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坂の上の雲を! ――――――――――― by 紋起さん
☆ 足らざるもの(3) ――――――――――――――― 2009/05/20
仏印南部に進駐したのが昭和16年7月28日であるが、仏印南部進駐の話は
いち早く英米にキャッチされている。7月5日に英国大使が、15日には米国
務省が日本側に問い合わせと警告をおこなっている。

23日には、米国はそれまで続けてきた日米交渉の中止を通告し、24日には
対日資産凍結を決定した。

事態の緊迫に対応し野村駐米大使は、24日の午後ルーズベルト大統領と会見
する。その時、大統領は次のような主旨の提案をした。
┌--------
米国世論から、日本に石油禁輸をせよと強く迫られてきたが、自分は太平洋平
和のためにできないと説得してきた。しかし今やその論拠を失ってしまった。

しかし、もし日本が仏印より撤兵して、仏印を中立とすべく各国が保証し、各
国が自由公平に仏印の物資を入手できるような方法があるとするならば、私は
尽力を惜しまない。
└--------

しかし、大統領の仏印中立化の提案に対して、日本側はまともな検討を加えた
様子は残っていないという。時の外相豊田貞次郎は、時すでに遅しとか、国民
の反米感情が冷却するまで仕方がないとかいって、消極的に動いた形跡しかな
い。

ーーーそしてその1週間後に石油の禁輸がなされるのである。

当時の陸軍参謀本部にいた瀬島龍三は、昭和47年ハーバード大学での講演で
こう述べている。
┌--------
結論を申し上げれば、かなしいことには、ほとんど(石油禁輸を)予期していな
かったのであります。対日資産凍結後といえども、8月1日までは、石油に限
り対日割当があるかも知れぬ、とさえ甘い判断をした向きもあったのです。

なぜかと申しますと、米国の対日全面禁輸は、すなわち日米開戦を意味するか
らであり、それを承知のはずのルーズベルト大統領が、あえて進んでそのよう
な措置をこのときとるとは判断し得なかったのであります。

日本は南部仏印止まりでありまして、引き続き、進んで英領マレーまたは蘭印
に進出する計画は、当時全くなかったのであります。
└--------

米国の視点でいえば、満州事変、国際連盟脱退、支那事変(日中戦争)、9ヶ国
条約の無視、そして三国同盟、仏印北部進駐、屑鉄などの一部禁輸=イエロー
カードですよね)を受けて、なお仏印南部進駐と続く行為の連鎖は、米・英・
蘭に敵対する意思で動いている。

現在欧州を支配下に置いたドイツと軍事同盟を結び、中国北部を傀儡政権で支
配し、更に拡大して中国全土を入手する戦争を4年もやっている上に、今東南
アジアに進出せんとしている、ーーーと判断するのがおかしいだろうか。

米とて、独の進撃は脅威に感じていたはずであり、東南アジアで日本が石油を
手に入れれば、独にも石油が渡り、2方の敵と対決しなくてはならなくなるの
だから、石油を日本が獲得する前に叩く戦略は正しいとせざるを得ない。

経済用語に「トレードオフ」がある。

一方を追求すれば、もう一方が犠牲になるような両立しない関係をさす言葉で
あるが、「アメリカに敵対すること」と「石油の供給を受ける」ことはトレー
ドオフの関係にあったのである。

したがって、アメリカに敵対するのであるのなら石油禁輸覚悟だから、石油な
どの代替入手先の準備が整ってから行動を起こすべきなのに、なんと「石油禁
輸」を喰らってから対応策の検討に入るのである。

禁輸を喰らってからの陸軍参謀本部の機密日誌には、このような文言が続く。
┌--------
対英米方策ヲ如何ニスベキヤ/対英米戦ヲ決意スベキヤ、対英米屈伏スベキヤ
/戦争ヲセズ、シカモ屈伏セズ打開ノ道ナキヤ/此ノ苦悩連綿トシテ尽キズ
(以下略)(8月7、8日)
└--------

そして、おっとり刀で対応の国策を検討したのが9月6日の御前会議「帝国国
策遂行要領」で、
┌--------
1.自存自衛のため、戦争を辞せざる決意の基に、十月下旬を目途に戦争準備
  を行う。
2.それに並行して、英米に対し外交の手段を尽くし、要求の貫徹に努める。
3.十月上旬頃までに、要求を貫徹しうる目途なき場合は、直ちに開戦を決意
  する。
└--------
を決めた。ーーー私には、軍部も政府も錯乱していたとしか考えられない。

戦争とは、2400年前の孫子が説くように「勝ちて後、戦いを求む」であり
「戦いて後、勝ちを求む」は最悪なのだ――――。

しかも、機密日誌にあるように、望まない、本心では勝てないと思う軍人が多
数いる戦いなのに、勇ましい言葉「直ちに対米英蘭開戦を決意する」が飛び交
うのだ。

「命を惜しまない」が武人のアリバイだから、出席の軍部は勇ましさを示し自
己保身に終始するのかもしれないが、負けたときの国民の悲惨を誰もが思い至
らず、ひたすら激昂するばかりである。

ーーー只一人冷静だったのは天皇陛下で、明治天皇御製の詠唱をされ、交渉が
主であるご意思を、異例の形で明確にされた。

しかし、一度経済制裁が課せられると、引き下がる意思決定は行い難い。それ
は屈伏であり、一度屈伏すれば、他の機会にもその手が使われることになり、
従属することになる。だから、

石油禁輸イコール開戦になるから、「楯突かず石油供給を受け続けるか」ある
いは「敵対して石油禁輸時にはアメリカに代替する石油入手方法を獲得する」
の、いずれかを予め国策として明確に決めてから行動しなくてはならない。

そして、敵対の場合でも、米国代替の石油供給国を確保しない期間は、米国を
刺激する行為は抑制しなくてはならないはずである。

ーーーそれが大局であったはずだ。

軍部若手が、石原莞爾現象で如何に突出しようとも、やってはならぬ行為を明
確に定め、守らせねばならない。それは、統帥権が独立だから軍部が自らやら
ねばならないことであった。ゴルフでいえばOB杭を立てて明示すべきことで
ある。

満州事変ではOB域を定めてなかったかも知れないが、その後は突出者が出て
くるはずだから、国際連盟脱退のあとはOB域を定め、支那事変等に無用なる
戦線拡大をさせてはならないことであった。

国策が、石油資源の米国依存解消とするならば、蘭印しか当時は産油場所がな
かったのだから(戦後皮肉なことに旧満州国に大油田が発見される:大慶油田)
蘭印から、望む量の石油を確保する方法を考え出し推進しなくてはならない。

その方法は一つではなく、複数案で、各々に実行組織を作り、密かにあるいは
公然と行うことになろう。その着手は、少なくとも国際連盟脱退直後の昭和8
年あたりから始めないといけなかったはずだ。

以上の経緯を見れば、私たちが今なお矯正できていない日本式思考の欠陥がみ
える。私たちに足りないものを3つにまとめてみた。

1.目的を曖昧にしたまま、それまでと同じ行動を続ける。=目的が分からな
  くても気にしない、状況的行動が得意。=戦略性の欠如。
┌--------
そもそも、軍事行動は手段であって、達成すべき目的がなくてはならない。

満州事変は、石原莞爾が遠未来に米国に対抗する為に行った軍事行動である。

しかし石原は、米国と対抗するには地力をつけてからだと常に言っていたし、
資源国満州の獲得と、満州での産業振興はその第1歩であった。それに集中す
べきなのに、要らざる拡大を目的なく開始した。

日中戦争以降はその大きな目的を見失い、目先の戦術的優位、戦闘的優位獲得
だけに終始し、米国を刺激しつつも、その立場に立った視点を持たず、ここま
では大丈夫だろうと、次々とストレステストのように行動を積み重ね、

ーーー限度に達して石油禁輸をやられた。

この路は、必ず石油禁輸が敷設されていると意識せずに、気が付いたら虎の尻
尾を踏んでいたのである。

瀬島龍三の言う「禁輸を予想しなかった」ことは、予想する情報の不足や解析
力の不足などではなく、自分達が辿っていた路線を自覚していなかったという
致命的な不覚を晒しているのではなかろうか。

ーーー禁輸になってしまってから驚く、当時の将官や参謀の無責任さにこそ、
私は驚愕してしまうのである。
└--------

2.付和雷同的にひとつのトピックに熱狂して飛びつくが、短期に飽きて継続
  しない。=腰を落ち着けて、粘り強く取り組み達成することが不得手。
┌--------
「破竹の勢いだ!」とドイツに飛びついた。軍部のみならずマスコミも国民も
熱狂した――――。

しかし、英米に敵対する三国同盟を締結するのであれば、その前に、米国に重
要資源を依存している状態を如何に脱するのか、の戦略がなくてはならないは
ずである。しかも、

松岡洋祐の構想は、ソ連を加えた四ヶ国同盟で米国を抑制する積りなのが、独
ソ開戦でこの構想はすぐ瓦解する。しかし、同盟を保持したままだと、米に対
して抑制力がないだけに留まらずーーー敵対することだけが残ってしまってい
るという認識がなかった。

石油の入手にも三国同盟は悪影響を与えていたし、日中戦争にも悪影響を及ぼ
している――――。

ドイツが勝つと信じていた連中が多いが、英国上陸ができないのは英国沿岸の
制空権争奪戦でドイツが負けたからなのだが、その情報を掴まず、あるいは利
用せず、仏印南部進駐をやっている。

対米戦争期間を通じて、一体この同盟で何か良い事を得たのであろうか。
└--------

3.情緒的思考と局部思考が支配的となる。=科学的思考とシステム思考に欠
  ける。
┌--------
仏印南部進駐検討段階で米国の動向を議論するが、「仏印だけなら米国は立た
ない」と情勢分析をする。事実の情報ではなく「米国の関心は欧州であり、精
一杯だ」と誰かの憶測が幅を利かせ、その空気が支配したということだろう。

仏印南部進駐の狙いの一つ、蘭印占領に関して昭和14年5月に、海軍が図上
演習を行い、海上交通線の確保困難との結果が出ており、吉田善吾海相から、
「海上交通線確保が困難なれば、蘭印の攻略は無意味ではないか」と指摘され
ていたが、誰も重大問題とはしなかった。

しかし、実際はシミュレーション通りとなっていて、戦争の後半は石油が欠乏
した。=合理的な思考ができない典型的事例でもある。情緒的思考と局部思考
と空気が支配するのだ。

「鬼畜米英!」といっていれば勝てそうな気になる精神構造が私達にはある。

「平和!平和!」と唱えていれば平和になると信じている念仏平和主義はいま
だ健在であるように、この精神構造も続いているようだ――――。
└--------

以上の3つの欠けていることから石油禁輸を招き、ジリ貧よりドカ貧とか訳の
分からない理屈で、死中に活を求めて開戦したのである。

日露戦争のように、相手が侵略してくる場合には確たる見通しがなくとも立ち
上がらねばならない時もあるが、大東亜戦争は、相手が動いてそういう状況に
なったのではなかった。

ーーー私は、自らはまり込んだのだと思っている。

                        = この稿つづく =
┏━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛ ┃┃ 読後アンケートの結果。 ┗━┛
◇ この説に賛成 ---------------------------------------- 39人 (78%) ◇ どちらかといえば賛成 -------------------------------- 9人 (18%) ◇ どちらともいえない ---------------------------------- 1人 ( 2%) ◇ どちらかといえば反対 -------------------------------- 0人 ( 0%) ◇ この説に反対 ---------------------------------------- 1人 ( 2%)
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┌──────────「まいさちさん」 何故、石油その他の依存先に対して開戦したのか? 何故、南方資源輸送路の 制海権を取れなかったのか? というのがずっと私の疑問でしたが、その回答が得られたように思えます。あ りがとうございました。 ーーー戦前の精神構造が戦後も続いている、というご意見には全く同感です。
└────────── ┌──────────「紋起さんから」
私の話をご理解賜り、ありがとうございます。 私も、石油や希金属、鉄鋼等を依存している米国と何故戦争することになった のか理解できませんでした。今でも、何故開戦まで突き進んだのか信じられな いところがあります。 └────────── ┌──────────「さぶろうさん」 賛成に投票いたしました。紋起さんご指摘の3つの日本的思考の欠陥には賛成 だからです。 ただ、「仏印進駐」の改善(案?策?)については、まだご意見を拝読していな いように思います。今後の展開に期待しております。 さて、私の満州事変に関する拙見を申し上げます。それは、 “石原莞爾は事変収拾直後に、責任を取って陸軍を辞めるのが良策だったので はないか”というものです。これを行っていれば、その後の大陸における軍の 独走、暴発を抑止する効果があったでしょう。 石原を責める気持は全くありません。ただ、これは個人が国に対して為しうる 最大限のことかと愚考します。 └────────── ┌──────────「さぶろうさん」 私がよけいなチャチャをいれてしまい、紋起さんの筆が鈍ってしまったのでし たらお詫びを申し上げます。そのようなことは私の思い上がりとは思いますが 万一そうでしたら、申し訳ありません。 人は意見が違うのが当たり前で、同じではそちらの方が怖ろしいです。 当初、紋起さんがお考えになられた、仏印進駐の改善案をお聞かせ頂ければ、 幸甚大でございます。 └────────── ┌──────────「さぶろうさん」 前回のコメントに関する返事です。丁寧なご返事、ありがとうございました。 満鉄の利権にアメリカ資本を参加させるという話と、日本にアメリカ資本を参 入させるという話は、別のものだと愚考します。 満州は、そもそも緩衝地帯です。そこを皆のものにして誰も手を出しにくくす る、というのは健全な方法であると考えます。 一方、日本は独立国であり、それにアメリカの支配権を許すのは健全とは思え ません。ーーー例えば、日本で戦争が起きそうな場合、在日アメリカ人は逃げ てゆくだけだと愚考します。
└────────── ┌──────────「紋起さんから」
┌-------- 石原莞爾は事変収拾直後に責任を取って陸軍を辞めるのが良策だったのではな いか └-------- 私は、たとえ石原莞爾が退役軍人になるのを願い出ても、処罰は厳正にやるべ きだったと思います。特に、軍事力の個人による専断的使用は厳に禁止しなく てはなりません。 こういう点が、官僚で身内に甘いのです。これは今も続いております。泣いて 馬謖を切ることが必須です。 ┌-------- 日本は独立国でありそれにアメリカの支配権を許すのは健全とは思えません。 └-------- 日本に外資の法人があるのは、別に日本の独立を損なうものではありません。 アメリカの支配権ではなく、アメリカ人の、その会社の運営や財産に関する支 配権であり、逆に、アメリカに日本資本の会社は多数存在しています。 戦争になったらアメリカ人は逃げ帰るとのお話ですが、日本に投下している資 本の額によるでしょう。9・11で、アルカイダに日本人24人が殺されてい ますが、国家も国民も忘れ去るような有様のむごいものです。 日本が抗議したという話も聞いていないのですが、アメリカが、自国の記者が イランで拘束され裁判にかけられたときには、国として行動をとってましたよ ね。尻尾を巻いて逃げるのは、気概のない日本人だけのような気がします。 また、さぶろうさんのコメントで筆が鈍るようなことはございません。「足ら ざるもの」が(上〜下)から数字に変わったのは、OJINさんのご配慮です。私と しては、書く量の見積を誤っておりました。 └────────── ┌──────────「尊野ジョーイさん」 ただ今、クール・アンド・ザ・ギャングの「セレブレーション」を聴きながら 熱いコーヒーをすすりつつ書き込みしています♪ ーーーさて、先の戦争についての話です。 あの戦争が「無謀な戦争」であったというのは私も同じ認識を持っています。 しかし、以下のような主張もあります。 福井雄三『板垣征四郎と石原莞爾(PHP研究所)』の書評の一部です。 ┌-------- それにしてもエピローグも圧巻で、結局のところ、ルーズベルトは米国の国益 にならなかった参戦を何のためにやったのか、という解釈を敷衍する。 米国は真珠湾をひたすら待って国内世論を転換させ、日本とドイツに戦争をし かけ、反共が国是の路線を気づかれないように転覆させていた。日本との戦争 をアメリカ人の大半は反対していた。だから日本の真珠湾攻撃が必要だった。 日本が奇襲したとき、ルーズベルトはほくそ笑み、チャーチルは電話をかけて 言った。「これで我々は同じ穴の狢[むじな]だ」と。日本の主要敵は英国であ り、まさか米国が参戦してくるとは想定外のシナリオ、チャーチルが敗色濃い 戦局を米国の助けで乗り切る戦略だった。 しかしそのチャーチルさえ、ルーズベルトが陰謀家であり、容共であることを 見抜けなかった。彼は戦後の世界地図を描き、東欧も反共の勢力圏に入れよう としていた。 ルーズベルト、トルーマンの米国は、ヤルタの密約があるとはいえ、ポーラン ドをソ連の蹂躙にまかせ、東欧諸国がソ連の属国となるのを拱手傍観し、反共 の蒋介石を捨てて毛沢東を密かに支援し、 やがて大統領の代が変わると米国は、朝鮮戦争で反共の防波堤としての韓国を 守るために多大な犠牲を支払った。ベトナムではフランスの尻ぬぐい、イラク ・アフガンは英国の尻ぬぐいといえなくもないだろう。 福井氏は日本の北進計画(ソ連をドイツと挟み撃ちするのが反共同盟)を、謀略 によって南進させ、近衛内閣ブレーンにスターリンに奉仕した共産主義の信奉 者がゾルゲと組んで政策を誤らせたように、 米国の政権中枢に、ソ連に同情した共産主義者がいて米国を間違った方向へ導 いたのだとする。凄まじい謀略に巻き込まれ、馬鹿をみたのは米国のサイレン ト・マジョリティだ。ーーーそのあおりを食らって国家破滅の淵におちた日本 の指導者。 戦争責任は、謀略を見抜けず優柔不断の政策をとった近衛に原点があるのでは ないか。大日本帝国陸軍の強硬派も、海軍の反・陸軍思想も、関東軍の暴走も 敗戦の主因ではない。強いて挙げれば山本五十六の博打好きかーーー等を福井 雄三氏は本書の中で示唆する。 宮崎正弘の国際ニュース・早読み 通巻第2601号 http://www.melma.com/backnumber_45206_4485529/ └-------- 謀略説もへたをすると妄想になるので、自重する必要がありますが、共産主義 者の世界的な跳梁というのは事実だったようです。近衛文麿の側近にもソ連の スパイがいたし、ルーズベルトの側近もソ連のスパイでした。 日本が無謀な戦争に突入したのは事実として、それが無謀であった要因の1つ として「情報戦」に疎かった、ソ連の深謀遠慮を見抜けなかったことがあると もいえるのではないでしょうか。 つまり、日米戦争はソ連による謀略であったという側面です。 今の日本も、スパイ防止法はないし、情報戦には負けっぱなしという印象がぬ ぐえません。ーーー外務省は何をしているのでしょうか。 先の戦争で負けた本当の理由を、ちゃんと検証しないと、日本はまた同じ轍を 踏むことになりかねません。なんだかんだで、また最後は無謀な戦争に突入す る、それをマスコミ(特に朝日)が先導して煽るという構図が、繰り返されない ことを願います。 『僕らの世代が「政治」を創る!』 http://mijikanaseiji.jugem.jp/ 『尊野ジョーイのブログ』 http://ameblo.jp/soukyokusei-shougai/
└────────── ┌──────────「紋起さんから」
ーーー宮崎正弘さんらしい書評ですね。 私は、謀略史観は余り評価しておりません。それは、自分は騙されただけで無 垢なのだと泣いているだけでして、役に立つことが少ないからです。宮崎さん らしく、コミンテルンがダースベーダーなんですよね。 確かに、近衛の周りにはコミュニストがいましたし、ルーズベルトの周辺にも 多くいたことが、ソ連解体後の資料で出てきておりますが、日本の南進には、 近衛は関わっていません。 コミンテルンが南進させたとするのなら、陸軍では杉山元、田中新一、佐藤賢 了、海軍では、永野修身、岡敬純、石川信吾らがエージェントであったという 証拠が必要でしょう。 日本とアメリカを戦争させ、漁夫の利を得る工作ができたソ連が、いとも簡単 に崩壊したこともコミンテルン謀略能力絶大説を説明できないことだと思いま す。 ソ連が配置したエージェントの情報で、適切な判断ができ、色んなチャンスを 掴んだり、工作することもあったのは事実でしょうが、日本を南進させたのが 工作であった証拠は見たことがありません。 └──────────
本当にそうだこのとおり!‥‥と思われた方!「誰でもできる!1人1日1回の愛国活 動」は、ここをクリックして頂くことからはじまります!ーーークリックして頂くと票数がアップして、この問題を多くの 人々に知らせる事ができます!
    
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