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Mail-Magazine Back Number
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回回回 ┏━━━━━┓┌──────────────────┐☆ 回回回
回 ☆ 水 曜 版 ☆ ≪ WEB 熱線 第226号 ≫2003/03/19_Wed ☆ 回
回回 ┃ (*^−^*) ┃├──────────────────┤☆ 回回
回 ☆ WEB 熱線 ☆ ―― アジアの街角から ―― ☆ 回
回回回 ┗━━━━━┛└──────────────────┘☆ 回回回
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
□ CONTENTS □◇ ◇□
┌---------------------------------- □
│ご挨拶・・・・新しい読者の皆様、歓迎光臨!! (^o^)丿
├--------------
│エッセイ・・・表上海!裏上海?「結婚!その心得(7)」─── ▼
├-------------- by 半日半華人さん
│お報せ・・・・南通ツアー企画準備委員会をつくろう!
├--------------
│エッセイ・・・中国への熱い思線「回来了!」──────── ▼
├-------------- by けんさん
│自言自語・・・閑話:イラク情勢とか。――――――――――― ▼
├-------------- by 翁先生
│読者の広場・・たろおじさん。
├--------------
│あとがき・・・麻辣!
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―表上海!裏上海?― ―――――――――――――――― by 半日半華人
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┌--------
│国境を飛び越えて中国人と結婚。
│勇気ある行動にはリスクも・・・
│
│結婚を決めた瞬間、覚悟しなければならない事!
└--------
☆ 結婚!その心得(7)『離婚・・・・』――――――――― 2003/03/19
――
結婚証明書は赤表紙。
離婚証明書は緑表紙。
――
誰も、結婚の時に離婚の事まで考えてはいない..のが日本人・・・
けれど、上海人は準備をしてる!?
結婚前に個人資産公証をするのは、離婚の時に財産分与で揉めないため。
けれど、いくら個人資産公証をしてあっても、
離婚調停がすんなり行くとは限らない。
その辺は、(中国の)法律に疎い日本人には不利かなー?
中国の法律は、よく変わるから対応も大変。
『別居生活3年間で離婚が可能』とか..良く解らない。
財産分与も複雑で、家族の財産(収入)は、
結婚後のものは全て均等に権利あり。
離婚理由は、
やはり、不倫原因が多いという。
男女どちらでも、不倫した側の権利が減少するのは当たり前。。
離婚の方法は、
個人協議で結婚管理局へ届け出し』
『裁判にて離婚調停』
上海のような大都市ならまだしも、
TVニュースによれば、奥さんが知らない間に、(奥さんの)偽者を仕立てて
離婚した旦那があった。
結論は報道されませんでしてけれど・・・恐いでしょう。
妻の不貞で離婚裁判に挑んでみたら、、
妻側の弁護士が不倫相手!?という、とんでもないケースも耳にしました。
若い世代は離婚が増えているそうです。
そうならないように頑張りましょう!
妻の口癖、
『いつも最悪の事を考えて・・・』
「夫婦は他人」とは、、良く言ったものですね。
= つづく =
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というところで、アンケートぉ〜ー!!に、答えてちょーだい!
結婚!その心得(7)『離婚・・・・』は、
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■先週の読後感アンケート結果。
◇ 面白かった (^○^) --------------------------------
50人 (83%)
◇ ふつう (゜.゜) -------------------------------- 9人 (15%)
◇ ツマラナかった(-_-) -------------------------------- 1人 ( 2%)
■コメントボードに頂きました感想。
┌--------「ふふふっさんから感想」
うっ?誰かに似てる。そうだ、うちの舅姑。
人の振り見て我が振り直せって?
ワタシャ、ああだけはなりたくないと常々思っております。
それにしても上海妻の生き甲斐って..何なんでしょうね。
そんなこと考えないのが上海妻なのかしら。 ● −面白かった (^○^)
└--------
▼
┌--------「半日半華人さんから謝謝」
上海妻の生き甲斐?
決まってますヨ!!
『誰にも束縛されず、本能の命ずるままに生きたい!』
その条件を満たす為の旦那コントロールでしょう。
つまり自己中心的・・・世界は私の為にあるのよ。
オット、こんな声が妻の耳に入ったら大変な事に。
ーーうん!うん!と頷く、国際結婚された旦那衆のお顔が目に浮かびます。
└--------
┌--------「へへへっさんから感想」
俺だったら、我がまま言う女なんか、ビシッと言い聞かせて言う事聞かせ・・
・
られないだろうから、中国の女性はパスさせて頂きます。
・
・(´へ`)
└--------
▼
┌--------「半日半華人さんから謝謝」
その通り!
私も当初はそのつもりでした。
話には聞いていた上海妻でも、私だけは違う!と思ってました。
気が付いてみれば例外ではなかったわけで、、お恥ずかしい。
でも私の場合、中国妻のみならず日本妻でも、異なる苦しみを味わってきまし
たから、反省を繰り返す日々でございます。
『何が悪かったのかな〜???』
└--------
┌--------「浮雲さんから感想」
半華人さん、こんにちは。
”入浴では、奥さんを洗ってあげる”・・・・
いいな〜、私は女房を洗った事が無い。一生に一回位やってみたい。(^_^;)
”・・今日も、無事に過せそうです”・・・
何だかんだと、仰っていますが、オノロケかな?。・・・(^O^)。
それにしても、上海女性の要求する”優しさ”には、限りが無いですね。
それでは、次回のお話待っています。
● −面白かった (^○^)
└--------
▼
┌--------「半日半華人さんから謝謝」
そりゃ1〜2回なら楽しい思い出、、でも義務となると??
一度してしまったら、それが当り前と思うようになる国民性。
感謝されるよりも、忘れた時の事を思うとため息が..。。
そうそう、良く後輩からも
『半華人さんは優しいから・・・』と言われますが、
実生活を知るようになるとなぜか、
『中国女性とのお付合いは、恋人までにします』
と言うようになる始末。
それ以後、私を見る後輩の目には、
こころなしか..哀れみが浮いているように‥‥感じられる。
└--------
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半日半華人さんから要望:
読者の皆さんが、どのような話題(情報)に興味を持たれているのか、
判るようなコメントを頂ければ、今後の展開に役立たせて頂きます。
よろしくお願いします。
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半日半華人さんは、上海で塗装・内装・建築の補修から新築工事まで請け負え
る会社を経営されています。
スタッフ責任者は日系ゼネコンの出身で、日本語で、日本常識に基づいた仕事
をしてくれるそうですから、上海(及び周辺都市含む南通市)で、住いに係わる
困った事はなんでもご相談くださいとのことです。
特に、―アジアの街角から―の読者には、特別大サービス!
ある....かもしれません。(^^)
上海大起建築塗料有限公司(ダイキ)
上海市徐家匯路388号瑞金新苑403室
021−5382−2266/7780/7311(日本語OK!)
mail: bibi@uninet.com.cn
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┌────────
│■ 南通ツアー企画準備委員会をつくろう! 発起人:NOBU49さん
┏━━━━━━━━━━「(^^) OJIN です(^^)」
これは、あくまでも討論して頂く、たたき台の試案です。
この通りにする、という意味ではございません。
新人ライターの登場でございます。(^^)
日中友好協会の理事をなさっておられる方です。
日中友好協会の理事さんなんていいますと、予断と偏見で申し上げるなら、
ただやみくもに中国!中国大好き!で、阿りやお追従たらたら・・・・
―関係の方々がご覧頂いておりましたらスミマセン。m(__)m
ジョークですので、ご笑赦なさってください。―
という感じがいたしますが、それはとんでもない間違いでした。
阿りやお追従なんてカケラも無し!..むしろ、
そんなことまで言っちゃっても大丈夫なんですか!?
というようなことまで、自己(自国)の存念を堂々と表明されています。
うーーむ、筋金入り。。これでなきゃいかんわな。。
ということでそのライターけんさんが、1992年、四十年勤めたNTTを定
年退職した後、93年の留学、96年の日本語教師生活などと、一部子供の頃
の中国での思い出など、中国で暮らした体験を綴っています。
中国との友好に尽力してきたひとりの男の真情が、、ここにあります。
┌--------
│皆様、けんさんです。
│
│このたび、「WEB 熱線」様のご好意で、私の、中国への「熱い思線」を
│掲載して頂くことになりました。
│感謝。感謝。本当に心から感謝しています。
│
│自己紹介を兼ねまして私の中国への夢。
│
│北京オリンピックの聖火ランナーをしたい。
│100メートルでいいから、なんとかならないものかと....
│
│夢だから、もう一つ。
│瀋陽から北京まで、ヌルハチの進軍コースを自転車で走ってみたい。
│
│ついでにもう一つ。
│アジアの子供を一堂に集めて、囲碁大会をしたい。
│
│どうぞご笑覧の上、宜しくご指導下さい。
└--------
☆ 「回来了!」―――――――――――――――――――― 2003/03/19
┌--------
│1992年、四十年勤めたNTTを定年退職。
│その後北京語言学院に、延べ九ヶ月短期留学し中国語を学んだ。
└--------
なにか中国に関わる仕事をしたいと思っていたら、国際交流員として愛媛県庁
に、中国の瀋陽市から派遣されてきている李さんが、
「瀋陽の看護婦学校で、日本語の先生をしませんか」と言う。
渡りに舟と引き受けた。
1996年の夏も終わり、瀋陽郊外桃仙飛行場は、おりしも地平線に夕陽が、
鎔鉱炉の中で焼け爛れた鉄鋼のように、まさにぐらぐらと煮えたぎるように沈
み始めていた。
思えば50年前、私はこの夕陽に送られて、終戦後の三年を含め、十三年過ご
した大陸を後にしたのだ。
「回来了!回来了!=帰って来たぞ!帰って来たぞ!)と、私は何度も心の中
で夕陽に向かって中国語で叫びながら、半世紀前の中国に想いを馳せていた。
┏━┓
┃旧┃満州国時代、日本人が植民地の支配者として君臨した中国。
┗━┛敗戦後、母と妹を含め多くの同胞を失った中国。
日中友好交渉が始まった1970年代、
各種の報道や、来日したスポーツ選手を、テレビを通して見た中国。
退職後、望郷旅行で実際に見た戦後の中国。
それぞれに節目はあるが、中国は一貫して私にとって宿命の国だった。
宿命といえば、私の名前の「献」は、父が旧満州国皇帝溥儀に献上するとして
名付けたものである。父は青年官吏として、ここに旧満州国建国スローガンの
「王道楽土」「五族協和」の理想郷を作ろうと命を賭けていた。
今ここで、その是非を問うつもりはない。勿論その侵略行為を是認するもので
もない。ひとりの個人として考えた場合、歴史のうねりが、どの一頁で狂って
いても私自身が存在しなかったと思うと、歴史に、また中国そのものに宿命を
感ずるのである。
中国留学は、二回とも父が旅費も学費も負担して呉れた。私の名誉の為に一言
付け加えるならば、私は父の援助が無くても来ることが出来た。父に「罪滅ぼ
し」の気があったとはさらさら思えないが、自分が果たせなかった中国への想
いと夢を息子に託した、元満州国官吏の善意だけを信じたい。
┏━┓
┃子┃供の頃「満州」という小学校の副読本があった。
┗━┛その中で、中国人の優しさを紹介する一節として「中国人は袖の下で取
引をする」というのがあった。例えば豚の取引をするとき、豚に聞かせたらか
わいそうだから、袖の下で指を使って符丁で会話をするというのである。
この本では、中国人の風俗習慣を好意的に紹介していた。満州国建設のため少
なくとも建前上は、私達は中国人と仲良くする教育を受けていたのである。
しかし実際は、当時私は完全に中国人をバカにしきっていた。記憶に残る中国
人の印象は、愚鈍と不潔である。言う事をよく聞く満人(当時中国人のこと私
達はこう呼んだ)はよい満人であり、反抗する満人は悪い満人だった。
彼等は、「没法子=仕方が無い」と言って私達に従った。
父の思い出のひとつに、何か命令をするとすぐ、
「仕方がありません、今は満州国ですから」
という返事が返ってきたというのがある。未来永劫に満州国は続くと信じてい
た父にとって、「今は」というところがやけに耳障りだったという。
「東亜病夫」は、誰が付けたのか当時の中国人に対する蔑称。
食べる物もろくに無く、襤褸にくるまった、煤けた一般中国人の表情はまさに
病人で、その不潔さは、同じ人間と思えない程酷かった。
パールバックの有名な小説「大地」の中で、金持ちの軍人が貧しい民衆が怪我
をして苦しむのを見て、「あいつらでも痛いのだ」と、不思議そうに語る場面
がある。
同じ中国人同士でも、少し上流階級の人間から見た貧しい一般民衆は、同じ人
間に見えなかったのではないか。
┏━┓
┃小┃学校二年生のときだったろうか、通学途上の池の畔で、ひとりの老人が
┗━┛行き倒れていた。多分悪い病にかかっていたのだと思う。
彼は不潔で、その上酷く醜かった。
私は彼の前に置かれている空き缶に、一杯水を汲んで来てやった。しかし私は
なんと偽善者だったのだろう。そのあと、遠くから彼に石を投げたのである。
翌朝彼は冷たくなっていた。思いがけず日本の子供から優しい親切を受け、更
に思いがけずもこの酷い仕打ちを受け、最後に彼は私を呪ったに違いない。
この思い出は、胸の澱のようにいつまでも苦い。
┏━┓
┃1┃945年8月15日、終戦と同時に全ての関係が一夜にして逆転した。
┗━┛いま思えばナンセンスだが、女は皆妾に、男は皆鼻輪を通されて奴隷に
されるかもしれない、と密やかに囁かれていた。そしてそのときは死ぬまで戦
おうと誓いあっていた。
しかし夜、「助けてー!」と女性の悲鳴が聞こえて来ても、私達はなにも出来
ずに固唾を飲んで、じっと成りゆきを待つしかなかった。
終戦は撫順で迎えたのだが、最初にソ連軍が来て、共産軍、国民党軍の順で進
駐してきた。そして最後に共産軍が来る前1948年8月に引き揚げた。
どんな政権でも、一度政権の座につくと力で治安維持を図るから、落ちつくと
いいのだが、恐いのは政権の変わり目である。
例えば共産軍が撤退して、国民党が進駐して来る間のわずかの時間、無警察、
無法の瞬間が出現する。力の強いものの勝ち。大勢の中国人が暴徒と化して、
日本人を襲って来る。遠くから潮のように群衆の雄叫びが聞こえる。私達日本
人もバリケードを組み、手製の武器を取り力で自衛する。青龍刀を背中に負っ
た暴徒の偵察隊がやって来て、緊張はいやが上にも増す。
幸い私達のところは、まだ日本人がまとまっていたので、国民党軍が進駐して
来るまでの間無事に済んだが、ばらばらでいた日本人は惨めだった。
箸一本残さず持って行かれた上、何人かの日本人は、命を落とした。
「人民裁判」という名目のリンチも、我々日本人にとっては恐怖だった。
平頂山事件の時の炭坑長、久保孚氏も処刑された。誰それが公安に引っ張られ
て拷問を受け、その悲鳴を奥さんが電話口で無理やり聞かされたとか、身の毛
もよだつ話しが次々と伝わってきた。
┏━┓
┃日┃本人が引き揚げるに従って、周囲は中国人ばかりになった。
┗━┛こうなると私達が虐められる番だ。道端で子供に捕まって、「小日本、
東洋鬼=日本人に対する罵り言葉)と地面に書けと言う。「何を!」と反抗し
たら、いけない。わっと人だかりがして袋叩きに遭う。
ビンタ位は屁ともないのだが、腹を拳で思いきり殴られるのは堪えた。
当時は、私も相当な悪餓鬼で、畑の作物を泥棒する位は毎度の事だった。
少々殴られても仕方ないことも、していたのである。
┏━┓
┃私┃が、定年後中国語の勉強を始めた時の友人は、昔中国で兵隊だった。
┗━┛彼は、独学で中国語を勉強し、さらに他人にまで教えているのだから、
親中派と言っていい人間だが、それでも中国には行きたくないと言う。
そして、私が中国で暮らしたいと言うと、
「殺されないようにしろ」
と、真面目な顔で忠告してくれる。終戦時の恐怖の印象が抜けていないのだ。
撫順で一緒だった友人がいる。彼は、幼い日を過ごした中国に来たくてたまら
ない。しかし彼は、中国人を恐れて来ないのではない。植民地の支配者として
君臨した地に郷愁を抱くことに、罪悪感というか内心に忸怩たる思いを持って
いるのである。
┏━┓
┃長┃年、日中友好事業に従事している幹部の方が言う。
┗━┛
「中国東北地方に、日本の資本進出が上手く行かないのは、彼の地の中国人が
まだ日本人を恨んでいるからだ」と。
中国は一衣帯水の国といわれるが、私を含め日本人にとって、まだまだ近くて
遠い国である。アメリカのことは、なんらかの形で毎日報道されるが、それに
比べると中国のニュースは少ない。
彼等の言うことは本当に正しいのだろうか。
私が今回「帰って来た」大きな理由の一つは、実際に中国で、中国人と一緒に
暮らす中で、このような事を確かめたかったからでもある。
「百聞は一見に如かず」
┏━┓
┃空┃港からの若いタクシーの運ちゃんは、話好きだった。
┗━┛彼の父親が元気だったら、私と同じ位の年齢だという。
日本語が上手だったとも言う。
彼の車は、中国のタクシーにしては珍しく、手入れと掃除が行き届いていて、
きれいだった。そこで、胸に一物ある私は、何度もこれを褒めたあと、
「ところで、僕は今度中国で日本語の先生をするのだけど、君も知っているよ
うに中国の先生の給料は安い。タクシー代少しまけてくれないかな」
「いいとも」
彼は、ここに至って始めて私の企みに気が付いたように破顔一笑、タクシー代
を少しまけてくれた。わが第二の母国中国の人達は、帰って来た息子を暖かく
迎えてくれるようだ。
「住めば都か中国か」
少なくとも、殺される心配は要らないだろう。
= つづく =
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┐
というところで、アンケートぉ〜ー!!に、答えてちょーだい!
中国への熱い思線「回来了!」は、
└―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
┏━━━━━━━━━━「たろおじさん」
今回の投稿は、中段に「続編で送られてきた投稿」として収載してあります。
たろおじさん、ありがとうございました。
メルマガ「21世紀の外交を追う」に、興味深い記事が掲載されていました。
┏━━━━━━━━━━「転載ここから」
「小泉首相のブレイン4」
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内閣官房参与の岡本行夫氏の講演の続き。以下()は発行者補足です。
●中国●
中国は大変な勢いで伸びているし、日本企業は農村にも進出している。
例えばある広島のアパレルメーカーは、100人の日本工場を閉め、中国の農
村で工場を作り1万5千人を雇った。人件費が安いからだが、従業員は朝8時
から夜8時まで必死に働いている。
河南省、広東省は他の省からの労働者が多く工場に就職している。しかも、
省が人材を選抜するので優秀である。企業側があるモノを製造ラインで作るた
めに153センチの身長が相応しいと要望すれば、該当者が1000人もいる
という笑い話もある。広東州の経済特区の3分の1は日本企業であり、そこに
学生13万人、教員1万人の大学がある、もしくは計画中。
日本人が中国の人材はセル生産(個人の複数工程)はできないだろうといったら
アッサリできた。よって、中国内で日本企業同士が値下げ競争している。中国
進出組の企業で、日本の下請け企業から金型の設計図を要求し、それを中国で
利用する酷い例もある。エレクトロニクス部門はマネできるが、自動車産業等
の知恵のシステムの総体を為す産業はマネしにくい。
中国政府は技術導入にも熱心である。三岐ダムはドイツのシーメンスが入札に
成功したが、ダム26個の内、シーメンスが14個作り残りは中国が作る。
こうして設計図とノウハウをゲットする。
中国は人材の質と数の豊富さに加えて、役人と国民が「お金を儲ける」という
目的で一致しており、それがエネルギーとなっている。しかし、中国人は吸収
及び利用する意欲は強いが手柄を独り占めする傾向がある。
(『中国人の心理と行動』NHK出版のキーワード「面子」「関係」「人情」
を参照。日本語的意味とは異なります)
中国のトップ9名の全員が理工系であるが、現在エリート校たる清華大の半分
は米国に渡っている。以前の米国帰りの中国人が北京版シリコンバレーで一千
社が活動している。将来の中国を考えてみる。胡錦涛は59歳で第四世代であ
るが、第五世代は文革世代である。よって、第六世代が第四世代の後を継ぐこ
とになる。その第六世代は真に米国のシリコンバレー等で最先端技術を学び、
近代的思考を身につけた人材である。日本はチームワークと感性で勝負するし
か勝ち目はない(知恵を出し合って共有することのようです)。その試みとし
て、新現役ネットをやっています。
┗━━━━━━━━━━「転載ここまで」
麻辣!
辛い中国料理の代表は、四川料理と湖南料理。
ではその辛さの違いが、お分りでしょうか?
四川料理は酸辣。
湖南料理は麻辣。
OJIN は、今この“麻辣”にこっております。
“辣”は分ると思います。ようするに辛い、塩辛いじゃなくてカライ。
では“麻”のほうは何?
痺れる、、舌が痺れて麻痺する感じ(..極端に言えばですヨ)。
麻辣豆腐=麻婆豆腐)でも OJIN は、その辺の麻辣豆腐では満足出来ません。
大抵の料理屋の麻辣豆腐は麻味の無い、ただカライだけのものが殆んどです。
そんな麻辣大好き人間の OJIN が、久し振りに大満足!という料理にありつき
ました。(‥といっても麻辣豆腐じゃないけど‥)
毛血旺鍋仔、22元。
いや〜んまかった〜(^^)
処は工農路123号、盛陽暇日酒店ホテルの2階の(中華)レストラン。
お相手は、、秘密。。南通在住の諸侯に知られるとウルサイから....
まあ、まいりまして、冷菜2つとビール、なんかカライのないかしら、、
説明を聞くと、毛血旺鍋仔がカライと薦めてくれました。
ではそれにしましょう、二人だからそんなもんでいいかな。
運ばれてきた冷菜に箸をつけてみるとあまり美味しくない..
この店、外れだったかな、、
さて、毛血旺鍋仔が運ばれてまいりました。
鍋という字が入っているくらいですから、アルコール燃料で温める、まあ一種
の鍋物です。牛百葉、黒粉皮、血豆腐、えのき、椎茸、あとは何だかよく分ら
ん具がゴチャゴチャと。。
ひと口スープを飲んだカモシカが、カライッ!
おや、そんなにカライの?
いただいてみましたら、、おお!!!!
辣味だけではなく、シッカリ麻味が利いている!!
チョット舌の先の痺れが分るくらいの正統派“麻辣味”!!
美味しくいただきながら、でも、
これに御飯か麺をぶち込んだらもっといいだろうなぁ..
カモシカと相談して服務員に、乾麺はありませんか?
ーー没有。
仕方ないので、ナンにもなしの湯麺=陽春麺を頼みまして、麺だけを鍋の中に
ぶち込んでいただきました。
いや〜ぁぁんまかった〜ぁぁ(^^)
ではまた、金曜日にお会いいたしましょう。(^o^)丿
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