「短慮と不覚の路」で負ける戦争に突入せざるを得なかった原因を提示したが
どうすれば負ける戦争に突入しなくて済んだかについての検討を提示したい。
ある意味「負けないためにVer2.0」のつもりである。
「負けないために」
http://chinachips.fc2web.com/argue3/0901.html
http://chinachips.fc2web.com/argue3/0902.html
http://chinachips.fc2web.com/argue3/0903.html
対米戦争への経緯を辿ってみると、勝てると勇んで開戦に踏み切った訳ではな
いが、かといって、負けると分かっていて開戦したのでもない、と思える。
勝つと思っていた若手参謀や幹部もいたが、米国には敵わないから負ける、と
思っていた少数の人もいたようだ。しかし、開戦前には本当にどう思っていた
かは、真実は分からない。
大負けに負けた後だから、自分を正当化する発言をしてしまうし、自分は「当
時は本当にそう思っていた」と信じ込んでしまっているから、区別しようがな
く始末が悪い。
強硬に対米開戦を唱えて開戦に至らしめた軍人に、田中新一参謀本部第一部長
がいるが、彼は、戦後出版した本(1955年「大戦突入の真相」)の序文で、
「戦争は如何なる場合にも避けねばならない。殊に敗戦は最も悲惨なる罪障で
ある。祖国をこの惨苦に陥れた罪はもちろん万死に値する」と述べているが、
敗戦後ものうのうと生きながらえ、83歳の天寿を全うした。武藤章が戦犯で
死刑になるのなら、田中はそれ以上かもしれないと言う人もいるぐらいである
が、起訴さえされなかったのである。
彼は敗戦の原因を「戦略構想の架空ではなく実施上の蹉跌であった」と、実施
部門への責任転嫁で終わらせるのである。対米戦争で亡くなった300万余の
方々に悪かったとはさらさら思っていないのであろう。
対米開戦の分岐嶺は、南部仏印進駐であった。
これにより、米国から日本の海外資産の凍結と、石油禁輸の経済制裁を受け、
躊躇いつつも「ジリ貧」を嫌って死中に活を見出すかたちで対米開戦に至る。
その道程をたどってみよう。だらだらと年表を出して申し訳ないが、目的は、
石油禁輸に至る出来事を並べて、事の成り行きを見て頂きたいからである。
○印が日本の行動で、★印がそれに対して米国が応じた行為であり、▽は日本
の行動に影響を与えたと思われる出来事である。
┌──────────
昭和14年9月1日 ドイツ、ポーランドに侵攻(第2次世界大戦勃発)
★15年1月25日 日米通商条約失効
▽15年5月15日 オランダ、ドイツに降伏
▽15年6月17日 フランス、ドイツに降伏
〇15年9月23日 日本、北部仏印に進駐
★15年9月25日 米国、蒋介石に2500万ドルの援助決定
★15年9月26日 米国、屑鉄、鉄鋼の日本向け輸出禁止
〇15年9月27日 日本、ドイツ、イタリア三国同盟締結
15年10月21日 小林一三商相9月13日からの交渉停止蘭印を離れる
16年1月2日 日本、蘭印交渉再開(日本側代表芳沢謙吉)
▽16年6月17日 日本、蘭印交渉決裂
▽16年6月22日 ドイツ、ソ連に侵攻
〇16年6月25日 南部仏印進駐決定
16年7月2日 御前会議で裁可
★16年7月24日 米国対日資産凍結ルーズベルト大統領仏印中立化提案
〇16年7月28日 南部仏印進駐開始
★16年8月1日 米、対日石油禁輸
└──────────
日中戦争(支那事変)を終結できない日本は、その原因を、英米の蒋介石に対す
る支援にあるとし、その補給路を絶つために仏領インドシナ(仏印)北部に軍事
的圧力をかけながら進駐した。昭和15年9月である。
これは、歴史の中でも軽く取り扱われているが、中国以外の他国の領土であり
フランス政府がドイツに降伏した隙に、仏印総督の妥協を引き出して進駐し、
軍事基地を設営したのであり、欧米諸国は大いに驚かざるを得なかったであろ
う。
それは、独・ソがポーランド、バルト三国、フィンランドを切り取り、オラン
ダ、ベルギー、フランスを占拠して、イギリスに攻撃をかけているときに、
中国を占拠せんとしていた日本が、東南アジアに触手を伸ばし始めたと思った
としても仕方のないことである。
米国は、蒋介石に巨額の援助を行うことを決定し、鉄鋼・屑鉄の輸出を禁止し
たが、これらの反応が、日本の北部仏印進駐をどう思ったかを示している。
そして殆ど同時に、日独伊三国同盟の締結が報じられた。明確に欧米と対抗し
て、世界を切り取る陣営に日本が参加を表明したと受取られた。
満州事変、国際連盟脱退、支那事変(日中戦争)、9ヶ国条約の無視、そして三
国同盟と続く軌跡は、日本が欧米を叩いて植民地の再配分を求めて動き始めた
と見なされても不思議ではない。
= この稿つづく =
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┃●┃ 読後アンケートの結果。
┗━┛
◇ この説に賛成 ---------------------------------------- 28人 (61%)
◇ どちらかといえば賛成 -------------------------------- 9人 (20%)
◇ どちらともいえない ---------------------------------- 4人 ( 9%)
◇ どちらかといえば反対 -------------------------------- 2人 ( 4%)
◇ この説に反対 ---------------------------------------- 3人 ( 7%)
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┃●┃ お寄せいただきましたご意見や感想。
┗━┛
┌──────────「さぶろうさん」
まだ十分な議論が尽くされていませんので迷ったのですが、「どちらかといえ
ば反対」に投票いたしました。
私見では、日華事変から大東亜戦争への流れは、日本のグランドデザインの不
足、あるいは不在による失敗だったと考えております。
グランドデザインとは、簡単に言えば、“誰を味方にしてして、何を実現する
のか”という考え方の設計図=デザイン)です。
日本にはこれが欠けているか、あるいは、深刻な誤解があり、そのため結果と
して周囲の国々全てを敵に回すという、最悪の行動をとりました。とても「デ
ザイン」とは呼べません。
紋起さんの取り上げておられる「仏印進駐」も、このグランドデザインの欠如
を象徴する事件です。ただ、これだけを回避できれば良かったとは断言できま
せん。そのため、「どちらかといえば反対」に投票いたしました。
紋起さんのお説が、今後どのように進むのか楽しみにしております。
└──────────
▼
┌──────────「紋起さんから」
┌--------
私見では、日華事変から大東亜戦争への流れは、日本のグランドデザインの不
足、あるいは不在による失敗だったと考えております。
└--------
それはそのとおりだと思います。支那事変(日中戦争)も、武藤章らが「この際
やってしまえ!」で戦線拡大をして始まった戦争ですから、目的が分からない
=各人各様)まま続きました。
何故続くかといえば、目的が不明だから、どの時点で終結して良いのか分から
ないわけです。蒋介石が参ったと言うまでやったとしても、その後どうするの
かが決まってもいない訳です。
しかし、南部仏印進駐には目的がありました。
けれど、目的を達成する前に大き過ぎる副作用が襲来し、訳の分からない戦争
に踏み切りました。ーーーその意思決定のやり方に、私たちに欠けているもの
があるように思い、考察したいと思っております。
└──────────
┌──────────「遠藤三郎さん」
ーーーがんばってください。
ところで、タモガミ担ぎの(メルマガ軍事情報)エンリケ一党の羽目はずしぶり
はひどい。ーーーまるで田舎のバカ青年だ。
戦前もこんなのがギョウサンいた。空襲になると一番先に防空壕に飛び込むの
がこういう手合いだった。こういうのが平均値だったから戦争に負けたのだ。
└──────────
▼
┌──────────「紋起さんから」
ご声援ありがとうございます。
メルマガ軍事情報だけではなく、右派論者が全部揃って田母神氏担ぎで、私も
酷いと思います。
彼の発言内容は別に新しいことはないのですが、「自らの身を顧みず」などの
姿勢が受けているのでしょう。皇軍無謬論なので、軍部の失敗を全て忘れるこ
とができる点で、心が発散できる人が飛びついているのではないでしょうか。
ーーー副作用が怖いと感じます。
└──────────
┌──────────「菅野 忠さん」
非常に簡潔で理解し易い。このような論調が今の日本に少なくなった事を非常
に憂う。
北朝鮮を含む東アジアに対しての日本の貧弱な外交は後世糾弾されるだろう。
└──────────
▼
┌──────────「紋起さんから」
ありがとうございます。
外交は、日本は確かに上手くないですね。国民の殆どの人が外務省を非難しま
すが、よく考えると結局殆どの日本人が外交下手なんだろうと思っています。
だから外務省も同様に下手なんですよ。
日本人は社交下手、説得下手、演説下手、引っ込み思案な民族ではないでしょ
うか。国民が下手なのに、外務省だけが上手いなんて構図は絶対にありません
よね。
もうひとつの点は、(外交担当者が)妥協したらボロクソに非難するのですが、
妥協なしの交渉などないのですから、着地点の評価もできない国民のような気
がします。
そういう意味で、仰られますように、東アジアにウイン−ウインの関係を築け
なかったですね。
└──────────
┌──────────「Jan さん」
ーーー結果論ですが、日本にとって不幸な時代でしたね。
軍部、政治家、民衆、ともに自己中でしたが、この時代もやはり、マスゴミが
一番のワルだったと思います。
今でこそ「反日朝日」ですが、この時代の「朝日」を見ると----実はおじいさ
んの時代からの朝日がウチにはあるんですよ。一番国民を扇動していたのは、
実は「朝日」だったと思います。
当時、一面にデカデカ出ているルビ付きの「大本営発表・敵戦艦撃沈1、大破
3、巡洋艦撃沈2‥‥」なんて嘘っぱちな見出しを見るとムカムカします。
当時の米国にはもう、役に立たない戦艦なんかなくて空母の時代だったのに、
ヌケヌケとそんな記事で国民を騙していたのですから。ーーー国民をミスリー
ドした意味では、やっぱり「反日朝日」ですかね――――。
今は「中共の工作員」、当時は日米戦争に陥れたかった「蒋介石」の工作員が
入っていたりして‥‥。
現代の人々は歴史を学んでいないと思います。‥‥ってか、日教組に自虐史で
洗脳されているので無理だったかな。(^^;
最近のNHKの偏向反日番組を見ると、歴史は繰り返しているようで、とても
残念です。マスゴミ業界の日本人たちよ。きみたちは日本を滅ぼしたいのか!
‥‥なんちゃって。(^^;
└──────────
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┌──────────「紋起さんから」
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軍部、政治家、民衆、ともに自己中でしたが、この時代もやはり、マスゴミが
一番のワルだったと思います。
└--------
その通りです。私は朝日新聞の正体は「売れるのだったら何でもやる集団」だ
と思っています。ーーーだから捏造のオンパレードです。
教科書問題、従軍慰安婦、沖縄サンゴ、・・売る為の偽装ですからね。自社が
売れる為には国まで売りますから。ーーーそれをクオリティ紙だなんて評価を
する国民が悪いのですよ。
ネットの時代がきたので、国民の側も少しは偽装を暴けるようになったのでは
と期待しています。ーーーいずれにせよマスコミは、眉唾で読んだり視聴した
りしないと酷い目に遭います。
└──────────