| Mail-Magazine Back Number |
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┃ ☆ 金 曜 版 ☆ ≪ WEB 熱線 第514号 ≫2005/02/04_Fri ++++ ☆
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┃ ☆ WEB 熱線 ☆ ―― アジアの街角から:亜洲街巷信息 ―― ++++ ☆
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┌―――――――――――☆☆ 今号の目次 ☆☆―――――――――――┐
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│・ごあいさつ ------ 新しい読者の皆様、ようこそ!! (^o^)丿
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│・私の主張 -------- 国際秩序の再構築と日本の選択 ----- by 野太郎さん
│
│・マレーシアナウ -- サバ州の漂海民「バジャウ」の今後 by 坪内隆彦さん
│
│・読者の広場 ------ hideおじさん。
│
│・あとがき -------- 読者数12000名突破!
│
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◇―――――― 新しい読者の皆様、ようこそ!! (^o^)丿 ――――――◇
│
│1.週3回・月水金のお届けですが、月→水→金 という流れではなく、
│ 「月→月」「水→水」「金→金」というサイクルになっています。
│
│2.タイトルは同じですが、月曜日号・水曜日号・金曜日号は、それぞれ
│ 別々のマガジン、と理解してもらったほうが分かり易いと思います。
│ 更に頻繁不定期で「アジアビジネスの現場から」号が配信されます。
│
│3.ライター兼編集発行の私OJINと数人のライターさんで執筆しています。
│ ___________________
│4.バックナンバーは → http://chinachips.fc2web.com/aaa.html
│ 「アジアの街角から題字の右横」→「バックナンバー書庫」
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┃▼▽ 私の主張:賛否何論可希望討論 ▽▼ by 野太郎さん
┃
☆ 国際秩序の再構築と日本の選択 ――――――――――― 2005/02/04
野太郎です。以下のように提案してみたいと思います。
一 イスラエル国を「清算」する
二 「時効の原則」を確立する
三 「国際連盟」を復活させる
―― 「ユダヤ人のための安住の地」
というのも、gosakuさん(や、他の多くの人)は、イスラエルが無体な国である
事を認めておられました。「ユダヤ人のための安住の地」をシオンの地に求め
るシオニズム運動は、結局は聖地を血で染め、人々を互いに憎み合わせる役割
しか果たしていません。
イエスが「汝の隣人を愛せよ」と説かれた地で、人々は今、隣人を恐れて憎ん
でいます。
イスラエルが戦後の世界に「君臨している」という表現は、誇大な言葉として
受け取られるかもしれません。しかし、他国に亡命した者(ナチス党員)を引き
ずり出してきて裁判にかけるその行いは、野蛮とも何とも言いようがありませ
ん。
私が思うにユダヤ人----今ではそれはユダヤ教徒のことを指すようですが----
彼らにとっての安住の地は、それ以前からパレスチナにあったのです。
敬虔なユダヤ教徒は、自らの戒律に手足を縛られざるを得ません。
「汝、殺すなかれ」
「汝、盗むなかれ」
イスラエルがこの二つを実際に行っているならば、イスラム教徒たちは彼らを
滅ぼそうとはしないはずです。
イスラム教徒たちを殺し、イスラム教徒たちの土地を奪い、現実のイスラエル
はテロリズムにまみれて出発しました。この国は、国際紛争を発生させる苦痛
の根源であり、病巣であって、痛み止めではなく手術によって切除する覚悟が
必要です。
テロ対策と称して各地で戦争を起こすのではなく、イスラエルを「平和の敵」
として連合国安全保障理事会の決議にかけ、これを武力をもって鎮圧すること
こそ「平和のための活動」と言えるでしょう。
今の米国に敵対しているイスラム教徒たちも、喜んで「平和のための活動」に
協力してくれるでしょう。
それはただ感情的な問題にとどまらず、人類の経済状態にまでその影響が波及
するだろうと私は思います。というのも、イスラエルという国が存在すること
で、中東の産油国は無意味な軍事予算を拠出させられてきたからです。
―― 足元を見られて吹っかけられる
石油は、元値が安いだけに「ぼろ儲け」しやすい商売です。しかし、軍事産業
はさらに簡単に「ぼろ儲け」できます。原価の二倍どころか、相手の足元を見
て十倍や二十倍の価格を吹っかけてきます。
日本は、兵器の輸出を禁じられています。しかもその価格は、量産しないため
に他の兵器量産国に比べて割高である、そう伝えられてきました。しかし日本
の主力戦車「90式」をサウジアラビアが「売ってくれ」と言ってきたという
話を私は聞いています。
米国は、当時最強と名高い「M1A2」をサウジに売り込んでいたらしいので
すが、聞くところによるとその値段は「90式」の二倍強。サウジは、自国に
兵器開発力がないので、米国のクイモノにされていたらしいのです。
イスラエルは、欧米の軍事産業にとっては、産油国から国富を貪[むさぼ]るた
めの脅迫装置だったのです。
また、イスラエルという軍事的桎梏を解かれた産油国が、それぞれの国の国益
を追求するなら、「石油に頼らない国づくり」を目指すことになります。ーー
というのも、「石油は有限の資源」だと伝えられてきました。「あと三十年」
の資源だと言い続けられてきました。
実際にそうであるかどうかはさっぱり分からないのですが、その掛け声を利用
して原油価格が吊り上げられてきたのは事実です。ただ、石油は鉱物の一種で
あり、油田にはいずれは「枯渇する」時期がきます。当事国にとって、その時
が国の破滅になってはかなわない訳で、石油の枯渇に備えて社会資本を整備す
ることは必須の項目となります。
砂漠の国々は、呪わしいほどの日照量に恵まれ、その気温も高く、化石燃料に
も事欠きません。日本で温室を作ると、その暖房費で商品価格が跳ね上がるの
ですが、砂漠地帯に閉鎖された温室を作ると----建設作業の困難さも桁違いで
しょうが----その収穫量も桁違いになるはずです。
産油国が食料を自給し、あるいは輸出し始める事態に至れば、世界の食糧事情
は根本的に変わってきます。これは、「飢えが戦争を生む」という紛争輸出の
サイクルを押しとどめ、人道援助によって他国の市場を買い付けるという動き
に連動してきます。
―― 「百年の時効」
イスラエルが、敬虔なユダヤ教徒たちの「不自由な」安住の地となれば、「時
効の原則」を確立するための外交施策に打って出ることもできます。というの
も、イスラエルを除去することで、あるいは無害化することで、日本の求める
「時効の原則」が他国に認められるための条件が整うからです。
ここで大事なのは、日本を恨んでいる国によって世界が満ちていることです。
日本は、上記のような外交政策を行うことで、イスラエルによって苦しめられ
ていた多くの国を苦難から開放できます。しかしそれは同時に、日本によって
欧米露の軍事産業が苦しめられ、これらの国の恨みを買う事でもあります。
日本の提示する「時効の原則」が日本にとって一方的に有利な事例なら、この
ような国々は協調してその妨害に奔走することでしょう。これらの国々が団結
しないよう、その前に予防線を張る必要があります。
日本にとって重要なのは、世界中の人々が納得するルールづくりであり、もっ
というならば「日本が主導することで人々が納得できるルールができる」とい
う信頼感の醸成です。
日本が自ら「損」を選ぶことで、結局は「得」する条件が整うのだと私は信じ
ています。
「時効の原則」においても、民事と比べて長い時効でなければ、他の多くの国
は納得してくれないのではないかと思います。思い切って「百年」という単位
を使ってはどうか、と私は考えています。
この提案は、2015年までに日本から出されるとは思えません。しかしその
時期になれば、百年の時効に対して賛同してくれる国は少なくないのではない
かと私は考えています。
前世紀の大事件として名高い第一次世界大戦は、結果として欧州諸国の没落を
もたらしました。これらの国の多くは、その当時の植民地帝国です。これらは
皇帝が失われたり、瓦解したりして、その勢力を失いましたが、その勢力を失
う前は、原住民を利用して利権をむさぼっていました。
もし「時効の原則」が百年で確定すれば、これらの国々は自国の植民地支配に
ついて問われることなく、日本やドイツの「過去」なるものを追求することが
できます。日本にとって、その期間は不自由で厳しいのですが、「敵」を分断
し、欧州諸国を味方につけるためには必要な「餌」だと考えます。
ただし、アジア・アフリカ諸国の多くにとっては、この提案は決して受け入れ
やすいものではありません。この地域は、長い間欧州諸国の植民地として苦し
められ続けてきました。「時効の原則」が確立すれば、かつての植民地帝国は
「免責」されますが、かつての植民地諸国は訴え出る案件を失うわけです。
しかし、実際の世の流れは"諸行無常"。植民地帝国だった時期は彼方に去り、
スペインもポルトガルもオランダも、今では弱小国にほかなりません。このよ
うな乾いたタオルをいくら絞っても、喉を潤すものは出てきません。
―― 「一国一票の原則」
日本は産油国に恩を売り、かつての植民地帝国に免責特権を与える事で、国際
連盟の復活につながる外交政策を展開する下地が整います。ーー厳密には国際
連盟とは違うものかもしれません。しかし「国際社会」という言葉が使われる
際、「列強」を指すのが現状です。主権国家の数だけ「正義」もあるはずなの
に、実際には「主権」侵害は常習化されています。
国際連盟というか、「戦勝国の特権」を排した国際組織を構築することで、--
--過去の虐待を水に流す代わりに----日本やドイツが被っている不当な敵国扱
いを解いてもらう事が日本の目的となります。
この場合、「一国一票の原則」を提案することが必要です。「拒否権」が安全
保障理事会の常任理事国に偏在していることで、日本もドイツも、他のアジア
・アフリカ諸国も、連合国という組織の横暴さを思い知ることになりました。
日本は国会という名前の議会を持ち、その国政を議会内の政党、あるいは議員
による「話し合い」に委ねています。議員同士が嫌いあっていても、いきなり
「果し合い」にはなりません。というのも、話し合いである以上どこかに妥協
点が存在する場合が多いのです。すると、国と国との戦争も、それを未然に防
ぐ外交的措置がしっかりしていれば、その多くは避けられることになります。
「一国一票の原則」を旗印にして「構成国平等の原則」を構築することが、他
ならぬ日本の国益となります。またこの原則は、複数の主権国家を巻き込んで
いる欧州「同盟」諸国にとって有利ですが、複数の自治共和国を内部に抱えて
いる国にとっても、それぞれを「主権国家」として独立させる事で、全体とし
て複数の票を取りまとめられる事が有利に働きます。
逆説的にいうと、ロシアの「自治共和国」や米国の「州」、あるいは中華人民
共和国の「省」などは、すべて独立国としたほうが夫々[それぞれ]の国の構成
者にとっては世界的な発言力を得やすい事になります。
もちろん、それだけを見ると、日本のような単邦は不利であり、米露中のよう
な連邦が有利だという事になります。しかし、実際にこのような連邦が枠組み
としての自身を瓦解させれば、それまでに蓄積されていた国家的な不平不満は
ストレートに炸裂します。
これらは、それまで連邦の中枢に居座ってきた中心勢力にとっては「挫折」に
ほかならず、継続的な戦略に沿って行動する事を阻害します。これらの国々は
国際連盟というか地球議会内で会派と呼べるものを構築し、その会派ごとに寄
り集まって話し合いを行うでしょうが、実際の議会内が居眠りや汚職にまみれ
ているのと同じく、国々の話し合いの中でも「裏切り」や「抜け駆け」は絶え
ないでしょう。
分裂した自治共和国(や州や省)の中で、他の会派からの利権つきの「説得」に
応じるところは、当然のように出てくるでしょう。
総論として、分裂して票数を稼ぐ事は危険度の高い方法論であり、軍事的にも
その一小国だけでは覇権は握れなくなります。また、分裂した各小国の意見に
よって敵味方が入れ替わるので、全世界を滅ぼすような核戦略は立て難くなり
ます。
たとえば、ミシガンだけ米州連合に反旗を翻したり、広東と台湾が人民共和国
同盟を離脱したり。明日、誰が敵に回り、誰が味方になるか分からない状態が
発生したら、核兵器の突発的な使用は抑制されると思います。
―― 「世界の民主化」
もし世界が「民主化」されるべきなら、このように「地球議会」に重きを置く
ことが重要だと私は思います。現在の連合国、即ちユナイテッド・ネーション
ズ( UNITED NATIONS )は、本質的に「日独相手の軍事同盟」であり、他ならぬ
日本やドイツにとっては「不倶戴天の敵」でしかありません。
しかしこれらを改正するためには、日独両国の腕力だけでは困難です。
ということは、他ならぬ連合国を利用してイスラエルを武装解除させ、かつて
の植民地帝国を利用してでも「時効の原則」を確立させ、現在の日本の「敵」
たちを「国論の分裂」に封じ込めておくことは、日本の国防にとっても重要な
項目となります。
外交において、他国は自分たちのために動いてくれる訳ではありません。利益
や利権をバラ撒かねば、相手国が動かないという部分はある筈です。しかし、
日本が取り組むべき課題は、自国の安全保障であるばかりでなく、弱小国の意
見集約にもなるべきだと私は考えています。
現在と未来に生きる私たちには、自らを慰めている時間はいらないのです。
= この稿おわり =
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↓
「国際秩序の再構築と日本の選択」は、
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◇ 面白愉快有益 (^○^) --------------------------------
25人 (81%)
◇ まあまあかな(゜.゜) -------------------------------- 6人 (19%)
◇ ツマンナかった(-_-) -------------------------------- 0人 ( 0%)
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│★│ コメントボードに頂きました感想。
└─┘
┌──────────「ミカの赤い服さん」
OJINさん、こんにちは。「面白愉快有益」に投票しました。
◆「中国大陸の人たちが交通信号や交通ルールを守らない」という記事を以前
から拝読していて理由をいろいろ想像していました。その疑問が今日の記事で
ようやく分かりました。
そんな複雑な交通信号でしたら、日本人も理解できないでしょう。
……マスコミが喜んでワイドショーのネタにしそうです。
◆『プロパンボンベの有効期限』ですが、内部にものすごい圧力が掛かってい
るので、安全確保のために定められているのだと思います。
もしもボンベの金属が、サビなどで弱くなって破裂したら危険ですし。
◆来週から金曜日の記事がどうなるのか心配です。
できれば、またgosakuさんの記事を拝読したいです。
└──────────
▼
┌──────────「(^^) OJIN です(^^)」
いや、、、「そんな複雑な交通信号」だからじゃなくて、交通信号なんてーも
のが無かった世界に..交通信号..というか、赤青黄色の電灯が灯るようになっ
て、、これは何??・・・そういう感覚を想像してもらったほうが....。
ーーーーだから中国では交通信号のことを「紅緑灯」というのか? (^^;
金曜日号のスケジュールは、
次回:gosakuさんの記事。次々回:gosakuさんの記事。
次々々回以降:hideおじさんの記事。--というスケジュールになっています。
└──────────
┌──────────「内臓が弱い人さん」
中国でSARSの報道がまだなかった2003年4月頃、麗江から昆明まで、
長距離高速バスでの事。‥‥8時間45分かかりました。
出発してすぐに、車掌さんから爪切りとミネラルウォターの配布があり 随分
サービスが良いなー 中国も変ったものだと関心した。日本でも長距離バスは
出るのかと考えてしまった。しかし何で爪切りなのか分からないが・・・。
もっと驚いたのは 途中サービスエリアで夕食タイムになり10人程で一つの
テーブルにつき、乗合バスだからみんな他人。大皿の料理を食べるのにちょっ
と困った。皆は平気で自分の箸で突っついているが、友人となら良いけれど、
どうも箸がでない。
皆がまだ箸を付けてない部分から食べたが、皆食べるのがとても早く、すぐ私
の陣地に進入され即退却。次の皿が来るまで休憩。そんな食べ方だから、私は
腹ニ分目で食べるおかずがなくなった。(‥‥これが後に良かった‥‥)
食後、後ろの席に替わり----このバスは真中にも出口がありトイレも横に付い
て----トイレの入口の上に字が書いてあり 清勿大便(大便禁止)と書いてあり
急に不安になり、まだ三分の二以上あるので不安が益々大きくなり、なるべく
トイレの事を忘れようと苦労した。
食事付きにも驚き、、中国は毎回驚きの国である、、だから面白い。
OJIN さん、中国の高速バスは皆小便だけですか?教えて下さい。
└──────────
▼
┌──────────「(^^) OJIN です(^^)」
最近の長距離バスは、乗込む前に新聞とミネラルウオーターを配っています。
昼飯前や晩飯前の時刻に出発する便ならば、さらに面包=パン)も一緒に配ら
れます。目的地が近い長距離バス(?)の場合は、ミネラルウオーターだけ、と
いうこともあります。
OJIN は夕食つきというのには乗ったことがありません。(多分契約している)
ドライブインに寄って、各自がバラバラに注文して食べる、というスタイルば
かりでした。
まあ習慣の違いですけれど、知らない人と同席でつつきあっても、病気とか何
も心配いらないですよ。ーー第一、、もしもその知らない人たちが美人ばかり
だったら、、、嬉々として箸がすすむ、すすむ、すすむ、、、でしょ〜?(^^;
「高速バスは皆小便だけですか?」〜〜小便だけというよりも、最近の長距離
バスは「トイレ無し」がほとんど、、というよりトイレ付きは見かけません。
ーー少なくとも、江蘇省・上海市・浙江省あたりでは見かけません。何年か前
は南通―上海便にもありましたが、トイレの周りの四分の一ぐらいの席は臭く
てたまらないのでスタレたんだと思います。
??それが田舎のほう(麗江・昆明)へ回っていったのかしら??(^^;
└──────────
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┃▼▽ マレーシアナウ(現在) ▽▼ by 坪内隆彦さん
┃
☆ サバ州の漂海民「バジャウ」の今後 ――――――――― 2005/02/04
陸地に定住することなく海上で生活する漂海民は、かつてアジア各地に存在し
ていた。
今回採り上げるバジャウ( Bajau)だけでなく、中国南部には蛋民(たんみん)と
呼ばれる漂海民がいたし、ミャンマー南部のメルギ諸島からタイ南部のアンダ
マン海などにも漂海民はいた。
日本にも、瀬戸内海や九州西海岸に「家船(えぶね)」と呼ばれる人々がいた。
マレーシアのサバ州、スルー諸島からスラウェシ、カリマンタンに及ぶ広範囲
に活動している漂海民がバジャウ族である。彼らは、漁による自給自足的生活
を続けてきた。海に潜る作業は全て男性が行い、女性が操船や料理などの家事
をする。
生活必需品を得るために、彼らはタイマイ(亀の一種)、ナマコ、フカヒレなど
商業的価値の高い海産物を物々交換して得てきた。
バジャウの人々は、一般的なマレーシア人以上に伝統的な文化を守り、いまな
おシャーマニズム的な信仰を維持している。こうしたバジャウの伝統は、アメ
リカの人類学者H・アルロ・ニモ氏のフィールド調査によって描かれた『漂海
民バジャウの物語』にも詳しく描かれている。
2004年末、『ニューストレイト・タイムズ』は、バジャワのあるコミュニ
ティに対するインタビュー記事を掲載した。そこで紹介された長老のサダパル
氏は、なおも彼らが古い伝統を捨てる準備はできていないと発言している。
彼は、「陸にいるとき、我々は吐き気を催す。海の上にいるときだけ、快適な
気分でいられる」、「我々は、舟の上で食事をし、睡眠をとり、必要な議論を
し、結婚式も行う。出産も舟の上で行う」とすら述べている。
△△『ニューストレイト・タイムズ』2004年12月22日付
それでも、バジャウの定住化は徐々に進んでいる。海岸沿いに高床式の水上住
宅を設け、そこで生活する人も増えてきている。特に、有数のダイビング・ス
ポットのシパダン島の玄関口ともなっているセンポルナ沖の島々には、バジャ
ウの水上集落があちこちで見られる。また、サバ州では定住して農業を始めた
バジャウもいる。
近代国家にとって厄介なのは、海上生活を続けるバジャウの多くが文書を使用
する習慣を持たないことである。前出のサダパル氏によれば、彼らは出生証明
書、身分証明書なしで生き続けている。3000人からなる共同体の大部分は
未だに紙を使用しないともいう。さらには、彼らの多くが法律の存在さえ知ら
ない。
彼らが、国境を意識していないことも厄介である。
もともと、スルー海からサバの一帯は独立した一つの経済圏で、人々は自由に
行き来していた。1970年代には、治安が悪化したスルー諸島からかなりの
バジャウがマレーシア側に流れ込んだという。
「精神的にも物質的にも進んだ国家」を目指すマレーシア政府には、全ての構
成員がそれぞれの伝統を維持しつつも、近代化に向かって歩んで欲しいという
期待もある。
1999年9月にサバ州を訪れたマハティール首相は、世界一周単独航海を成
し遂げたアズハー・マンソール氏を例にとり「マレーシア人もやればできる」
ことを強調し「ある日、世界一周の航海に挑むバジャウが出てくることを願っ
ている」と発言している。
△△『ベルナマ』1999年9月26日
もともと、造船技術や航海技術に秀でた彼らにとっては、決して不可能なこと
ではないだろう。
それでも、政府は各民族の伝統を無視して、強制的に画一的な生活スタイルを
強いるようなことはしてこなかった。2001年8月に、バジャウのアイデン
ティティに関するセミナーで、サバ・バジャワ芸術文化協会会長のサレー・セ
イド氏は、マハティール首相がマイノリティの生活を軽視していないと述べ、
感謝の意を表明している。
△△『ベルナマ』2001年8月25日
バジャウに期待されているのは、教育水準の向上であろう。彼らは生活の中で
これまでマレーシア語ではなくバジャウ語を使ってきた。ただし、彼らは会話
をするが文書を残す習慣がない。
こうした中で、いまバジャウ語を学校で教えるという構想が浮上しつつある。
そのために、まずスペルの標準化作業が開始されるという。バジャウ語教育の
開始は、新たな変化をもたらすことになるのだろうか。
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│▼│ お便りで頂きました感想。
└─┘
┌──────────「美龍@バリ島さん」女性@自営業@その他海外
はじめまして、坪内さん。
毎回、マレーシアナウを楽しく拝見しています。坪内さんが、インドネシアと
の関係も含めてお話をしてくださるので、あらためてインドネシアを見つめる
参考になります。
今回のラフレシアのお話ですが、インドネシアでは切手にもなっているほどで
すが、バリ島の人達に関していえば、大半の人がこの花はインドネシアだけに
あるものだと思っていたり、この花があることすら知らない人達もいました。
お恥ずかしい話ですが、私自身もこの花が現在絶滅の危機にあることを、今回
初めて知りました。インドネシア国内でもこの花の貴重さが認識され、マレー
シアやその他の国々と協力してその危機から救えればと思います。
└──────────
▼
┌──────────「坪内隆彦さんから」
美龍@バリ島さん、マレーシアナウをお読み頂き、ありがとうございます。
「バリ島の市井に暮らして」では、スマトラ沖地震に関して大変貴重な情報を
提供していただき、非常に勉強になりました。
さて、インドネシアとマレーシアには、そこに存在する生物はもちろん、文化
的にも共通する点が極めて多いため、私もマレーシアのことを書く際にはイン
ドネシア関係の情報を参考にさせていただいております。
最近では「パントゥン」の場合もインドネシア関係の歴史書を参照しました。
ラフレシアについては、「絶滅の危機」という表現はやや強過ぎるかもしれま
せんが、生態系を無視した採取が横行し続ければ、さらに切実な問題になるの
は確実と感じております。アジアの生態系保存における日本の協力は、とても
重要だと思います。
今後ともよろしくお願いします。
└──────────
└―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
┌──────────
│坪内隆彦さんのプロフィール:
│
│ジャーナリスト。拓殖大学日本文化研究所附属近現代研究センター主任研究
│員兼創立百年史編纂室編纂委員・(社)日本マレーシア協会理事・マハティー
│ル研究会主宰。
│
│1965年生まれ。慶応義塾大学法学部卒業後、日本経済新聞社に入社、貿易記
│者クラブ(日本貿易振興会記者クラブ)担当記者として通商問題などの取材に
│あたる。1989年退社後、フリーランスで取材・執筆活動に入る。
│
│1991年に「国連における大国協調の光と影」で佐藤栄作賞(国際連合大学協
│賛財団懸賞論文優秀賞)を授賞。
│1994年に『アジア復権の希望マハティール』を、1997年に『キリスト教原理
│主義のアメリカ』を、1998年に『岡倉天心の思想探訪』を上梓。
│
│『日馬プレス』で「マハティール十番勝負」を、
│『月刊マレーシア』で「明日のアジア望見」をそれぞれ連載中。
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│ う 丿 み 丿 せ 丿 ん 丿 や 丿 ま 丿 せ 丿 ん 丿
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│ Y Y Y Y Y Y Y Y
│
│日本語も中国語もOK!美人揃いと評判の日本式夜総会「海鮮山鮮倶楽部」
│ http://chinachips.fc2web.com/01lacarte/10101.html
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│☆ 春節も休まずに営業していますから、遊びにきてくださいね〜〜♪♪
│
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┃▼▽ 読者の広場 ▽▼
┃
┌──────────「hideおじさん」
gosakuさん、長い間「現代日本」に対するお話、ありがとうございました。
大変失礼ではありますが、何故か私の祖父の話を聞いているようで懐かしさを
感じておりました。
特に、日本外交に対する取組みは大変ご苦労があったと思います。この問題は
切り口をどこに置くかで範囲が膨大になり、結局尻つぼみになりがちですが、
非常に纏ったものであったと敬服いたしております。
gosakuさんが、今回「外交」について言いたかったのは、
「戦前の外交」が良くて「現在の外交」は良くない、という単純なことではな
く、明確な自己主張を避けている「今の外交」を憂いているのではないかと感
じております。また、外交を「日本」と置き換えても良いのではないでしょう
か。
良くも悪くも、戦前の日本は主義・主張がハッキリしていたことは事実です。
「主張すべきことはハッキリ主張する」これは今も昔も国際的な常識であるは
ず。外国とのビジネスをみても、「主張」を明確にしなければ相手の信頼を得
ることは出来ません。今の日本が「日本国」として「言いたいことを言ってい
る」のか甚だ疑問に思います。
日本には世界に誇る「平和憲法」があります。--自主憲法であるなしは別とし
て--これを遵守しようという気持ちは、読者の皆様をはじめ国民全てが賛成だ
と思います。しかし、憲法前文の
「人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛
する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意
した」ですが、
この「諸国民の公正と信義」は、日本の理解するものと同じとは限りません。
また、時代時代によってその「公正」も「信義」も変化することを忘れてはな
りません。相手を信じること、公正と信義を大切にすることは日本人の美徳で
す。しかし、だからといって「言わなくとも分ってくれる」は世界では通用し
ないことも理解しなければならないでしょう。
公正と信義は、与えられるものではなく、互いに主張し合うなかで新たに創り
出すもの、生まれるものではないでしょうか。
ーーgosakuさんが主張されたかったのはこういうことではなかったのか、と私
は理解しております。
改めて、gosakuさん、連載ご苦労さまでした。
また、お話を聞かせていただければ幸いです。
└──────────
▼
┌──────────「gosakuさんから」
AMDS大賞特別賞、併せて読者数12000突破、おめでとうございます!
OJIN さんのご苦労の成果ですね。
今年の目標2(百)万も夢ではありません、頑張って下さい!(^^)
hideおじさんの、先の「十八子松戸さん:焦らないで下さい、中国も民主国家
になります」へのコメントにしろ、今回の「情報無限さん」への反論にしろ、
実に適確に要点を指摘されていて、敬服いたします。論旨についても、非常に
親近感を覚えるのは僕だけではないでしょう。
失礼ですが、お祖父様は「hideおじさん」のお年から推察するとかなりの年齢
になられると思われますが、ご存命でしょうか?若し、ご存命ならば是非お話
をお伺いしたいものです。
「hideおじさん」ご指摘の通り、「戦前の外交」が全て良くて「現在の外交」
が悪いというものではありません。清廉潔白な人材を輩出した幕末から明治に
かけての時代と比較して、自己犠牲、献身の精神というものがほとんど存在し
ない戦後の土壌の中からでは、「国家のため、国民のために自分は一点の曇り
もなく、一生懸命尽くした」と胸をはって言える外交官が育たないのは致し方
ないのでしょうか!
外務官僚の頭の中は、「出世」「天下り」「組織温存」だけなのでしょうか?
明治の代表的な外交官に、陸奥宗光、小村寿太郎、牧野伸顕がいます。
陸奥宗光についてちょっと紹介しますと、当時の日本は、イギリス・フランス
・アメリカ・ロシア・ドイツなどと締結した不平等条約に苦しんでいました。
イギリス人が横浜で人を殺しても、イギリス大使館やイギリス租界へ逃げ込ん
でしまえば、日本の警察や治安部隊は為す術がありませんでした。
この不平等条約を撤廃しない限り日本の本当の独立はない、と、当時の政治家
たちは誰もが考えていました。その不平等条約の改正に命を捧げたのが、陸奥
宗光です。
舞台は、日清戦争終結のときの下関条約締結。清国からは全権大使、李鴻章、
日本からは伊藤博文と陸奥宗光が交渉に臨みました。この時、実質的に条約を
まとめ上げたのは、陸奥のほうだったと言われています。
実はそのとき、陸奥の娘が危篤状態にありました。陸奥はそれを隠して伊藤に
同行したのですが、何かの折に伊藤に知れ、娘の命のほうが条約締結より大事
だから帰れと言われたそうです。
ところが陸奥は一歩も引かず、下関条約がすべて成立するまでそこに留まり、
条約締結後も陸奥がまだ仕事をしていると、伊藤が「もう帰ってやれ」と声を
かけ、今度は陸奥も「閣下、ありがとうございます」といって家へ帰ったそう
です。ーーそして最愛の娘は息をひきとりました。
子供の命が風前の灯火であっても、それをおくびにも出さず、国家のため自己
を擲[なげう]って仕事をする、そんな高潔、崇高、自己犠牲の姿を陸奥宗光に
みることができます。
また、日本の国家国民のために一生を捧げた小村寿太郎の生きかたも、まさに
ノーブレス・オブリージュ。(ノーブレス・オブリージュ=高い地位に伴う、
道徳的・精神的義務)小村寿太郎の外交手腕によって、日本はさまざまな恩恵
に浴したのですが、なかでも印象的なのは日露戦争終結のときです。
当時のロシアの国力は、日本の約十倍。陸軍はもちろん、バルチック艦隊を擁
する海軍を含めて、軍隊は世界最強。ヨーロッパ全部が一丸となって戦っても
ロシアには敵わない、といわれていました。
そのうえ当時のロシアには資産があり、世界有数の富裕な国でした。日露戦争
が始まり、奉天でロシア軍に勝った児玉源太郎は、そんな国力の国とこれ以上
戦ったらどんなことになるか分かっていました。
先に進めば、ロシアの奥深くまで引きずり込まれ冬将軍にやられたナポレオン
軍の二の舞になることは分かっていましたから、「先に進め!」という内地の
参謀本部の命令に簡単に従う気になれませんでした。それは小村寿太郎も同じ
気持ちでした。ロシア皇帝ニコライ二世に勝てるとは、とうてい考えられませ
んでした。
それでもとにかく、勝ち続けているうちにセオドア・ルーズベルトの仲介や、
日英同盟の助けもあってなんとか戦争終結にもっていくことができました。
ーーそんな、日本中が戦勝気分のなかで進められたのが、ポーツマス講和条約
でした。「勝った!」「勝った!」とロシアを殲滅したようなつもりになって
いた国民は、次に「賠償金をとれ!」のシュプレヒコールをあげるようになり
ます。ところがロシアの代表ウイッテは、賠償金は払うことはできないという
態度に出てきました。
ロシアに大勝したわけではなく、たまたま戦争終結時に勝っていただけなのだ
という本当の状況を熟知していた日本の代表小村寿太郎は、賠償金を取ること
は難しいと判断し、講和条約の締結を最優先課題と考え、絶妙のタイミングで
賠償金の要求を取り下げました。まさに引く事の妙を知り尽くしていたといえ
ます。
こうして条約批准を遂げて帰って来た小村を待っていたのは「なぜ賠償金を取
らない!」といって石を投げつける国民でした。小村はそれにジッと耐えまし
た。ーーもし小村が賠償金に執着して、講和条約が締結されずに、ズルズルと
ロシアと戦争を続けていたら、果たしてどんな結果になっていたでしょうか。
大久保利通の子である牧野伸顕も、岩倉具視に随いてアメリカに留学した後、
文部大臣や外務大臣などを歴任した政治家です。1919年のパリ講和条約で
は西園寺公望と共に日本全権代表、国際連盟基礎委員として会議に臨みます。
このとき牧野は、世界各国の代表を前にして「人間は皮膚の色によって差別さ
れてはならない」と堂々と人間平等論を展開し、当時はまだ人種差別を是認し
ていた欧米各国の代表たちは、牧野に畏敬の念を持ったばかりではなく、日本
は人種差別のない素晴らしい民主主義が徹底された国とみなしたのです。
ーー彼もまた、勇気のある正々堂々とした外交官の一人でした。
彼らのような人材が、なぜ今の日本に存在しないのか?ひとりひとりの外交で
の業績を辿ってみれば、その理由は自ずと明らかになるでしょう。現在日本に
は、かつてのようなノーブレス・オブリージュの精神が欠如しているのでしょ
うか。ーーこの志こそ、日本の外務官僚たちに今こそ学んで欲しいものです。
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┃▼▽ あとがき ▽▼
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ーー読者数が12000名を超えました。
もうチョット頑張れば13000に届くぐらい。
有名な評論家とか大学教授とかではない、普通の市井に暮らす庶民ライターさ
ん達と力を合わせて、一歩一歩コツコツと登ってきて、ようやく少しだけ裾野
を望める高みに至ることが出来たような気がいたします。
ひとえに、ライターの皆さん、各メルマガ発行スタンドさん、そしてなにより
読者の皆様からのご支持、ご協力、ご鞭撻があったればこそでございます。
本当にありがとうございました!
今後とも、倦まず弛まず気持ちを引き締めて励んでまいります。
なお一層、よろしくお願い申し上げます!
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ではまた、ホントに愉快な月曜日号!で、お会いいたしましょう!(^o^)丿

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