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Mail-Magazine Back Number
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回回回 ┏━━━━━┓┌──────────────────┐☆ 回回回
回 ☆ 月 曜 版 ☆ ≪ WEB 熱線 第222号 ≫2003/03/10_Mon ☆ 回
回回 ┃ (*^−^*) ┃├──────────────────┤☆ 回回
回 ☆ WEB 熱線 ☆ ―― アジアの街角から ―― ☆ 回
回回回 ┗━━━━━┛└──────────────────┘☆ 回回回
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□ CONTENTS □◇ ◇□
┌---------------------------------- □
│ご挨拶・・・・新しい読者の皆様、歓迎光臨!! (^o^)丿
├--------------
│記事・・・・・花が!・学雷鋒の日・啓蟄・女の児も同じ人間― ▼
├-------------- by nikoさん
│教えて中国・・投稿なし。(-.-)
├--------------
│エッセイ・・・北京に暮らして「全人大と子供達の関係」――― ▼
├-------------- by ぽんずさん
│読者の広場・・Xien Yiさん。
├--------------
│あとがき・・・天安門2題。
└─────────────────────────────────┘
◇―――――― 新しい読者の皆様、歓迎光臨!! (^o^)丿 ――――――◇
│
◇ 週3回・月水金のお届けですが、月→水→金 という流れではなく、
│ 月→月、水→水、金→金というサイクルになっています。
│…………
◇ タイトルは同じですが、月曜日号・水曜日号・金曜日号は、それぞれ
│ 別々のマガジン、と理解してもらったほうが、わかり易いと思います。
│ この他に、不定期で時々「GET! ASIA BUSINESS」号が配信されます。
│…………
◇ ライター兼編集発行の私 OJIN と数人のライターさんで執筆しています。
│………… ____________________
◇ バックナンバーは → http://chinachips.fc2web.com/aaa.html
▼
│ 「アジアの街角から下側」→「バックナンバー陳列室」
│
◇―――――――――――――――――――――――――――――――――◇
┌--------
│花の色は うつりにけりな いたづらに
│わが身世にふる ながめせしまに (小野小町)
│
│花ちらす 風のやどりは たれか知る
│われに教えよ 行きてうらみぬ (素性法師)
│
│櫻花 ちらばちらなむ ちらずとて
│ふるさとびとの きても見なくに (惟喬親王)
│
│教養のないnikoさんにしては珍しく歌など書き連ねてみましたが、
│その真意は・・・・・・・・・。
│
│・・・・・・本文をお読みください。
└--------
☆ 花が!・学雷鋒の日・啓蟄・女の児も同じ人間、○すな!― 2003/03/10
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さて今日は、先週一週間の桂林ドタバタ日記..とでも申しましょうか。
┏━┓
┃3┃月4日】私のお休みの日
┗━┛
先週のまえがきで、今日は桃の節句、桂林も桃の花も盛りですよ!ーー云々、
というようなことを書いたのを、覚えておられると思いますが、
今日は週一回のお休みの日、我家も花見に行こう!としゃれ込んだのでござい
ます。
というのは、先週末のテレビニュースで、
『桂林では今桃の花が真っ盛り、大勢の花見客がここ“恭城”の桃園を訪れて
おります』
と流れたからでございます。
ところで、この“恭城”というところでございますが、
地理的には、桂林市中心から南方に向かうと例の“陽朔”という風光明媚な町
があり、
そこから左へドッグレッグして(って、まだ先週の余韻が残ってるなあ!)
東に向かうと“福利”という、やはり景色のきれいな小さな町があります。
そこを突き抜けて、さらに東へ東へと向かうと、目的地“恭城”にたどり着き
ます。
走行距離にして、100公里(km)くらいでしょうか。
桂林市中心から、タクシーをぶっ飛ばして約2時間、かなり気合いを入れない
と、なかなか行く気にならないような距離でございます。
ただ、そのテレビに映ってた風景が、なにしろ絶景だったんですよ!
全山ピンク一色、絶景かな!絶景かなー!
『こりゃ、ひと目見ておかんと遺恨を残す!』
って、仇討ちじゃないんだけどね。
で、その日は休みといえど、
家族全員、朝早くから起き出し、早速タクシーの手配にかかります。
ここ桂林では、流しのタクシーはメーターで精算しますが、チャーターすると
なると料金交渉と相成ります。
別にメーターで走っても良いんですが、交渉によりかなり安くなりますので。
で、知ってる運転手の携帯に、片っ端から電話を入れました。
『恭城まで行くけど、オマエ幾らで行く?』てな調子ですな。
満足のいく数字で手打ちとなったので、朝食にかかりました。
もちろん朝食は、桂林名物の“桂林米粉”。美味しいですよ。
その後、運転手君と合流。
目的地まで延々2時間、ガンガン飛ばしていきました。
途中の風景も、さすが桂林!
目の離しどころがないくらい、素晴らしい景観でございました。
あ〜あ!桂林に住んでて良かった!!
と、普段ならここですでに満足してしまうところでございますが、
今日は、ほれ!例のテレビの絶景が頭の中に残っておりますので、
この素晴らしい景色もただの前菜、プロローグとしか映りません。
『チミたち、いくら頑張っても“恭城”の桃山には負けるのよ!』
『今日はチミたちの相手をしてるヒマはないんじゃあ〜!まったねえー!!』
心はすでに“恭城”の桃山に飛んでおります。
『今日は“恭城”で花見三昧じゃあ!!・・・酒と肴は?・・無いけどね!』
さてさて、陽朔も無事通り抜け、福利も過ぎ、一路“恭城”へまっしぐらーと
いうところまでまいりました。
ところが、運転手君がみょーな事を言い出し始めましたのでございます。
『お客さ〜ん!あそこの山も全部桃の木の筈なんだけどー・・・・・・・・』
・・・・・ん?・・・・・んん?
『いつもは、この時期、この辺もものすごくキレイなんだけどー・・・・・』
・・・・・ん?・・・・・んん?
あそこって?ひょっとして?
ひと山全部緑色じゃん???
・・・・・悪い予感が???
とりあえず運転手君が、道路料金所のお兄さんに状況を聞いてくれました。
『ざーんねんでした!この辺の桃の花は全部散っちゃったよー!』
って、料金所のおにーさん、あんまり明るく言わないでよー!
『どうしましょー?』って、
もう半分帰る気になっている運転手君を蹴飛ばして、イヤ、励まして、
『もう諦めたら〜!』と言うウチのおかーさんの言葉も聞こえなかったふりを
して、
とにかく、例のテレビに映ってた西嶺にあるという“大嶺山桃花園”の桃花節
の会場へ行ってみよう!
と強引に車を進めさせたのでございます。
さて、道行く人に順路を尋ねながら、その桃花園に近づいてまいりますと、
徐々に、観光バスや大型チャーターバスの類が、続々と我々に合流して参りま
した。
かなりの台数でございました。
ちょっと安心。(^_^;)
しかも、桃花園直前で、向こうからパトカーを先導させた明らかにVIPと思
われる一行が走って参りました。
車のフロントガラスには、桂林市政府幹部御一行というような表示も見受けら
れ、市政府の幹部が花見に来るくらいだから、これはもう絶対だいじょーぶ。
ここには絶対、花がある。(^_^)b
ここで大いに安心いたしまして、車を先に進めました。
やっと着きました“大嶺山桃花園”
『さあー勝負じゃあー!!』
と意気込んでみたが・・・・・・。
『花が、花が、花が無いいいいいいいいい・・・・・・!!』
ここでさらに一首(って詩でもそう数えるのか??)
春眠不覺暁
處處聞啼鳥
夜来風雨聲
花落知多少
ということで、せっかく咲き誇った桃の花も、、
夕べの風雨で、ぜーーーんぶ散ってしまっておったのだよ〜。
おーふく 4時間の旅がああああ・・・・・/<_o_>\
・・・・・オワッタ。(チャン♪♪チャン♪♪)
┏━┓
┃3┃月5日】学雷鋒の日。
┗━┛
先週から毎日、うちの部のO君が、珍しく電脳(コンピューター)の前でなに
やら書き物をしておりました。
そっと後ろから盗み見してみますと、なにやら論文調で、ながーい文章を書き
連ねております。
しかもその中にやたら“雷鋒”と言う文字が出て参ります。
「君々、君はいったい何をやっとるのかね?」と問うてみますと、
党の青年団の活動で雷鋒君に関する論文を書いておるところだと言うご返事で
ございました。
ご存じの通り、この国は共産主義であり、各単位(各企業と同意)にはそれぞれ
共産党の支部が設けられております。
このO君は、その支部の青年団の優秀な団員だったのでありますよ。
さて、ここで雷鋒君の事をご存じない方の為に、雷鋒君の事を簡単にご説明し
ておきましょう。
雷鋒(1940〜1962)湖南望城県(現長沙)の人
注:この湖南と言う地は、毛沢東や劉少奇も輩出したところで、それこそ共産
党の故郷のようなところ。
雷鋒君は1940年頃湖南省の貧農の家に生まれ、幼い頃に相次いで両親兄弟
を無くしております。
7歳の頃より養家に養われ、苦労を重ねて成人した苦労人だそうでございま
す。
その後、望城県の公務員を務めながら、中国共産主義青年団に参加、そのころ
から模範青年だったそうであります。
そして、1960年に人民解放軍に参加、その後中国共産党にも正式に参加、
その年から立派な党員でございます。
この雷鋒君は、毛沢東の事を心から尊敬し、毛沢東思想の学習に邁進いたしま
した。
そして、軍の任務もさぼらずに誠実に全うしたそうであります。
その間、自分自身が苦労して育ったため苦境にある人を見過ごせず、困った人
がいると無私の境地で人助けを行い、ありとあらゆる善行を重ねたそうでござ
います。
その頃のちゅうごくの若者は、本当に純粋だったんでしょうね。
えっ!今でも純粋だって!!
ほんとかよ〜??
残念ながら雷鋒君は、1962年、公務中に事故で殉死してしまいましたが、
翌年の3月5日に毛沢東が、雷鋒君の話をまとめ“向 雷鋒同志 学習”とい
うスローガンを発表いたしました。
内容は、雷鋒君の「楽于助人」「無私奉献」「艱苦朴素」「勤儉節約」「革命
闘志」の精神を学び、全心全意人民の服務に努めよ!
というものであったそうであります。
それ以降ここ中国では、毎年3月5日に『雷鋒君を見習って皆さん良い行いを
いたしましょう。』
という活動を、全土で実施するようになったそうでございます。
1963年からですから、かれこれ40年もこの活動を続けておる勘定になり
ます。
また、この時期になりますと、市内の大型書店の特設コーナーには“雷鋒君の
精神を学ぶ”類の本が山積みされております。
ただ、一つ疑問なのは、その本に雷鋒君本人が活動中の写真が、多数掲載され
ておるんですよ。
1963年の3月5日まで、全く無名の一兵卒だった雷鋒君の公式写真が何故
そんなに多数残っていたのか?
この雷鋒君も、中国の不思議のひとつであります。
ということで、3月6日に、件のO君にまたまた問うてみました。
『ところで、君は昨日、いったい何をやったのかね?』
お答えは・・・・・
『えーっと、伝票を何枚か書いて、各部門に配布して・・・・』
本人は、当日をすっかり忘れております。
『雷鋒君はどうしたのかね?』
『あ〜っ!それは3月1日に、もうやってしまいました。』
良く聞いてみると、3月1日に、市政府関係のお偉方から全市に一斉に号令が
かかり、各単位(団体・企業)から選抜者(我社ではO君外数名)を市中心広場に
集め、各種の善行を行ったそうであります。
で、その内容は、「無料の床屋」「電気製品の無料修理」等々、市民のお役に
立ったと自負しておりました。
┏━┓
┃3┃月6日】啓蟄。
┗━┛
当日は啓蟄だと言うのに、日中気温が最高5度くらいしか上がらず、さむ〜い
一日になりました。
おまけに温度を下げた原因が、北からの乾燥した空っ風だったものですから、
市内はまたまた、風邪引き者ばかりになってしまいました。
件の同学のママ情報ですと、ちょっとした風邪でも肺炎じゃないかとおそれる
市民が、病院に詰めかけておるそうです。
風邪引き者の集団が病院に集中するわけですから、またまた院内感染の確率が
高くなるわけで、
『なんだって!てめえ近頃風邪気味だって?、
じゃあ病院にはぜってえ近づくなよ!!』
・・・・・???
まるで与太郎落語の世界でございます。
┏━┓
┃3┃月8日】婦女節。
┗━┛
このあいだ、情人節が終わったと思えば今日は婦女節。
婦女節とは、文字通り“婦人の日”。
正式には「国際婦人デー」と申します。
女性は、この日は半日のお休みをいただけます。
そして、今年の婦女節は土曜日にあたったため、半ドンの単位(団体・企業)
にお勤めのご婦人は、土曜日が全日おやすみ。
土日連休の単位に勤めるご婦人は、だいたい前日の金曜日の午後からお休みに
入っております。
国際婦人デーの起源は、アメリカの女性が参政権を勝ち取ったのが1904年
の3月8日で、その後、世界的にこの日(3月8日)を正式に国際婦人デーと
することを決め、今日に至っておるそうです。
今年で国際婦人デー(3月8日)93周年だそうですので、正式に採用された
のは1910年ですな。
日本の女性に参政権が与えられたのが1946年ですから、アメリカに遅れる
こと40年。
ただし、人類の選挙、議会制度の長さを考えれば、ホントに最近のことなんで
すよね。不遇だった女性たち。
ただし、その反動で最近の女性は強くなりすぎているんではないかい?
あっ!悪気はないからセクハラ発言扱いしないでよ!
で、ここ中国桂林では婦女節に何をやるかというと、儀式らしき儀式は何もや
らん。
例によって、お休みをいただいた女性たちは、『今日は我々の日よ!』とばか
りに徒党をくんで、郊外に遊びに行く者、グループ、個人で市中心の商業地域
に買い物に出かけるもの。
こいつら、ホントに今日の婦人デーの起源を知っとるんかいな?
と思うくらいのはしゃぎっぷりでございます。
全国婦女連合会の元締めのいる北京ではどうなっているのかしりませんが、
注:北京の長安街には婦女連合会の総本山、どでかい建物が有るんですが、
何かおっかなそうで私は近づいた事がございません。
ここ桂林では、三八婦女節=オンナがどうどうと遊べる日、どうどうと自分の
欲しい物を買う日、みたいな構図になっております。
ただね、婦女節、婦女節といっても、ここ中国桂林では、女性がやっぱり犠牲
になってる冷酷な現実があるんですよ。
件の“陽朔”に遊びに行ったときのことでございます。
一応“陽朔”は、桂林に付属する観光地みたいな格好になっておりますので、
観光客が結構出入りします。
当然、観光客目当てに土産物売りの者たちが闊歩するわけでございますが、
とある鄙びた農村の一画を訪ねたときのこと、
良い撮影スポットがあったので、家族の記念写真を撮っておりますと、
どこから嗅ぎつけたのか十人くらいの子供たちが、手に手に、絵はがきやら、
パチもんの工芸品の類をもって現れたのでございます。
やれ買ってくれの、なんたら、かんたら、もう五月蠅いことこのうえもござい
ません。
こっちは、はなっから何も買う気がないのでいい加減にあしらっておりました
が、
よく見るとその子たち全員が女の子なんですよ。
最初は特に不思議にも思わず、女の子は土産物売り、男の子は親の畑仕事でも
手伝っておるのかと勘違いしておったのですが、
会話の成り行きで、
『お前ら女の子ばっかりだけど、この村には男の子はおらんのか?』
と問うてみますと、返ってきた答えは
『弟、(お兄ちゃん)は、今学校に行ってる。』
『なんでお前らは学校に行かんのか?』
『お金がないから親が学校に行かしてくれない、これを売ったお金も弟(お兄
ちゃん)の学費の足しになる。』
『じゃあ男の子は親の畑仕事の手伝いをしてるんじゃないのか?』
『弟(お兄ちゃん)は学校だけ行ってれば後は何もしなくて良い。』
思わずホロリとしたnikoさんでございましたよ。
鬼の目にも涙、思わず、よれよれの絵はがきを何組か買ってしまいました。
もちろん、小娘の言い値の半額近くまでタタキましたけどね。
ところで、
この会話を聞いて(読んで)不審な点にお気づきの方は、かなり中国通。
『中国は一人っ子政策じゃないの?』
そのとおり、
そこで同じように不審に思ったnikoさんは、その撮影ポイントまで連れていっ
てくれたバイクタクシーのおばさんに聞いてみました。
帰ってきたお答えは、
『この辺じゃ大体三人くらいまではお上も目をつぶっていてくれてる、上に
女の子が続いた場合は特にそうだ、そして彼らは特に少数民族では無い。』
注:少数民族には一人っ子政策は厳格に適用されておりません。
この娘たちはホントに可哀想だよねえ!
この娘たちは、将来どうなるのかねえ!
たくましく、生きていくんだろうなあ!
いま思い出しても、目頭が熱くなるわ!
最近歳をとったせいか、やたら涙腺のゆるくなったnikoさんでございます。
ただね、この娘たちはまだ、この世に生を受けただけましかもしれない。
自分の目で実際に見聞きした訳じゃないけど、
いまだに、間引きが行われているんじゃないかというような怖い話も聞いたこ
とがある。
これも桂林の郊外に行ったときのお話。
道路脇の壁とか柱に、なにやらスローガンか標語らしきことを書いてあった。
書かれていた原文(中文)そのものはもう忘れてしまったが、
翻訳した文意は、今でも忘れていない・・・・・。
『女の児も同じ人間、○すな!』
・・・・・・・また来週お会いしましょう。
By niko 在桂林
=つづく=
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┐
■先週の読後感アンケート結果。
◇ 面白かった (^○^) --------------------------------
14人 (74%)
◇ ふつう (゜.゜) -------------------------------- 2人 (11%)
◇ ツマラナかった(-_-) -------------------------------- 3人 (16%)
■コメントボードに頂きました感想です。
┌--------「浮雲さん」
NIKOさん、こんにちは。
早速のゴルフ場便り誠に有難うございます。
これだけ調べるには大変だったんでしょうね。
感謝、感激、雨、霰 です。謝謝!
もう一つおまけに、謝謝。
桂林には3ヶ所有るんですね。
是で知りたい事が把握できました。
HNの件ですが、私も最初は浮浪雲を考えたんですが、元々性格がハグレてお
りまして、浮浪まで行かないで、浮いたくらいにと思い名付けたものです。
アドバイス有難うございます。
私もおじんなので、余り若い娘はねぇ?。
もう愛人一筋でございます。その愛人も近頃はねぇ〜・・・・(-_-)です。
また、桂林の教えて欲しい事考えておきます。
今日は、これにて。御身お大切に。
● −面白かった (^○^)
└--------
▼
┌--------「nikoさんから謝謝」
浮雲さんへ
まいどー!
いやあ、別にそんなに感謝して頂いても・・・・・
照れますなあ!
〔桂林の教えて欲しい事〜〕
ご要望があればいつでも何でもどうぞ。
こちらは桂林の現地特派員でございますから、
現地情報などお手のもでございますよ。
ホホホホホ!
でも、
〔〜考えておきます。〕??
いや〜・・・・・
・・・・・別に・・・・・
考えなくていいです。^^;
└--------
■お便りで頂きました感想です。
┌--------「たろおじさんから」
中国で一回だけゴルフをしたことがあります。
靴は、日本から履いていきました。
というのは、靴があわないと悲劇なのと、あまり土地が良くないところを歩く
可能性があったので、いわゆるスパイク靴でない、普通の靴に一見見えるよう
な、ゴルフ靴を履いていきました。
場所は、北のほう大連。開発区の海に沿った有名なところのようでした。
驚いたのは、ホテルからベンツやセルシオを連ねた、お役人か軍のお偉いさん
ご一行が出て行ったのが、ゴルフ場でも見かけたこと。
コースを回っていたら、所々に、目立たないように人民解放軍(?)の制服を着
た若いおにいさんが、見張り?警備?玉探し?で隠れているんですよ。
びっくりしました。
貸しクラブもびっくりしました。
米国製の有名ブランドだというのですが(^^;、信じられない、、
ふうのクラブでした。
断じて私の腕のせいではないほど・・・でした。
アルミで出来ているのではないかと思うほど軽いヘッドで、行き先は球に聞い
てくれのひどい版。
全員がひどいスコアでした。
ガイドしてくれた、現地の初心者女社長が、みんなと同等のスコアだといって
みんな下手ねぇ!!って感心してました。
確かに上手でないことも認めますけれど、
あれほどひどいスコアでもないんだけど....
└--------
▼
┌--------「nikoさんから謝謝」
たろおじさん、
桂林のnikoです、初めまして、こんにちは、
確かにねえ、
ゴルフだけはマイクラブでないとスコアーは伸びないでしょうね、
私はゴルフをやりませんのでよくわかりませんが、
最近の道具は進化し続けてるといいますもんね。
ところで、ここ桂林のゴルフ場は北の方に比べると比較的気候が温暖で、
メンテナンスさえきちんとやってれば、どこの国のコースと比べても
遜色ない環境でラウンド出来ると思いますよ。
ただし、貸し道具は???
とにかくゴルフショップが、私の知る限り市内に一軒しかないような
状況ですからたろおじさんのお便りどおりの状況かも・・・・・・?!
ということで、ゴルフが目的で来中される方は、
マイクラブ、マイシューズ持参で来られてはいかがでしょうか。
└--------
└―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┐
というところで、アンケートぉ〜ー!!に、答えてちょーだい!
「花が!・学雷鋒の日・啓蟄・女の児も同じ人間、○すな!」は、
└―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
「北京に暮らして」 ――――――――――――――――――― by ぽんず
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36:全人大と子供達の関係
現在、北京では全人大こと全国人民代表大会が開かれている。
この時期は毎年物々しい警戒態勢がとられるのだけれど、
時々子供達はこの煽りを食ってしまう。
というのも、住まいの近くのホテルに代表が宿泊しており、
移動手段のバスの出入りには交通が遮断され、
代表の乗るバスが動くのだ。
家を目の前にして、スクールバスのなかに閉じ込められる事が
あるのだという。
これが子供達にとっては災難なのだという。
交通が遮断されたときにかぎって、
トイレに行きたいと思っている事が多いのだという。
そう、子供達の学校は北京の郊外にあり、
毎日、高速を使って片道30分ほどを往復している。
先生のお話や活動がギリギリまであって、トイレに行く間もなく
バスに掛け込んだようなときに、家までもう少しというところで
バスが止まる。
警官が見守るなか交通が止まっている。
もちろん歩行者、自転車は動いているが……。
警官がトランシーバーで話す姿が見えると、
それからしばらくしてパトカーに先導されたバスが通る。
そうなったら一安心。車はすぐに動き出す。
アパートの前にバスが止まる。
すると子供達はいっせいに飛び出してくる。
小さな子供達の目指す先は……。
全人大開催の期間中、運が悪いとこれが繰り返される。
「災難は忘れたころにやってくる」
=つづく=
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┐
┏━━━━━━━━━━「Xien Yiさんから」
本日のメルマガを見て、以前の“中国の習慣”懐かしく思われました。
私も体験しましたからね。ひったくり取り!投げ渡し!
最近、と申しましても、20年も中国にはご無沙汰しておりましたので良く
分りませんが、上海・南通でこのような振る舞いは見かけた事がありません。
変わったのですか?あの習慣!!
タバコの投げ渡しは見た事がありませんが、根元まで吸っている人は多いよう
な気がします。
中国の人の肺は、ニコチンだらけで真っ黒なんでしょうね。
(私はタバコはやりません)
きっと、肺ガンなんかも多いんじゃないんですか?
┗━━━━━━━━━━
▼
┏━━━━━━━━━━
あの習慣!!も、この習慣も、そりゃ変わりますよ〜。
最初の頃はそんなこと意識しないで書いてたんですが、途中から、その書いて
る事象はいつ頃(何年)、何処での状態なのかをハッキリさせとかないとマズイ
んじゃないか?と気が付きまして、そうするように改めました。
十年ひと昔と申します。
これからも、変わりゆく中国の姿を、お届けしていきたいと思います。
┌──────────────────────────────────
│☆★☆ 儲かる薬局経営!実践コンサルティング ☆★☆
└─
儲かる薬局の経営ノウハウを、実践派コンサルタントが辛口コメント。
COMMAND & CONQUER GENERALS
これ ▲ が、なんだか分りますか?
いま、中国で発禁になっているゲームの名前なんです。
どうして発禁にされたか?
聞くところによれば、天安門が爆破される場面などがあるそうなんです。
天安門の爆破っていったら、日本なら二重橋でも爆破される感じかしら?
だけど、ゲームの中でのことでしょう..
発禁..ねえ..
では、発禁になってるから手に入らないのか?
あっはっは!
ある中学生。
中: OJIN 、これなんだか知ってる?
O:ゲームソフトのCDでしょ。
中:違うよ、このゲームの題名を見てごらんよ。
O:ゲッ!こりゃ、あ、あ、あの..ゲーム。どこで手に入れたのよ?!
中:へへへ、その辺のソフト屋で、おい、アレ無いか?って聞いたら、
店のオヤジが屋根裏から出してきたよ〜。
O:いくらしたのよ?
中:5元!
O:・・・・・・・・。
ところで、日本語の“社会の窓”は中国語で“天安門”
「社会の窓が、開いているッ!!」
中国語では、なんて叫ぶのかしら??
・・誰も応えてくれません。。
そんな難しく考えなくてもいいのにな..
あまりにもバカバカしいから?
「天安門開了!」(^O^)
ではまた、月曜日にお会いいたしましょう!(^o^)丿
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