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┃ ☆ 金 曜 版 ☆ ≪ WEB 熱線 第386号 ≫2004/04/02_Fri ++++ ☆
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┃ ☆ WEB 熱線 ☆ ―― アジアの街角から ―― ++++ ☆
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┌―――――――――――☆☆ 今号の目次 ☆☆―――――――――――┐
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│・ごあいさつ ------ 新しい読者の皆様、ようこそ!! (^o^)丿
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│・満州回顧録続編 -- 自虐史観の枷を解く(16) --------- by gosakuさん
│
│・おしらせ -------- シベリア決死行」が間もなく発売されます!
│
│・マレーシアナウ -- 森の中の空港」の快進撃 --------- by 坪内隆彦さん
│
│・読者の広場 ------ 修さん。
│
│・あとがき -------- 日本語能力試験1級に合格〜〜♪♪
│
└―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
◇―――――― 新しい読者の皆様、ようこそ!! (^o^)丿 ――――――◇
│
│1.週3回・月水金のお届けですが、月→水→金 という流れではなく、
│ 「月→月」「水→水」「金→金」というサイクルになっています。
│
│2.タイトルは同じですが、月曜日号・水曜日号・金曜日号は、それぞれ
│ 別々のマガジン、と理解してもらったほうが分かり易いと思います。
│ 更に頻繁不定期で「アジアビジネスの現場から」号が配信されます。
│
│3.ライター兼編集発行の私OJINと数人のライターさんで執筆しています。
│ ___________________
│4.バックナンバーは → http://chinachips.fc2web.com/aaa.html
│ 「アジアの街角から題字の右横」→「バックナンバー書庫」
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┃▼▽ 満州回顧録続編 ▽▼ by gosakuさん
┃
☆ 自虐史観の枷を解く(16) ―――――――――――――― 2004/04/02
―――― 君が代と日の丸と、カルタゴの平和
戦前は(明治)憲法を「不磨の大典」と呼び物神化した。戦後も平和憲法、憲法
9条を絶対化してきた側面があって、それが現在の精神的な従属状況となって
いる。戦後の平和論は、一種の国体論に化している。憲法9条さえ守っていれ
ば平和国家、平和の守り手であるというふうな自己欺まんに陥っているような
気がする。
昭和26年9月8日、日米講和条約が結ばれ国際社会に復帰し、独立したのち
も、占領下でアメリカから押し付けられた憲法を、いいはいい、悪いは悪いと
検討することもなく、聖域化して今日までに至っている怠慢と無関係ではない
ものに、かつて戦前派の私達が体の奥底に共通してあった日本精神が切(きれ)
かかっている事態があります。
戦後五十年有余年、日本はアメリカの圧倒的影響をうけてきました、そのこと
自体は決して悪い事ではありません。経済的に成長して豊かになろうというエ
ネルギーは、確かにアメリカの影響を受けた賜物だからです。
いつの世にもいわれる「今時の若いものは」とは言いたくありません。しかし
表面的風俗的にアメリカを真似るだけでなく、精神的にも無自覚に染まってし
まったのではないか。ーー最近の若い世代を見たり話したりして、心の拠りど
ころを持たない根無し草になっていると感じるのは、私が老いて来たせいなの
でしょうか。
―― 根無し草とは、
規範も礼節も道徳も持たない、人間を人間として成長させる根っこを持たない
人間のことです。規範や礼節や道徳は人間を支える誇りになります。それを持
たない根無し草は枯れるしかない。
事実、最近の事件や現象にはそれが端的に表れています。人を人とも思わない
ような、生命に対してなんの感覚も持ち合わせていないような、簡単にわが子
を殺し、父や母を殺し、何の関係もない子供を殺してしまうような事件の頻発
はその典型でしょう。
外に立って空を仰いで、まぶしい日の光を感じたとき、緑の木々を吹き抜ける
風に包まれたとき、何とはなしにありがたい気持ちになり、畏れ慎むような心
に染まって、思わず手を合わせて拝んでしまうことはないでしょうか。
これこそが日本精神の根拠なのです。
そこから、日本ならではの規範が生まれ、礼節が整えられ、道徳が形成されて
いったのだと思います。こういう感性を蘇らせ、若い世代に受け渡していかな
ければならない。そうでなければ日本は危ない、私は心底そう思っています。
切れかかっている日本精神がここで切れてしまったら、日本人を日本人たらし
めるものはなくなってしまう。そうなったら、ボーダーレス化、国際化が進展
する地球社会で日本は存在していけなくなるでしょう。が、まだ遅くはない。
ーーそう思いたいのです。
諸外国から戦争中のことを持ちだされると、そのことへの十分な認識や自覚も
ないままに、咄嗟に後ろめたい思いに囚われて唯々諾々と詫びることしかしな
い政治家たちの有様と無関係ではない。
「日の丸」を掲げ「君が代」を歌うとなると、なにかとんでもない悪いことを
するような感じになり、たちまち拒否反応を示してしまう雰囲気と無関係では
ない。
愛国心という言葉を聴いただけで古いとかカッコ悪いとかいう感じかたをして
しまう心のあり方とも無関係ではない。
ーーそれは切れかかっている日本精神への絆です。
今の日本人を呪縛している精神的「カルタゴの平和」を克服することが大切で
しょう。そこから、日本人を日本人たらしめる感性を蘇らせ、日本精神を体得
していく道筋がみえてくる。
―― 世界史を学んでいる皆さんはご存知の事と思いますが、
「カルタゴの平和」について簡単にお話しておきます。
カルタゴは、商業貿易を得意とするフェニキア人の植民地で、紀元前2世紀頃
大いに繁栄した。その繁栄ぶりはいまの経済大国日本の比ではない。
世界中の金銀をかき集めた大金持ちの国、と思えばいいでしょう。
カルタゴは地中海の海上権を掌握する勢いを持っていた。
このカルタゴとローマの間で、シチリア島の支配をめぐって争いが生じたのが
きっかけとなり戦争になった。――ポエニ戦争です。
ポエニ戦争は紀元前264年から紀元前146年に亘って3回戦われた。
2回目のときは、ハンニバル将軍率いるカルタゴ軍に攻め込まれ、古代ローマ
帝国は存亡の危機に瀕したほどです。
だが、結果は3回ともローマの勝利に終わった。
しかし、カルタゴは得意の商業貿易を武器に、先の2回の敗北から息を吹き返
した。3回目の戦争でカルタゴに勝ったローマは、カルタゴがあるからローマ
の平和が脅かされると考えた。どうすればいいか。
ーーカルタゴを根絶やしにするのが一番いい。
そしてローマはカルタゴを地上から徹底的に破壊し焼き尽くし、女性から子供
にいたるまで皆殺しにして、カルタゴを地上から消してしまった。
かくてローマの平和は築かれた。カルタゴを抹殺することのよって、ローマは
平和を享受することが出来たのです。
―― 第二次大戦に勝ったアメリカは、この顰み(ひそみ)に習い、
日本に対して「カルタゴの平和」を目指したのです。
しかし、日本の一切を破壊し尽くし、日本人を皆殺しにする蛮行は、現代では
不可能です。ーーでは、ではどうすればいいのか。
日本人の精神を破壊し、骨抜きにするのがいい、つまり、精神的「カルタゴの
平和」です。その為にこそ東京裁判というショーは行われたのです。現在では
アメリカの良識はこれを事実と認めています。
アメリカは日本を占領するにあたり、日本国民に「戦争贖罪意識」を叩き込む
ために「ワー・ギルト・インフォメーション・プログラム」と呼ぶ綿密な手を
打っていたのです。
= 自虐史観の枷を解く(17)へ続く =
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
↓
「自虐史観の枷を解く:君が代と日の丸と、カルタゴの平和」を読んで、
┌─┬───────────────────────────────┘
│●│ 前回「封じられた正論(2)」のアンケート結果。
└─┘
◇ このとおりだと思う --------------------------------- 52人 (79%)
◇ そうではないと思う --------------------------------- 9人 (14%)
◇ どちらともいえない --------------------------------- 3人 ( 5%)
◇ よく分からない ------------------------------------- 2人 ( 3%)
┌─┬───────────────────────────────┘
│●│ コメントボードに頂きました感想。
└─┘
┌--------「lonsome car-boyさん」
戦勝国による復讐劇「東京裁判」での戦犯は、サンフランシスコ条約の後国際
社会で名誉回復され又日本の国会でも全会一致で「公死」となったと何かで読
んだような気がします。
もしそうであれば、実際には法的にA級戦犯など存在しないのではないでしょ
うか?
└--------
▼
┌──────────「gosakuさんから」
日本を侵略国と断じた東京裁判の有罪判決で、それまで築き上げられた日本の
伝統文化は悉く(ことごとく)否定されました。日本の歴史は歪められ、大東亜
戦争をめぐる真実は封印されました。以後、日本人はある種の罪悪感を植え付
けられ、多くの日本人が日本の歴史や伝統や伝統文化を東京裁判史観に基づき
否定的に眺めるようになりました。
自身が気づいているかどうかは別にして、今多くの日本人たちが自虐史観に苛
まれ、日本民族としての誇りや思想を失い、日本人としてのアイデンティティ
を喪失しています。
東京裁判の判事11ヶ国11人の内で、ただ一人の法律家であった国際法学者
パール博士は
「戦勝国が敗戦国の指導者たちを捕らえて、自分たちに対して戦争をしたこと
は犯罪であると称して彼らを断罪するのは、歴史の針を数世紀も逆戻りさせる
非文明的行為である」
と宣言しました。
仮に東京裁判が、名目どおり「平和に対する罪」を裁く裁判だとしたら、世界
中のいかなる国に対しても公正に国際法が適用されて然るべきです。裁く者が
戦勝国民で、裁かれる者は戦敗国民などということがあってはならないはずで
す。戦争は勝った者が正しく、負けた者が正しくないなどという理屈は、例え
天地がひっくり返ろうとも、ありえない理屈だからです。
東京裁判から4年後に始まった朝鮮戦争の時、再び日本を訪れたパール博士は
「この度の極東国際軍事裁判の最大の犠牲は”法の真理”である。例えば今、
朝鮮戦線で細菌戦がやかましい問題になり、中国はこれを提訴している。しか
し、東京裁判において法の真理を蹂躙してしまったために中立裁判は開けず、
国際法違反である細菌戦ひとつ裁くことができないではないか。
捕虜送還問題しかり、戦犯釈放問題しかりである。幾十万人の人権と生命に関
る重大問題が、国際法の正義と真理に則って裁くことができないとはどうした
ことか」
「戦争が犯罪であるというのなら、今朝鮮で戦っている将軍をはじめ、トルー
マン、スターリン、李承晩、金日成、毛沢東にいたるまで、戦争犯罪人として
裁くべきである。戦争が犯罪でないというなら、なぜ日本とドイツの指導者の
みを裁いたのか。勝ったが故に正義で、負けたが故に罪悪というなら、もはや
そこには正義も法律も真理もない。力による暴力の優劣だけがすべてを決定す
る社会に、信頼や平和などあろう筈がない。我々はなによりもまず、この失わ
れた”法の真理”を奪い返さなくてはならない」
博士はこの時、東京裁判で国際法を踏みにじったために、今後も戦争は絶える
ことがないだろうという不気味な予言を残しています。
└──────────
┌--------「ミカの赤い服さん」
gosakuさん、こんにちは。
特に今回の記事は「この通りだろう」と思いました。
台湾の総統選挙がニュースになっていましたね。
台湾が日本の植民地になる時、当時の中国支配政権は「あの島は人間の住む所
ではない」と言っていたのに、今は「中国固有の領土。台湾は1つの省。」と
主張しています。
やはり、ずうずうしくなければ国交は出来ないのでしょうね。
└--------
▼
┌──────────「gosakuさんから」
「ミカの赤い服さん」のおっしゃる通り、お人好しの日本人ではこの国際社会
の荒波を泳ぎきれるのか?
ずうずうしいのが決してよいとは言いませんが、自己の言い分はキチンと主張
すべきです。
台湾問題も研究したい議題の一つですね。
反日的な空気がまだ強く残っている朝鮮(韓国)(=反日教育の結果)に対して、
例外はあるでしょうが、私の知る限り親日的な台湾人が非常に多い台湾に親し
みを感じている日本人は多いのではないでしょうか。
かつて台湾は、オランダやスペインの植民地統治を経、続いて支配者となった
中国大陸の清朝からも「化外の地」として疎んじられ、長年放置されてきた島
でした。大陸政権が今更、経済発展著しいからと合併を呼びかけても、素直に
「はい」というワケにはいかないこれまでの経緯があります。
└──────────
┌--------「爺さん」
Gosakuさんのお話は、勉強をされての上ですので説得力があり、いつも敬服し
ています。
OJIN さんのマガジンで知りえたことは、「すみません」と言葉に出して自分
の非を認めるのは世界中で日本人だけとのこと。われわれ日本人の文化の先輩
である中国人や韓国人も我々同様言葉や態度で自分の非を認めるものと思って
いましたのに。
我が国民の多くは、これを知らないのではないでしょうか。
だから自虐し謝る事で、世界の人が美徳として認めてくれると信じているので
はないでしょうか。
逆に世界の人はこの習性?を知らないから、何故そんなに謝るの?と思ってい
るでしょう。
そして、そんなに謝りたいのならもっと気の済むまで謝れ・弁償しろと呆れて
いるかもしれない。心無いマスコミは格好のネタになり、週刊誌は売り上げ増
に利用しているのではないでしょうか。
世界古代史では、紀元前より戦いの勝者は敗者を全員殺戮、若い男女は片目を
つぶされ、耳や鼻を切られ、奴隷として売り飛ばすのが当たり前となっていた
とか。
それからすると、敗戦国日本を、問題の多い「東京裁判」ぐらいで済ませてい
る事などは、勝者としては物足りないぐらいにしか思っていないのでしょう。
└--------
▼
┌──────────「gosakuさんから」
僕の知り合いの奥さんで、殆ど一日中「すみません!スミマセン!」と言って
いる人がいます。
女性の多くは、口癖のように「ゴメンナサイ!スミマセン」を連発します。
なぜ謝るのか理解に苦しむ時もありますが、当人にしてみれば、たとえ自分が
悪くなくても「ひとまず謝っておけば」諍いの元になることはあるまい、とい
う計算があるのでしょう。
しかし、これが国際間の問題になると、ことは複雑になります。慰安婦問題に
しろ強制連行問題にしろ、「事態沈静化のために」ひとまず謝っておけ、では
ことは納まりません。
謝った以上、当然賠償金が出るものと相手は思いますから。
日本人同士の「ゴメンナサイ」とは言葉の意味が違います。
└──────────
┌--------「Why さん」
ミカの赤い服さんのコメント:
「台湾が日本の植民地になる時、中国大陸は「あの島は人間の住む場所ではな
い」と言っていたのに…」
そんなことは誰が言ってたんですか?こんな下手な嘘を作らないでほしい!!
基本の史実は知ってます?
1−今の「台湾人」は、ごく一握りの「原住民(高山族等)」を除き、すべては
大陸から「人間が住めると思われるあの島」に渡って行った漢民族です。
500年前にも遡れる。
2−鄭成功という歴史人物はご存知?
彼は1882年にオランダの植民地者を追い出し、台湾を中国に復帰させた
中国の「民族英雄」です。
当時台湾は中国の1つの省ばかりか、明王朝の皇室が権力を存続させた
「臨時首都」でもあったのです。
└--------
▼
┌──────────「ミカの赤い服さんから」
Why さんのコメントについて、反駁させていただきます。
参考資料として、
マイクロソフト社の『エンカルタ総合大百科2003』を使いました。
(1)私が書いた下記のコメントは、日清戦争の後、日本と『下関条約』を結ん
だ『清国』の台湾に対する見方です。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
私のコメント:
「台湾が日本の植民地になる時、中国大陸は
『あの島は人間の住む場所ではない』と言っていたのに…」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
正確には、『化外の地』という表現だったらしいですね。
そして1895年の『下関条約』により、台湾は『清国』から日本に、正式に
割譲されました。
ですから、Why さんの「こんな下手な嘘を作らないでほしい!!」
というご意見は、的を得ていません。
(2)『鄭成功』という人は、江戸時代の浄瑠璃(じょうるり)「国性翁合戦」の
主人公として日本でも人気のあった人です。
……日本では、小説にする時「国妙翁」から「国性翁」に、近松門左衛門
さんが直されました。
1624年からオランダに占領されていた台湾を攻め、1661年にオラ
ンダを追い出した後、大陸の『清国』と戦いながら『明国』の再興を図っ
た人ですが、1662年に病死しています。
その後の台湾は、22年間『鄭』氏に統治された後、1683年『清国』
に降伏しました。
(そして、1895年に日本の植民地になりました。)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
Why さんは、
「彼は1882年にオランダの植民地者を追い出し、台湾を中国に復帰させた
中国の『民族英雄』です」と書かれていましたが、正確には1661年です。
└──────────
└―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
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┃▼▽ おしらせ! ▽▼
┃
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│♪│ 「シベリア決死行」が間もなく発売されます!
└─┘
┏━━━━━━━━━━「ミカの赤い服さん」――――――― 2004/04/02
こんにちは。
以前、貴誌で御紹介されました「シベリア決死行」が本になり、4月15日に
発送が開始されるようです。以上、簡単ですが報告いたします。
本当に、よかったですよね♪(※私も出資させて頂きました)
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■■■■ドリームブッククラブよりお知らせです■■■■
出版にご出資いただいた皆様へ
お世話になっております。
当初、3月を刊行目標としておりました「シベリア決死行」(岡崎溪子 著)
ですが、
現在出版に向け編集の最終仕上げ段階でありまして、お手元に4月15日頃に
お届けできると思われます。
楽しみにお待ちいただいている皆様にはご迷惑おかけいたしまして申し訳ござ
いません。もうしばらくお待ちくださるよう、お願い申し上げます。
── みんなで作ろう!日中友好・遊学の大っきな輪ッ!!──
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┃▼▽ マレーシアナウ(現在) ▽▼ by 坪内隆彦さん
┃
☆ 「森の中の空港」の快進撃 ――――――――――――― 2004/04/02
森の中に空港があるのか、空港の中に森があるのか。
いずれにせよ、緑に恵まれた安らぎを与えてくれるのがマレーシアの空の玄関
「クアラルンプール国際空港(KLIA)」だ。空港のどこにいても、ガラス
張りの壁面から木々の緑を臨むことができる。緑による癒しだけでなく、先端
テクノロジーを駆使した近代的設備を備えている。
KLIAがオープンしたのは、1998年6月30日。
完成に向けて建設が急ピッチで進む中、私は雑誌の取材のため建設現場に足を
踏み入れた。――まず、その規模の大きさに度胆を抜かれた。
総面積は1万ヘクタール。成田空港の約14倍の広さである。
最終的には、4000メートルの滑走路4本、複数の国際線用ターミナルビル
を備える巨大空港となる。すでに、管制塔が完成し、ターミナルビルも着々と
建設が進んでいた。
当時、テレビ・コマーシャルでは「スコム、スコム」が連発されていた。
「スコム」とは、1998年にマレーシアで開催された英連邦競技大会(コモ
ンウエルス・ゲーム)のこと。さらに、この年には、APEC会議もマレーシ
アで開催された。2つのビッグ・イベントにあわせて、KLIAは開港された
のである。
だが、1997年からのアジア通貨危機の影響でマレーシア経済は厳しい状況
に陥っていた。こうした苦境の中で、ハブ空港の座を目指すアジア各国の先陣
をきってオープンにこぎつけた意義は大きい。
いま、マレーシア与党の統一マレー国民組織(UMNO)では、野心的な目標
を掲げてKLIA建設を主導したマハティール前首相の名前を冠して、KLI
Aをマハティール空港と改称する案も浮上している。
当初、搭乗券発券などの作業中断や、搭乗荷物受け取りの混乱などトラブルも
見られたが、まもなく軌道に乗った。そして、コモンウェルス・ゲームでは、
世界各国からの訪問客に新しい玄関として注目された。1998年9月には、
エリザベス2世の訪問を控え、VIP用施設が正式オープンした。
森を切り開いて建設されたという、もともとの立地条件にも助けられているが
KLIAは特別なコンセプトによってデザインされたからこそ、利用者に心地
よさを与えてくれるのではないか。実は、設計を担当したのは「共生の思想」
を追求してきた建築家の黒川紀章氏である。黒川氏の思想に基づいて、自然と
ハイテクの調和が随所に追求されているのだ。
マハティール前首相は、KLIAを東南アジア地域のハブ空港にすることを目
指した。――むろん、香港やシンガポールなど、各国との競争は厳しい。
だが、KLIAは航空会社誘致に積極的に取り組んできた。
2002年5月には、KLIAに新規に乗り入れる航空会社の便、また既存乗
り入れ航空会社の増便分について、着陸料と駐機料を2007年まで全額免除
とした。この直後、モーリシャス航空がKLIAを東南アジア地域のハブ空港
として使用することを決めている。
空港案内板の表示でも特色を示している。
オープン当初から、英語、マレー語と共に一部で日本語が併記されていたが、
2002年末には中国語とアラビア語を加える事を決めている。同時期、リン
・リョンシック運輸相は、KLIAを航空ハブだけでなく、観光、ビジネス、
ショッピングなど様々なハブ機能を兼ね備えた一大総合センターにする方針を
示した。
こうした中で、KLIAの評価は着実に高まっている。
既に2001年には、イギリスの航空業界調査機関スカイトラックス・リサー
チが実施した旅行者投票で、香港の新国際空港に次いで、世界の空港ランキン
グで2位となった。2003年には、国際航空運送協会のエクセレント・サー
ビス空港賞(年間来訪者数2500万人以下部門)で、世界第2位となった。
特に、超近代的な設備が高い評価を受けているのだ。
この間、KLIAを取り巻く環境は決して良好だったわけではない。
2001年後半にはアメリカで起きた同時多発テロ、2003年には新型肺炎
SARSの影響を受けた。だが、それらの悪影響を克服し、KLIAは順調に
その地位を確立しつつある。
2003年には、空港利用者数は1745万人(前年比6.4%増)に達した。
KLIAが名実ともにハブの座を確立する日は、それほど遠くないかもしれな
い。
┌──────────
│坪内隆彦さんのプロフィール:
│
│ジャーナリスト。拓殖大学日本文化研究所附属近現代研究センター主任研究
│員兼創立百年史編纂室編纂委員・(社)日本マレーシア協会理事・マハティー
│ル研究会主宰。
│
│1965年生まれ。慶応義塾大学法学部卒業後、日本経済新聞社に入社、貿易記
│者クラブ(日本貿易振興会記者クラブ)担当記者として通商問題などの取材に
│あたる。1989年退社後、フリーランスで取材・執筆活動に入る。
│
│1991年に「国連における大国協調の光と影」で佐藤栄作賞(国際連合大学協
│賛財団懸賞論文優秀賞)を授賞。
│1994年に『アジア復権の希望マハティール』を、1997年に『キリスト教原理
│主義のアメリカ』を、1998年に『岡倉天心の思想探訪』を上梓。
│
│『日馬プレス』で「マハティール十番勝負」を、
│『月刊マレーシア』で「明日のアジア望見」をそれぞれ連載中。
└──────────
└―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
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┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃▼▽ 読者の広場 ▽▼
┃
┏━━━━━━━━━━「修さん」男性@五十代@会社員@滋賀
会社が中国の公司と技術供与契約を結びました。
5月の連休明けには、技術供与のSVとして、江蘇省常州市に赴任することに
なります。
12年前に台湾に赴任しまして、約3年間駐在しました。
中国語はHSK6級程度で、日常生活には困らないと思います
が、常州市の情報が少ないのと、南通市までの行き方とか、
いろんな事を御教示下さい。
┗━━━━━━━━━━
▼
┏━━━━━━━━━━「(^^) OJIN です(^^)」
誰か、常州市に駐在している方からの情報をお待ちしております。
┗━━━━━━━━━━
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┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃▼▽ みつけよう面白・有益メルマガ ▽▼
┃
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃▼▽ あとがき ▽▼
┃
きゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッっっつ!!
!?ど、どうしたんですか!?
私、私、1級に合格しましたッっっっつ!!!
電話口でいきなり悲鳴を上げられたので驚きましたが、昨年の12月7日に、
上海で受験した日本語能力試験の1級(=最上位)の結果が、3月8日に通知が
来て合格だった、、、ということを報せてくれた電話でした。
私は農家の娘で、中卒で、あんまりキレイでもなくて、今までなんにも誇りに
するものがなかったんですけど・・・これで、これで、やっとタッタひとつだ
けプライドを持てるものが出来ました・・・・、嬉しいんです!!
・
・
ではまた、ホントに愉快な月曜日号!で、お会いいたしましょう!(^o^)丿

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