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Mail-Magazine Back Number
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回回回 ┏━━━━━┓┌──────────────────┐☆ 回回回
回 ☆ 水 曜 版 ☆ ≪ WEB 熱線 第229号 ≫2003/03/26_Wed ☆ 回
回回 ┃ (*^−^*) ┃├──────────────────┤☆ 回回
回 ☆ WEB 熱線 ☆ ―― アジアの街角から ―― ☆ 回
回回回 ┗━━━━━┛└──────────────────┘☆ 回回回
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□ CONTENTS □◇ ◇□
┌---------------------------------- □
│ご挨拶・・・・新しい読者の皆様、歓迎光臨!! (^o^)丿
├--------------
│エッセイ・・・表上海!裏上海?第一章:────────── ▼
├--------------「種は古くとも・・・畑は若かった!」 by 半日半華人
│お報せ・・・・寄して寄して!!と希望される方は歓迎!
│ 南通ツアー企画準備委員会をつくろう!
├--------------
│エッセイ・・・中国への熱い思線「混乱の3年」─────── ▼
├-------------- by けんさん
│寄稿体験記・・甲の皮がめくれて骨まで」────────── ▼
├-------------- by TAKOポン
│読者の広場・・PACKMANさん。
├--------------
│あとがき・・・遂に、中国江蘇省南通市にも....
└─────────────────────────────────┘
―表上海!裏上海?― ―――――――――――――――― by 半日半華人
------------------
┌--------
│2003年1月24日午後3時23分30秒、
│東京都文京区の私立病院にて
│3500g/50・6cmの大きな女の子が産まれました。
│
│父親は、チョッとおかしな日本中年男性、然もバツイチの中古品。(←私)
│母親は、正真正銘の上海小姐、、もちろん初婚。
│この凸凹コンビによる『妊娠から出産まで』の珍エピソードをご紹介!
└--------
☆ 半日半華人に本物の半日半華人が産まれた! ――――― 2003/03/26
第一章:「種は古くとも・・・畑は若かった!」
夕食時、突然「ウッ」と吐き気をもよおし流し台に走る妻。
『大丈夫かい?』『もしかして・・・』(不安と期待の夫)
『明日、病院へ行ってみる..』
翌日になり、恥ずかしそうに妊娠を告げる妻。
な〜んて事はTVだけ、、(^O^)
現実はドラマチックじゃありません..(-.-)
┏━┓
┃思┃い起こせば1年前のアノ夜・・・
┗━┛
「危険日じゃないの?」
「どうせ(子供は)作るんだから」と無責任な会話。。(^○^)
後日談、、妻は「そんな事は言っていない」と主張。。???
まあ工程はどうであれ、結果として生命誕生の瞬間。。!!!
しかし、誕生するまでの道程は....................遠かった。
懐妊の厳然たる兆候事実があるのにも関わらず、全く鈍感な二人。
この頃、なにかにつけ、喧嘩腰の妻。
私と愛犬は、小さくしておりました。
―触らぬ神に祟り無し..―(名言!)
しかし或る日、遂に私の堪忍袋の緒が切れる音!!・・・(プッツン!)
「お前!いい加減にしろよ!!俺のやる事なす事、文句ばかり言って・・・」
ゴメンナサイ私が悪うございました、は、ないだろうとは予測してましたが…
泣き崩れるかな?と考えた私は、まだまだ四分の一華人?..上海小姐は強い!
私の反撃に、ぎゃ・く・じょ・う!する妻。
火に油を注ぐよう!!!! グォオ〜ー〜ーッ!と燃え盛った炎は、
「じゃぁ〜離婚してよッ!」
「ナニィ〜ー!」
「じゃ〜(家を)出てくッ!」
「ナニィ〜ー!」
--こうなったらもう止まらない。
┏━┓
┃結┃局トバッチリは妻の友人まで・・・
┗━┛
「奥さんも悪いが、半華人さんも悪いヨッ!」
20才以上年下の女性に説教される羽目に。(スンマセン..)
「何で私が悪いのよう!」憤慨する妻。
落ち着くまで友人宅へ家出。
残された私と愛犬は、惨め....でした。
家出中、妻は離婚するッ!!の一点張り。
見るに見かねてか、な?説得に回ってくれた我友人は・・・
「言っちゃ悪いが、離婚した方が良いと思うよ。」
「彼女は子供だから大変だよ」
「僕は絶対!中国人と結婚しない。」
「おいおい、俺の妻をそこまで言わなくても・・」
ーこりゃ自分で解決しなくっちゃなんないな。。
ひとり残されて、初めて気が付きました。
「イライラしていたのは・・・もしかして妊娠?」
『女なんだから・・・気がついてよ』
『アンタもね』(自負の捻)
┏━┓
┃妻┃には、間接的に伝わりました。
┗━┛妊娠検査薬を、コンビニで購入した妻は..
『パンカパーン!!』と、見事!おめでとう印。
家出中の妻は、、使用済み検査薬を..留守中の私の枕元に置いてった。
(愛惜..?)
そして病院検査でも『ご懐妊!』。
腹の虫は治まっていないけれど戻らざるを得なくなった妻は、(悔し紛れ?)
「どうせ離婚するんだからさ・・・」
「産んだら可哀想だから中絶する!」
説得と..宥めるのにひと苦労。。。
なにを言われても・・・
「ハイハイ、その通りでございます」(さすがに、王女様とまでは言いません
でしたが)
その日を境にして「妊娠と出産」を猛勉強。
「貴方は経験(バツイチ)があるから・・・」の嫌味も一向に気になりません。
妊娠検査は、妻の年齢のせいか?人口調整で中絶手術が一般的なお国柄ゆえ?
雑な診察をされていたのが..「エッ!産むんですか!?」で対応が変わった。
―もう少しでレントゲン撮影される寸前!―
ふーー。
教訓その1:
妊娠は家族の一大事と心得よ――怒る前に原因を突き止め災難回避――
= つづく =
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というところで、アンケートぉ〜ー!!に、答えてちょーだい!
第一章:「種は古くとも・・・畑は若かった!」は、
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■先週の読後感アンケート結果。
◇ 面白かった (^○^) --------------------------------
19人 (59%)
◇ ふつう (゜.゜) -------------------------------- 12人 (38%)
◇ ツマラナかった(-_-) -------------------------------- 1人 ( 3%)
■コメントボードに頂きました感想。
┌--------「浮雲さん」
こんばんは。半華人さん。
日本でも以前、上海の離婚裁判についてのTV放送を流していましたけれど、
中国も結構離婚が多いんだなぁーという感想を持っていたのですが。。
日本も中国も、離婚原因一番は不貞・・・。まったく!男と女ってのはッ!
それにしても、今回の文面、元気感じられなっかたけど。
体調でも悪いのでは?。気を付けてくださいよ。
次回元気な文面を。 ● −ふつう (゜.゜)
└--------
▼
┌--------「半日半華人さんから謝謝」
スルドイ!
何で解っちゃったかな?
実は、先週の文章は…
妻から『離婚!』と脅されていた頃に書いたものでした。
でも、原因は不貞ではありませんよー。
よくある、国際結婚による習慣の違いから…
危機は脱することができたと思いますゆえ(?)頑張ります。
└--------
┌--------「劉昇さん」
なにか、半日半華人さんって、
多分、上海妻を持った日本諸先輩方のグローバル(ジャパン?)スタンダード
ですよね。少なくとも84%の方はそう思われたと思いますよ。 (T T)
● −ふつう (゜.゜)
└--------
▼
┌--------「半日半華人さんから謝謝」
84%(?)微妙な数字ですね。
そうかもしれませんね。
旦那衆、みんなで頑張りましょう!
└--------
┌--------「半日半華人さんからPS:」
ワ〜イッ!!
離婚法が改定されました。
離婚の危機が去った(?)為、妻からひと言…
離婚時には、必ず財産半分の権利が存在していたのですが、
金持ちとそうでない方の結婚で、残念ながら離婚に至った場合、
必ず財産半分の権利は発生しない事になりました。
ー婚姻後の収入等に付いては、複雑な計算があるようですが…
やっぱり、財産目当ての結婚&即離婚が多かったのかな?
でも不貞による離婚は、した方が責任を取らなければなりませんが。
└--------
└―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┐
半日半華人さんから要望:
読者の皆さんが、どのような話題(情報)に興味を持たれているのか、
判るようなコメントを頂ければ、今後の展開に役立たせて頂きます。
よろしくお願いします。
└―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┐
半日半華人さんは、上海で塗装・内装・建築の補修から新築工事まで請け負え
る会社を経営されています。
スタッフ責任者は日系ゼネコンの出身で、日本語で、日本常識に基づいた仕事
をしてくれるそうですから、上海(及び周辺都市含む南通市)で、住いに係わる
困った事はなんでもご相談くださいとのことです。
特に、―アジアの街角から―の読者には、特別大サービス!
ある....かもしれません。(^^)
上海大起建築塗料有限公司(ダイキ)
上海市徐家匯路388号瑞金新苑403室
021−5382−2266/7780/7311(日本語OK!)
mail: bibi@uninet.com.cn
└―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
┌────────
│■ 寄して寄して!!と希望される方は歓迎!
OJIN は、27、28日と上海に滞在いたします。
事あらためてオフ会という形にはいたしません。が、半日半華人さんと..
へっへっへ〜 飲めや歌えや!!の約束をしています。
私も寄して寄して!!と希望される方は歓迎いたしますので、
半華人さんに電話して、予約をなさって下さい。
021−5382−2266(会社です―日本語OK!)
┌────────
│■ 南通ツアー企画準備委員会をつくろう! 発起人:NOBU49さん
┏━━━━━━━━━━「(^^) OJIN です(^^)」
この案に対してご意見を頂いた方の投稿も、収載してあります。
これは、あくまでも討論して頂く、たたき台の試案です。
この通りにする、という意味ではございません。
┗━━━━━━━━━━
┏━━━━━━━━━━「NOBU49さん」
――関西オフ会メンバーの皆さ〜ん!――
次のオフ会は南通市での3次元的オフ会にしませんか。
↓↓↓↓↓↓↓↓(^^)
本場の中国語に浸って、中国の庶民の生活とojinさんの暖かさに触れるツアー
を体験してみましょう。
集合場所を上海空港にすれば安くなると思いますし、人数がまとまれば、旅行
社に話ができますね。
ただ、特定企業の見学コースは要りませんがね。
┗━━━━━━━━━━
┏━━━━━━━━━━「コメントボード途中状況」
┌--------「poseidonさん」
いつも楽しく拝見させていただいてます。
「中国庶民の暮らしにふれる旅」に行きたいが、週5日勤務、サービス業なの
で休みがとれないかも?
30年前、中国に1ヶ月旅行。
随分変わったので、元気なうちにもう一度と考えてます。
老華僑@愛知県より。 ● その他
└--------
┌--------「さいあさん」
いつも楽しく拝見しております。私もぜひ、参加したいと思っています。
日にち決まったらご連絡下さい。私は、香港に住んでいますので、早めに言っ
て頂ければ参加できると思います。すごくたのしそうです!
気候とかって、いつがいいんですかね?
いろんなお話も、現地で聞きたいです。
└--------
┗━━━━━━━━━━
▼
┏━━━━━━━━━━「(^^) OJIN です(^^)」
みやさん、みやさん‥‥
“読者の広場”の華!!落語家みやさぁぁー〜ーんッ!!
ムズムズしてませんか?・・してるでしょ?..
三度の食事をケチっても、手鍋下げても旅に行きたい、み・や・さぁ〜ーん!
あなたが出てきてくれないと..NOBU49さんも馬力不足。。
ボチボチ、おねげーいたしますデス。(^^)
☆ 「混乱の3年」――――――――――――――――――― 2003/03/26
┌--------
│終戦後、職を失った多くの日本人は筍生活、
│即ち身の回りのものを売って口そぎをした。
└--------
私が終戦を迎えた撫順は比較的治安が良かったので、奥地から避難して来た人
たちが多く、その人達は、閉鎖された小学校を宿舎にして、集団生活をしてい
た。そのような宿舎を避難所といっていた。彼等は筍生活をするにも売るもの
が無いから、街角でタバコや餅菓子を売っていた。
終戦を撫順で迎えた私達は避難民に比べるとずっと恵まれていた。私はパンを
売ったのだが、8円で仕入れて10円で売る。毎日60個を売る私は仲間内で
もトップだった。
冬も厳しくなり始めると、仲間の子供が一人二人と見えなくなった。中国人に
貰われて行ったのである。哀れとは思わなかった。羨ましいとも思わなかった
が、「あの子も今日から、寒い思いやひもじい思いをしなくてすむな」と思っ
た。避難所では発疹チブスが流行り、馬車に何台という単位で死者が出てい
た。彼等の多くは裸で防空壕に捨てられ、春の雪解けとともに川に流された。
┏━┓
┃胸┃を患っていた母は、春を待てずに亡くなった。
┗━┛妹がすぐ、その後を追った。
当時気持ちが荒んでいたとは思わない。しかしあまりに日常的な死を見て、死
に対する感覚だけは少し麻痺していたと思う。野犬が食いちぎった生首を見て
も、怖気立つことはなかった。それでも、少年期の感性には耐え兼ねることも
あったのだろう。私はひどい吃音(どもり)になっていた。以来、この吃音では
30年近く苦労した。今でも私は少しどもる。
┏━┓
┃パ┃ンを売りながら、時に家の中の「がらくた」も売った。
┗━┛昔使った玩具、折れた鉛筆、錆びたナイフ、割れた茶碗、綻びた衣類、
本その他何でも売れた。
日本語の本が何故売れたかというと、手製の紙巻タバコの材料として売れたの
だ。だからコンサイス英語辞典のように、紙質の薄い上質紙はいい値がした。
この、店を出す瞬間が一番緊張するときである。何を持っているか、物見高い
中国人がたかるように集まる。夫々が何かを手にして「幾らかと」叫ぶ。モタ
モタしていると、そのまま持っていかれてしまう。そのとき、一人の男に玩具
の太鼓を持って行かれた。これは私が大切にしていた思い出深い品物である。
私は後先も考えずに駆け出した。
「この小僧は、私が金は後から持って来ると言うのを聞かずに、人を泥棒呼ば
わりする」と回りの群集に向かっていう男に、私はただむしゃぶりついた。
男はしぶしぶ太鼓を手放した。
店番をしていても取られたのである。無人の店は完全に空っぽだろうなと思っ
て戻ったら、意外に何もなくなっていない。さっきまで、一人の店番の私から
争って品物を奪っていた彼らが、今度はお互いに監視して、店番をしていたの
だ。まだ激しく泣きじゃくる子供から、彼等はもう何も奪わなかった。
(三字経)「日本のいろはうたのように最初に覚える漢字の本。中国人なら皆
知っている」
この本の書き出しは(人之初性本善=人は本来善なり」で始まる。あの激しい
略奪合戦は一種の群集心理だったのだ。
┏━┓
┃街┃頭の物売りでは、もう一つ不思議な経験をした。
┗━┛一人の教授風の上品な老人が、一本の針金を手にして「幾らか」と尋ね
る。30センチくらいのどうしようもない、錆びた針金である。何故そんな物
がそこにあったのかも知らない。値段のつけようも無かったので「金は要らん
よ、持っていきな」と大声で言った。
そのとき老人の表情が翳ったのに、私は気がつかなかった。
ややあって、老人はひとつの湯呑を手にして「幾らか」と尋ねた。200円で
売る腹積もりをした私は「300円」と威勢良く言った。彼が100円にまけ
ろと言い、結局200円になるはずだった。ところが、老人は黙って300円
払ったのである。
おお!私はなんと商売の天才なのだろう。あのタダ同然の針金を、100円で
売ったのと同じことになったではないか。
しかし、何故かいつまでも心にひっかかる出来事だった。私は、心ならずもこ
の老人の心を傷つけていたのだ。老人は、「金は要らない、持って行け」と、
乞食扱いされたことに対し、黙って100円多く払うことで面子を保ったので
ある。それが分ったのはずっと後、大人になってからである。
┏━┓
┃こ┃の街頭で物売りをしたことは、私に生きた勉強をさせてくれた。
┗━┛簡単なようだが、大きな声で売り声を張り上げることが、最初はどうし
ても恥ずかしくて出来ないものだ。
実社会でもまれ、私はわずか13才の子供とはいえ逞しかった。当時、一人で
北京に行こうと真剣に考えていた。母が死んだ家庭にあまり未練は無かった。
北京に行きさえすればなんとかなる、と思っていたのである。なんとしてでも
生きて行くくらいの自信はあった。
引き揚げの列車が撫順を離れる最後の日、私は一つの賭けをした。発車までの
わずかの間に「元の家に忘れ物をした」と言って、間にあうか心配している父
を尻目に、列車から降りたのである。
列車が発車していたら、私は一人中国に残り北京に行く積りだった。
列車はまだいた。
私は運命と共に日本に引き揚げた。
もし北京に行っていたら、と色々想像するのだが、今ごろは北京の街角で焼き
芋売りをしているかもしれない。何をしているとしても、「大地の子」として
逞しく生きていたと思う。
┏━┓
┃1┃948年春から夏にかけ、撫順は解放を前にして、恐慌状態にあった。
┗━┛八路軍の包囲を受け、街から一切の食料が姿を消したのである。
インフレはもう度を越していた。リュックサックにイッパイの紙幣を背負って
行っても、その重さの雑穀が買えなかった。やがて紙切れになる国民党発行の
紙幣ではもはや一粒の米さえ買えなかった。栄養失調で、動けなくなったのは
このときである。
私はよく「混乱の中国では苦労したでしょう」と言われる。私はこう答える。
--
一番苦労した人達は、死んでしまっていません。
二番目に苦労した人達はいまだに帰りたくても帰ることが出来ずにいます。
私は無事に、帰ってきました。
--
・・と。
= つづく =
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┐
というところで、アンケートぉ〜ー!!に、答えてちょーだい!
―中国への熱い思線―「混乱の3年」は、
└―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┐
■先週の読後感アンケート結果。
◇ 面白かった (^○^) --------------------------------
55人 (93%)
◇ ふつう (゜.゜) -------------------------------- 3人 ( 5%)
◇ ツマラナかった(-_-) -------------------------------- 1人 ( 2%)
■コメントボードに頂きました感想。
┌--------「yucchiさん」
淡々と戦前〜引揚の様子が書いてあったのに驚きました。
第二の故郷に戻った途端にタクシー代を負けさせ、これから
どんな日本語教師生活が繰り広げられるのかと思うと楽しみです。
● −面白かった (^○^)
└--------
┌--------「あずきさん」
面白かった・・・と言うには語弊があります。
「ずしん」と来た・・・が適切でしょうか。
飾らない正直な語り口にびっくりしました。期待しています。
└--------
┌--------「yukiさん」
掌にずっしり来る内容の重さと、文体の絶妙なリズム感に引き込まれて、
最後まで一気に読みました。
まるで、大河ドラマか映画の冒頭場面を見ているような・・・。
続きをとても楽しみにしています。
└--------
┌--------「takaokaさん」
丁度、張戎のワイルドスワンを読んでいますが、
大陸での実体験には感嘆させられます。
└--------
▼
┌--------「けんさんから謝謝」
みなさま けんさんです。
ご愛読と暖かい励ましのお言葉に感激しています。
う〜ん 少し重たかったですか。
すみません、今回の「混乱の三年」も超重たいですね。
この後の「中国への熱い思線」は、
涙有り、笑い有り、ありのままの生活記録ですので、お許し下さい。
今後ともご愛読の上、ご鞭撻下さいますようお願い申し上げます。
└--------
└―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
☆ 甲の皮がめくれて骨まで ―――――――――――― by TAKOポンさん
------------------ 男性@三十代@会社員@東京
┌--------
│初めて寄稿させて戴きます。TAKOポンと申します。
│
│メルマガは、いつも拝見させて戴いております。
│桂林の話題を見るたびに思い出す出来事が、10年程前にありましたので
│寄稿させて戴きます。
└--------
10年程昔、私が桂林へ遊びで旅行に行った時のことです。
自転車を借りて、桂林郊外にある鍾乳洞(名前が想い出せない...)へ行く
途中の道には、昨夜まで降っていた雨のせいで、水溜りがたくさん残っていま
した。
かなり深いものもあるようなのでよけながら走っていたら、ハンドルを握って
いた左手の甲に、後から来たトラックが接触!!
「痛っ!」と思いながらも、かすった程度かな〜と、左手を見ると、、
血だらけ!!
自転車を停めてよく見てみると、甲の皮がめくれて骨まで見えていました。
それを見た途端、頭から血の気がス〜ッと抜けるのを感じました。
幸い指は全部動くし、血も止まってきたので、何とかホテルまで戻りました。
フロントで、お医者さんはいないか聞きましたが、夜の8時にならないと来な
いというので、手を水で軽く洗って2時間程、部屋で待っていました。
8時になるとお医者さんが部屋へ来られましたが、私の手を見るなりすぐに、
人民医院へGO。
そこで即、縫合手術をしてもらうことになりましたが、手術してもらった部屋
の天井に、ヤモリが張りついていたのが妙に印象に残っています。
手術の途中、勿論、中国語でですが「痛いですか?」と聞いてくれた看護婦さ
ん、当たり前ですヨ。
(でも話し掛けられて少し落ち着けました。ありがとう。)
そうそう、旅行の前に海外旅行の保険に入っていましたが、保険金をもらうた
めには色々と証明しなくてはならなくて、あきらめました。
どのみち、手術代は米ドルで20ドル(約2千円)だったので問題ありません
でした。
手術代がこんなものなら、保険料金を払ったのがバカらしく思えて仕方ありま
せんでしたね。
こうして、色々な方々のお陰で、翌日には包帯を巻きながらも漓江下りを満喫
することができました。
ウ〜ン、旅って、やめられませんねぇ。
┏━━━━━━━━━━「PACKMANさん」男性@六十代@会社員@神奈川
NIKOさんの桂林の話、いつも楽しみにしています。
日本食屋さんの安いのが出来たそうですね。以前私の居たところでもホテルの
日本食は、高いし、たいしておいしくないけれど、他にないので時々しか食べ
ませんでした。ところがnikoさんの処と同じで、ホテルの食堂担当の日本人が
独立して近くに日本食屋を開業しました。
価格はまあまあですが、本物の「お袋の味」が売りです。本物のお袋の味とは
肉じゃがやサトイモの煮込み等色々ありますが、何といっても彼のお母様が来
て料理を作っていたので紛れもない「お袋の味」でした。
ところで、nikoさんの文章は、独特の風格がある文章だと思っています。
このスタイルは文章の「味」ですね。
┗━━━━━━━━━━
▼
┏━━━━━━━━━━「nikoさんからご返事」
お便りありがとうございます。
あの〜!新しくできた日本食レストランなんですけどぉ〜、
オーナーは桂林人で板長も桂林人です。
そしてホテルの二軒も上に同じです。
お味のほうは「お袋の味」?
イヤ!ちょっと違って、「異国の味」がいたします。
ですから、日本から来られた観光客の皆様にはあまり〜・・・・・・・・・。
〔ところで、nikoさんの文章は、独特の風格がある文章だと思っています。
このスタイルは文章の「味」ですね。〕
※風格(ふーかく):その人の容姿や態度などに現れる品格。
私めは、品格が無いことで有名でございますので、
ひょっとしてどなたかとお間違えでは?
さしずめ風格というより、、失格の方でございますので、
このお言葉は、10年後にでも改めて頂きとう存じます。
┌──────────────────────────────────
│☆★☆ The Road to EXCELER -- エクセラーへの道 -- ☆★☆
└─
実際のビジネスシーンで役立つEXCELの機能を紹介していきます。
遂に、中国江蘇省南通市にもゴミ分別収集時代の到来か?
ビールを買いに近所の、城山路沿いの小売店へ行きました。
買い終わってさて帰ろう、、
何気なく歩道を、見るともなく視線がおよいで、、ん?
なんか見慣れないステンレス製の筒が、歩道上に(固定)設置されている....
なんだろうと思い、近寄ってみました。
ーーゴミ箱!?
それはゴミ箱でした。
しかも、ゴミ箱なんですが、胴体部分に何かの絵が印刷されていました。
骨だけの魚、バナナの皮の絵、、ははあ、こりゃ生ゴミだな。
ん?生ゴミ?生ゴミ専用のゴミ箱なのかこれは?
そう思って反対側に回ってみると、、おお!
反対側には、ビンとかカンの絵が!!
ということは、これは分別収集ゴミ箱?!
とうとう南通にも、ゴミ分別収集の夜明がやってきたのか?
更に注意してみると、横に小さく、四角い部分が出っ張って付いている?
やはり絵が印刷されていましたが、何の絵なんだろう?
暫く分りませんでしたが、ようやく気が付きました。
電池の絵!!
電池はここに捨てなさいという意味!
電池まで分別する先進のスグレモノ!
は?
今まではどうしていたのか?
このゴミ箱が出現する以前は、なんでもかんでも一緒くた。
生ゴミだろうとビンだろうとカンだろうと電池だろうと、全部一緒!でした。
まだ、この城山路の歩道上の何個かだけですが、これからだんだんと増やして
いくのでしょう。
・・しかし、、
交通信号と同じで、みんながキチンと守るようになるのは、、
いつの日になるんだろうか?
ではまた、金曜日にお会いいたしましょう。(^o^)丿
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