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バックナンバー目次 アジアの街角から:記事集  迷子になったらここ!(^O^)  CHINACHIPS 総合トップ

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┃ ┌─────┐ ┌──────────────────┐ + ☆
┃ ☆ 金 曜 版 ☆  ≪ WEB 熱線 第529号 ≫2005/03/11_Fri  ++++ ☆
┃ │ (*^−^*) │ ├──────────────────┤ +☆
┃ ☆ WEB 熱線 ☆ ―― アジアの街角から:亜洲街巷信息 ―― ++++ ☆
┃ └─────┘ └──────────────────┘ + ☆
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┌―――――――――――☆☆ 今号の目次 ☆☆―――――――――――┐

│・ごあいさつ ------ 新しい読者の皆様、ようこそ!! (^o^)丿

│・祖父の懐旧談録 -- 朝鮮編(2) --------------------- by hideおじさん

│・マレーシアナウ -- 見直されるトレンガヌ州刑法 ----- by 坪内隆彦さん

│・読者の広場 ------ まもおじさん。

│・あとがき -------- ホワイトデーのプレゼント選び。(^^;

└―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
 
◇―――――― 新しい読者の皆様、ようこそ!! (^o^)丿 ――――――◇

│1.週3回・月水金のお届けですが、月→水→金 という流れではなく、
│  「月→月」「水→水」「金→金」というサイクルになっています。

│2.タイトルは同じですが、月曜日号・水曜日号・金曜日号は、それぞれ
│  別々のマガジン、と理解してもらったほうが分かり易いと思います。
│  更に頻繁不定期で「アジアビジネスの現場から」号が配信されます。

│3.ライター兼編集発行の私OJINと数人のライターさんで執筆しています。
│             ___________________
│4.バックナンバーは → http://chinachips.fc2web.com/aaa.html
│      「アジアの街角から題字の右横」→「バックナンバー書庫」
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┃▼▽ 祖父の朝鮮・満州懐旧談録 ▽▼        by hideおじさん
 
☆ 祖父の懐旧談録:朝鮮編(2) ―――――――――――― 2005/03/11
 

何故、当時の日本が朝鮮を併合することになったのか、満州帝国を興すことに
なったのか、日本サイドではなく、韓国・中国国民が、当時自分達が置かれて
いた状況を冷静に考えてみると、単純に日本を批判することで全てが解決する
ものではないということが見えてくると思います。
 
今の韓国には、この、事実の積み重ねという考えが全く抜けているところに大
きな問題があると思います。自国の将来のためにも、客観的に歴史を振り返る
ことは決して無駄ではないと思うのですが、今の韓国人にはどうも無理のよう
です。
 
祖父が亡くなる前に「どこにも悪いヤツはいるけれど、わしの知っている限り
普通の日本人は誰にも後ろ指を差されることはしとらん」と言っていました。
「お金が絡めば、それに目がくらんで不法なことをする輩もいた。それは日本
人だけでなく、朝鮮人、中国人も同じであった」ということもよく言っていま
した。
確かに、現在日本で犯罪を犯す中国人が目立ちますが、だからといって中国人
の全てが犯罪人ではないのと同様なのでしょう。
 
ただ、祖父は、終戦後満州に残された日本人・朝鮮人に対しては贖罪の気持ち
を強く抱いていたようです。自由に中国と行き来できるようになったら、また
満州へ行きたいと言っていましたが、その時期が来た頃には、体力的に難しい
状態になっていたので非常に残念に思っています。
 
―― 終戦間際、
 
祖父はハルピンにおり、「ソ連侵攻近し!」の情報が入ると、いち早く家族を
日本(内地)へ帰し、自分も逃げる算段を整えているところにソ連が進入。それ
からは自分のことで精一杯だったそうです。
 
逃げる汽車に、追い縋って乗せてくれと懇願する開拓民の人達、それを幾度も
無視して、自分が助かりたいが為にどれだけの同胞を見棄ててきたことか、と
涙を浮かべていたこともありました。
 
それでも、祖父が逃げ出した頃はまだましなほうで、ソ連軍が進入してからは
筆舌に尽くし難い状況だったそうです。よく、ドラマで当時のことを描いたも
のがありますが、「ふん、こんなこっちゃなかった」とドラマに毒づいていま
した。
大学生になった私は、そんな祖父を見て「食えねぇ爺さんだな」とも思ってい
ました。しかし、社会人となり、当時体験された方々から直接お話しを聞くよ
うになるにつれて、何故こうした事実が今もって多くを語られないのか不思議
でなりません。
 
「進歩的文化人」の方々は、中国・韓国の被害を暴くことには殊更ご執心です
が、このような悲惨な目に遭った日本人について取り上げないのは、どうして
なのでしょうか。――外国に誠意(?)を尽くす前に、このような、歴史の中で
無視され、筆舌に尽くし難い辛酸を舐めた人達にこそ「私たち」は詫びるべき
であり、誠意を尽くすべきなのではないでしょうか。
 
祖父は、懇意にしていた満州人、朝鮮人の人々の助けもあり、なんとか日本に
帰ってこれましたけれど、「下関についたときは、持ち物といったら一升瓶の
水だけだった」と笑っておりました。それこそ褌[ふんどし]1枚で帰国した人
も珍しくなかったと話していました。
 
ただ、敗戦となった途端に、満州人・朝鮮人・中国人、入り混じっての暴行・
略奪は凄まじかったそうです。対日本人だけでなく、彼ら同士の暴行・略奪も
あり、自分を含め、人間の醜さを嫌というほど見せられたと言っていました。
 
勿論、全ての満州人、朝鮮人が悪かったのではなく、戦争の混乱がもたらした
ものなのでしょう。祖父は「金や財産が無くなることにはなんの未練もなかっ
たが、苦労して造り上げて来た『国』というシステムが、一夜にして瓦解して
いくのがやりきれなかった」ーーーーそう語っていました。
 
京城(ソウル、以下ソウルとします)まで避難してきたときには、ホッとしたそ
うで、日本に戻ってきたという感じがしたそうです。朝鮮北部と南部ではだい
ぶ雰囲気が異なっていたと言っていました。
 
ソウルは、満州へ赴く前に20年余りも住んでいたところだったせいもあるの
でしょうが----ボロ布のような有様となった満州開拓民が溢れていた他は----
全く普通の生活が営まれていたそうです。「朝鮮万歳」という声は聞こえてい
たものの、険悪な雰囲気もなく、逆に朝鮮の人々に助けられたことが多かった
と言っていました。
また、帰りの釜山では、一緒に連れて行ってくれと懇願する朝鮮人も多かった
そうです。
 
―――― 朝鮮における祖父
 
祖父は、朝鮮総督府の役人として大正半ばに赴任しました。多分中級官吏だっ
たのではないかと思いますが、詳しくは分りません。「教育」が専門だったと
言っておりましたが、有名な国会議員や、国政に係る有名人を呼び捨てにした
り、「あのお茶汲み小僧が」とせせら笑っていたところをみると、それなりの
ポジションにいた人だったのかもしれません。
 
なんでも特別の「恩給」が貰える立場だったらしいのですが、頑なに拒否して
いたようで、祖母などから「家計が苦しいのに」と愚痴られていました。
「わしは金を貰う為に仕事していたわけではない」と気丈に振舞っていました
が、酒好きの祖父が甘酒で我慢していたのを見ると、素直になったらいいのに
と子供ながらおかしく思えました。
 
そんな祖父ですが、
 
「大志」を抱いて赴任した当時のソウルは、良くなったとはいえ驚くほど不潔
で、上下水道もまだ不十分な有様に、「これはえらいところに来てしまった」
というのが最初の印象だったそうです。郊外へ行くにも満足な道はほとんど無
く、インフラと呼ばれるものは皆無に等しい状態だったそうです。
 
当時の大韓帝国の首都がこのような状況ですから、地方となると容易に想像が
つくと思います。ですから、伊藤博文が最初言っていた「朝鮮半島に手を染め
るな」という意味が良く理解出来たそうです。
ーーその、日韓併合に反対していた伊藤博文が初代の朝鮮総監なったのは皮肉
かもしれません。(伊藤博文は、併合ではなく保護国化を唱えていました)
 
しかし、日韓併合は、当時世界中から好意的に受けとめられていたので、今更
「止めた」というわけにもいかず、日本の面目に掛けても独り立ちが出来るよ
うにしなければ、というのが当時の日本政府の考え方だったようです。
 
ーー日韓併合は、ロシアの南下を防ぐという、当時の米国や英国ら欧米列国の
利益にも適っていましたから、彼らからのクレームがなかったのでしょうか?
 
地政学的に見ると「朝鮮半島」を日本に押さえられたら、欧米列強は勿論のこ
と、中国、ロシアが受けるであろう影響は無視出来ないはずです。しかし当時
この日韓併合について、国際的に表立っての非難の声は揚っておりません。
 
当時の中国は、日清戦争もあり、朝鮮まで手が回らないという状況であったの
かもしれません。ロシアも、とり敢えず満州は押さえてあるので、無理をせず
ともという意識があったのかもしれません。
 
にしても、朝鮮半島を日本の支配化に置くということは、大陸に橋頭堡を築か
せるということであり、「侵略」を容易にさせるということは常識的に考えら
れるのに、何故欧米列国も非難しなかったのか不思議でなりません。戦略的に
も、実力行使してでも阻止すべき地域であったはずです。
 
まして米国は、日清戦争後の日本に対して、「独り占めするなよ!」とクギを
差すことも度々でしたし、欧州諸国と日本に対して「門戸開放」「機会均等」
「領土・行政の保全」など三原則を掲げて「俺にも分け前くれよ」と牽制して
いました。
ーーしかし、日韓併合そのものについては、何のクレームもつけていません。
 
貧困のどん底にあった朝鮮半島を、わざわざ身銭を切ってテコ入れなどせずに
誰かに任せ、その後で頂戴するという思惑が中国・ロシアをはじめ欧米列国に
はあったのかもしれません。
ーーこれは私の想像にしか過ぎませんが、いつも不思議に思うところです。
 

                        = この稿つづく =
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 祖父の朝鮮・満州懐旧談録「朝鮮編(2)」は、
 
◆−このとおりだったのだろう
http://clickenquete.com/a/a.php?M0000088Q0004389A17f6f
◆−こうじゃなかったのでは?
http://clickenquete.com/a/a.php?M0000088Q0004389A26620
◆−今後の展開を見ないとまだ
http://clickenquete.com/a/a.php?M0000088Q0004389A33278
◆−知らなかった。そうだったのか〜
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○結果を見る
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○コメントボード
http://clickenquete.com/a/cb.php?Q0004389P00C8eca
 
締切:2005年03月14日18時00分
協力:クリックアンケート http://clickenquete.com/
 
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◆感想やご意見をお待ちしています。 ojindesu@hotmail.com
 http://form.tok2.com/home/Chinachips/otayori.html
 
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│●│ 前回の[祖父の朝鮮・満州懐旧談録:朝鮮編(1)」アンケート結果。
└─┘ http://chinachips.fc2web.com/repo4/
 
◇ 期待しています! (^○^) ----------------------------- 98人  (94%)
◇ −まあまあですね〜(゜.゜) ---------------------------  1人  ( 1%)
◇ −今後の展開次第かな‥‥ ----------------------------  5人  ( 5%)
 
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│●│ コメントボードに頂きました感想。
└─┘
┌──────────「ミカの赤い服さん」
 
hideおじさん、こんにちは。「期待しています!」に投票しました。
 
◆易しい言葉で、とても読みやすかったです。また、ご自分の目でご覧になっ
たことを書かれていたので、多くの読者さんから共感を得やすいだろうと思い
ます。
 
◆私の母方の親戚は、戦中の満州からの引揚者ですが、当時の事を誰も話して
くれませんでした。ですから、いろんな方からお話を聞けて、勉強になってい
ます。
 
◆私は1962(昭和37)年に九州の博多で生まれました。5年の違いがあり
ますが、引揚者や在日外国人の方が固まって暮らしていたという記憶はありま
せん。でも、母が「どこどこの子と遊んじゃダメ」とか言っていたので、私が
全く気にしなかっただけで、実はあったのかもしれませんね。
 
└──────────
 ▼
┌──────────「hideおじさんから」
 
ミカの赤い服さん いつも暖かいコメントありがとうございます。
 
おっしゃるように、不思議と満州からの引揚者の方々は多くを語らないように
思います。寡黙の中にこそ..引揚者の方々の労苦が秘められているのではない
でしょうか。
私の祖父も、満州時代については多くを語りたがりませんでしたが、少しでも
あの時代を生きた人たちの気持ちを伝えられるよう、これからも筆を進めて行
きたいと思っています。
 
└──────────
 
┌──────────「あ〜さん」
 
私とほぼ同じ年齢なので、時代感覚も同じようです。ただ立場が、私は在日と
いう事で視点が違うかもしれませんが、楽しみにしています。
 
多分、日本全国で同じようなバラック住まいの人達は近寄るなと言われていた
と思います。子供の頃は随分悔しい思いをしましたが、そんな感覚を覚えてい
てくれるだけでも親近感が生まれますね。
 
└──────────
 ▼
┌──────────「hideおじさんから」
 
あ〜さん コメントありがとうございました。自分の意見はなるべく押さえ、
祖父が語ったことをそのままお話しさせて頂きたいと思っています。その中で
あ〜さんのご意見とは違うものが出てくるかもしれませんが、それはそれとし
てお読み頂ければありがたいと思っています。
 
日本人だろうが在日であろうが、同じ時代、同じ場所で生きたことには何の変
わりはありません。 必ず、お互い理解し合える部分があるはずです。それを
見つけることこそ、我々の世代の人間が子供たちに伝えていかなければならな
いことではないのでしょうか。
 
└──────────
 
┌──────────「桃源さん」
 
HIdeおじさんに大いに期待します。同じ「匂い」を感じます。
 
└──────────
 ▼
┌──────────「hideおじさんから」
 
桃源さん、応援ありがとうございます。
このような記事を書くのは初めての経験なものですから、幼稚な表現などある
かもしれませんが、最後まで読んで頂けると有り難く思います。
 
└──────────
 
┌──────────「はげさん」
 
とても期待しています。なかなかこのような話は聞くチャンスがありませんか
ら・・。
僕は、帰国事業が盛んであったころ学生でした。当時の僕は左翼学生で、デモ
などにも参加したり、帰国事業は悪くないと思っていました。後に千里馬なん
ていう北朝鮮の宣伝映画を見て凄いと単純に思っていました。
 
当時は、従軍慰安婦とか強制連行などという言葉は知りませんでしたが(当た
り前ですよね、そんな言葉はもっと後に出来たようですから)、一方的に日本
は悪いことをしたと、報道などによって社会教育されてきた世代でした。
 
でも全く不思議に思っていたことは、日本が「植民地」としていた地域(朝鮮
・台湾)が、圧倒的に他のアジア諸国より進んでいるように見えたのはなぜだ
ろうということでした。
今は、新聞などの一方的報道ではなく、インターネットの普及で多少の勉強を
させていただいたり、埋もれていた記事が読めるようになってきましたので、
多少は分かるようになってきました。
 
hideおじさんのような正直な証言は(だから今後とも脚色はしないでください)
よいことも悪いことも含めて、とても興味があります。がんばってください。
本当に期待しております。
 
└──────────
 ▼
┌──────────「hideおじさんから」
 
はげさん、私が大学生の頃は、学生運動も下火になってましたが、私はどちら
かというと左寄りの考え方を持っていました。それで随分祖父とぶつかりまし
たが、なんとか大学の先生より、祖父の話のほうが矛盾がないんですね。
ーーそれが自分の考えを見直すきっかけとなりました。
 
自分なりの意見もありますが、極力私感を含まず、祖父から聞いたままをお話
して行きたいと思っています。帰国事業につきましては、祖父の話と私が大学
で調べたことを踏まえてお話したいと思っております。
 
└──────────
 
┌──────────「パトリ夫さん」
 
素晴らしいおじい様ですね。人間として尊敬します。
 
中国・韓国の、国を挙げての反日は、日本と日本人の実態を知らぬ若者に洗脳
にも似た反日教育を施してきた結果だということが良くわかりますね。実際、
日本に来て考えを改めた人も結構多いと聞きます。
 
└──────────
 ▼
┌──────────「hideおじさんから」
 
パトリ夫さん コメントありがとうございます。 私の友人である中国の方も
日本に来て、初めていろいろな書物に触れ考えることが多くなったと言ってお
りました。 日本は勿論、韓国の方も中国の方も、色眼鏡ではなく歴史を振り
返ることの出来るようになってもらいたいものです。
 
今回の話は、それに少しでも近づけたらと思っています。
今後とも、応援宜しくお願い致します。
 
└──────────
 
┌──────────「へいわアトムさん」
 
終戦時は、私が10歳のときです。昭和21年9月に満州より帰国しました。
当時、中国人の町(私達は満人といっていました)に住んでいました。当時を思
い出しながら読んでいます。今後の連載を楽しみに待っています。
 
└──────────
 ▼
┌──────────「hideおじさんから」
 
へいわアトムさん 昭和21年9月というと、祖父が帰国した時期と全く一緒
ですね。詳しい日時は分かりませんが、釜山を出て下関に着いたと言っており
ました。万が一、一緒の船だったとしたらこれも不思議な縁かもしれません。
 
ご期待に添えられるかどうか不安ですが、肩の力を抜いてお話しを進めて行き
たいと思っておりますので、今後とも宜しくお願い致します。
 
└──────────
 
┌──────────「中年不良探偵団さん」
 
国の政策レベルと庶民の生きかたが重複する時代は、結果からみれば「言いが
たき事」が多いのが「歴史」だと考えます。後知恵ではない「体験」したこと
を「語り継ぐ」大切なものを読ませていただきました。
 
「語り継ぐ」中での「重複部分」が、きっと「庶民の歴史」になり相互理解の
「教科書」になっていくのでしょう。同じ場所、同じ時間に見た風景も、時が
経つと異なった「言説」になることもありましょう。それでも「一級の素材」
として「語り継ぐ風景」は大切なものと考えます。
 
読むうちに、、め・だ・まが潤んだ、、のは「後知恵」が着かぬ事実だからと
信じます。更に書き残してください。
 
└──────────
 ▼
┌──────────「hideおじさんから」
 
中年不良探偵団さん 今、私が祖父に文句を言いたいのは、何故その経験を書
いた物で残してくれなかったのかということです。ーー酒好きで、面白い爺さ
んだっただけに、きっと笑いと涙の溢れる物語を残してくれたのではと思って
おります。
 
今更言っても詮無いことですが、孫として、祖父のような人間もいたことをみ
なさんに知ってもらいたいと思います。
朝鮮、満州に行った内地の人間は、韓国、中国から言われるようなことではな
く、それぞれ一生懸命生きてきたことを分かってもらいたいと思います。
 
└──────────
 
┌──────────「爺さん」
 
今後もお話を楽しみにしています。
 
大阪の下町に住んでいた昭和10年頃..hideおじさんのお話より20年余り前
近くにそういう人達が沢山住んでいました。違和感無く仲良くしていました。
 
貧しい人も、豊かに暮らしている人も居ましたし、強制連行だとか反日だとか
全く感じませんでした。
 
└──────────
 ▼
┌──────────「hideおじさんから」
 
爺さん コメントありがとうございました。
 
既に会社をリタイアした上司の話しですと、自分が国民学校の児童だった頃、
級長は在日の子供だったと言っておりました。これは決して珍しいことではな
かったとも言っておりましたが、子供の頃は国境がないのに、大人になるにつ
れて心に国境が出来てしまうことは....何か空しいものを感じてしまいます。
 
└──────────
 
┌──────────「タニアキラさん」
 
興味深いです。これからどんどん読ませてください。楽しみに待ってます。
 
└──────────
 ▼
┌──────────「hideおじさんから」
 
タニアキラさん ご期待に添えるよう頑張りますね。
今回は、とにかく右左関係なく祖父から聞いたことをそのままお話しするとい
う趣旨で書き進めます。
 
└──────────
 
┌──────────「gosakuさん」
 
心に沁みこむような懐旧談ですね、不景気だといって不平を言っている人たち
には想像もつかないでしょうが、あの頃は衣食住すべて貧しかったですね。
続編を期待しています。
 
└──────────
 ▼
┌──────────「hideおじさんから」
 
gosakuさん わざわざコメントを頂戴し恐縮です。若輩の私がこのように寄稿
するようになったのも、gosakuさんの寄稿を読ませて頂いて「私も何かしなけ
れば」という気持ちになったからに他なりません。
ーー今後とも、先輩としてコメントを頂戴出来ますれば幸いです。
 
└──────────
 
└―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
 
「祖父の朝鮮・満州懐旧談録」収載ページは ▼ こちら!
 http://chinachips.fc2web.com/repo4/045hideoji.html#t1
 
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┃▼▽ マレーシアナウ(現在) ▽▼          by 坪内隆彦さん
 
☆ 見直されるトレンガヌ州刑法 ―――――――――――― 2005/03/11
 

イスラームには独自の刑法体系があり、フドゥード(Hudud)とキサース(Qisas)
に大別される。
まず、フドゥードは、窃盗、強盗、姦通、背信行為などが対象で、罪に対して
鞭打ち、手足の切断、投石による死刑などの罰が定められている。これに対し
てキサースは、傷害や殺人等の罪に関わるもので、遺族や被害者が同じ方法で
報復したり殺したりする権利を与えられる。
ーーただし、被害者側が許せば示談金によって解決できる。
 
こうしたイスラーム独自の刑法に対しては欧米の反発が根強い。
 
例えば1996年12月には、サウジアラビアの刑法を巡る議論が沸きあがっ
た。――きっかけは、同国東部ダーランのキング・ファハド基地病院の自室で
オーストラリア人看護婦イボンヌ・ジルフォードさんが刺殺体で発見されたこ
と。
捜査の結果、同僚の看護婦でイギリス人デボラ・ペリーとルシル・マクロフラ
ンが容疑者として逮捕された。裁判の結果、パリー被告に死刑、マクロフラン
被告に禁固8年と鞭打ち500回の判決が下った。
 
これに対して、イギリスのクック外相は1997年9月23日、判決に憂慮の
念を示しサウジの司法制度を批判した。この時、イギリスの大衆紙『ミラー』
は、「中世の刑罰は文明社会にそぐわない」とまで批判した。
 
結局、被害者の遺族との間で示談が成立し、死刑は執行されず、1998年に
釈放された。英紙の報道によると、示談金は、サウジに巨額の武器を輸出する
関係から、英企業ブリティッシュ・アエロスペースなどが中心となって寄付し
たという。
 
一方、イランでは1979年の革命後、イスラーム刑法が復活した。
パキスタンでも1979年に、スーダンでは1983年にイスラーム刑法が導
入された。
 
だが欧米は、14世紀も前のイスラーム成立時に出来た法律を現代に適用する
のは無理だと批判してきた。これに対してイスラーム教徒たちは、イスラーム
刑法の理念の正しさを主張してきた。例えば、かつてイランのアルデビリ最高
裁長官は次のように語っていた。
 
「刑罰には3つの目的がある。罪の償い、二度と罪を犯さない戒め、そして他
人への教訓。ところが西欧では、罪人は病気だから、治癒が大事で罰せられる
べきでない、との考えが蔓延している。イスラムは、罪人が罰せられることも
同様に重要だと信じている。イスラム外の世界は、厳罰にだけ目を向け、その
あと治療し、同胞として扱うという面を無視している。罰だけでなく、道徳、
信心、教育にも十分価値を置いていることを忘れないでほしい」
 
△△『朝日新聞』1985年7月10日付朝刊
 
イスラーム刑法が導入されているのは保守的なイスラーム国家だけではない。
近代化の進んだマレーシアにおいても、一部の州ではイスラーム刑法の導入が
試みられてきたのである。クランタン州では、野党の全マレーシア・イスラム
党(PAS)が政権を握り、既に1993年にイスラーム刑法を制定している。
いまなお、クランタン州では、同党が政権を維持している。
 
これに対して、いま大きな変化の時を迎えているのが、トレンガヌ州である。
本連載第3回「『時代変化に適応できるイスラーム』の勝利」で書いた通り、
2004年3月の総選挙で、与党連合(BN)が、同州議会32議席のうち28
議席を獲得して圧勝、政権を奪回したからである。
 
トレンガヌ州では、PASが1999年の選挙で勝利して政権を握り、独自の
イスラーム化を推進した。2002年6月には、PAS急進派のアブドル・ハ
ディ・アワン同州首相が総裁代行に就任、その翌月同州議会はイスラーム刑法
を可決した。
強盗殺人は磔[はりつけ]による死刑、窃盗は、初犯が右手切断、再犯は左足切
断、イスラーム教徒の飲酒には鞭打ち最高80回などを定めた。――そして、
2003年10月27日、同法は施行に移された。
 
同日、マハティール首相は、トレンガヌのイスラーム刑法が国内法令に矛盾す
れば法的措置に訴えると牽制した。マハティール首相はイスラーム刑法の理念
自体を批判したわけではない。PASがイスラーム刑法を政治的に利用しよう
としていることを警戒したのである。
 
また、マハティール首相の主眼は、イスラーム刑法が成立した時代と比較して
大きく変化した環境に鑑みて、刑法が女性に抑圧的に機能することを懸念して
いるのである。
△△『New Straits Times』2003年9月2日
 
PASが政権を握った5年間で、トレンガヌの経済状況も悪化していた。連邦
政府と敵対したことで、同州の開発事業は窮地に立たされていた。
 
2004年3月の選挙で、BNがトレンガヌの政権を奪回したことで、状況は
大きく変わりつつある。BNが新首相に指名したイドリス・ユソ氏は、早速イ
スラーム刑法を見直す方針を打ち出しており、同法の撤廃も近づきつつある。
 
連邦政府は、ユソ政権に対して積極的に財政的支援をする姿勢を示している。
同州への投資が活発になるのも確実である。すでに、国営石油ペトロナスは、
同州クルテに商業・居住複合施設を建設する計画を明らかにしている。
 
トレンガヌの開発に勢いがついてきそうだ。
 

                        = この稿おわり =
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘

◆感想をお待ちしております。 ojindesu@hotmail.com
 http://form.tok2.com/home/Chinachips/otayori.html
 
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│坪内隆彦さんのプロフィール:

│ジャーナリスト。拓殖大学日本文化研究所附属近現代研究センター主任研究
│員兼創立百年史編纂室編纂委員・(社)日本マレーシア協会理事・マハティー
│ル研究会主宰。

│1965年生まれ。慶応義塾大学法学部卒業後、日本経済新聞社に入社、貿易記
│者クラブ(日本貿易振興会記者クラブ)担当記者として通商問題などの取材に
│あたる。1989年退社後、フリーランスで取材・執筆活動に入る。

│1991年に「国連における大国協調の光と影」で佐藤栄作賞(国際連合大学協
│賛財団懸賞論文優秀賞)を授賞。
│1994年に『アジア復権の希望マハティール』を、1997年に『キリスト教原理
│主義のアメリカ』を、1998年に『岡倉天心の思想探訪』を上梓。

│『日馬プレス』で「マハティール十番勝負」を、
│『月刊マレーシア』で「明日のアジア望見」をそれぞれ連載中。
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「マレーシアナウ(現在)」は ▼ こちらに収載!!
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「アジアの声」▼ 坪内隆彦さんのホームページ。
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┌──────――──「まもおじさん」男性@四十代@自営業@東京
 
―― 日本人は、その国で暮らしている日本人を信用しない
   http://chinachips.fc2web.com/repo/001406.html
 
素人旅行者の意見ですが、在外の日本人の方は、距離感が変化しているように
思います。韓国人によく「日本人は冷たい」と言われますけど、一般的に日本
人は「淡きこと水の如し」で、人間関係の距離を離して付き合います。
 
その点、在外の日本人は、現地に合わせて距離を近づけて接してこられるので
距離に慣れない日本人は引いてしまうのではないでしょうか?
「同じ日本人なのになんでこんなに親切なの?」というわけです。これが現地
の方だと単純に「ここの人は親切だ」になってしまうわけです。
 
差別しているわけでは無しに、同じ日本人だからこそ同じ距離感で接してこら
れないので警戒してしまうのではないでしょうか?怖いだけだと思いますよ。
ーー日本人には、付かず離れずアッサリとが良いと思います。
 
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┌──────――──「(^^) OJIN です(^^)」
 
なるほど〜!ーーーーたしかにそういう部分はあるかもしれません。
 
日本人なんてたまにしか見かけませんから、女日照りに傾城の美女!‥‥みた
いな感じになっているのかもしれないですね、、。怖がらせていたんですね〜
ーーこりゃ気をつけなくっちゃ....。
 
日本国内でも、同じ出身地の人とめぐり合うと、思わず盛り上がってしまう..
あの感覚と似たようなものかな??
 
意識せず知らず知らずのうちに、自分が持っているその国の知識をヒケラカス
ということもあるのかもしれませんですね。ーーそんなところが反感されてい
る..。
これからは距離を置いて付き合う....ことを心掛けるようにしなくちゃ....。
 
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┃▼▽ あとがき ▽▼
 
 OJIN が親密な関係になりたいと恋い願っている某小姐から、バレンタインに
チョコレートを頂きました。\(^o^)/


じゃー、ホワイトデーには必ずお返しをしなくちゃなんないなー。
 
考え抜いた末に、そうだ!彼女の妹なら彼女の好みを良く知っているだろう!
 
ーー妹と一緒にホワイトデーのプレゼント選び・・・。
ーー二人でデパートへとやってまいりました。
 
ためつすがめつ慎重にあれこれと検討して....毛がフサフサとなったかわいい
"手袋"に決めました。ーー彼女の妹は、ついでだからとかなりきわどいビキニ
のパンティーを買いました。当たり前田の代金は OJIN が払ってプレゼント。
 
ーー包装されたそれぞれの商品を抱えて帰る二人。
 
ーー嗚呼、しかし、
 
デパートの売り子小姐が、 OJIN の商品と..妹の商品を..取り違えて渡してし
まったことなど..知る由もない OJIN はせっせと、、
 
そうだ!プレゼントには手紙も添えたほうがいいな!
 
「このプレゼントを選ぶために、あなたの妹さんと二人でデパートへ行って、
心をこめて選んできました。安心できないので、妹さんに試しに着けてもらっ
てその具合をジックリ見て、それでもまだ心配だったので、デパートの売り子
嬢にも試しに着けてもらってその様子も見て、ようやく決心して決めました。
 
このプレゼントが、美しいあなたを飾っている光景が目に浮かんできます。
今年は、こういう毛がフサフサとして見えるタイプが流行なんだそうです。
この次にお会いする時には必ず使って頂いて、わたしに見せて下さいね〜。
 
――あなたの忠実なる僕[しもべ] OJIN より」
 


ではまた、ホントに愉快な月曜日号!で、お会いいたしましょう!(^o^)丿
 
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