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バックナンバー目次 アジアの街角から:記事集  迷子になったらここ!(^O^)  CHINACHIPS 総合トップ

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┃ ┌─────┐ ┌──────────────────┐ + ☆
┃ ☆ 金 曜 版 ☆  ≪ WEB 熱線 第532号 ≫2005/03/18_Fri  ++++ ☆
┃ │ (*^−^*) │ ├──────────────────┤ +☆
┃ ☆ WEB 熱線 ☆ ―― アジアの街角から:亜洲街巷信息 ―― ++++ ☆
┃ └─────┘ └──────────────────┘ + ☆
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┌―――――――――――☆☆ 今号の目次 ☆☆―――――――――――┐

│・ごあいさつ ------ 新しい読者の皆様、ようこそ!! (^o^)丿

│・祖父の懐旧談録 -- 朝鮮編(3) --------------------- by hideおじさん

│・マレーシアナウ -- 第2国産車メーカー「プロドゥア」の前途
│          └------------------------------ by 坪内隆彦さん

│・読者の広場 ------ たろおじさん。

│・あとがき -------- OJIN の教えて!

└―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
 
◇―――――― 新しい読者の皆様、ようこそ!! (^o^)丿 ――――――◇

│1.週3回・月水金のお届けですが、月→水→金 という流れではなく、
│  「月→月」「水→水」「金→金」というサイクルになっています。

│2.タイトルは同じですが、月曜日号・水曜日号・金曜日号は、それぞれ
│  別々のマガジン、と理解してもらったほうが分かり易いと思います。
│  更に頻繁不定期で「アジアビジネスの現場から」号が配信されます。

│3.ライター兼編集発行の私OJINと数人のライターさんで執筆しています。
│             ___________________
│4.バックナンバーは → http://chinachips.fc2web.com/aaa.html
│      「アジアの街角から題字の右横」→「バックナンバー書庫」
◇―――――――――――――――――――――――――――――――――◇
 

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┃▼▽ 祖父の朝鮮・満州懐旧談録 ▽▼        by hideおじさん
 
☆ 祖父の懐旧談録:朝鮮編(3) ―――――――――――― 2005/03/18
 

―― さて、日韓併合当時の朝鮮を見ると、
 
一応学校制度というものはあったそうですが、ほとんど画餅に等しく、制度そ
のものを根本から手直しすることと、「教育」を行なうことへの理解を求める
ことから始めなければならなかったそうです。
 
しかし、両班(文班・武班を合わせて両班という)と呼ばれる官僚が「旧体制」
の姿勢を崩さず、総督府側から提案した教育制度は真っ向から反対される目に
遭ってしまいました。――当初、総督府の了解のもとに、一応大韓帝国の了承
を得るというのが建前になっていましたが、このような状態では何一つ前へ進
むことが出来なかったため強行策を採用したことが、今日の「反日感情の遠因
になっているのかもしれん」と祖父は言っていました。
 
何故、彼らが日本の提唱する教育制度に反対したのかといいいますと、
 
1−既に大韓帝国としての教育制度がある。
2−漢語が公用語となっている以上、訓民正音(ハングル)などという文字は
  必要ない。
3−教育は各階層(出身身分)毎に行なうべきであり、下賎と一緒に学ぶという
  などは言語道断。
4−そもそも、日本から指示される筋合いではない。
 
この4つが大きな原因だったそうです。
 
日本が、いち早く列強の仲間入りを果たせたのは、「教育」が充実していたか
らだという自負があった総督府役人は、彼らの反対を無視した形で半ば強制的
に教育制度の確立と学校の充実を推し進めていったそうです。
 
しかし、学校を作ったのはいいが、生徒が集まってこないという現実に見舞わ
れ、日本政府から随分叱責されたそうです。何故かというと、
 
・下賎といわれる農民らは、まともな教育を受けたこともなく、一家の稼ぎ手
 を「遊ばせる=学校へ行かせる」のは出来ないと考えた事。
・当時は、地主の了解を得なければ好き勝手が出来なかった事。
・はっきりとした階級差別があったこの当時、学校のように各階層が一堂に集
 うことなど考えられなかった事。
 
などが原因ではなかったのかと言われています。近代の風を受けたことがない
朝鮮では、その何たるかを理解することが難しかったのでしょう。
また、「変化」に対して庶民自体が臆病になっていたであろうことも想像でき
ます。――そんな時代の朝鮮に飛び込んでいった祖父ですが、まず「差別」の
問題が大きいと感じたそうです。
 
当時の朝鮮は、階級制度、所謂「アンシャンレジーム」が非常にハッキリして
いた訳で、日本の江戸時代の「士農工商」などとは比べものにならないぐらい
階級差別が厳しかったそうです。
 
貧民ならまだしも、農奴的な階級も多く、朝鮮人自身の差別意識を払拭させる
ことが大変だったと言っていました。出身地方(○○道といわれている)による
差別があったり、日本人では考えられませんけれど、苗字による差別もあった
そうです。ーー苗字により出自が分り、差別の対象となったということです。
 
ただ、そもそも苗字を持っている人のほうが少ないぐらいだったと言っていま
したので、その複雑な差別意識を取り除くことは、ある意味彼らの文化・歴史
を否定することにも繋がり、苦労が絶えなかったとよく話していました。
 
とにかく階級差別の問題が大きいと考えた祖父らは、他の総督府部門でもこれ
が障害になっていると考えられていた為、両班らの特権を撤廃し、表向き四民
平等にさせるよう心を砕いたということです。
 
その他、検地を行ない、正確な地図を作成すると共に、両班が抱えていた膨大
な隠し田を摘発し、ある程度を小作に分け与えることにより自立を促していき
ました。これらが現在7奪のひとつに挙げられているのはご承知の通りです。
 
しかしこれは、既得権者である両班にとっては到底受け入れられないものであ
り、それこそ生存権を脅かされるものと捉えられたようです。ですから、表・
裏にわたっての反対行動があり、総督府は相当手を焼いたということです。
歴史の本では「たいした反対はなかった」と説明されているものが多いようで
すが、チマチマとした抵抗は暫く続いたそうです。
 
―― 次に問題となったのは「お金」です。
 
祖父は、「朝鮮にはとにかく金が無かった」と言い、毎年のように上司と上京
してはお役所を回り、追加予算を引き出すことに奔走したと言っていました。
詳しい数字は忘れてしまいましたが、台湾以上に予算を組んでもらったにも関
らず、毎年のように赤字で、役人の給料も遅延したこともあったそうです。
 
ーー結局、日本統治の間、ごく一時期を除いて黒字になったことはなかったと
いうのは間違いではないように思えます。
 
日本が朝鮮を搾取していたというのなら、この事実はどのように説明できるの
でしょうか。また、終戦当時の人口が、併合前の朝鮮人口の約2倍になってい
たという驚異的な伸びは、「日本統治時代は、極貧の生活を強いられてきた」
という韓国の言い分とは矛盾するものではないでしょうか。
 
ーー何故なら、人口増加は食料の充実と安定的な生活の上で成り立つものであ
るからです。
 
―― それでも、
 
朝鮮の人々に近代的なシステムを理解させ、なんとか体裁は整ってきたものの
相変わらず学校に集まる生徒は増えず、台湾と比較されては苦々しい思いをし
ていたそうです。
なんとか生徒を集めるために、小作等貧困層に手当金を渡したり、学校の先生
自らが登校を呼びかけて廻り、家に出向いてはそこで文字を教えたりという草
の根教育も行なわれたそうです。
 
ーー祖父は、当時の先生の努力に「本当に頭が下がる」と言っていました。
ーーまた、その時代が一番やりがいもあり楽しかったとも言っていました。
 
現在は「日本人は文字も奪った」とか言われているようですが、祖父が赴任し
た当時は文盲がまだまだ多く、最初から日本語を教えるなどということは不可
能であり、まず「朝鮮語」を教えることから始めなければならなかったそうで
す。
先ず、あまり日の目を見ていなかった訓民正音(所謂ハングル語)を復活させ、
地方地方によって言葉が違っていたのを、ソウルで使われていた言葉を「標準
語」とし、これを普及させることにしました。
そんな中で完成したのが今韓国史上初といわれている「朝鮮語辞典」です。
ーーこれが、朝鮮総督府の指導で作られたことはあまり知られていません。
 
韓国人自身の手で作られたことになっていますので、「じいちゃんらが作った
もんじゃない」と言ったところ、「誰が作ったのかは重要じゃない。みんなの
為になったのだからそれでいい」と反論(?)されてしまいました。
ーー明治の人というか・・・ともかく偏屈な人でした。
 
何より、先生自身も朝鮮語が分らなければ授業など出来るはずもなく、日本人
教師に対する朝鮮語教育が大変だったといいます。授業ができるまでの能力が
必要となるわけですから、生半可なことではなかったでしょう。
ーー当時の先生方の意気込みを思い知らされます。
 
今の検定制度のようなものがあって、先生は先ずこの検定試験を受け、朝鮮語
の実力によって赴任先が決まったり、給料も違ったそうです。そんな先生方で
すが、「平民の文字(ハングル)など使えるか」という反対などもあったものの
草の根教育、そして貧乏な子らには、先生自ら弁当を作って配ったり、家に呼
んでご飯をご馳走したりしたそうです。
 
勿論、朝鮮人先生も育ってきており、お互いに切磋琢磨の状態で教育も加速度
がついて順調に進むようになり、教育現場の人達の努力もあり子供自ら学校へ
行きたいというようになって、やっと学校らしい状況になったと言っていまし
た。
祖父が「今でも忘れられない」と言っていたのは、それまで満足に文字も読め
なかった子供達が一生懸命勉強していた姿だそうです。特に、夜になると街燈
の下で、兄弟が小さなテーブルを出して勉強している姿を見て、祖父は自分た
ちがやってきたことは正しかったと思ったそうです。
 
また、当時の子供達の優秀さも挙げられなければなりません。貪欲ともいえる
勉強意欲は、決して日本人に負けていなかったそうです。
その後の日本語教育においても、彼らの向上心は目を見張らせるものがあり、
「日本人以上に日本人らしかった」と感じたそうです。
――不思議なことに、両班といわれる上層階級出身の子供より、貧乏な子供ほ
ど良く勉強していたように感じたとも言っていました。
 
最初は朝鮮語を主体とした教育であり、「日語読本」という教科書で日本語を
教えていたようです。朝鮮語が主で、日本語が従ということです。その後「国
語」として日本語教育が主となっていったということです。――最終的には、
みんなが日本語を理解出来るようになってきたので、学校を区別する必要も無
くなり「国民学校」に統一し、日本語主体の授業で朝鮮語は選択科目となった
そうです。
 
ただ、決して朝鮮語使用を禁止した訳でもなく、普通の家庭では朝鮮語を話し
ていましたし、朝鮮語の本も多数出版されていたそうです。事実朝鮮総督府か
ら「朝鮮語禁止」の条例は出されていません。
 

                        = この稿つづく =
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘

 祖父の朝鮮・満州懐旧談録「朝鮮編(3)」は、
 
◆−このとおりだったのだろう
http://clickenquete.com/a/a.php?M0000088Q0004551A1eab0
◆−こうじゃなかったのでは?
http://clickenquete.com/a/a.php?M0000088Q0004551A2a0a2
◆−どちらともいえない
http://clickenquete.com/a/a.php?M0000088Q0004551A3b2e8
◆−知らなかった。そうだったのか〜
http://clickenquete.com/a/a.php?M0000088Q0004551A4f4a6
○結果を見る
http://clickenquete.com/a/r.php?Q0004551Ceeea
○コメントボード
http://clickenquete.com/a/cb.php?Q0004551P00C3903
 
締切:2005年03月21日18時00分
協力:クリックアンケート http://clickenquete.com/
 
┌─┬───────────────────────────────┘
│●│ 前回の[祖父の朝鮮・満州懐旧談録:朝鮮編(2)」アンケート結果。
└─┘ http://chinachips.fc2web.com/repo4/
 
◇ このとおりだったのだろう ---------------------------- 60人  (79%)
◇ こうじゃなかったのでは? ----------------------------  5人  ( 7%)
◇ 今後の展開を見ないとまだ ----------------------------  5人  ( 7%)
◇ 知らなかった。そうだったのか〜 ----------------------  6人  ( 8%)
 
┌─┬───────────────────────────────┘
│●│ コメントボードに頂きました感想。
└─┘
┌──────────「ミカの赤い服さん」
 
hideおじさん、こんにちは。「このとおりだったのだろう」に投票しました。
 
◆当時私はまだ影も形も無かったので、本を読んだり人から聞いた話しか知り
ません。私が知っている限りでは、hideおじさんのお祖父さまのおっしゃった
通りなのだろうと思います。
 
◆お祖父さまが恩給を断られたお話は、今の日本人に無い潔さや誇りを感じま
す。人間的に尊敬しますけど、私個人はお祖母さまの肩を持ちたくなります。
(*^_^*)
 
◆私の母方の一族は、戦争が激しくなる前に満州から引き上げたそうです。
でも、満州で得たものは全部諦めて、身一つで帰ってきたそうです。そのこと
だけでも、終戦後の引き上げは本当に大変だったと想像できます。
 
└──────────
 ▼
┌──────────「hideおじさんから」
 
ミカの赤い服さん 毎々のコメント非常に心強く思います。
 
祖父が見た部分が当時の朝鮮・満州の全てを表しているとはいえないでしょう
が、祖父のように感じた日本人がいたことも事実です。 本当に頑固な爺さん
でしたが、お金にだけは綺麗だったと自慢できます。「借金が無いのが唯一の
財産だ」と笑っていましたが、孫からすれば「少しぐらい残しておいてよ」と
言いたくなります。 
 
祖父は、日本に帰ってから、海軍へ入った長男の戦死を知らされました。私に
とっては叔父にあたる人ですが、昭和20年5月に海軍特別攻撃隊に参加して
亡くなりました。帰国後、叔父に与えられた「金鵄勲章」を手に取り泣き崩れ
たそうです。
 
しばらくは、その叔父の軍人恩給によって生計を立てていたそうですが、戦後
は「軍人恩給」を貰っている人は、周りから戦犯のような目で見られるのが辛
かったようです。ですから、祖父は自分に与えられる恩給は断ることで、自分
なりのけじめをつけていたのではないかと思っています。 
 
私が子供の頃の北海道というのは、地理的に樺太からの引揚者が多かったよう
に思います。――小学校のときに、学校で必ずといって良いほど聞かされたの
は「9人の電話交換手」の話しです。
 
北海道最北端の稚内にある「氷雪の門」といったら思い出す方も多いかと思い
ますが、毎年終戦記念日には、この話しを聞かされ戦争の悲惨さを勉強させら
れた記憶があります。
 
満州においても、「青葉慈蔵尊」で有名な日赤看護婦の悲劇等、読むのも辛い
物語が多いです。----青葉慈蔵尊は、インターネット検索してもらえれば要約
を読むことが出来ます----
 
昭和20年8月15日は、終戦というより一般民間人の本当の闘いが始まった
日でもあることを忘れてはならないでしょう。
きっとミカの赤い服さんのご親類も、非常に大変な思いをされてきたと思いま
す。 
 
今回は私見が入ってしまいましたが、次回からは具体的な祖父の体験をお話し
ていきたいと思っています。
 
└──────────
 
┌──────────「gosakuさん」
 
「hideおじさん」ご苦労様です。
 
泣く子は余計に餅をもらえるか 〜韓国の恥ずかしい民族性〜 
 
1965年に決着した謝罪・賠償問題を韓国大統領はまた蒸し返しました。
 
3月1日、盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領は韓国復権60周年を記念して「歴史
見直し政策の一環として日本政府に改めて謝罪と賠償を要求する」声明を発表
しました。
これに対して、日本外務省の高島スポークスマンは、直ちに、謝罪は既に村山
談話で済んでいる、補償請求は日韓条約締結で放棄されている、ことを挙げて
反論しています。
 
盧政権は、日本の統治時代や軍事政権時代の検証など、国内外の歴史清算に取
り組んでいます。対日分野では1月、「戦後補償責任は韓国政府にある」との
政府見解を示す日韓条約関連文書の一部を公開し、戦後補償の補完を検討する
韓国政府の姿勢を示し、
 
これを受け、与党・開かれたウリ党が強制連行被害者や慰安婦の生活支援など
を盛り込んだ法案を国会に提出し、一気に2月臨時国会で可決、政権の実績に
するシナリオが模索されています。
 
ところが、被害者数や救済の範囲、政府の支援事業か企業参加型の基金かの救
済方針が決まらず動きは鈍化。大統領は「賠償」という刺激的な表現を使い、
日本側に自発的な対応を求めることで歴史問題で高まる世論の不満に対処しよ
うとした可能性があります。
 
国内向けのポーズでもありましょうが、何を今更という感がします。竹島問題
を巡る動きや、首相の靖国神社参拝問題など、日本側の対応をけん制したとみ
られます。
 
「hideおじさん」が「祖父の懐旧談録:朝鮮編(2)」の中でもお話されている
ように、日本統治時代の悪い部分だけが強調され、「悪いことだけではなかっ
た」といった発言をした政治家もいましたが、韓国の猛烈な抗議でその政治家
は辞職に追い込まれたことは、まだ記憶している人もいるでしょう。
 
現在の韓国繁栄の基礎は、すべてとはいいませんが日本による莫大なインフラ
投資によって築かれていた事実を無視するわけにはいかないでしょう。日本の
負の部分だけを選んで強調した、いうならば捻じ曲げられた歴史を信奉する日
本の「進歩的文化人」といわれる反日知識人は、未だ折にふれ反日的な言動を
繰り返しています。
 
今まで、日本人はすべての面で西洋に学んで「追いつき追い越せ」と励んでき
ました。日本人がイギリス人やアメリカ人の主張から学ぶということは、イギ
リスやアメリカの言い分をそのまま受け入れ、イギリス人やアメリカ人が日本
の歴史について言っている思想内容をそのまま鸚鵡返しにすることと同じでは
ありません。
 
イギリス人の、自分の悪をもどこ吹く風と受け流す飄々とした語り口を身につ
けることです。アメリカ人の、自己を主張するべきときは何の躊躇いも、けれ
んもなく胸を張って自己中心の世界像を描き出す物怖じしない態度を学ぶこと
です。
欧米に学んで百五十年になんなんとするというのに、知識を学んで知識を得る
方法、意見を学んで意見を述べ立てる態度だけはどうしても学ぶことができな
いでいるのが我が日本人であり、ことに日本の学者、教師、知識人です。
ーーいつになったらこの弊を根本的に改めることができるでしょうか?
 
西洋に学んだ知識人ほど、西洋の思想主張の形式を学ばないで、ただ向こうの
主張の内容を凹型で受け止め、へこみ型の態度で生きています。
 
今日本が置かれている立場は、日本と合邦以前の李氏朝鮮に驚くほど似ていま
す。―――朝鮮半島は、中国とモンゴルに支配されてきました。大半の時期は
中国が宗主国であり続けました。
 
朝鮮半島は、大陸中国に外交権と軍事力を依存するスタイルを取り続けてきま
した。だから李氏朝鮮は非武装国家で、西欧が進出してきたとき、兵隊は2千
人ぐらいしかいなかったといいます。それでも国内政治は安定していました。
武力的に大陸に依存していたからです。
 
そのまま永遠に安泰でいけるならそれも結構でしょう。だがその間にどんどん
国際社会から取り残され、自己保存能力を失っていったのです。そして、いざ
というときに全く動けなかった。
 
今日本が戦後五十年を経ている今日の状況は、当時の李氏朝鮮に似ていると思
いませんか?――当時の清朝と朝鮮の関係は、そっくりアメリカ合衆国と日本
の関係にあてはめることができます、日米安保条約で日本はすっかりアメリカ
に依存してしまっています。
 
外交権も軍事力も、統帥権まで外国に預けてしまっています。お陰でこれまで
日本の国内政治は安定してきました。李氏朝鮮のように!
これまで軍事力を駆使しないで経済大国を維持できた国は歴史上ひとつもあり
ません。――日本は軍事力を持たずに経済力を維持する実験国家なのだという
論調もあります。
しかし、危険度が極めて高いそんな実験をする必要はどこにもありません。
 
軍事・政治・外交・経済――国家というのはこの四輪がバランスをとることに
よって前に進むことができるのです。ところが日本は、経済の車輪ばかり大き
いために、進もうとするとつんのめってしまいます。
 
それを防ぐため、アメリカというジャッキが後ろから車を持ち上げていてくれ
る。ーーそれでどうにか前に進んでいる状態です。が、これは誰が見ても変な
状態です。後ろから手をパッと離されたら、たちまち引っ繰り返ってしましま
す。
こういうことが歴然としているのに、一向に四輪を揃えようとしません。
こういうことをおかしいと思わないのは、まともな神経とはいえません。
 
ーー軍事力というのは、使うために持つのではないのです。
 
それを持っていることによるバランスが、その国家が健康であるかどうかを決
めるのです。そのバランスを欠いている今の日本は病人です。その症状も現れ
ています。だが、本人が一向にその症状を自覚しようとしていません。
 
いま手を打てば回復が見込めるか、それとももう手遅れになっているのか?
そのタイミングについては何ともいえませんが、少なくとも早過ぎということ
は言えません。ギリギリ間に合うか、それとももう手遅れになってしまってい
るのか、ーーそのどちらかであることは確かです。
 
└──────────
 ▼
┌──────────「hideおじさんから」
 
盧武鉉大統領の60年記念式典での演説には「またぞろ」と思いました。まぁ
国内事情もあるのでしょうが、なんといっても、1965年の日韓基本条約の
一部を公開したのが裏目に出たのでしょう。親日を突き上げることを目的にし
たのが、「なんでそんな大事なことを勝手にやるんだ!」と非難されて、後に
引けなくなったのでしょう。
 
しかし、一国の大統領たるもの条約は条約として遵守しなければいけません。
 
それを無視するような言動はどうかと思います。――この日韓基本条約は秘密
協定が多いのが特徴です。今後、それらが明らかにされることで、当時何が決
められたのか分かるでしょう。
 
問題になっている条項というのは、日韓基本協定第2条です。
 
「両締約国は、両締約国及びその国民(法人を含む)の財産、権利及び利益並び
に両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、1951年9月8日に
サンフランシスコ市で署名された日本国との平和条約第四条(a)に規定された
ものを含めて、完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する」
 
これは、日本人が韓国に残した財産の返却要請も破棄するということになって
います。「もともと、韓国の財産で残されたものだから当たり前」という意見
もありましたが、これを言い出すと、条約云々以前の問題で何事も始まりませ
ん。
「条約があるからといって、韓国が被った被害に対して何の責任も無いとは言
えない」と、暗に「条約とは別に保証も考えて欲しい」などの如き発言は言語
道断、国家間の取り決めを無視するのでは国際信義にももとると言わざるを得
ません。
 
まして、当時日本政府は韓国政府に対し「貴国が被った被害及び損失を具体的
に示して欲しい」と要求しましたが、韓国政府からは「具体的物証が揃えられ
ない」という回答で、紆余曲折があり、上記第2条に落ち着いたという経緯が
ありました。
 
これがあるので、外務省の高島さんのコメントは当然のことを言ったまでのこ
とで、何も非難されるべきものではありません。それを、「妄言」などという
言葉で非難するというのはどういう方向から考えても理解できません。
 
祖父は、朝鮮統治時代のことを「全て日本が正しかったとは言わないが、朝鮮
に残したものは大きかった」と言っておりました。幸いなことにこの事実を受
け止めようとする動きが韓国内部でも少しづつですが出てきております。お互
いに良かったこと悪かったことを素直に認めてこそ「友好」であるはずです。
 
ただ、韓国が一本筋が通っているのは「自分のことはさしおいて相手を非難す
る」、という点は日本も学ばなければなりません。「良識的日本人」の、相手
の意見を鵜呑みにして自国を非難する態度は、表面的には韓国でも好評でしょ
うが、腹の内では「日本人なのに何で自国を非難するのだろう?」と感じられ
ているのではないでしょうか?
 
アメリカ人からすれば「不思議な国日本」ということになります。
 
gosakuさんのコメントにありました「今の日本は、日本と合邦以前の李氏朝鮮
と驚くほど似ています」・・・というのは面白い視点ですね。言われてみれば
良く似ています。「情けないないゾ!日本!」と、ーーこんなことを言う自分
も、別な意味で自虐なのかもしれません。(苦笑)
 
しかし、かの国の動静に神経を使い右顧左眄している今の日本は、韓国に何か
言われても迫力が無いです。----ここらあたりの事は、別途、私の専門である
国際関係論からみた「私見軍事学」ということでお話し出来ればと思っていま
す。----今後ともコメント頂ければ幸いです。
 
gosakuさん、まだまだ寒い日が続いております。呉々もご自愛下さい。
 
└──────────
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◆感想やご意見をお待ちしています。 ojindesu@hotmail.com
 http://form.tok2.com/home/Chinachips/otayori.html
 
└―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
 
「祖父の朝鮮・満州懐旧談録」収載ページは ▼ こちら!
 http://chinachips.fc2web.com/repo4/045hideoji.html#t1
 
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┃▼▽ マレーシアナウ(現在) ▽▼          by 坪内隆彦さん
 
☆ 第2国産車メーカー「プロドゥア」の前途 ―――――― 2005/03/18
 

マレーシアには、2つの国産車メーカーがある。
 
1社は本連載第2回で取り上げたプロトン、もう1社はプロドゥアである。
 
1994年に設立されたプロドゥアは、ダイハツ工業と組んで軽自動車を開発
してきた。当初は、ダイハツ工業が20%、同社の現地法人ダイハツ・マレー
シアが5%、三井物産が7%、マレーシア側が残りの68%を出資していた。
 
1994年8月、ダイハツのミラをベースとして「カルチル(Kancil)」の生産
が開始された。1996年3月には、小型ワンボックス車「ルサ(Rusa)」が発
売された。ルサは、インドネシアで1995年から発売している「ゼブラ」を
ベースにして開発された。
 
1998年8月には、マレーシア初の四輪駆動SUV(スポーツ・ユーティリ
ティー・ビークル)「クンバラ( Kembara)」を発売している。これはダイハツ
の「テリオス」をベースにして開発された。2000年6月には、ダイハツの
「ムーブ」をベースにした5ドアの小型多目的車タイプ「カナリ(Kenari)」を
さらに2001年8月にはカンチルの上級車として「クリサ(Kelisa)」を発表
した。
 
この時点で、プロドゥアの累計生産台数は50万台を突破した。
 
50万台目の生産式典には、マハティール首相も参加した。ここで首相は19
94年の生産開始以来、プロドゥアが短期間で飛躍的に成長したことを称賛し
た上で、さらにコスト削減、品質の向上に努める必要があると語った。
 
プロドゥアの品質向上を図るため、ダイハツ工業は既に2001年3月から、
生産・技術スタッフの現地派遣を大幅に増員していた。そして2001年末に
は、ダイハツ工業はさらなるテコ入れに踏み切った。プロドゥアの生産部門を
統括するプロドゥア・オート・コーポレーション(PCSB)の株式の41%を
取得して経営権を握ったのである。
 
これによって、車両製造会社プロドゥア・マニュファクチャリングとエンジン
製造会社プロドゥア・エンジン・マニュファクチャリングもダイハツの傘下に
入った。これら3社の代表者には、ダイハツ取締役の上原義博氏が就任した。
 
マレーシア政府は、国産車メーカーを保護する姿勢を崩していない。
 
2005年から日本などASEAN域外の国からの輸入乗用車の関税率を80
〜200%から50%にまで引き下げたが、最高100%の物品税率を、最高
250%に引き上げられた。それでも、プロドゥアは一層の競争力強化を図ら
なければならない。
 
こうした中で、2005年3月7日、プロドゥアのモマハド・セス会長が「プ
ロトンとプロドゥアが人的資源・開発技術を共有すれば、コストの無駄を省く
ことができる。政府は、そうした連携強化を後押しする優遇措置を検討してほ
しい」と述べ、両社の連携、統合の可能性が一気に高まった。――ところが、
3月10日、ラフィダ通産相は「両社は競合しておらず統合する必要はない」
との認識を示している。
 
いずれにせよ、プロドゥア、プロトン両社が、生き残りをかけて協力関係を築
く必要性は高まってくるに違いない。
 

                        = この稿おわり =
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│◆│ お便りで頂きました感想。
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┌──────────「美龍@バリ島さん」
 
こんにちは、坪内さん。
アジア最大のイスラム教国を目指すインドネシアに在住している私には、今回
の「見直されるトレンガヌ州刑法」も大変興味深い内容でした。
 
昨年でしたか、マレーシアで不法就労をしているインドネシア人に対して、マ
レーシア政府がその摘発と厳罰処置を発表して以来、どうも両国の関係は同じ
イスラム教国でありながらも、敵対関係とも思えるような状況に陥ってきてい
るような気がします。その関係悪化の原因のひとつが、今回のお話にでてきた
イスラム刑法であることは明らかだと思います。
 
マレーシア政府が、摘発したインドネシア人不法就労者に対し、イスラム刑法
の鞭打ち刑を適用すると表明した際、インドネシア政府が、皮肉にも欧米の批
判内容を用いてマレーシア政府の決定を非人道的措置と非難したのは記憶に新
しいところです。確か一度は取りやめになったにも関わらず(延期されただけ
だったのでしょうか?)、刑は執行されたのではなかったでしょうか。
 
イスラム刑法の良し悪しは別にして、同じイスラム教徒同士が、それを理由、
きっかけにして関係が悪化したというのは、なんとも皮肉な話ですよね。
 
インドネシア政府は、アジアで最大・最強のイスラム教国となることを目指し
ているようですが、実際のところ、良くも悪くも自分達の主義都合に合わせて
イスラム教の思想や精神を拡大解釈するクセがあるようですし、また、腐敗し
きった司法制度のもと、刑事、弁護士、裁判官の、いずれの人間もお金でいく
らでも買収でき、彼ら自身が自ら賄賂を要求するようなことがある始末です。
ーーそれが一般市民レベルの日常です。
 
このように、まともな司法制度が機能もせず、罪を犯してもそれが簡単に無罪
放免に近い状態になりうる現状を考えると、おそらく大半のインドネシア人イ
スラム教徒は、イスラム刑法の意味や意義を本当に理解している訳でもなく、
またマレーシアやアラブのような徹底したイスラム教徒のやり方も理解できな
いし、そういう風にもなれないのではないかと思います。
 
先週、摘発を恐れたインドネシア人不法就労者が、マレーシアにあるインドネ
シア大使館に殺到しているという記事が新聞に載り、同時に両国間で海域を巡
る紛争に緊張が高まってきいるという記事もありました。
 
アジアの中で、同様に多数のイスラム教徒を抱える両国の関係がどうなるのか
お互いの基本となるものがどこに置かれるのかは興味深いところですが、願わ
くば両国の関係が軍事行動に繋がらないようにと祈るばかりです。
 
└──────────
 ▼
┌──────────「坪内隆彦さんから」
 
美龍@バリ島さん、こんにちは。
 
私もマレーシアとインドネシアが問題を平和裏に解決する事を願っています。
 
クランタンはともかくとして、マレーシア連邦政府の志向するイスラームは、
インドネシア国民の大多数が受け入れることのできるものだと信じています。
 
マレーシアが、極端な世俗主義と極端なイスラーム復興主義を同時に排して、
近代化と両立しうるイスラームを模索していこうとする限り、インドネシア国
民もそれを支持できるでしょう。改革派イスラームのムハマディアとも、ある
いは世俗主義に近い、かつてのスカルノのイスラームなどとの隔たりもそれほ
どないと思います。
 
いずれにせよ、極端な思想の台頭をお互いに防止することが重要なのかもしれ
ませんね。
 
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◆感想をお待ちしております。 ojindesu@hotmail.com
 http://form.tok2.com/home/Chinachips/otayori.html
 
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│坪内隆彦さんのプロフィール:

│ジャーナリスト。拓殖大学日本文化研究所附属近現代研究センター主任研究
│員兼創立百年史編纂室編纂委員・(社)日本マレーシア協会理事・マハティー
│ル研究会主宰。

│1965年生まれ。慶応義塾大学法学部卒業後、日本経済新聞社に入社、貿易記
│者クラブ(日本貿易振興会記者クラブ)担当記者として通商問題などの取材に
│あたる。1989年退社後、フリーランスで取材・執筆活動に入る。

│1991年に「国連における大国協調の光と影」で佐藤栄作賞(国際連合大学協
│賛財団懸賞論文優秀賞)を授賞。
│1994年に『アジア復権の希望マハティール』を、1997年に『キリスト教原理
│主義のアメリカ』を、1998年に『岡倉天心の思想探訪』を上梓。

│『日馬プレス』で「マハティール十番勝負」を、
│『月刊マレーシア』で「明日のアジア望見」をそれぞれ連載中。
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「マレーシアナウ(現在)」は ▼ こちらに収載!!
 http://chinachips.fc2web.com/repoas/05malaysia.html
 
「アジアの声」▼ 坪内隆彦さんのホームページ。
 http://park5.wakwak.com/~asia/
 
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│  う 丿 み 丿 せ 丿 ん 丿 や 丿 ま 丿 せ 丿 ん 丿
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┃▼▽ 読者の広場 ▽▼
 
┌──────――──「たろおじさん」
 
つい先日、中国は大連へ行ってきました。
 
あるツアーに同行し、のんびりと半分遊び・半分見学交流。
大連は2回目ですが、感想やら印象を一言。
 
1.なんというか、建設の真っ最中で、東北地方開発方針を肌で実感。きれい
なところもあるけれど、掘り返した土砂やゴミがごった返したとこも。
 
2.街の中の市場(大きなビルの中に、小さな商店がいっぱいってやつ)で、客
を見ないで(???)トランプに興じてる店員を見て、少しショック。
でも、買い物をしたらバーコード(?)でレジ登録し、棚に書いてあった値段は
42元なのに、50元渡したら15元のオツリ(^^; とっ、得をした!!
ーー中国で買い物して初体験の出来事。
 
日用雑貨・野菜・肉・酒(ビンの酒や、大きなカメに入った酒を小分けになど)
などテンコ盛りの、クラシックな地元の人専用といった感じの店でした。
 
3.大きなスーパーでは、値段の安さにびっくり。また、全部値札が付いてい
て、レジではバーコード(?)で読み取り清算する日本とおんなじ方式。
葱油餅→私の財布の面積より大きく、マックのハンバーガー並の厚み、中身は
シュウマイとおんなじ感じの豚肉と葱とタマネギ?のミンチが詰まってた----
が、1個で1元(約13円)。
 
マスクをし、頭にきれいなスカーフを巻いたおねえさんが、2つ買ったら1つ
ずつ袋詰めしてくれた。ホテルで朝飯前に食った(?)ら、あんまりおいしくて
ボリュームがあって感激。ーー思い余って、もう一個を日本まで持って帰って
家族にお土産。(チンして加熱殺菌。味も好評だった)
 
4.上記のスーパーでは、生きた蛙(ウシガエル、トノサマガエル)や、スッポ
ンや石亀みたいな亀や、水槽に泳いでるいろんな魚まで売っていた。
 
ちなみにカエルは、500g15元。カメは500g30元だった。
やっぱり中国人は、4つ足は机以外はなんでも食ってしまうんだ・・・。
 
野菜は、ねぎが500g1.8元!!! ってことは100gで4〜5円。
日本風にきれいに、太い白ねぎが5本ぐらいずつ?、テープで巻かれてた。
まだ酷寒の大連だから、もっと南のほうから運んできた野菜?では思うんだけ
ど。
とにもかくにも、値切り交渉なし、現金掛け値なし、明るく綺麗な店内、衛生
的な品物扱い、マスクをした店員、・・・ここは中国か???という、感激。
 
5.ホテルでは、部屋に帰ろうとすると、1階のエレベーターでスッと女性が
同行してきます。(^^;
 
今回は(今回“も”ですって!ホントですよ!)「不要」で過ごしたんですが、
フラッとなりそうな美人もいたんですよ....。やっぱり北方系のせいか、足は
スラリと長く、腰まわりはしっかりとして美人だったり、ふっくら顔の方など
(蒙古系?)大柄な人が多かった。
 
6.ただ、外は寒かった。日差しは強いのに、路上の氷は全く溶けていない。
雪がないので、土が乾燥してるだけ、だけどところどころの川は氷結してた。
 
└──────────
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┌──────――──「(^^) OJIN です(^^)」
 
たろおじさん、暫くおはこびがなかったようで、変化の大きさに驚かれている
様子がよく分かる印象記でございます。でもね、
 
「5」番目の文章の行間に「我要!我要!」という感じが色濃く滲み出てきて
いるような、、、そんな..ヤセガマン..などなさらずに、、カエルや亀の値段
ばっかりじゃなくて、秘貝のお値段なんかも報告してくれたら、もっとみんな
のため....〜〜オット!興味をひいたんじゃないかと思うんですけどね〜〜。
さらに!
文章表現ばっかりじゃなく、写真なんかが添えられておりますともう、、ね。
 
ーー次回は、是非ともよろしくお願いいたします。(^^;
 
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┃▼▽ あとがき ▽▼
 
日本にイーバンク銀行というものができていることを最近知りました。
中国の銀行(中国工商銀行)では「eカード」というカードを発行しています。


これはお互いに関連があるのでしょうか?
それとも、ただ偶然似たような名称になっただけ?
 
ーーご存知の方、教えて下さ〜〜い!!
 


ではまた、ホントに愉快な月曜日号!で、お会いいたしましょう!(^o^)丿
 
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