでくれた大十勝平野を目にした
とき、自然に涙が溢れてきてとまらず、僅かの時間でしたが、呆然として眺め
ていたものでした――――。(現在はその頃のトンネルより下に長いトンネル
が開通したため、あの雄大な風景を汽車の窓から眺めることはできません)
秋になれば全山が赤と黄色に染まり、冬になると白一色に覆われ、春にはまた
むせぶような新緑の世界が蘇えり、夏は暑いけれど湿気が少ないサラリとした
暑さなので過ごしやすい。
中学になってから、阿寒岳の麓のオンネトー温泉に泊り込みで遠足に行ったと
き、頂上付近に雪を冠って青空に噴煙をなびかせていた雌阿寒岳の眩い勇姿。
同じ部落の猟師の小父さんが仕留めてきたヒグマを見に行って、オッカナビッ
クリ触らせてもらったこと、、足寄側から林道を白糠[しらぬか]へ車で抜ける
途中、急に大きなエゾ鹿が跳び出してきて危うくぶつかりそうになったこと。
北海道の自然は、ほんとに「デッカイドー!ホッカイドー!」そのものの大自
然が満杯です。――――そんな満杯の大自然を、季刊(年4回)で北海道の川湯
町からお届けしているグラフィックマガジン ▼ があります。
有料ですが、どうぞどんな内容なのか覗いてみて下さい ┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。
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