Mail-Magazine 08 Library
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☆ ┃ ☆ 月 曜 版 ☆ ≪ WEB 熱線 第1039号 ≫2008/06/30_Mon ++++ ☆ ┃ │ (*^−^*) │
├──────────────────┤ +☆ ┃ ☆ WEB 熱線 ☆ ―― アジアの街角から:亜洲街巷信息 ―― ++++ ☆ ┃
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┌―――――――――――☆☆ 今号の目次 ☆☆―――――――――――┐ │ │・硬派的題目 ------ 北京オリンピックの成功を願う!
------- by OJIN │ │・異聞抑留記 ------ アナール収容所にて(12) ------- by
江藤一市さん │ │・心が元気になる話 世界の農を拓いた日本人(1) ----- by hideおじさん │ │・中国人材紹介 ----
求職(婚)中の中国人材紹介 │ │・紅いチャイドレ -- サボり中。<(_ _)> │ │・読者の広場 ------
kenji さん。 │ │・あとがき --------
中国女性の嗜好が変わってきた。 │ │〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 │ │・広告掲載は<(_
_)>σ http://chinachips.fc2web.com/pr/prindex.html│ └―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
◇―――――― 新しい読者の皆様、ようこそ!!
(^o^)丿 ――――――◇ │ │1.週3回・月水金のお届けですが、月→水→金 という流れではなく、 │ 「月→月」「水→水」「金→金」というサイクルになっています。 │ │2.タイトルは同じですが、月曜日号・水曜日号・金曜日号は、それぞれ │ 別々のマガジン、と理解してもらったほうが分かり易いと思います。 │ │3.ライター兼編集発行の私
OJIN
とライターさん数人で執筆しています。 │ │4.内容の転載や引用は自由ですが、必ず「出典元の名称とURL」を併記 │ して下さい。一報頂ければこちらも案内リンクを架けさせて頂きます。 │ ◇―――――――――――――――――――――――――――――――――◇
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓ ┃▼▽ 硬派的題目 ▽▼ by
OJIN ┃
☆ 北京オリンピックの成功を願う! ―――――――――― 2008/06/30
ーーー最近考えるようになりました。
他の国はいざ知らず日本(人)は、中国(人)と一緒になって北京オリンピックが 成功するよう願い、行動すべきではないのか?
ーーーついに OJIN
は老人ボケ!? ・ ・ いやまあ、本人はそう思っておりませんのですけれども、(^^;ーーーどうして そんなふうに考えるようになったのかといいますと、
ここ暫く、チベット問題での各国からの非難に対して、中国は「オリンピック と政治問題を絡めるべきではない」と反駁しているのに対し、ーーー今まで自 分が散々台湾問題でボイコットを繰り返してきたくせに、なにをシャラクサイ 屁理屈をこきやがる!
チベット人権問題が改善されなければ、オリンピック開会式なんかボイコット してしまえ!ーーーと叫ばれてきましたけれども、
しかし、
これではなんだか、過去に中国が台湾問題を理由に何度も参加をボイコットし てきた、のと、同じようなレベルの話になってしまうのではないでしょうか?
同列に扱うべき問題じゃないぞ!とーーー言われるかもしれませんが、でも、 やっぱりそうでしょうか? 先般、調査捕鯨の鯨の肉が横流し(?)されている 証拠を掴む為という名分で、配送途中のものを盗むという事件がありましたが
なんだか、チベット問題で俺達のいうことを聞かないならボイコットするぞ! と強要するのは、、目的の為なら手段は関係ない・・・そんな、傲慢でピント 外れのこういう考え方と同じレベルなのではないか?ーーーそう感じるように なりました。
オリンピックは平和の祭典、とか綺麗事を言ってみたところで、実際には政治 に振り回されている現実は、常識ある大人であればみんな分かっていることだ と思います。
ーーーだからといって、そのままでいいというわけではないでしょう。
ボイコットをチラつかせて別の要求を呑ませようとするならば、2016年に 東京オリンピック招致に成功したとして、中国が「中国の領土である尖閣諸島 を認めないなら、東京オリンピックをボイコットするぞ」と脅してきた場合、 ではグーの音でも出せるんでしょうか?
他の国々はいざ知らず、品格ある我が日本だけでも、ミソもクソも一緒の如き 北京オリンピックとチベット問題を切り離して、チベット問題には厳しく声を 挙げながらもそれはそれとして、北京オリンピックは中国人民と足並みを揃え て成功を願い、喜び合う態度で臨むべきではないのか?
ーーーいや、むしろ、
むしろ逆に、天皇陛下に政治的に動いて頂くのは真に畏れ多いことではありま すが、例えば天皇陛下が開会式にご出席、ということになれば、中国政府は、 その光景を必ずや大々的に全中国、いや、全世界に向けて報道しまくることに なるでしょう。
もしも欧米の国々が元首の開会式をボイコットしてくれれば、中国庶民の屈辱 ・口惜しさ・怒りは如何ばかりに燃え盛ることになるでしょう。ーーーそこに 日本から天皇陛下が出席されて、オリンピックを慶祝するお姿お言葉が何度も 何度も報道されれば、
----中国庶民というのは、ある意味単純素朴な人々です。ーーーそれは今回の 四川大地震での、日本からの緊急救助隊に対する感謝のうねりが沸き起こった ことでも実証されました。
逆の事態を想像なさって下さい。
日本で初めてオリンピックが開催される。そのとき日本国民はどれほど誇らし く、沸き立つ嬉しい気持で成功を願うことか。ーーーそんなときに、様々な懸 案を抱えているとはいいながら、今まで自分たちが絶対に敵わず、畏敬と嫉妬 を感じている国から、
初めて開催できることになった嬉しい行事にイチャモンをつけて水を差された としたら、日本の輿論はどんな反応に沸きかえることでしょう?
中国が、チベットを侵略し支配したのか、権力側の一方の要請に基いて解放し 併呑したのか、どちらなのかは措いて、現実に実効支配し、武力で干渉しない 限り覆る可能性など微塵もない。
そんな状態で、さらに日本には何の利もない事案に対し、ただ声を挙げるしか ない干渉運動を行っても、結果はお互いの庶民感情を険悪なものにするだけの 現在のやり方で、得るものが何かあるのでしょうか?
何か問題があって、世界中の他の国々がソッポを向く中で、自分たちが嫉妬し ながらも畏敬する国から、万世一系の、世界中が認める元首が来てくれて祝っ てくれたら、
中国庶民は「大歓呼」して迎えることでしょう。
その国民庶民の歓呼歓喜の心は、中国政府が施してきた反日教育など瞬時に吹 き払ってしまうでしょうし、庶民がそうした気持になってくれれば、政府の思 惑とは別の、ーーー恐ろしい変化のウネリが始まるかもしれません。
そしてそのほうが、声を荒げて“中国に人権を!”と叫ぶ今のやり方よりも、 遥かに早く簡単にその目的を実現させてしまう結果になるかもしれません。
ーーー天皇陛下にはそれだけのインパクトがあります。
なら福田首相では?ーーー中国庶民は誰も感動なんかしないでしょう。
いろいろ批判もあり、また、粘り強く交渉を重ねてきた関係諸官の努力は勿論 ですけれども、今回の東シナ海大陸棚資源の共同開発程度、の譲歩(ご褒美?) を引き出すのがせいぜいのところでしょう。
---- OJIN
は、今回の合意成立はご褒美だと確信しています。たぶん天皇陛下 か皇太子殿下のご出席ももち掛けられていて、その場合には更なるご褒美が提 案されているんじゃないかと疑っています。中国ならそのぐらいの交渉テクは 当たり前。が、福田首相はさすがに世論が怖くて言いだせないのでしょう----
いま日本が為すべきは、ただ感情的にチベット人民可哀相と叫ぶのでもなく、 また、欧米に阿て同調することでもなく、外交の世界的常識からするならば、 同調するフリをしながら各国元首の開会式出席ボイコットを煽り、中国を更な る苦境に追い込んで人民を憤激させておいて、
様々に駆け引きして、中国との諸懸案に出来るだけの好条件を引き出しながら 北京オリンピック成功の演出を助け、確りとタップリと、その果実をもぎ取ら せてもらう。
ーーーそれが、国益のため日本として考えるべき当たり前の考え方でしょう。
尖閣諸島日本領承認、南京大虐殺記念館廃却、靖国等内政干渉停止、反日教育 廃止、(中国軍が遺棄した)旧日本軍化学兵器問題再検討・・・----これだけで は、ただマイナスからゼロに戻すだけですから好条件ではないですね。(^^;
ーーー台湾は、
SF講和条約以後「帰属の未定な地域」となっているままだが、中国も「中国 の固有不可分の領土」と主張しているけれどその根拠薄弱、日本も一応領有権 を放棄はしたけれど中華民国に譲ったわけではないのだから、
ここはお互いに矛を収めて、現在の住民の意志に任せる、と承認しようじゃな いの。
ーーー旧満州地区全体を、
永久一国二制度特大経済特区にして、そこに、軍事・外交以外の日本の如何な る権利をも容認して、漢・日・満・蒙・朝、五族協和の楽園を築こうじゃない の!それが成功したら、中国全土に拡大していきましょう!‥‥‥でも共産党 の君臨は日本が必ずバックアップしていくからさ〜〜
ーーースクラムを組んで、
中国は(ロシア)沿海州の返還を、日本は千島列島・南樺太の返還と、不法シベ リア抑留の賠償に北樺太とカムチャッカ半島の割譲を、一緒に要求していこう じゃないか!
ーーー中国はシベリアに1億ぐらいの(不法)移民を送り込んで、そのうち住民 自決選挙で中国領にしてしまいなさいよ〜♪日本も(密かに)応援するからさ〜
ーーーなあに、日米中がスクラムを組んで、EUがロシア資源を不買すれば、 ロシアなんざーたちまち膝を屈するから、難しくなんかないよ〜〜
(^з^;
!チベットに人権を!では、
日本の国益には些かの、なにほどの利益をも齎しはしません――――。
冷酷と わらわばわらえ 将来の 孫子の幸に 思いいたさず
----ただですね〜、媚中、屈中精神でこれをやったら、ただのアホマヌケ----
= おわり = ┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘ ▽ 「北京オリンピックの成功を願う!」は
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┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓ ┃▼▽ 異聞シベリア抑留記 ▽▼ by
江藤一市さん ┃
☆ アナール収容所にて(12) ――――――――――――― 2008/06/30
――【大食いの賭け】
彼は情報室勤務をしていた関係で、少々なロシヤ語は理解できた。しかしそれ を公然とは言わなかった。
憲兵、警察官などがソ連側から白眼視されるのを知っていたから、軍隊時代に 特務機関などのような情報蒐集に携わっていたと判ったらただでは済まないと 考えていたからである。
彼がアナールの収容所には入ってから、黒パン3kgを1時間で食えるか、と いう賭けに挑戦したことがあった。
アナール収容所には、イワンとシュリゲという二人の、一日交替でジジョルネ (日直将校)に就くロシヤ人将校がいた。
収容所には、他にも人事係、営繕係、倉庫係、ドクトル、政治部員、その他に も数名のソ連人がいたが、この二人が私達と接触する機会が最も多く、けっこ う日本語も習得していたので親しみ深かった。
ナチャイリニク=収容所長)アルロフは、五十歳前後の恰幅のいいロシヤ人で 非常に厳格であった。収容所の職員達でさえピリピリしているほどだった。
イワンもシュリゲも二十五、六歳のリチネント(中尉)で、陰になり日向になっ て我々をナチャイリニク・アルロフから庇ってくれたものだった。
――【将校のプライド】
ある日曜日のことだった。それぞれ将棋を指したり、碁を打ったり、花札に興 じたりと、それぞれ自由時間を楽しんでいた。
私達五、六人で輪になって雑談をしているところへ、イワンがぶらりと入って きた。ーーー日曜なので、所内には彼の他には誰も職員はいない。
私たちの話はいつもと同じ食べ物の話。3kgのパンを1時間以内に食べれる か?という話になった。イワンがその話を聞いて、
「よし!誰か食べられる者がいたら、俺が50ルーブル出そう!」
と言い出した。
「よし!俺が食おう!もし食えなかったら俺が50ルーブル払おう」
と応じたのが、他ならぬ小野君だった。
彼なりの自信はあっただろうし、また、彼の健啖ぶりは定評のあるところだっ た。しかし黒パンの3kgといえば容易な量ではない。
幅約12〜3cm、高さ15cmぐらい、長さ25cmはあろう。ーーー常人 ではとても食べ切れる量ではない。
彼は余程の自信があったのだろう、首に提げている巾着袋の中から50ルーブ ル紙幣を取り出すと、皺を伸ばし、イワンの出してある紙幣の上に重ねグッと 押さえた。――――皆は、面白くなったぞ!と、将棋や碁で遊んでいた連中も 中止して集まってきた。
使いの者が炊事場に行って、イワンの名前で黒パン3kgを受け取ってきた。
岩塩の砕いたものと水が用意され、炊事から借りてきた包丁でパンを五つに切 り分けた。イワンが、持っていた時計を置くと、愈々パンを食べ始めた。
初めの一つは大して時間もかけずに平らげると、水も飲まずに直ぐ次に手を伸 ばした。しかし、半分ぐらいから段々ペースが落ち始め、50分経った頃には 盛んに首を振ったり、胸を叩いたりし始めた。
さあ、目分量で2kgも食べた頃、小野君は「もう駄目!負けた!」と後ろの 寝台に引っ繰り返った。イワンは大声で笑うと「ヘーイ!スパシーボ!」=や あ、ありがとう)と、100ルーブルをポケットに入れた。
------この後で喜多少尉は、黒パン500grとバター500grを、30分 以内で食べるのに100ルーブルを賭けて見事に勝ち、100ルーブルを取り 返した。
しかしその賭金は、翌日イワンと小野君に50ルーブルずつ返したとの事だっ た。ーーー腐っても鯛、例え捕虜になっても、陸軍将校として賭事など・・・
ーーーというプライドをなくしていない立派な人でした。
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┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓ ┃▼▽ 心が元気になる話 ▽▼ by
hideおじさん ┃
☆ 緑の革命(1)〜世界の農を拓いた日本人 ――――――― 2008/06/30
= 農業共済新聞参照 =
田舎の田んぼ道を、リュックを背負いバイクで走り回る一人の老人がいた。
通り過ぎる人に気軽に声を掛け、にこやかに走り回るその姿はごく普通のじい さんにしか見えない。みな彼のことを「リュックのゴンジロさん」と呼んでい た。
しかし、この老人がかつて「世界の16億人以上の命を救った」とまでいわれ た技術者であることを知っている人はいない。老人の名は「稲塚権次郎」「世 界の農を拓いた人」とまでいわれている。
東京帝国大学農学部を卒業した若き権次郎は、当初稲の品種改良に苦闘してい た。
彼の努力で生まれたのが「陸羽132号」、そして後のコシヒカリや秋田小町 というブランド米を生むことになった「農林1号」である。
結果だけをみると華々しいようであるが、品種改良という作業は地味以外の何 物でもない。富山生まれの百姓の息子権次郎は、ことのほか農業が好きで苦労 を感じなかったという。
その後、岩手県農事試験場に移り、小麦の品種改良に取り組むことになるのだ が、結果からいうと世界の小麦のほとんどが権次郎の小麦の筋を引いている。
昭和10年、権次郎は小麦農林10号を育成した。
この小麦は「日本の農民のようだ」とも言われた。ーーー背が低くて頑丈で、 骨太でいくら穂をつけても倒れない、まさに百姓のような小麦であった。しか し日本の多雨条件ではその真価が発揮できず、当時はあまり普及しなかった。
「農林10号」が日の目を見るのは、皮肉にもアメリカで、であった。
終戦後、GHQ農業部が農林10号に目をつけ、持ち帰ったのが始まりである が、ボーローグ博士らによって他種と交配、その結果生産量が飛躍的に伸びた のである。
この新種農林10号が世界中に送り込まれ、1960年代中ごろ大規模な飢餓 が予想されたインド・パキスタンでは、それまでより小麦生産量が4倍にも増 え、数千万人の命を救うことになった。
これは「緑の革命」と呼ばれ、この成果によってボーローグ博士は1970年 ノーベル平和賞を受けることになる。
権次郎も翌年、その労が報われ、勲三等瑞宝章を贈られたが「リュックのゴン ジロさん」は変らず飄々としていたという。
現在、農林10号の筋を引く品種は世界中で500以上に及び、50ヶ国で栽 培されている。世界中の飢餓克服に大きな力となったのをはじめ、アメリカ・ ヨーロッパなど主要小麦生産国の生産性を飛躍的に向上させた。
みなこの小麦を、愛情を込めてこう呼ぶ「ノーリン・テン」
権次郎は、昭和63年、91歳でこの世を去ったが、翌年ノーベル賞を受賞し たボーローグ博士が彼の故郷を訪れこう感謝の言葉を述べ頭を下げた。 ┌-------- 稲塚先生の業績は、全世界の人々が高く評価し、心から感謝している。多くの 国々で食糧問題の解決を可能にして下さった。 何十億という人々を代表し、 ありがとうございました。 └--------
現在、日本は小麦のほとんどを外国から輸入している。それが権次郎の小麦の 子孫というのは、なんという皮肉であろうか。激減してしまった日本の麦作を 権次郎はどんな想いで見ているのだろうか。
日本の若き百姓の息子が作った一本の小麦が、今までの、そしてこれからの人 類の食糧確保にいかに貢献しているのか、私たちは覚えておきたい。
= おわり = ┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘ ▽ 「緑の革命(1)」は
┌─┬───────────────────────────────┘ │●│「南の空の英雄(4)」読後アンケート結果。 └─┘
◇ 本当に心が元気になるいい話! ------------------------ 59人 (72%) ◇ 知らなかった..初めて知った
-------------------------- 19人 (23%) ◇ 日本人を美化し過ぎじゃないか
------------------------ 4人 ( 5%)
┌─┬───────────────────────────────┘ │●│ お寄せいただきましたご意見や感想。 └─┘
┌──────────「PACKMANさん」
知らなかったに入れました。
このような話は、当事者、聞く人、時代などで受け取り方はそれぞれ異なるも のです。新聞、TVなどのマスコミは、このような点に注意が不足しています ね。 その点、ブログは書く人の立場がはっきりしているので分かりやすいと思いま す。この記事には感動しました。
└────────── ▼ ┌──────────「hideおじさんから」
コメント頂戴しありがとうございました。
仰る通り、時代によって受け取り方も変っていくでしょうし、またそこから学 ぶものも違ってくるのかもしれません。しかし、当の本人が伝えたいことを、 私たちの今の価値観に無理に合わせてしまっては、伝わるものも伝わらないよ うな気がします。
冷静にみれば、無謀な作戦で若い命が失われたということかもしれません。し かし、彼らの死でオーストラリアの日本を見る目が変ったということも否めま せん。
キリスト教では、「自己犠牲」というのは崇高な行為と見られるところからも 特攻と同じく、自らの命を掛けることに対して、ある種の気高さを感じとった のかもしれません。
長年白人優位の社会であったオーストラリアが、いち早く日本人を同等と認め たこと、それに日本人の若者が少なからず影響を与えた、というのもあながち 言い過ぎとは思えません。
余談ですが、オーストラリアが何故松尾大尉らを海軍葬にしたのか、勿論松尾 らの勇気に対するものですが、こんな逸話が残っております。 ----昔の、シンガポールの教科書に載っていたそうです。 ┌-------- マレー半島で英国軍が敗走する中、唯一といっていいほど激戦となり、日本軍 に多大な犠牲者が出た戦いがありました。その相手というのがオーストラリア 軍でした。
戦闘終了後、日本軍はオーストラリア兵の勇気に敬意を表し、亡くなった2百 名の兵士の墓をつくり、そこに大きな十字架を建てたそうです。そこにはこう 書かれていました。
「私たちの勇敢な敵 オーストラリア兵のために」 └--------
このような日本軍の行為があったから、オーストラリアも勇敢な兵士に対して 礼をつくしたのではないかとも言われています。
こんな「相手を敬う心」こそ、現代の私たちが彼らから学ぶべきことなのでは ないでしょうか。
└──────────
┌──────────「suさん」
「私の子供は大きな孝行をしてくれました。少しも寂しいとは思いません」
「・・・折々かへれ 母が夢路に」
‥‥‥ セツナイ ‥‥‥
└────────── ▼ ┌──────────「hideおじさんから」
本当に切ない思いにかられます。武人の母とはいえ、子を持つ親の気持は何時 の時代でも同じではないでしょうか。
松尾まつ枝さんは、歌人としても有名な方だったようで、亡くした子供に対し てこんな歌も残しています。
愛艇を 撫でつつ想う 呉の宿 名残おしみし かの夜のこと
オーストラリア戦争記念館に飾られていた小型潜水艦に触れたときを歌った詩 で、戦いに行く息子と呉で過ごした最後の夜を思い出したそうです。
そして、息子が最後まで身に着けていた千人針の布が保管されていることを聞 いたとき歌った詩が、
吾子[あこ]の香[か]の 移りし布の しのばれて 温めずやと待ちにしものを
出撃前夜、26歳のわが子を抱いて寝た時の思いが去来してどうすることもで きませんでした。 一度でよいから「吾子の香の移りし布」を抱きしめて寝て みたいと思いました。
君がため 散れと育てし 花なれど 嵐のあとの 庭さびしけれ
まつ枝さんはごく普通の母親です。子を失って、悲しくない母はいないでしょ う。辛くて寂しくて、そして無念で胸が張り裂けんばかりだったと思います。 その気持ちが上の歌に良く表れていると思います。
それでも彼女は、息子が沈むシドニー湾に向かってこう語りかけたそうです。
「母は、心からあなたを褒めてあげます。よくやってくれました」
私たちは、戦争で亡くなった方々を単純に「戦争の犠牲者」と表現してしまい ます。悲劇であり、二度と繰り返してはならないといいます。確かにその通り です。
しかし、それだけでいいのだろうか?と私は思ってしまうのです。
この母のように「よくやってくれました」と言葉を添えてあげることが、亡く なった方が本当に欲しかった言葉だったのではないでしょうか。
└──────────
┌──────────「まいさちさん」
当たり前のことだと思うんですけどねえ…。
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┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓ ┃▼▽ 求職中の中国人材紹介 ▽▼ ┃
―― 日系企業で運転手(日本人との結婚も)希望女性(30才江蘇省南通市)
背はちっちゃい(152センチ)ですけど頑張り屋で、料理はウマイ!掃除洗濯 なんでもOK!‥‥ん?こりゃ運転手とは関係ないか??
----いつもこのパターンですが----けっこうカワイイので、でも、本当のこと でございます。
写真載せましたけれど、あっはっは、まあ、女の子ですからこういうポーズも いいんじゃないかと。(^^;
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┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓ ┃▼▽ 読者の広場 ▽▼ ┃
┌──────────「kenji さん」50代@男性@自営業@九州
やせ我慢さんの「きっかけはメキシコとの不思議な縁」
を読ませていただきました。江戸後期から明治時代に、現代日本の基盤を確立 された私達の先人は素晴らしいですね。それが一部の人間だけではなく、国民 全体が日本人としての気概を強くもっておられたことに、私達は改めて感謝し たいと思います。
それにつけても、現在の日本と比較した時に、外国に拉致された国民を救うこ とのできないこの国にしてしまった我々現在の国民は、大いに反省しこの国を 作り変えないと強く思います。
我々日本人の特徴は、慎み深く、人に寛容で、礼儀正しいけれども、ひとたび 恥辱を受けた場合は、死をも辞さない勇敢で誇り高い国民であったはずです。
これから日本を再生するには、もう一度そのような日本人の精神性を甦らせる 教育が必要だと感じています。それが、真の、世界に通用する国際人をつくる 方策だと考えます
└────────── ▼ ┌──────────「(^^) OJIN です(^^)」
只今やせ我慢さんは、当選した時価1万円のクラウンメロンを、独り占めにし て食べたために、食アタリ?罰アタリ?と揶揄される症状でヘタヘタヨレヨレ しておりまして、コメントを書くことができません。
〜〜〜立ち直りますまでお待ちいただけますよう♪
└──────────
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┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓ ┃▼▽ あとがき ▽▼ ┃
去年日本に戻ったとき、いつもこまめに身の回りの世話をしてくれる中国娘に お土産を、とーーー腕時計を買ってきました。
その娘の嗜好を聞いていなかったので、選ぶときに金色か銀色かとだいぶ考え ましたが、中国はなにしろ「紅と金」の世界ですから、金色ならまず間違いは なかろうと金色のものを買い求めーーー、
戻ってから「ハイお土産!」と渡しましたら、
予想もしていなかったようで「ワ〜〜イ!ワ〜〜イ♪」と大喜びで、
しかし、包装を開いて箱から取り出したら、??ちょっと顔が曇った??
「どうしたの?デザインでも気に入りませんか?」
「いいえ‥‥‥とっても素敵なんですけど‥‥‥」
「?なんか..あんまり嬉しそうじゃないような感じがするんですけど?」
「‥スミマセン‥今の中国では、金色だと田舎者に見られてしまうもんで‥」
!?い、今の中国では金色だと田舎者に見られてしまう?!
┌-------- 僅か十年程前、その頃交際していたおじょーさんに、似合うだろうと見立てて 選んだ銀色のアクセサリーをプレゼントしましたら、
「金色じゃないと(それも24金じゃないと)、貧乏人に見られるから‥‥‥」
と、哀しそうな貌をされて大慌てで取り替えたことがありましたーーー。 └--------
ーーーそれから、
街ゆくおじょーさんたちを観察してみると・・・99.99%のおじょーさん のアクセサリーはシルバー系統ばかりでした――――。
日本に帰る好朋友にお願いして、同じような形のシルバー色に交換してもらっ て喜んでもらえはしましたけれど、金色キンキラキンが大好きだった中国娘も
今や、落ち着いたシルバー色嗜好・・・に、変化したようでございます・・・
----ということは..結婚贈装飾品は..金からプラチナ..ということですね〜〜
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┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓ ┃▼▽ アジアの街角から」フレンドリーメルマガ ▽▼ ┃
┌―――――「ロシア政治経済ジャーナル」北野幸伯氏発行 ▽ ロシアKGB大学卒でロシア在住の北野幸伯氏が、的確且リアルな視点から国 際情勢を分析解説する、将来予測的中率ナンバーワン!の無料メルマガです。 でも堅苦しくはないんですよ〜♪硬い話を軟らかく書くところが凄いんです。
┌―――――「軍事情報」おきらく軍事研究会発行 ▽ 軍事知識は、グローバルビジネスには欠かすことのできない常識です。軍事は 政治や経済と同列、という世界の常識に則った立場で分かり易く切り捌いて読 者に提供してくれる、日本でただひとつの軍事「情報」マガジンです。
┌―――――「国際派日本人養成講座」伊勢雅臣氏主宰 ▽ 現在の日本は情報鎖国時代。え?情報は溢れていますよ?----情報とはなんで しょうか?自分が誤りのない道を歩んでいくための栄養素----海外の正確な事 情は?歴史の正しい事実は?これから進むべき方向は?----それが情報です。
┌―――――「縄文塾通信」中村忠之氏主宰 ▽ コップに半分の水。「まだ半分も残っている」と喜ぶ人「もう半分しかない」 と嘆く人。いまの日本は圧倒的に後者が優勢だ。今年は、極力縄文の有り様に 沿って「陽=プラス思考=楽天的」でいくつもりです。乞うご期待を!
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛ ・ ではまた、ホントに面白い!水曜日号でお会いいたしましょう!(^o^)丿
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