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┃ ☆ 金 曜 版 ☆ ≪ WEB 熱線 第520号 ≫2005/02/18_Fri ++++ ☆
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┃ ☆ WEB 熱線 ☆ ―― アジアの街角から:亜洲街巷信息 ―― ++++ ☆
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┌―――――――――――☆☆ 今号の目次 ☆☆―――――――――――┐
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│・ごあいさつ ------ 新しい読者の皆様、ようこそ!! (^o^)丿
│
│・時事事象私見 ---- 靖国神社参拝と日中摩擦を抉る(後編) by gosakuさん
│
│・マレーシアナウ -- 錫の街に出現したテーマパーク --- by 坪内隆彦さん
│
│・読者の広場 ------ hideおじさん。
│
│・あとがき -------- 「ボロボロになった覇権国家」を読了して。
│
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◇―――――― 新しい読者の皆様、ようこそ!! (^o^)丿 ――――――◇
│
│1.週3回・月水金のお届けですが、月→水→金 という流れではなく、
│ 「月→月」「水→水」「金→金」というサイクルになっています。
│
│2.タイトルは同じですが、月曜日号・水曜日号・金曜日号は、それぞれ
│ 別々のマガジン、と理解してもらったほうが分かり易いと思います。
│ 更に頻繁不定期で「アジアビジネスの現場から」号が配信されます。
│
│3.ライター兼編集発行の私OJINと数人のライターさんで執筆しています。
│ ___________________
│4.バックナンバーは → http://chinachips.fc2web.com/aaa.html
│ 「アジアの街角から題字の右横」→「バックナンバー書庫」
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┃▼▽ 時事事象私見 ▽▼ by gosakuさん
┃
☆ 靖国神社参拝と日中摩擦を抉る(後編) ―――――――― 2005/02/18
もともと両国首脳の相互往来を止めてしまったのは、江沢民前国家主席です。
しかも、後のことも考えずにかなり感情的にやってしまった、対話を拒絶して
しまったところに江沢民氏のカードの切り間違えがあったのです。胡錦濤氏に
してみれば、靖国問題があっても、小泉首相に中国に来てもらって改めて抗議
する、というほうがずっと有効に靖国ガードが使えたと思っているはずです。
けれど往来をやめてしまったら、小泉首相が靖国参拝を中止するか、A級戦犯
を分祀する、といった極端な方法でなければ解決できないことになってしまい
ました。
では、胡錦濤氏が何らかの譲歩をして軌道修正を計れるかといえば、それも難
しいでしょう。なぜなら胡錦濤体制はまだそれほど基盤が強くなくて、中国の
最高決定機関である中央政治局常務委員会でも胡錦濤のグループはまだ少数派
です。
対日問題を材料に政敵を批判するのは、過去の権力闘争の常套手段ですから、
胡錦濤氏も簡単に弱みを見せるわけにはいかない。だから、水面下でシグナル
を出し、日本側に何とか譲歩してほしい、というのが本音でしょう。
江沢民氏の場合には「靖国問題があるから日本は謝れ!」という非常に感情的
な主張をするばかりでそこで対話はストップしてしまいました。それに対し、
胡錦濤政権になってからは、「靖国問題が解決すれば、他の問題も解決する」
というメッセージに変わってきています。
つまり、江沢民氏は無条件降伏を求め、胡錦濤氏は取引を持ちかけている、と
解釈できます。日中の関係を修復、発展させたいという意志を持つ胡錦濤政権
は日本にとってはまたとない相手だと思います。それが対日問題で追い詰めら
れる局面になれば、日本も何らかのボールを投げる必要があるでしょう。
しかし、そのボールが靖国でなく、例によって、ビジネスを優先して、納得も
していないのに譲歩したり、取り敢えずの謝罪を繰り返す従来の手法では将来
に大きな禍根を残すだけでしょう。
外交には、取引できる問題と取引してはならない問題があります。国のアイデ
ンティティや主権に関わる問題は、原則原理を貫き、絶対に取引などしてはな
りません。それが一番大事なことです。
戦死者の追悼というのは、国家としてのあり方の根本原則に関わる問題です。
そこを譲ってしまったら、国家としての日本はどこかで壊滅的に崩れてしまい
ます。
しかし、もうひとつの見方としては、靖国については一歩も譲らない、という
こともひとつの国益でしょうが、何事も経済が優先する現代で、暗礁に乗り上
げている問題、例えば日本新幹線方式の採用問題などを解決することも、やは
り国益だという声も経済界から上がっています。
----この二つの折り合いが難しいですね。
中国経済が急速に台頭するなか、周辺アジア諸国はみな「中華秩序の再来」め
いた重圧を感じています。そこで民族としてのアイデンティティをどのように
保っていくかは、非常に重要な課題です。日本としては、繁栄を維持して次の
世代に引き渡すことも現世代の責任であり、そのためには中国から顔を反らし
ているわけにはいかない、という声もあります。
――「反日」運動の正体は「反共産党」運動である!
いま、中国国民にとって最大の不満の対象は、外資と結託して勝ち組にのし上
がった一部の共産党幹部です。彼らに対する反発をストレートには表せないの
で、形を変えて噴出しているのです。中国社会もようやく「世論」というもの
を表現できるようになり、しかも、政府をも動かせると知った“興奮”です。
いま中国で最も表現しやすい世論はなにかといえば、それは「反日」です。
「反日」でさえあれば、どんなに過激なことを言っても大丈夫だからです。
さらに、
日本人からすれば意外かもしれませんが、反日活動家にいわせると「日本は怖
い」のです。世界第二位の経済力を持ち、通常兵力も世界第二位、原爆だって
すぐ作れるだろう、という国が隣にあるーー彼らは本気で日本を怖がっている
のです。
政治家や外交官の「反日」発言は、実は日本にではなく、中国国内に向けて発
せられたもので、日本に対して弱腰ではないというアピールなのです。今中国
では「親日」というレッテルを貼られると、非常に大きなダメージですから、
「親日」といわれないように必死で「反日」パフォーマンスをしなければなら
ないのです。
中国政府は、政権の求心力を高めるために「反日」という万能薬を多用し過ぎ
た結果、政府の思惑を超えた暴走が起こったり、対日外交の選択肢を極端に狭
めたりといった“副作用”に悩まされているのも事実です。
―― では日本は、
中国という巨大な隣人とどのように付き合っていけばよいのでしょうか?
一つの例として、これまで中国に進出して企業が失敗するのは、中国に行って
も、日本国内にいるのと全く同じやり方を通そうとするからです。ムラ社会の
ままなんです。董事長(会長)も総経理(社長)も日本人。
ーー他の国で、こんな馬鹿なことをやっているところはありません。ドンドン
現地スタップを使って出世させています。
日本人が中国と本気で付き合おうと思ったら、むしろ中華世界の一員になるぐ
らいの覚悟が必要でしょう。遣唐使のように、もう日本には帰らない、墓も向
こうに作る、という覚悟を持って臨むというのもひとつの道です。
しかし一方、自分は中国人にはとてもなれない、なりたくないというのであれ
ば、日本人は、もっと大きなユニバーサリズムの立場に立つ事でしょう。中国
とは常に適切な距離を保ち、東南アジアや欧米、インドなども視野に入れなが
ら付き合っていく。言い換えれば、日本人が中国に呑み込まれないためにも、
常にグローバル・スタンダードで付き合うということです。
―― 中国の若い友人と話していると、
彼らにとってこの前の日本との戦争といえば、日本と中国の間の戦争しか意識
にないようです。僕が、対中戦争と同時に、アメリカとも戦ったせいで日本は
存亡の淵に立った、と説明するとなにか意外な話を聞いたような顔をします。
僕は、もっと生身の日本を見てもらう努力をすべきだと思います。ささやかな
ことですが観光客を増やす、といったことでも日本を知ってもらう効果は意外
に大きいのではないでしょうか。中国の反日感情をけしからんと怒っていても
はじまりません。むしろ、必要なのは中国の「反日」の実態・背景についての
徹底的な分析と研究です。
99年にNATO軍がユーゴスラビアの中国大使館を空爆したとき、反米デモ
が起きました。当初は中国当局がやらせたのですが、やがて学生が騒ぎ出し、
政府のコントロールを超え、抑え切れなくなりました。そのときアメリカは、
ハーバード大学に中国専門家、学者たちを集めて、どうしてこういう反応が起
きたのかという調査・研究を行ったのです。
日本には、こうした機関や取り組みは残念ながら皆無といっていいでしょう。
これまで、日本で中国との交渉を担当してきたのは誰かといえば、自民党経世
会の政治家、外務省のチャイナスクール、そして財界などの日中友好屋さんた
ちです。ーーこれは、外交でもなければ、戦略などもありませんでした。
あるのは、ゼネコンに公共事業を回すのと同じ利権だけです。我々は、彼らに
日中関係をいわば「丸投げ」してきた。ーーそこに間違いがあったのです。
―― しかし、長い目では決して悲観していません。
ようやく日本にも、中国に対して原理原則で当たっていこう、という世代が現
れてきています。
いま、靖国問題や東シナ海問題で日中に摩擦が起きています。これはある意味
でいいことだと思います。これまで譲れない対立があっても、無原則に対応し
てズルズルと譲ってきた。そこをようやくキチンと対応するチャンスが来てい
るのですから、目の前の摩擦に過剰反応して、これまでと同じことを繰り返し
てはいけないと思います。
小泉首相も、日中関係の見取り図について、もっとキチンとしたメッセージを
出すべきでしょう。
ーー「中国は脅威ではない」といった最初の政治家なのですから。
= この稿おわり =
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↓
「靖国神社参拝と日中摩擦を抉る(後編)」は、
◇ このとおりだと思う ---------------------------------
48人 (66%)
◇ そうではないと思う --------------------------------- 10人 (14%)
◇ どちらともいえない --------------------------------- 6人 ( 8%)
◇ 知らなかった。そうだったのか〜 --------------------- 9人 (12%)
┌─┬───────────────────────────────┘
│●│ コメントボードに頂きました感想。
└─┘
┌──────────「今村慎一郎さん」
戦争は最も多くの多面性を有しているもののひとつであり、第2次世界大戦を
靖国神社と戦犯という、極めて限定された条件で、一方的な主張をすることに
違和感を覚える。私は、軍国主義であった帝国日本政府の首脳だけが政治犯だ
とは思ってはいない。
対アメリカでいえば、広島と長崎の二つの原爆投下や、大都市の無差別爆撃に
よる大量殺人を犯したトルーマンも第1級戦争犯罪人だと考えている。
東京裁判は、戦勝者が戦敗国を裁いた正当性のない裁判である。しかし、アメ
リカ国内や当時の連合国側から、トルーマンを戦犯だと考える者は少ない。
それは、真珠湾を奇襲攻撃した卑怯な日本を破り、世界を平和に導いた輝かし
いリーダーとして、この大戦で亡くなった自国の兵士に対して、トルーマンを
戦犯としたならば尊い命を失った意義を見いだせなくなるという庶民感情があ
る。これはアメリカ国内では、極めて説得力をもった考え方である。
しかし日本人に対しては、戦争に関与しない市民を無差別に大量に殺した事実
も存在している。靖国神社崇拝をする日本人も、英霊として日本の為に命を捧
げた人を祀るという思想や行為自体が、前述のアメリカと似ている。
確かに日本の為に戦ったのであろうが、戦う正当性が問われることを忘れてい
る。当時の世界は、欧米帝国主義の下、自国の利権を軍事弱国に対し剥き出し
搾取するなか、日本・ドイツ・イタリアが遅れてはみ出された状況下で第2次
世界大戦が起きたもので、決して日本だけがアジア諸国を侵略したわけではな
い。
この点は、中国を除き、大戦戦勝国に正当性があるものではない。しかし侵略
したのは日本ばかりではないのに、侵略被害国の中から、日本以外を避難する
事例が少ないのはなぜだろう?同じ後進国エリアであるアジアの一員の日本に
侵略されたから、欧米列強以上に憎しみが増すのだろうか?
対日戦争のアメリカの国内事情同様、日本には日本の国内事情があり、中国や
朝鮮や東南アジア諸国にも国内事情があるのは当然である。それに伴い、一つ
の事件の評価も、国によって分かれるのも当然である。戦争を起こした当時の
日本の首脳にも、欧米列強の趨勢からしようがなかった側面はあったにせよ、
日本が侵略した国に対して、そして、一般市民に対してひどいことをしたのは
事実である。
それは、トルーマンが原爆を落とし、一般市民を殺戮したことと大差ない。私
は、日本人として、侵略した国々の国民に対し真摯な反省を行わないかぎり、
靖国問題は理解が得られないだろうと考えている。
国内事情より優先するのは、被害国に対する配慮と、理解をしていただく努力
である。それを忘れて、大戦の正当性を主張するのは、原爆投下に対して何も
言えないと思うのは私だけであろうか?
└──────────
▼
┌──────────「gosakuさんから」
今村慎一郎さんのご意見は至極ごもっともです、反論の余地はまったくありま
せん!
何故我々は戦争に負けたのか?事実を反省してみて、そうして誤っていた点は
今後、断じて繰り返さないようにしなければなりません。簡単に原因の根本的
なものを究考してみました。
この戦争の最も根本的な原因は、日本の国家の基本的理念が間違っていたとい
うことでしょう。換言すれば、日本が口先では万邦共栄というようなことを言
いながら、肚の中では日本だけ栄えるという日本本位の考え方をあらゆる国策
の指導理念にしておった。
すなわち、有無相通ずる自由通商主義ということをいつの間にか忘れて、日本
の国の利益のみを目的とする自給自足主義を大東亜共栄圏建設の名目で強行し
たという事が、今度の戦争が起った根本的な原因だと考えます。
元来、ペリーが浦賀にきて徳川三百年の夢を醒ましたときには、日本国民は見
るもの聞くもの皆ビックリするほど彼我の間に文化の差を発見し、一時は盲目
的な欧米心酔論者が横行した時代さえありました。その頃に、こんな強国を向
うにまわして戦争をしようなんて大それたことを考えた者は日本には一人もい
ませんでしたでしょう。
幸い我々の祖父にあたり、当時の日本の指導者の施政よろしきを得て、開国当
時はどう贔屓目に見ても、四等国以下の国力でしかなかったものが、次第次第
に三等国となり、二等国となり、ついに日清・日露の両戦役を終わると、一等
国の仲間に入ったと自負するに至り、さらに第一次欧州大戦に連合国側に参加
して勝利を占めると、もう押しも押されもせぬ世界の五大強国の一つとなった
のですが、この昇る旭のような日本の国運を寿いでいる、その一番得意な時代
に、今日の日本の禍根がその種を蒔かれたのです。
古人のいう「事を敗るは多く得意のときに因す」とはまさにこのことです。
すなわち、最初はこの小さな一等国が、どうして強大なる欧米の諸勢力の間に
介在して独立の存在を保って行き得るだろうかという事が、手一杯の目標だっ
たのです。
国運が伸びるにつれて、そういう消極的な目標では満足しきれなくなって、進
んで積極的に、日本の国が他の国のお世話にならないで、日本の国だけで立ち
行くことができるような、いわゆる自給自足の体制を取ろうという考え方が国
民の間に一般的に盛り上がってきました。
少なくとも軍部の指導者は、東亜十億に支配者たる位置は、日本国民に対して
天から授けられた任務であると自負するに至りました。この傾向が良かったか
悪かったか、ということは尚後世の歴史家の判断を待つ点があるかもしれませ
んが、日本の政治勢力を独占した軍部がこの目的を実現するためにとった手段
は非常に拙劣であり、いたずらに功を焦って九仞の功を一簣に欠くような結果
になったことは真に遺憾千万と言わざるを得ません。
日清・日露戦争までは、日本の軍部の指導者も事を起こす前には、非常な細心
の注意を払い、いわゆる薄氷を踏む思いで戦争に入ったのですから、その切り
上げ時についても戦争の始まる前から十二分に研究しておいて、少しでも早く
戦争を切り上げたいと念願しておりました。
日露戦争の時に中島久万吉男爵は桂太郎総理大臣の秘書官をしていましたが、
ある日、児玉源太郎大将が中島さんのところに来て「桂は忙しくて、桂と打ち
合わせをしておったのでは事務が遅れて困るから、君と直接、電報で打ち合わ
せよう」と言われ、桂さんと中島さんとの間に暗号電報をこしらえて、その写
しを、桂さんと中島さん児玉さんの三人が持つ事にして、新橋から発たれたの
です。
発たれたその日から盛んにその暗号電報を使って、戦争を止める何か具体的な
情報はないかと催促されたそうです。そうして、戦争終結の機会がつかみ得る
ならば、軍のほうは自分が全責任をもって取りまとめるから、そのほうは心配
しないで、すぐに講和に入ってくれと、度々言われたそうです。
また、金子堅太郎氏がルーズベルト大統領と懇意であるというので、日露戦争
に入る前から、予めルーズベルトのところに金子さんを派遣しておいて、戦争
を切り上げる機会を取り逃がさないように手配をしておいたということも有名
な外交的事実です。
つまり、一刻も早く戦争を切り上げるようとする努力を最初からしていたので
す。したがって、機至れりとみるや、いわゆる日比谷の焼き打ち事件というよ
うな犠牲を犯して、民間の強硬論を圧迫してまでも手際よく戦争を切り上げて
しまったのです。
これを、支那事変の最中は、せっかく到来した二度までの全面和平のチャンス
を、いたずらに思い上がって取り逃がした東条英機軍閥と、軍統制力の欠如と
比較すると、まさに天地雲泥の相違があります。
しかし、この東條軍閥の罪悪とか責任とか無能力とかいうことは、むしろ第二
義的な問題です。戦争の原因を深く突き詰めると、日本の勢力範囲内に戦争の
為に必要とするあらゆる物資を皆収めておかなければならないという日本本位
の自給自足主義が根本的なガンであることが分かります。
一度、この自給自足主義を肯定した以上は、他国の資源、領土を侵していくと
いう結果を招来することは、資源が不足している日本の行き方としては当然の
帰結といえるでしょう。
満州事件が突発し、それが支那事変へと発展し、さらに大東亜戦争へと進んで
いった経緯は、ちょうど、一定の鉄道のレールの上を急行列車が進んで行くよ
うなもので、一度ポイントを切り違えた以上は、その終点まで行き着いてしま
うことは必然のことであって、中途からこの列車を後戻りさせることはすこぶ
る困難です。
しかも、その鉄道の工事はすこぶる不十分なもので、ボルトやナットを打ち込
んでないようなところがたくさんあったのにも関わらず、無理にその上に急行
列車を走らせたものだから、ついに転覆してしまうような結果なったのです。
この、日本の国策決定の根本方針が間違っておったことが、今度の戦争が生ま
れた基本的原因でしょう。――東條軍閥は、この不幸な運命に拍車をかけたに
過ぎません。即ち大東亜共栄圏の思想を肯定したものは、ある意味で大なり小
なり戦争責任者であるといわなければならないでしょう。
└──────────
┌──────────「ミカの赤い服さん」
gosakuさん、お久しぶりです。
◆全く『このとおりだと思う』です。やっぱり「靖国問題」のあとは「領土問
題」でしょうね。そうなると、東京都の離島「南大東島(でした?)」が「島」
か「岩」かで、もめそうですね。
ぜひ石原東京都知事に頑張っていただいて、漁業を行って欲しいです。
〜〜〜〜〜
野太郎さんが「ぼん」さんに回答なさっておられた「太陽電池で赤外線や紫外
線の入光量を制御する温室」は面白いお話でした。
ーー早く実現すればいいですね。 (*^_^*)
└──────────
▼
┌──────────「gosakuさんから」
ミカの赤い服さんお久しぶりです。
今年から見る側に回って楽しませて頂いています。例によって、HAJIMEさんの
画像つきのユーモア溢れ奔放な“シンセン”レポートに目を輝かせ、野太郎さ
んの自由闊達な発想の妙に驚嘆しています。
隣国との領土問題は、ほんとに厄介な問題ですが、中国とは、順序として先ず
靖国問題を片付けなければなりませんね。、小泉さんは、今年も多分靖国神社
参拝に行くような気がします。行かなかったら国民感情がどうなるのか、中国
が嫌いな人が増え日中関係は益々悪化します。
首相は、年頭の記者会見で「私の靖国参拝については、適切に私自身が判断し
ていきたい」と述べています。しかし、適切な時期は殆どないのが実状です。
今年は、正月参拝を控えたことで、次の有力候補は春季例大祭になりますが、
4月は外交上微妙な時期となります。
3月末に開幕する愛・地球博で、5月19日に予定される中国の「ナショナル
デー」に合わせて温家宝首相を来日させたいという構想が日本政府内にありま
す。
4月に参拝すれば中国が反発し、来日そのものが立ち消えになるのは確実、仮
に来日が実現した後に参拝したら、今度は騙まし討ちの格好となり、より関係
が悪化することになります。
終戦60年にあたる今年の8月参拝は、更にハードルが高くなります。胡錦涛
主席は、昨年11月の小泉首相との会談で「来年は敏感な年だ」と指摘、15
日の記念日前後には、中国側の反日感情が高まることが予想されるだけに、こ
の時期の参拝は「火に油を注ぐ」結果になりかねません。
10月には靖国神社の秋季例大祭があり、首相参拝の選択肢となります。だが
直後の11月には、韓国でアジア太平洋経済協力会議首脳会議が行われる予定
で、中国首脳も参加します。開催国・韓国の反発も予想され、これまた外交上
決して好ましいタイミングではありません。
つまるところ、先の首相大平正芳さんが参拝のとき「他人がどう見るか、私の
気持ちでゆくのだから批判はその人に任せる」と明快に答弁したように、小泉
首相は他国の思惑なぞ気にせず信念に従って堂々と参拝して欲しいものです。
└──────────
┌──────────「ひできさん」
靖国参拝について、よく理解できずに中国の対応の意味が理解できませんでし
た。理解できない態度に意味を見出す僕は、中国は尖閣諸島の領有を主張した
いとの思惑が見え隠れしていると思います。
└──────────
▼
┌──────────「gosakuさんから」
昨年3月に、中国人が尖閣諸島に不法侵犯したときには、さすがにアメリカも
我慢できず、国務省は「尖閣諸島は日本の統治下にある。安保条約第5条は日
本の施政の下にある領土に適用される。従って、安保条約第5条は尖閣諸島に
も適用される」と間髪いれず宣言し、尖閣諸島の日本領有権をはっきり認めて
います。
昭和53年にケ小平が来日した時「尖閣諸島の問題はとても厄介だから、後代
の頭のいい、若い人たちに解決を委ねましょう」と言い、お人好しの日本側は
「さすが大人、中国人の知恵」ともてはやしまいましたが、今やEEZ(日本
の排他的経済水域)だけでなく、津軽海峡にまで中国は軍艦を派遣し「調査」
をしている。ーーなのにそれを日本のマスコミはほとんど報じていません。
日本側がゆるゆると中国外務省に抗議すると「あれは軍がやっていることで、
我々政府は関知していません」と、まるで戦前の軍閥時代の二重政府のように
“とぼけ”ています。
そこで日本の外務省が「はい、そうですか」と帰ってくるだけとは情けない!
中国海軍は、高性能の潜水艦をロシアから購入し急速な増強を図っています。
2010年代になると、日本近海はかつてのソ連原潜以上に、中国の潜水艦が
ひしめくようになるかもしれません。この海軍力を、先ずは台湾に誇示するこ
とよって威嚇してくるでしょう。日本は、中国と軍備拡張競争しても意味があ
りませんが、しかし、ーー国土を護るのは国家としての最低必須条件です。
私見としては、尖閣諸島の防衛同様に、中国に対しては、日本はもっと確かに
アメリカを自分たちのほうに巻き込むべきです。ソ連の原潜の脅威が低下した
今、P3C(対戦哨戒機)をこれ以上購入しても意味がないと思いますが、戦わ
ずして勝つ「孫子の兵法」に測るべきでしょう。
└──────────
┌──────────「lonsome carboyさん」
どこの国でも、国の礎となった人々に尊敬と哀悼の念を捧げるのは当然の事で
ある。できれば、石原都知事の言うように、今生陛下参拝の復活を望む。
「戦犯」だけに罪をなすりつけることで免罪符を手に入れたと思い、自分だけ
が善人面して憚らない国内の自称「平和主義者」達は自己満足しているだけの
偽善者であり、恥を知らない卑怯者である。
中国・韓国に至っては、己の正当化や歴史の歪曲の為の格好の「手段」であり
「憎悪の対象」であり、靖国神社に対する無知と偏見がある。外務省も、それ
らの顔色を窺ってばかりいないで、ブッシュ大統領やプーチン大統領など世界
の指導者たちの来日の際に、堂々と靖国参拝をさせればよい。
ーーそれによって、この奇妙な論争は自然に消滅していくであろう。
└──────────
▼
┌──────────「gosakuさんから」
「公式」とか「8月15日」といった形式に拘らず、総理には羽織袴・モーニ
ングでなくともいい、もっと自然な形で、一年に一度といわず、二度でも三度
でも靖国を訪れ英霊の前に手を合わせて頂きたい、と思うのは僕ひとりでしょ
うか?
中国に対しては、お互いの文化を尊重し合うということが大事だと思います。
日本では昔から、死をもって罪を償うということが行われてきました。武士は
切腹によって恥を雪ぐ、亡くなられた方については、もう罪を問わない、責め
ないというのが日本人の美徳でしょう。それが理解されなかったら話はずっと
平行線のままですが、----我々も中国の文化を理解するよう努めるべきですが
----日本文化の根底は、相手にも納得してもらわなければなりません。
└──────────
┌──────────「青木治人さん」
事実を、明快で正確な論展開で説明しておられ、時宜を得たご主張と賛同いた
します。
願わくば、より多くの人々が、思い込まされてきた間違った認識を速やかに改
めて、今後も、まやかしや脅しに乗らぬ、史実に基づいた正しい認識を保持し
てほしいものです。
└──────────
▼
┌──────────「gosakuさんから」
かつて、中国共産党の官営英字新聞チャイナ・ディリーは、社説で「靖国神社
はあの悪名高い東条英機を含む合計1千人以上のA級戦犯とB級戦犯とを祀っ
ており、普通の信仰の場所ではない」「日本軍国主義と拡張主義の象徴であり
日本の侵略を想起させる」と書いています。彼らからすれば、A級戦犯もB級
戦犯も同じなわけです。
もし、A級戦犯を外しても「ではB級はどうする」という論理になります。
以前にも述べましたが、当時の村山首相が「アジア近隣諸国に対して、過去の
一時期、誤った国策にもとづく植民地支配と侵略を行い、計り知れない惨害と
苦痛を強いた」という謝罪談話を発表していますが、中国は全くマトモには受
け止めていません。
「国会決議をしなかったではないか」「表現が十分でない」と一蹴して、相も
変わらず中国の一般国民には何も知らせず、「日本は謝罪していない」と繰り
返しています。
戦後の日中関係を顧みれば、歴史をめぐる摩擦では常にまず最初に絶対正義、
絶対不変とされる中国側の歴史認識が厳存してきました。そして日本側が中国
の歴史認識とホンの少しでも異なる史実認定や解釈を唱えると、中国は猛反発
し、日本側の一部にもそれに同調する動きが起きて、両国関係が激しく揺れる
というパターンが続いてきました。
中国側の歴史認識はいつも神聖不可侵であり、日本側の歴史認識だけが常に被
告として厳しい裁きを受けてきた。――そうした枠組みが強固に出来上がって
いるのです。この枠組みは、いかに一方的、いかに不公正であっても、中国の
領土に攻め込んだのが日本の軍隊である以上、当然だとされてきました。
ーー永遠に不変の構図のようにさえ看為[みな]されてきたのです。
しかし、この枠組みを支えるものは、あくまで主観的な道義や論理でなければ
なりません。――日本の中国に対する半世紀以上前の「侵略」や「残虐」から
生じた日本側の負い目が、中国側に永遠に日本の歴史認識を裁き、律する権利
を与えるのだ、と決めてしまう心情だとも言えましょう。
中国側だけでなく、日本の一部でもこの心情が、日中関係を形作る上での決定
的な要因のように看為[みな]されてきたのです。
ーーあまりに長くなりますので、続きはまたの機会に致します!
└──────────
┌──────────「南美世さん」
中国は日本に内政干渉をし過ぎる。譲歩し過ぎる日本人の気質を利用し、強引
に事を主張すれば又、意のままになると読んでいる。許してはならない。
└──────────
▼
┌──────────「gosakuさんから」
靖国神社参拝が、軍国主義イデオロギーの復活に繋がることはあり得ません。
逆に、戦没者を追悼するという国家の当然の義務を、一部外国の容喙に屈して
国家が果たさないような事態が生じたら、そのとき、国民もまた国を護る使命
感を喪失し、国家は衰亡していくことは歴史の必然といえます。
独立維持か衰亡か、今、日本はその分岐点に立っているといっても過言ではな
いでしょう。この冷厳な事実を、我々は一時も忘れてはならないと思います。
└──────────
┌──────────「横浜の人さん」
小泉総理は、総理になる前から靖国参拝をすると発言していましたから、総理
大臣になった時にホームページに、発言どうりに参拝して欲しいとメールを出
した。そうする事が日本の為になると思っています。
歴代の総理、その他大臣を見てまして、とてもみっともない。小泉首相は行く
と思っていたが時期をずらした。ーーこれも、とてもみっともない事です。
反対派の中心は橋本龍太郎ではないかと思っていますが、皆さんはどのように
お考えでしょうか?これで中国は、まだいける、と思ったことでしょう。
日本は相手に合わせる必要はない。国益とは、自分の意見はハッキリ言う事。
└──────────
▼
┌──────────「gosakuさんから」
橋本氏は小泉首相の政敵とは聞いていますが、寡聞にして小泉首相の靖国参拝
の足を引っ張っているという話は聞いていません。平成13年は8月13日、
平成14年は4月21日、15年は1月14日、そして16年は1月1日と、
過去三度8月15日をずらして靖国参拝したことは実に残念です。
首相参拝のあるべき姿としては、――首相の靖国神社参拝はあくまで国内問題
であるという姿勢を堅持し、中国に対しては毅然として臨むこと。
「私的参拝」ならば孫の手でもひいて散歩かたがた詣でればよい。
「首相として参拝する」という意志を明示すること。
参拝の方式は、歴代内閣の申し送り事項があるので、簡単に改められないが、
参拝に反対する者は、どんな方式を採ろうとも反対するのであるから、早急に
伝統的方式に回帰するよう努めること。
参拝日は、靖国神社にとって最も重要な春秋の例大祭にあわせるのが本来の姿
だが、鈴木内閣に於いて「戦没者を追悼し平和を祈念する日」とされた8月1
5日も、三木首相参拝以来30年近くの歴史があって、この日に深い感慨を抱
く国民は今も少なくない。この点への配慮も大切でしょう。
一国の総理として、小泉さんは正々堂々と靖国に公式参拝して欲しい!
平成16年2月27日、大阪地方裁判所二○二号大法廷で二年間争われた小泉
首相の靖国神社参拝をめぐる争いに、ついに一審判決が言い渡されました。
原告らはこの訴訟を「小泉靖国参拝違憲アジア訴訟」と名づけ、訴状のなかで
「日本の植民地支配と侵略戦争の責任を問う」として、極めてイデオロギー的
な歴史認識を前面に押し出して訴訟活動を展開してきました。
原告らの真意は、東京裁判史観に則り、日本の過去を貶め、断罪し、靖国神社
の存在を抹殺することにあります。その道具として憲法の政教分離原則がある
のです。
小泉首相が評価できるのは、中国の度重なる反対に屈することなく参拝を繰り
返している事でしょう。仄聞するところによれば、平成15年のブッシュ米大
統領との会談では「靖国神社の参拝を止めなければ訪中を認めない、と中国が
言うなら行かなくてもよい」と明言したといわれます。
また、彼らの最大の反対理由とされているA級戦犯合祀についても「抵抗感を
覚えない」と述べた上で、「日本には死者にまで鞭打つ感情はない、よその国
からああしなさい、こうしなさいと言われ、今までの気持ちを変える意思は全
くない」と国会で答弁し、この点に関する限り、発言にブレはみられません。
ただ、参拝日に、依然としてバラツキがあるのが難ですが、8月15日を避け
て行った過去三回の参拝に対して、中国が反発する姿勢を全く変えなかったた
め、首相周辺では「いつ参拝しても批判されるなら、公約どおりに断行したほ
うが潔[いさぎよ]い」との考えも生じていると昨年末に報じられています。
ーーおいおいに改善されることを期待したいと思います。
└──────────
┌──────────「ふぁるさん」
gosakuさん、こんにちは。今回はこの通りだと思う、に投票しました。
この問題はひと言、「それは内政干渉です!」で終わる話です。それを言わな
い(言えない)政治家、そしてそれを言わせない国民、ましてや内政干渉を積極
的に支持する不思議な日本(?)人。。。
「内政干渉」を拒否するのに、細かい理屈が必要なのでしょうか?
この問題の根本は、A級戦犯云々ではなく、日本人が日本に対する悪意に対し
て同調的な言動をすることだと思います。その理由を考えない限り、この問題
は解決しないでしょう。
└──────────
▼
┌──────────「(^^) OJIN です(^^)」
└──────────
┌──────────「ふぁるさん」
―― 野太郎さん、ご返答有り難うございます。
ひとつだけ質問させてください。
“私は「核戦争」を防ぐのではなく、「大量報復システム」を稼働させないこ
とが人類全体にとってはより有益な課題だと思います”とのことですが、私に
は理解しきれません。
人類滅亡に繋がる大量報復システムの稼働は避けなければいけない、というは
理解できます。しかし、=大量報復システムを持つ国が存在しなければ良い?
or大量報復システムさえ稼働しなければよい?
先週の文脈も踏まえて読むと、そのように結論づけているのでしょうか?
具体的に言えば、印パ紛争が核戦争になるのを防ぐより、米露(大量報復シス
テム保有国)が核戦争の当事者になることを防ぐほうが有意義?
核戦争そのものを防ぐことができなければ、大量報復システムを稼働させない
事に意味はありません。
野太郎さんの論の最終目標(目指す場所)がどこにあるのか、簡潔で構いません
ので示してください。--今の状態だと、私にはピンボケ論にしか映りません。
手厳しい批評となってしまいましたが、野太郎さんの論の軸(主旨)が見えない
今の状況では、何を説かれても空論に思えてしまいます。
有意義な論議を望んでおりますので、よろしくお願いします。
└──────────
▼
┌──────────「(^^) OJIN です(^^)」
└──────────
┌──────────「jun さん」
足を踏んだ人間は、そのことをすぐ忘れるが、踏まれた人間は、そのことを決
して忘れない。日本が中国大陸でヒドイことをしたのは事実。戦争だからしょ
うがないという意見もあるが、そもそも、他人の国に軍靴で乗り込むことが、
どういうことをもたらすか?ーーアメリカのイラク戦争がいい例だ。
└──────────
▼
┌──────────「(^^) OJIN です(^^)」
└──────────
┌──────────「好漢さん」
gosakuさんの意見のうち、A級戦犯についての項は全く反対です。
極東裁判が、仮に無かったとしたら、開戦時の首相の東条氏は責任がなかった
のでしょうか?ーーだれが敗戦の責任(つまり負けるような戦争を始めた責任)
を取るのでしょうか?ーーやはり時の為政者がとるべきではないでしょうか?
極東裁判がなければ、代りに、我々国民が時の戦争指導者を裁かねばなりませ
ん。いま、日本国民が目を覚まさなければならないのは、官僚の無責任体質な
のです。社会保険庁の乱脈などの根もここにあるのです。
やはり、時の為政者は結果責任をとる。世が世なら切腹ものです。これが大切
なのではないでしょうか?その意味からも、一番分かりやすい責任の取り方は
靖国に合祀しないという罰だと思います。A級戦犯には靖国から出て行っても
らいたいものです。
なお、尖閣諸島の件は、嘗てのフォークランド紛争と同様に、わが国は毅然と
して自ら領土を守らねばなりません。その表れとして、周辺の島々には自衛隊
の駐留も考える必要あるでしょう。その意味からも、今回の日米協定の見直し
の一環として、沖縄の海兵隊の一部を移駐させる案は大変結構なものだと思い
ます。
└──────────
▼
┌──────────「(^^) OJIN です(^^)」
└──────────
┌─┬───────────────────────────────┘
│●│ お便りで頂きました感想。
└─┘
┌──────────「町の正義漢さん」男性@五十代@自営業@大阪
こんにちは。
最近、靖国問題が再び大変耳目を賑わすようになってきましたが、この問題は
中国や外国に言われるまでもなく、我々日本人としてどう考えるのか、が先ず
最初にあるべきと思い、一筆啓上いたします。
靖国問題は、すべて、合祀されているA級戦犯をどうするのかといった問題に
尽きると思います。なぜなら、中国もA級戦犯を外せばそれで良いと言ってい
ますよね。
そこで冒頭に申し上げた、日本人としてどう考えるのか、ということですが、
私はA級戦犯が靖国に祀られているというのはとんでもないことだと思ってい
ます。外してもらいたいです。なぜなら、
―― 1.先の大戦は不幸にして負けました。
この負けた責任はだれが取るのでしょうか?やはり時の為政者がキチンと責任
を取らなければなりません。一番分かりやすいのは靖国に入れないことです。
現在の日本は官僚天国で、役人はどんな失敗をしても責任を取る必要がないこ
とが、そもそもの今日の日本の悪いところです。靖国に象徴されていますね。
―― 2.違法な極東軍事裁判によって死刑になったのだから
彼らは無実だという人々がいます。とんでもない話です。その人たちに尋ねた
いのですが、仮に極東裁判がなかったとしましょう。ならば私たちは、私たち
を悲惨な戦争に駆り立てた時の指導者を許すのですか?ーーしかも負け戦です
よ。戦争に勝ってたならともかくも、敗戦の責任はキチンと取ってもらわなけ
ればなりません。
古今東西、負け戦では、負けたほうの指導者が処断されるのは当たり前です。
一番分かりやすい責任の取り方が、靖国からの追放です。
―― 3.ついでに、
日本外務省の、時の米国大使館勤務者は、宣戦布告文を、怠慢により米国への
手交が遅れ、その結果私たち日本人は末代まで卑怯者呼ばわりされることにな
りました。けれどこの責任者は、こともあろうに戦後、外務次官まで上り詰め
ました。官僚として無責任極まる限りです。
このようなことが現在の外務省でも平然と行われ、我々の税金が彼らの栄誉の
為に時に無駄遣いされても、誰も責任を取らなくていい日本になってしまった
のです。
宣戦布告なしの開戦は、古今東西いくらでも例があるので別に構わないとおっ
しゃる人もいるとは思いますが、この稿の趣旨とは違いますのでここでは述べ
ません。
要するに、東条首相以下が靖国に祀られているということが官僚はどんな失敗
をしても責任を取らなくて済むということの象徴ではありませんか?
―― 4.念のために申しますが、
なにも中国にいわれるから東条以下を靖国から取り除きなさいといってるので
はありません。我々日本人として、彼らには敗戦(つまり負けるような戦争を
始めた)責任を取らせるべきだと言っているのです。
―― 5.死刑になったのは極東裁判の結果であります。
これは石原東京都知事も仰るとおり、極東裁判なんか認められないという人で
も、東条以下の為政者の結果責任は認めるのでしょうから、靖国から取り除く
ことにより、今度は日本人の総意として、時の為政者の責任を追及することに
なるわけです。
―― 6.そうすれば、
責任は東条だけではない、他の人はどうするのかといった意見もでるでしょう
が、これについては殆どの人達が今や故人ですから、今更お金おを掛けて蒸し
返しても、またまた税金の無駄遣いになるだけですから、東条以下のA級をそ
の象徴として取り除くことにより、本件の幕引きをすればいいと思います。
―― 7.結果として(あくまで結果としてですよ)、
近隣諸国からの横槍もなくなり、みんなが本当に純粋な気持ちでお国の為に命
を捧げた戦没者の慰霊を弔うことが出来るというものです。
―― 8.一緒に祀られている、
特攻隊で命を捧げた人達が、戦争を決断した東条首相と一緒に祀られることを
泉下で喜んでいると思いますか?
└──────────
▼
┌──────────「gosakuさんから」
アジアの人々に対して加害者であったのは、戦争をひきおこした為政者と前線
に送られた兵士たちだけではありません。「あの戦争」を支持し、或いは敢え
て積極的に反対せず、というより、更に正確にいうならば、反対の意思表示の
できない状況が形づくられることを許してしまったが故に反対することができ
ず、そのことによって戦争を黙認し、結果的に戦争に巻き込まれていった全て
の人々が被害者であると共に加害者であった。
ーーいや、被害者である前に、まず加害者だった。中国が日本に攻めてきたの
ではない。日本が中国領土を侵すことによって、まさに日中戦争はひきおこさ
れたのです。ーーそして兵士に仕立て上げられて前線に送られていった人々は
もちろんのこと、兵士を送り出した銃後の人々もまた、そうすることによって
「あの戦争」を支えていたといえるでしょう。
ところが、今日に至るもまだ、前線と銃後とに関わらず、そうした視点からの
戦争体験記がほとんど現れず、ひたすら「○○大空襲の記録」に類するものの
みが記され続けているのは、ーーそもそも日中戦争は、日本軍が中国に侵入し
ていった戦争であり、自分たちがアジアの他国に対して加害者の立場に位置し
ていた――という認識が、大多数の「戦争を知っている大人たち」に根本的に
欠けているからなのだと考えざるをえません。
戦後を生きてきたこの国の人々は、知識としての日中戦争を一応持ち得ていて
も、自己の戦争体験と重ね合わせた深い認識としては、相変わらず己れのもの
にし得ていないのです。
こうした傾向は、この国の人々が口にする戦争が、まずもって多くの場合太平
洋戦争に限られており、日中戦争はいまだに「満州事変」や「上海事変」とい
う名の、個々の“事変”でしかないことによく現れています。
多くの人々にとって、「日中戦争」という言葉はあまり耳慣れたものではなく
いわんや「十五年戦争」という言葉などは、ほとんど異質の響きをもつもので
あるのに違いないでしょう。
しかも太平洋戦争のなかでも、好んで語られるのは戦局が決定的に不利になっ
てからの戦争末期のことに集中しており、そうしている限りこの国の人々は、
――主観的には、いつまでも自己を戦争の被害者に仕立てあげ続け、自分が受
けた傷口だけを舐めていられるというわけです。
そしてこうした傾向から導き出される結論は、アメリカなどと戦ったから日本
は負けたのであり、勝つ勝つといって戦争を始めてみたけれど、負けてみれば
我々は戦争指導者たちに騙されていたのだ、ということになる。
――このことについての、ひとつのエピソードを思い出します。
あるとき、友人たちとの会合で、たまたま話題が「あの戦争」に及んだことが
ありました。そして僕が「あの戦争」で日本はアメリカに負けたのではなく、
根本的には中国に負けたのだと言ったところ、アメリカ軍が進駐してきた時、
日本刀で殴り込みをかけようとしたのだというその人は、かなり強い拒絶反応
を示しました。
いいや、そうじゃない、日本は中国なんかに負けやしなかった。
ーーアメリカと戦ったから負けたのだ。
多分彼の主張は、「あの戦争」の勝敗についてのこの国の大多数の人々に共通
するごく常識的な意見なのに違いない、とそのとき僕は感じました。だがこの
種の意見の持主たちは、「あの戦争」についての最も基本的なものを見落とし
ているか、敢えて見落とそうとしているかだと僕には思えてならない。
――たしかに、現象的には日本はアメリカに負けたことは議論の余地がない。
それならば、日本の戦争指導者たちは、当面の敵中国と戦い背後にソ連の脅威
を感じながら、なぜ米英を相手にした太平洋戦争までをも始めるという無謀を
冒したのか。いや、冒さねばならなくなったのか。
「あの戦争」は日中戦争と太平洋戦争が不可分にワンセットになった戦いでし
た。図式的にいえば、太平洋戦争の原因は、日本が中国を侵略し、その侵略の
輪を急速に広げ、その結果、先進植民地主義国家のナワバリまでをも侵すこと
になり、米英の反感を買い、双方は既得権の確保をかけて戦いを始めなければ
ならなくなったことにあります。
----もちろん、ヨーロッパの戦況が複雑に絡んでいたことも確かですが。
太平洋戦争の原因は日中戦争にあり、日中戦争は正しく日本の中国侵略によっ
て始まった。
「あの戦争」が日本の中国東北部侵略によって始まった十五年戦争であること
を理解すれば、日本が、根本的には中国に負けたことが当然見えてくるはずで
す。日本は太平洋戦争を回避し得ていたにしろ、やはり戦争には勝てなかった
でしょう。
このことは、日中戦争とベトナム戦争を重ね合わせて考えてみるとよく理解で
きます。
ベトナム戦争で、アメリカ軍が南北両ベトナムの破壊に使った爆弾の総量は、
当時のグェン・ズイ・チン北ベトナム外相によれば、「200万トンに達し、
第二次世界大戦でのヨーロッパと太平洋の両地区に落とされた全爆弾の量を上
回っている」(本多勝一『北爆の下』朝日新聞社)という。
しかも量だけではなく、ベトナムで使われたあらゆる通常兵器の質は、第二次
大戦とは比較にならぬものでした。それでもアメリカ軍はベトナム戦争に勝て
なかった。物質面で圧倒的に劣勢だったベトナムに負けた。
日中戦争においても、やはり同じことが言えるでしょう。ベトナム戦争におけ
るアメリカ軍と比較するならば、日中戦争における日本軍は、比較にならぬほ
ど弱体でした。そして、ベトナム戦争におけるベトナム人の抗戦力と比較して
日中戦争における中国人の抗戦力が劣っていたとは考えられないし、その広大
な国土と厖大な民衆の存在を考えるならば、アメリカ合州国がベトナムを侵略
するよりも、大日本帝国が中国を侵略することは遥かに成算が乏しかったこと
になります。
仮に日本が太平洋戦争を回避し得ていたなら、戦争はもっと長びいていただろ
うし、銃後の人々が炎熱地獄の中を逃げ惑うような形では終らなかったかもし
れません。しかし、日本が中国を侵略し続けることもできなかったでしょう。
太平洋戦争が「勃発」する以前に、表面上の優位とは裏腹に、「天皇の軍隊」
が既に抗日ゲリラ戦の泥沼にジワジワ引きずり込まれていたことは前述した通
りですが、日本軍が制圧地域を実質的に維持できなくなるということは、侵略
そのものが早晩失敗するということに他なりません。
日中戦争の状況が、日本にとって容易ならざるものであることに、開戦後誰よ
りもいち早く気づいたのは、ほかならぬ参謀本部作戦課でした。
1937年12月13日、日本軍は南京を占領し、蒋介石政権を重慶に追い払
いましたが、これに先立つ11月21日、参謀本部作戦課は、既に蒋介石政権
との講和を主張しています。
ーー連戦連勝の最中に、参謀本部が和平への道を探り始めたのはなぜか。
7月17日、即ち蘆溝橋で日中両軍が衝突してから10日後の時点で、参謀本
部作戦課が作成した「対支戦争指導要綱(案)」によると、もともとこの戦争は
3、4ヶ月の短期決戦の予定で、「排日抗日の根源たる中央政権の覆滅を目的
とし、全面的戦争により日支間の問題の根本的解決を期す」為に日本側によっ
てひきおこされた。
「ところが4ヶ月後には、とうてい中国側の抗戦意思を挫くことができないと
分かったので、『中国政権の覆滅』ではなく、その存在を図ることに180度
の転換をし、最悪の場合には、中国中央政権が容共でさえなければ、排日政権
でも我慢する」(井上清『天皇の戦争責任』現代評論社)ところにまで後退し
ます。
ーーこのことは、日中戦争がいかに中国側の力をあなどった判断の上に引き起
こされたものであるかをよく物語っています。
軍部のこの早期講和の主張は、南京占領ですっかり強気になってしまった近衛
内閣によって反対され、いくつかの経緯を経て翌38年1月15日、天皇裕仁
の政府路線の支持によって、戦争の長期継続に落ち着きます。
それからの日本軍は、重慶まで退いた蒋政権を攻めあぐみ、しかも伸びきった
戦線のそこここを共産軍によって分断され、やがては米英を相手にした太平洋
戦争までをも戦わなければならない羽目に追い込まれていったのです。
こうした事実を謙虚に見返すならば、太平洋戦争に突入する以前に、日中戦争
における「天皇の軍隊」が、既にベトナム戦争におけるアメリカ軍と同じ運命
を辿りつつあったことが理解できてくるはずです。
僕はなにも、日本軍が戦略的に誤った判断によって開戦したがゆえに日中戦争
に破れたことだけを主張したいのではありません。それはたしかに事実だけれ
ども、仮に南京占領の時点で蒋政権との講和が成立していたにしろ、その後の
国共内戦の行方から推測するならば、やがて主敵は共産軍となり、遅かれ早か
れ日本の政策は破綻をきたしていたでしょう。
戦略云々や、日中戦争が必然的に生み出した太平洋戦争の帰趨に関わらず、そ
もそも自国の軍隊を派兵して他国を侵す日本と日本人の思想が、他国の侵略に
抗して立ちあがった中国と中国人の思想に敗れるべくして敗れたのです。
しかし、今日に至るもまだ、多くの人びとはこのことに気づこうとはしない。
戦後30年、自己の戦争体験の孕む重要な意味を深く見返すための充分過ぎる
時間を持ちながら、多くの「戦争を知っている大人たち」が戦争を語るとき、
それは相変わらず太平洋戦争でしかなく、そうである限り、アメリカの物量の
前に日本は敗れたのだという皮相な戦争観しか持つことができない。
そうしている限り、人々は被害の戦争体験だけを語り続け、そうした被害の体
験を生み出すに至った厖大な加害の体験を、見事に無かったものにすることが
できるわけです。
もちろん、この前の戦争をよかったとアカラサマに言う人はいない。あの戦争
の基礎にあった八紘一宇だとか大東亜共栄圏だとか、天照大神の子孫で現人神
の天皇を戴く日本人の使命だとか、そんなイデオロギーを今でも信じている人
もほとんどいない。
しかし、それらの諸々が、そのときの国の方針としてやられたのであるからに
は、それに忠実に従った者は、いまもなお評価されるべきと日本人の大多数が
思っているのです。
ーーつまり日本人は、“いまからみれば誤っていたが、当時としては正しかっ
た”という不思議な戦争を戦ったのであり、しかもその“いまからみれば誤っ
ていたが”は、----実質的には“今からみても正しかった”という方向にかな
り転化しています。
東條英機を始めとするA級戦犯の敗戦責任について、これを否定するものでは
ありませんが、それが外国人によって、しかも事後法によって裁かれ、誤審の
結果絞首台に上らされたーーのが問題なのです。
日本人により、日本国の法律により十分審理され決められた結果ならば、なぜ
刑死した14人の戦犯といわれる人々を、お国の為に戦死した人々と同じ靖国
に合祀したのか。ーーA級戦犯靖国神社合祀の背景ついては、先の「靖国神社
参拝と日中摩擦を抉る(前編)」の中で述べたとおりです。
└──────────
└―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
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┃▼▽ マレーシアナウ(現在) ▽▼ by 坪内隆彦さん
┃
☆ 錫の街に出現したテーマパーク ――――――――――― 2005/02/18
マレーシアのペラ州キンタ渓谷からクアラルンプール・クラン渓谷にかけての
一帯は、かつて「マラヤン・ティン・ベルト(Malayan Tin Belt)」と呼ばれ、
世界有数の錫[スズ]鉱山を抱えていた。1980年には、マレーシアのスズ産
業は約4百鉱山、労働者約4万人に達していた。
ところが1985年4月には、3百鉱山、2万2千人にまで減少した。これは
イギリス統治時代から採掘している古い鉱山が多い上に、1980年代に入っ
てブラジルや中国などがスズ輸出の競争相手として台頭してきたからである。
残念ながら1985年末には、スズ相場が暴落し、これ以降マレーシアのスズ
産業は衰えていった。
これをきっかけに、ペラ州はスズ産業からの脱却を目指すようになった。
同州当局は、工業団地の整備やIT企業の誘致に取り組んできた。2004年
8月には、複合企業レノンの元会長ハリム・サアド氏が、タイ国境に近いペラ
州ペンカランフルで工業団地の開発に乗り出すと発表している。
特に近年は、インフラの整備をテコにして、日系企業の誘致に力を入れようと
している。2003年7月には、タジョル・ロスリ・ペラ州首相が自ら日本に
乗り込み、州内に投資する日系企業向けに特別な優遇策を講じる方針を明らか
にしている。
こうした中でいま注目されているのが、不動産開発のサンウエー・グループが
推進しているペラ州タンブンの大型リゾート開発プロジェクト「サンウエー・
シティ・イポー」である。州都イポーは、ペラ州の商業、金融、工業、文化の
中心地であるとともに、本連載第5回で紹介したキャメロン・ハイランドの玄
関口。
そのイポーの隣のタンブン地区を中心としたエリアに、テーマパーク、スパ、
ホテル、大型ショッピング・センター、ゴルフ練習場、住宅などを建設する壮
大な計画が「サンウエー・シティ・イポー」である。
サンウエー・グループが開発したスランゴール州プタリンジャヤにあるリゾー
ト都市をモデルに開発されている。
2004年7月、サンウエー・グループのジェフリー・チェア会長が明らかに
したところによると、イポーのプロジェクトは2010年の完成を目指してい
る。もともとこのプロジェクトは、1996年にスタートしたが、タイミング
が悪かった。
翌1997年のアジア通貨危機の影響を受け、当初の開発計画は一時凍結を余
儀なくされた。しかし、チェア会長は諦めなかった。マレーシア経済が回復す
ると、計画の再開に向けて準備を開始、ついに2001年に計画は再開された
のである。
そして2004年末、「サンウエー・シティ・イポー」の中核を担うテーマパ
ーク「タンブンの失われた世界(Lost World of Tambun)」のオープンにこぎつ
けた。
ヒンドゥー教の祝日「ディパバリ」の11月11日に公開されて以来、最初の
3日間で約2万5千人が訪れたという。同社では、年間45万人の集客を見込
んでいる。
売り物は、国内最大の波のプールや13のウォーター・スライダーなどの娯楽
施設。さらに、自然環境を巧みに利用したところに特徴がある。
このテーマパークは水をテーマとしているが、ペラが誇る洞窟、温泉、湖、植
物などの自然資源をそのまま利用しているのである。
ペラ州は、スズ鉱山とともに洞窟でも知られてきた。
山裾がえぐられて鍾乳洞になっている山がいくつもあり、仏教やヒンドゥー教
の寺院が作られてきた。
サンウエーは、「タンブンの失われた世界」の集客アップのために、オースト
ラリアのゴールド・コーストにあるテーマパーク「ワーナーブラザーズ・ムー
ビーワールド」を手がけたポール・ブルント氏を運営責任者に起用するなど、
人材面でも万全の体制を敷いている。
「サンウエー・シティ・イポー」では、今後、洞窟の中のレストラン、スパ施
設の開発などが進められる計画で、マレーシアの他のリゾートとは異なる特徴
を持ったリゾートとして発展する可能性もある。特に天然の温泉の開発は有望
視されている。
ペラで進行しているのは、「サンウエー・シティ・イポー」だけではない。
建設大手のマレーシアン・リソーシズ・コーポレーションは、イポー近郊の広
大なエリアにテーマパークを建設するプロジェクトを計画している。
「バンダル・スリ・イスカンダル」と名づけられたプロジェクトでは、国際大
会が開催できる2輪車サーキットと健康関連施設の建設が計画されている。
健康関連施設では、伝統医学と現代医学の長所を取り入れ、総合的な健康サー
ビスを提供する新しい施設も計画されている。
こちらも、実現すれば特色のあるテーマパークになりそうだ。
急速に変貌しつつあるペラ州は、いずれ人気リゾート地としての地位を獲得す
るかもしれない。
└―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
┌──────────
│坪内隆彦さんのプロフィール:
│
│ジャーナリスト。拓殖大学日本文化研究所附属近現代研究センター主任研究
│員兼創立百年史編纂室編纂委員・(社)日本マレーシア協会理事・マハティー
│ル研究会主宰。
│
│1965年生まれ。慶応義塾大学法学部卒業後、日本経済新聞社に入社、貿易記
│者クラブ(日本貿易振興会記者クラブ)担当記者として通商問題などの取材に
│あたる。1989年退社後、フリーランスで取材・執筆活動に入る。
│
│1991年に「国連における大国協調の光と影」で佐藤栄作賞(国際連合大学協
│賛財団懸賞論文優秀賞)を授賞。
│1994年に『アジア復権の希望マハティール』を、1997年に『キリスト教原理
│主義のアメリカ』を、1998年に『岡倉天心の思想探訪』を上梓。
│
│『日馬プレス』で「マハティール十番勝負」を、
│『月刊マレーシア』で「明日のアジア望見」をそれぞれ連載中。
└──────────
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
┌― PR ――――――――――――――――――――――――――――――┐
│
│ ⌒Y⌒ヽ⌒Y⌒ヽ⌒Y⌒ヽ⌒Y⌒ヽ⌒Y⌒ヽ⌒Y⌒ヽ⌒Y⌒ヽ⌒Y⌒ヽ
│ う 丿 み 丿 せ 丿 ん 丿 や 丿 ま 丿 せ 丿 ん 丿
│ \ / \ / \ / \ / \ / \ / \ / \ /
│ Y Y Y Y Y Y Y Y
│
│日本語も中国語もOK!美人揃いと評判の日本式夜総会「海鮮山鮮倶楽部」
│ http://chinachips.fc2web.com/01lacarte/10101.html
│
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│asiadesu@hotmail.com
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└―――――――――――――――――――――――――――――― PR ―┘
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃▼▽ 読者の広場 ▽▼
┃
┌──────────「hideおじさん」
先日、上海の日本領事館より日本人駐在員宛に通達がありました。
「見るからに年の差がある中国女性と歩くときは注意しましょう。中国人から
反感を買いますから。」
確かに、土日ともなれば、カラオケ小姐と分る若い女性を連れて買い物をして
いる日本人男性を見かけます。中国人の目も意識しなければならないのでしょ
うが、入れ込み過ぎてケツの毛まで抜かれないよう気を付けて下さいませ。
領事館からこんなご注意を受けるなんて恥ずかしい限りです。でも、
可愛い小姐を見ると、おじさんの気持ちは分らないでもないですが....。
└──────────
▼
┌──────────「(^^) OJIN です(^^)」
ちょっと注釈というか、反感されないためのアドバイスをば。(^^;
「見るからに年の差がある中国女性と歩く」のは格別問題はないと思います。
お父さんと娘、伯父さんと姪、お兄ちゃんと妹、先生と女生徒..まあいろいろ
な組み合わせが考えられる訳で、こうしたカップル自体は日本人と中国人女性
という組み合わせじゃなくても、街中で普通に見かけます。当たり前か..(^^;
問題なのは、肩や腰に腕を回してベタッとくっついて歩く、腕を絡めて歩く、
手を繋いで歩く、、、しかも、見るからにベタベタイチャイチャしながら..。
こんなカップルの場合はもう、「わたしたちは○○▽××□」と、看板かけて
幟[のぼり]を立てて歩いているわけですから、中国人だけじゃなく日本人から
でも反感、妬み嫉みを浴びせられるんじゃないかと思います。
まあ、「ケツの毛まで」なんて〜部分は各人各様「カラスの勝手」なわけで、
それこそ自己責任でお好きなようにと思いますけれど、公衆の面前で「見るか
らに看板かけて幟を立てて」は、同胞が見ていても気分が悪くなりますから、
気持ちは分かりますけれども....できれば他人の目の届かない場所でイタして
頂けますよう。(^^;
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北野幸伯さんから、自著「ボロボロになった覇権国家」を贈って頂きました。
届いた次の日から読み始めましたが、独特の視点からの内容と読み易い語り口
で、食事をしながら、ウンチをしながら(‥ビロウでスミマセン)の時間も読み
ふけってイッキに読了してしまいました。
ーーgosakuさんのアンケートではありませんが「知らなかった、そうだったの
か〜」という感じ......というより、今まで自分の思考の中で欠落していた、
ロシアからの観点から眺めた覇権国家アメリカ、そして中国・日本・世界、と
いうものに触れて、まさに「目から鱗」を感得させられました。
読者の「群馬の神農さん」が何度も指摘されておられたように、「物事は常に
陰陽、表裏、複眼で併せ見なければ真実を見通せません」ということではあり
ますが、我々個人個人が世界中の情報の全てを網羅して吸収することなどでき
るハズもありませんけれど、こうした簡潔に整理された書に接することによっ
て、「瞎子摸象(群盲象を評す)」をかなり克服できて事実に近づけるんじゃな
いだろうか、と感じました。
ーー久しぶりに堪能の、充実の一冊でした。
『ボロボロになった覇権国家』〜次を狙う列強の野望と日本の選択〜
The Fall of the U・S Empire ―著者北野幸伯
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ではまた、ホントに愉快な月曜日号!で、お会いいたしましょう!(^o^)丿

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