返済猶予(モラトリアム)で少し述べたが、「生産性」について、釈迦に説法と
なるかもしれないがお話をさせていただきます。
この頃、生産性という話が聞けなくなったような感じがする。昔は生産性向上
運動などが日本中の会社で全社活動として取り上げられたりしていたから、新
聞の経済面によく出てきたものであるが、この頃はトンと見ない。
生産性の向上ぐらいで差が詰められる程の労賃の差でないので、言わなくなっ
たのであろうか。----それとも、私が現役を退いたので関心を持っていない為
目に留めていないのであろうか。
生産性という考え方は非常に重要で、基本的に私達が豊かになれた最大の要因
なのである。生産性にもいろんな見方があり、頭につける用語で生産性の測定
する対象を限定している。
例えば、労働生産性という言葉は、人がどれだけのアウトプットを造り出した
かという視点で測定する。エネルギー生産性、資金生産性、などいろんな使わ
れ方をしている。経済では、全ての要因を対象としての生産性を、全要素生産
性と呼んでいる。
1人のお百姓さんの生産性を考えてみよう。
余談だが、尺貫法はよくできていて、1反はその昔(太閤検地以降は300歩)
は360歩であった。1歩=坪)の面積で米が1合でき、1合は大人1日の食
事量なので、360歩の1反では1年分の米の量に相当する。
その量を1石と言っていたが、1反で生産される米の量は1石である。だから
1人が1反を耕作して米を作れば、1年間生きていける。(本当は種籾がいる
ので正確ではないが)
もし、1人で10反耕作できれば、1人が10人を養うことができるわけであ
る。これが、素朴なレベルでの生産性である。
ちなみに、最近の日本の価格ベース食糧自給率は70%といわれている。農業
人口260万人、日本国民を1億3千万人とすると、農業人口1人で35人を
養っていることになる。----カロリーベースでは40%といわれているから、
20人を養っている)
したがって、農業に携わる1人を除く34人は農業以外の仕事ができて、製造
業、商業、公務員、教師、医師、看護士、サービス業、画家、音楽家、自由業
等々の他の仕事ができるようになったわけであり、これが豊かさの原点なので
ある。
脱線ついでに米農業の生産性を考えると、1人が何反を耕作できるかという指
数と、反当り取れる米の量の指数=反収という)との掛け算で表される。
反収の話で興味深いのは「奈良時代民政経済の数的研究」で実証研究をして、
弥生時代から江戸時代までほとんど変化なく、反当り200Kgであったことが
分かったそうだ。
現在の農業では、米の反収は600Kgだと言われているが、飼料米では900
Kgも取れる品種もある。それは米の品種改良と肥料の進歩でなされたのでしょ
うが、これだけで生産性は3倍です。
弥生時代から江戸時代まで、反収は変わらなかったのですが、労働生産性は上
がっているはずで、牛馬の活用や鉄器の利用による「鋤[すき]・鍬[くわ]」の
進化、千歯こき等の発明によって、1人が耕作できる田畑の広さは拡大してる
と思われる。
従って弥生時代から江戸まで同じ生産性ではなく、生産性が飛躍的に向上して
いるからこそ、人口も弥生時代の推定60万人から、江戸末期の3千万人まで
500倍ぐらい増えたのでしょう。
生産性を上げる方法は幾つかあるが、代表的な方法は、農業の生産性向上の例
で述べたように人間以外の力の利用で、昔は牛馬のような動物の力を用いて道
具や簡単な機械の利用、
近代は、産業革命以降石油や石炭のような化石燃料のエネルギー利用による蒸
気機関だとかエンジン等の内燃機関の利用とか、電力の利用での機械の活用、
道具の利用などの、器具を上手く活用する方法、器具を用いなくとも、分業、
規模拡大、流れ作業などでも生産性を上げる。
それと同じ範疇に入りますが、交易によっても生産性は上がります。これはリ
カードの「比較優位」学説で、国際分業となって、2国間なら両国の生産性が
高まる。
さて、こういう手段を用いて農業や製造業の生産性を高めてきたのであるが、
日本の抱えている問題は、外需に対応する産業は世界から見ても高生産性であ
るが、国内向けの産業は生産性が低いことである。
私は、日本の内需が伸びない原因の一つに、低生産性があるように思える。
工業製品の普及について考えてみよう。
例えば液晶テレビの場合、初めは13、14インチぐらいの大きさで非常に高
価なものであった。その後、サイズが大きくなるのに価格は下がってきた。
それは、大量生産となり、生産性が上がって、働く人の賃金等を犠牲にするこ
となく価格が下げられたのである。大量に販売するから企業の利益も拡大する
であろう。
普及の経過を見れば、始まりは高くても、新しいものを持ちたい人達の需要対
応であるが、それが普及するに従い値段がどんどん下がり、値段が下がるから
買おうとする人が広がり、更に沢山の人が持つようになって、最後には当たり
前の品物になってしまうのである。
しかし、国内向けの製品だとかサービスは、この値段が下がるプロセスが極め
てゆっくりしており、かつ下がり方が小さい。
国内向けの製品の代表は農産物であろう。
この商品は、使用が大量になっても値段が下がらない。逆に上がる場合だって
あるほどだ。なぜか、
それは、消費が拡大しても生産者の規模は拡大するようなことはなく、個人農
家が単位であるからだ。そして、人手がかなりかかる生産体制は変わらないの
である。大規模な農業がなされているのは、北海道ぐらいではないかと思う。
サービスでは、例えば医療や介護である。
現在の医療費は、老齢化の進展に伴い市場は拡大している。しかし、病人が増
えているのに価格が下がるようなことはない。----公的医療保険で決められて
いる。
医療費が下がるのは、政治的な手続きでの医療費の見直し等で基準が変更され
た時だけで、日常的に下がるようなことは起こりえないのである。介護も同じ
条件である。
このように、国内向けの商品やサービスは、潜在的な需要が存在している時も
消費拡大に連れて価格は下がらないことが多い。価格が下がらないから、消費
が家電製品のように拡大していかないのである。
何故なのかを考えると、国内向けの商品やサービスでは、価格を下げようとい
う意欲が非常にに希薄である。例えば医療についていえば、健康保険で診療行
為に対して価格が決まっているのだから、それを下げることは医療関係者では
誰も考えていないと思う。価格を下げるインセンティブがないのである。
だから、効率を上げようという意欲も少ないであろう。
医療は市場に馴染まない、などの言葉で語られることも多く、病院の院長は医
者でないといけないと定められている。だから、医療行為に関する生産性に類
する考えは、あったとしても少なく、最近になってやっと取り組みが始められ
ているようだ。
私はあまり病院へいかないのだが、最近診察を受けて思うのは、医者がパソコ
ンに向かって自分でキーボードを叩いて書き込むのが不思議であった。医師は
患者を診るのだから、患者に向かっいたほうが良いし、医師の時間は100%
診療行為がなされているのが高生産性の理想である。
だから、カルテ入力は医療の専門的知識をある程度教えられている補助員の制
度をつくり、インプットを専門にやるようにするほうが絶対に生産性が上がり
トータルコストも安く付くはずである。
ーーー小さな例だが、こういうことが山ほどあるのではなかろうか。
工場の生産性向上も、一部の者がやるだけでは結局、絶対に上手くいかなかっ
た。やらない連中が、実行するのを実質的に妨害する。サボタージュもあれば
やっている連中をやらない自分たちのグループに引き込むようなこともある。
そういう意味では、エリートの医師が効率を考えるかどうかの問題が大きい。
彼らは総じて傲慢だというのが私の個人的な印象だが、効率化などを馬鹿にし
てやらない危険性が十分にある。
医療費が生産性向上でコストダウンされたからといって、需要が大きく増える
種類のサービスだとは思わないが、医療予防とでもいうべき仕事は、コストが
下がれば需要は確実に増えるだろう。
生活習慣を変えるなどして病気にならないようにする指導やカウンセリングは
コスト安くできるのであれば多くの人が参加するとおもう。----ただ、修行の
ような苦役の伴うものは駄目だろうが。
こういうサービスでもコストを下げるには生産性向上の思想が必須であろう。
医療予防などは、英会話学習やフィットネスクラブと類似の点が多い。いわゆ
るお稽古事に関しても、生産性向上が系統的にされているようには思えない。
これだけ英会話教室が多数あるのなら、もう少し安くて効率的な塾があっても
よいのだが、結構高い授業料である。これなどはIT技術を活用すれば、随分
と便利なものとなるであろうと推されるのだが、余り見当たらないですね。
パソコンにでも、音声入力が馴染まれているのだから、学んだ英語の発音をコ
ンピューターで診断してトレーニングの箇所を示してあげることができれば、
人の関与が少なくなるから労働生産性は向上するだろう。その結果値段が格段
に下がれば、もっと英会話を習う人が増えるように思う。
いろいろ生産性のことについて思いつくがままに書いてきたけれど、生産性向
上のキーファクターについて述べておきたい。
生産性向上のキーファクターは、人材であることは間違いない。
しかし日本では、企業などに人材が囲い込まれて、必要とするところに必要な
人材が回らないことである。
人材が移動しないのは、若い時には安い給料で働き、貢献度合いとの差を会社
に預け、それを中高年になってからの高賃金と定年退職の退職金とで引き出す
システムのためである。
だから中高年でも、仕事がない状態になっても辞めないほうが得なのである。
いわゆる年功序列システムのために、生産性向上の必要な国内向け商品、なら
びにサービスの業界に、生産性向上を手がける人材が移動しないことも生産性
が低いままである理由であろう。
そのことが、1980年代後半に出された、内需拡大が必要という結論の前川
レポートがあっても内需拡大しない大きな理由だと思う。
= この稿おわり =
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┃●┃ 読後アンケートの結果。
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◇ この意見に賛成 -------------------------------------- 22人 (44%)
◇ どちらかというと賛成 -------------------------------- 19人 (38%)
◇ どちらともいえない ---------------------------------- 6人 (12%)
◇ どちらかというと反対 -------------------------------- 1人 ( 2%)
◇ この意見に反対 -------------------------------------- 2人 ( 4%)
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┃●┃ お寄せいただきましたご意見や感想。
┗━┛
┌──────────「やまさん」
現在の日本の医療、介護にかかわる値段(単価)が、もうこれ以上の安い値段は
ありえないというレベルの廉価にすでになっている、ということをご存知なん
でしょうか?
└──────────
▼
┌──────────「紋起さんから」
医療費が安いというのと、生産性が高くないというのは、全然矛盾することで
はありません。中小企業が、加工費が安いことは生産性が高い証拠だと主張し
たら誰からも拒否されますよね。
同様、日本の医療費が安いからといって、生産性の改善余地がないなどと思っ
ては駄目ですよ。まだまだ生産性の向上余地がある、即ちまだ下がる余地があ
り、医師、看護士、介護士の方の給料の向上の余地があるということです。
└──────────
┌──────────「tenyoufoodさん」
カルテ記入は、診断と治療の記録なので医師が記入しなければならない。
生活習慣病予防診断や相談は、無駄使い&医師の収入増にしかならない。
人件費と土地代を下げれば、生産原価が下がるので、生産量が変わらなければ
生産性も下がる。
└──────────
▼
┌──────────「紋起さんから」
医師法を直に見ていませんので断言できませんが、医者が自分で書かねばなら
ないと決まっているとは思えません。また、そのように決まっているのなら、
変えればいいのです。
生産性を阻害することを平気で決め、負担を国民に押し付けるのが責任逃れの
官僚の仕事ですから、注意が要りますね。病気にならないことに金をかける思
想を持つべきでしょう。治療が完全よりも予防です。
生活習慣病予防の方法論を馬鹿にする論が多いのですが、やり始めは何でも不
完全です。不完全だからやらないほうがいいというなら、チャレンジ等という
言葉を禁止すべきですね。
治療から予防が大事なのに、医学は治療に力点をおき過ぎてますし、医療保険
も同じ思想でやり過ぎていると思います。
人件費や地代の変化は、生産性に影響を与えないことが殆どです。人数が同じ
で生産量が同じなら、生産性は同じですね。人件費が下がるとGDPは下がり
ます。後段の主張は何かの間違いだと思います。
└──────────
┌──────────「御座候さん」
未だ「年功序列と終身雇用は日本の美しい伝統、欧米流に幻惑されて成果主義
を取り入れたのは間違いだった」みたいなことを言う政治家や評論家がいるこ
とに愕然とします。
└──────────
▼
┌──────────「紋起さんから」
本当にそうですね。年功序列や終身雇用は戦後に始まったもので、日本の伝統
でもなんでもありません。そう思い込んでいる人が多いものですから、それに
乗っかっているだけの政治家や評論家が多いですね。
そういう主張をする専門家は大したことがない、と判断して差し支えないと思
います。
└──────────
┌──────────「緑の保守派の尊野ジョーイさん」
┌--------
だから中高年でも、仕事がない状態になっても辞めないほうが得なのである。
└--------
既得権益を手放さない、これらの世代が問題ですよね。
誰か、ここに切り込む勇気のある政治家はいないのでしょうか。
└──────────
▼
┌──────────「紋起さんから」
ーーーこの既得権に手を突っ込む人はいないですね。
今の非正規雇用の根絶の為には、同一労働同一賃金、年功序列の廃止、退職金
制度の廃止(給料への転嫁)、新卒中心の採用制度の廃止、が少なくとも必要で
す。これは難しいでしょうが、誰かがやらねばなりませんね。
└──────────
┌──────────「年金生活者さん」
貴説に興味をそそられ、高校日本史の参考書「山川日本史総合図録」を開いて
みました。1700年の全国総石高はおよそ2700万石で、人口とみごとに
一致しています。1780年頃から新田開発が進み、
1840年=天保の改革)頃には3000万石になりましたが、その間、人口
は100万人程しか増えていません。
しかし、1868年=明治元年)再び人口と総石高が3300万ぐらいで一致
します。
昔、百姓町民は米もろくに食べられなかった、というマルクス史観は明らかに
誤りです。天候不順・風水害による凶作=飢饉や、地域差はあったにしても、
人口の5%程度に過ぎない武士階級が3000万石の米を食べることは不可能
です。
ーーー外国へ輸出したとも聞きませんから、けっこう平等に分配されていたと
思われますね。
└──────────
▼
┌──────────「紋起さんから」
大変興味深い考察をお教えくださって、ありがとうございます。
なるほど、マルクス主義者の言ってることは嘘だったのでしょうね。さも見て
きたような嘘を平気でつく連中ですから、未だに懲りてないですね。
この話、どこか別のところで使わせて頂きます。
└──────────