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坂の上の雲を! ――――――――――― by 紋起さん
☆ マッカーサー議会証言の認識錯誤 ―――――――― 2008/12/24
マッカーサー議会証言が、日本の侵略戦争を否定している証拠として様々のと
ころで引用されたりしている。確かに、

「正論」平成18年2月号に、渡部昇一氏が「これは、東京裁判は間違いで、
マッカーサーは日本が侵略戦争をやったことを公式に否定したということです
から云々----後略----」述べたりしているのだから、それを孫引きしてもおか
しくはない。

しかしながら、ウイキペディアのマッカーサーのアメリカ議会証言(ウイキペ
ディアのノートを見ると議会証言に関するやりとりが見れる)を見ても、いろ
んな解釈が出ているように、必ずしも渡部氏の主張どうりで定説になっている
訳でもない。

ーーー以前、私が調べたことを申し上げ参考に供したい。

マッカーサー議会証言は、引退後の1951年5月3日、上院軍事外交共同委
員会で、朝鮮戦争における中華人民共和国へ対しての海上封鎖戦略についてな
された。具体的には、
┌--------
They feared that if those supplies were cut off, there would be 10 to 
12 million people unoccupied in Japan. Their purpose, therefore,
 in going to war was largely dictated by security.
└--------
で、これを小堀圭一郎氏が、
┌--------
これらの原料の供給を断ち切られたら、一千万から一千二百万の失業者が発生
するであらうことを彼ら(日本政府・軍部)は恐れてゐました。したがつて彼ら
が戦争に飛び込んでいつた動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのこと
だつたのです。
└--------
と訳し、この訳文から渡部氏の結論となったと推される。

そして、

「dictated by security」の訳について議論がなされても、言葉の解釈は不毛
の議論で終始するのである。マッカーサーの本心を究明する努力がなされた痕
跡が見当たらない。

そこで、

マッカーサーの本心を探るため「マッカーサー大戦回顧録=議会証言から10
年経過した1961年頃に書かれたとされる)を読んでみたら、真意が記され
ているところが見つかったので、引用する。
┌--------
日本は、台湾、朝鮮、満州を吸収し、さらに中国を支配下に引き入れようと企
てた。そして繁栄した日本は、膨大な利益収入をこれらの外域に注ぎ込んだ。

事実、こんどの戦争の誘因の一つは、日本がルーズベルト大統領によってはじ
められた経済制裁によって、日本の産業が麻痺することになれば国内革命が起
こりかねないと感じ、日本の産業帝国を維持するための基地を手に入れて、い
わゆる“大東亜共栄圏”を永久に確保しようと考えたのである。
└--------

この文からは、渡部氏の主張のような「マッカーサーは東京裁判の誤りを認め
た」などは全くの間違った結論であって、何故こういう重大な結論を、わずか
1〜2行の文から導くのだろうかという疑問だけが残る。

また「マッカーサー大戦回顧録」には、東京裁判=極東国際軍事裁判)に関す
る記述があるが、「東京裁判はマッカーサーの責任外で、裁判の最終的判決を
伝えてそれを実行することだけが義務であった」と記されている。

そして、東京裁判について記している部分では「人間の下す裁決は完全ではあ
りえないが、判決を生み出すまでにこれほど周到にあやまちを避ける措置を講
じた法的な手続きは他に考えられない」と自信を持って支持しており、

文中に、東京裁判が誤りであった等と解釈される言葉は片言もない。

今まで述べたように、渡部氏のマッカーサー議会証言を基にしての「日本は悪
くない論」は破綻している論だから、使わないほうが良いと思う。

私達は、自虐史観の裏返しで、日本は悪くなかったという僅かな記述にすがり
付く傾向があるように思う。それは、侵略戦争は悪という断罪に抗しきれず、
侵略戦争をしていないと言い張るところに原因があるのではなかろうか。

現在は、世界各国が豊かだから否定されているが、他国を武力で従わせること
は、第一次大戦当時では当たり前であり、その後は否定する国がやや多くなっ
ていたそうだが、第二次大戦時でも、その残影は色濃く残っていただろう。

だから、田母神氏の指摘のように、侵略国家でない列強はなかったのであり、
日本だけが云われる筋合いはないという指摘は正しい。ーーーただ、敗戦国だ
から言われるだけのことであって、負けた事が何より悪いと思っている。

恐らく、食料不足の世界では、武力を用いて他国の資源を略奪する国々が出て
くるだろう。

そういう世界で生きる気概を回復するのが喫緊の課題であると思っている。

                        = この稿おわり =
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┌──────────「tengoriさん」 紋起さんの論述にはいくつかの問題点があると思います。 ただ「日本は悪くなかったという僅かな記述にすがり付く傾向があるように思 う」といふのはそのとおりで、日本は内在的な論理から侵略でない所以を説明 していく必要があるでせう。ーーーその過程で、傍証としてマッカサーの発言 を引用するのは問題ありません。 お教えいただきたいのは、紋起さんは「dictated by security」について、小 堀氏の訳から渡部氏が結論を出したと書き、訳自体についていろいろな解釈が あると述べている。 1.いろいろな解釈とはどのような解釈であり、どの解釈を紋起さんは妥当と みなしているのかということ。 2.仮にも渡部氏は英語の専門家であり、原文を参照していただろう可能性は 高く、小堀訳についても妥当と評価していたのではないか。(小生が普通に読 んでも小堀訳に問題点は見出せない) また、渡部氏が「マッカーサーは東京裁判の誤りを認めた」と書いているのは 間違いだとの主張ですが、渡部氏は「マッカーサーは日本が侵略戦争をやった ことを公式に否定した」と述べているだけです。 また、マッカサーの本心ということで「回顧録」から引用されていますが、 回顧録は、自分に都合の悪いことを隠蔽するために、真実を歪曲している箇所 が多々あるようですので、回顧録だから本心といふのはナイーブ過ぎるかと思 ひます。例えば、 「東京裁判はマッカーサーの責任外で、裁判の最終的判決を伝えてそれを実行 することだけが義務であった」などは、如何にも自分の権限がなにもなかった やうな記述ですが、実際は違って、絶対的な権限をもっていたことは東京裁判 の記録を読んだ者であればすぐ分かることです。 他にも、自分が押し付けた日本国憲法について、幣原首相の提起であったやう に真実を糊塗している点が良い例です。ーーーこの嘘については、江藤淳氏が 厳密に考証して論破しています。 以前に他のブログに投稿した内容で少し長いですがご参考までに下記します。 ┌-------- ところで、憲法9条の発案者のことが話題になっていますので投稿させていた だきます。 発案者は明確にGHQです。ーーーこのあたりの精緻な検証は江藤淳の「19 46年憲法ーその拘束」に論述されています。同論文は、現行憲法、特に9条 の成立過程を論じる場合の必須の文献かと思います。 略述すると、 占領時の検閲を担当していたCCD=民間検閲支隊の報告書:削除・発行禁止 処分対象に「SCAP=連合軍総司令部が憲法を起草したことに対する批判」 とあり、同じく次項に「検閲制度への言及」とある。即ち、日本国民には検閲 しているということを知らせずに検閲するという隠微なやり方である。 また、昭和21年2月3日に、マッカーサーは総司令部民政局に日本政府を指 導(=guide )するために、特に次の三点を含む独自の憲法草案の起草を命じて いる。そうして、いわゆる“戦争放棄条項”はこのマッカーサーノートの中に 初めてあらわれるのである。 その三点中の一点が次のとおりである。(他の二点は省略) 「国家主権の発動としての戦争は廃止される。日本は紛争解決の手段としての 戦争のみならず、自国の安全を維持する手段としての戦争をも放棄する。日本 はその防衛と保全とを、今や世界を動かしつつある崇高な理想に委ねる。 日本は、陸海空軍を維持する権能は将来ともに許可されることがなく、日本軍 に交戦権が与えられることもない」ーーーこの指示に基き、民政局は2月10 日に憲法草案を完成させている。 いわゆる“戦争放棄条項”は、第8条として次のように規定された。 「国家主権の発動としての戦争は廃止される。他国との紛争解決の手段として の武力による威嚇、または武力行使は永久に放棄する。陸海空軍その他の戦力 を維持することは許されず、国家の交戦権が認められることもない」 そうして2月13日に、民政局長ホイットニーが日本側の外務大臣以下(白州 次郎を含む)に草案の受託を脅迫・強要したのである。 また、外務省の記録に明白に書かれているが、その席でホイットニーは次のよ うに発言している。 「改正案は、あくまで日本側の発意に出づるものとして発表せらるること望ま しく、万一米国提案が世間に漏れるときは甚だしき双方の不為なれば、秘密保 持に甚大の注意を払われ度く、尚、改正案は総選挙前に発表するを適当とす」 これほど明白なのにも拘わらず、日本側発議の説が流されるのはマッカーサー 回顧録に幣原首相から“非戦条項”の提議(1/24)があったと記述されているた めである。 しかしこの内容は、アメリカの学者からも信憑性に乏しいとして斥けられてい る。ーーー多くの論拠があるが、 1−再三の閣議を経て2/8にGHQに提出された日本政府の憲法草案には、 戦争放棄条項はないどころか、「天皇は軍を統帥す」の規定があり、幣原首相 の提議とは全く相違する。 2−もし首相の提議があったとしたら、吉田外相・松本国務相=日本国憲法草 案担当)がその内容を聞かされていない筈がなく、2/13の会談でGHQの 草案を見せられて愕然とするはずがない。 3−厚生大臣芦田均氏の日記(3/5)の記述 「午後2時過ぎ再開の閣議に、白洲次郎氏が英文の総司令部案十部を手にして 出席。総司令部は、この草案を本日中に日本政府が受託するかどうか回答すべ きであると要求していると発言した。(中略) 同八時、首相は陛下への奏上の結果を報告した。陛下はいまとなってはいたし 方あるまいとおっしゃったという。 総司令部案に意味不明の点もあるので、文章上の手直しを安部(能成)文相に一 任して、同九時十五分閣議を終了。閣議終了の直前、幣原首相は特に発言を求 め、次のようにいわれた。「かような憲法草案を受託することは極めて重大な 責任である。(中略) だが、今日の場合、大局の上からそのほか往く道がないと思う」」 4−民生局員ハッシーの証言 昭和25年4月に幣原氏に会った時、「幣原は1949年末の新聞記者会見に おいて、マッカーサー元帥が第九条の作者は幣原であると述べたことによって 自分は迷惑していると語った」 5−1946年1月30日に来日した極東委員会代表に対してのマッカーサー の談話: ┌-------- どんなによい憲法でも、日本人の胸元に銃剣をつきつけて受託させた憲法は、 銃剣がその場にとどまっている間だけしか保たないというのが自分の確信だ。 占領軍が撤退し、日本人の思い通りになる状況が生まれた途端に、彼らは押し 付けられた諸観念から独立し、自己を主張したいという目的だけのためにも、 無理強いされた憲法を捨て去ろうとするだろう、これほど確かなことはない。 └-------- 6−1953年12月に、講和後初の国賓として来日したニクソン副大統領の 日米協会での演説: ┌-------- もし1946年において非武装化が正しかったとすれば、何故にそれが195 3年の現在誤りであるのか! (中略) 私は、これから公務についている人間が果たさなければならぬ務めを一つ果た そうと思います。今日只今、この場所において、私は合衆国が1946年に誤 りをおかしたことを認めます。 └-------- このようにマッカーサーは、ポツダム宣言および国際法に違反して自分の押し 付けた憲法、なかんずく第9条を、その違法性が見えないように幣原からの提 議という話にでっちあげた。ーーー幣原および事情を知る関係者も、検閲によ り反論すらできなかった。 また、幣原の回想録=死後1951年に出版)での記述; 「よくアメリカの人が日本へやってきて、こんどの新憲法というものは日本人 の意思に反して総司令部のほうから迫られたんじゃありませんかと聞かれるの だが、それは私の関する限りそうじゃない。決して誰からも強いられたんじゃ ない」も、 当時はまだ占領継続中で、検閲により本当のことは言えなかった。しかし前述 の、彼に共犯関係を強要した当の民政局員には本音を打ち明けて抗議すること ができたのである。 マッカーサーは日本を過大評価していたのか。 GHQの「 War Guilt Information」によって洗脳された日本人は、戦後60 年を過ぎても、半人前の国家とすべく押し付けられた憲法を、 ーーーなにも考えずに保持している体たらくであるーーー └────────── ┌──────────「hideおじさん」 私の知る限り、マッカーサーのどの証言を見ても「東京裁判は誤りだった」と いった記録はありません。また、彼が「日本は侵略戦争をしていない」と言っ たものもありません。 ただ、占領を通して彼は日本への理解を深めていった、というところからいろ いろ憶測が生まれたのかもしれません。 一説によると、マッカーサーは、1950年ウェーキ島でトルーマン大統領と 会った際に「東京裁判は誤りだったと証言した」という話もありますが、文章 で残っているのかどうか判りません。 そもそも「侵略」の定義すら確固たるものがないにも関わらず、「侵略した」 とか「侵略ではない」という議論に実があるようには思えません。 私は「侵略」も「自衛」も紙一重、だからこそいまだにいろいろな意見がある のだと思います。ーーー誤解を恐れずに言えば「侵略国家といわれようが何と いわれようが、それがどうした」というのが私の正直な気持ちです。 岩波の広辞苑に載っている「他国の領土に侵入してその領土や財物を奪い取る こと」だったり、日本共産党の解釈「侵略したかどうかは、その戦争の目的が 自国の領土の拡大、他国の支配を目指していたかどうかが指標になる」という ことが「侵略」の定義であれば、日本の行動が全てにおいて無謬であるとは思 いません。 しかし、そうであれば、欧米も中国もみな多かれ少なかれ「侵略国家」です。 大戦のさなかでも、また終戦後においても、欧米の軍関係者、政府要人、マス コミ、さらにGHQ関係者からも「東京裁判」に対する批判や、日本が侵略国 家であることに疑義を申し立てる人が多くいたにも関わらず、 勝者の論理である「東京裁判史観」を、何の疑問も持たずただ受け入れ、それ 以上考えようとしない私たち。また、異論は一切受け付けない意固地な態度こ そ、将来に禍根を残すことになるのではないかと危惧しています。
└────────── ┌──────────「紋起さんから」
tengori氏へ、hideおじさん氏へ、老玩童 OJIN 氏へ、 拙稿にご指摘を頂き、ありがとうございます。 1.「By security」の幾つかの訳は、Whikipedia のマッカーサー元帥のノー トに記載されていますが、「安全保障」「担保」「治安」などが出ています。 他の議論のサイトなどを見ますと「安全」もありました。 私は、「安全保障」とすると他国からの攻撃に対する防衛的なニュアンスが強 くなるので、「安全」や「治安」は、適訳ではないでしょうが誤解されない訳 ではないかと思います。 2.私の書き方が悪くて、渡部氏が小堀氏の訳を見て自衛戦争だと言っておら れるような表現になっていますが、当然渡部氏は原文を見て主張しておられま す。 著書だったと思いますが「by security」の securityは安全保障と訳しても良 い語だからと述べておられた記憶があります。英語の大家ですから、言語的に は間違いのない文脈の押え方なのでしょうが、この文章だけからの文意切り取 りでは恣意的な訳になりかねません。 私の知り得る限りでは、他の文献を参照されて「自衛戦争である」と主張され ているのは存じません。 3.渡部氏が「マッカーサーが東京裁判は誤りだと言った」と書いた主旨は、 渡部氏は、 「東京裁判は侵略戦争の共同謀議で裁いた。しかしマッカーサーが日本の戦争 は自衛戦争であると公式に認めたのだから東京裁判は誤りで、東条英機は無罪 である」 という論旨でいろんなところで述べておられるのでその意を記したまでです。 参考までですが、マッカーサーが回顧録で記しているのは、真珠湾の不法な攻 撃と捕虜の不法な取り扱いでのみ裁かれるべきである、と彼は考えていたこと です。ーーーひょっとして、トルーマンに語ったのはこの種のことかなと思っ たりしました。(勝手な推測です) 4.憲法9条についてのマッカーサーの記述は、偽りであることは tengori氏 のご指摘の通りで、文庫版の回顧録の解説にも書かれています。ただ、議会証 言の日本の部分に関しては、なんらの利害もないところであります。 また、真にマッカーサーが、ルーズベルト大統領が間違った意思決定をして、 日本を自衛戦争に追いやり、米兵がそのために犠牲を払ったと考えていたとし たら、いろんなところにそのような記述が必ず出てくるはずです。 しかし、それに類する記述は回顧録にも欠片もありませんので、回顧録でもそ の点に関する彼の本意は読み取れるものと思っております。 5.hideおじさん氏のご指摘のように、私も下の#180で述べている通り、 侵略戦争に、右の論者が何故怯えるのか理解に苦しむところです。サヨク共が 侵略を悪と決め付けている時代に、ソ連も中国も北朝鮮もベトナムも、共産圏 で侵略しない国のほうが珍しい程に侵略しまくりでした。 #180の国防方針で明らかのように、国家総力戦に於いては、資源の有無が 長期戦の結果を決めるのですから、資源のない日本は、それを外部に求めない と列強の侵略に対抗できず、屈従を強いられることになります。 日支自給自足体制の確立が要諦だったのですが、平和裏にできず、更に大きな 戦争になってしまったことは極めて遺憾ですが、日支自給自足体制なくしては 日本の自存はないという論理は間違いではなかったと思っています。 資源囲い込み競争時代のことを、現在の自由貿易時代の論理で論評すること自 体が大きな誤りであり、無責任な先人批判であります。 ただ、負け戦をやらざるを得なくなった失敗は極めて重く、徹底解明が必要な のですが、そのためには、自虐史観も賛美史観・自慰史観も邪魔になる先入観 しか与えないことを認識しておく必要があると思っております。 └────────── ┌──────────「紋起さん#180」 1.マッカーサーの議会証言は、彼の指揮した朝鮮戦争に関連しての委員会で おこなったことであり、日本の戦争の動機とか目的等を究明するために開かれ た委員会ではなかった。 だから、日本の戦争について言及しているのは、3日間の中の1〜2行の僅か な部分であり、しかも「by security 」と述べたことだけを自衛戦争の基点に している。 2.当時の「自衛」の概念は、国際連盟での「自衛」が世界の通念と見なせる と思うのですが、その定義は、 (ア)急迫不正の侵害があること (イ)他に国を防衛する手段がないこと (ウ)必要な限度に留めおくこと の3条件が挙げられています。経済制裁を受けたから戦争を始めたというのが 自衛になるとは思えません。 例えば現在でも、北朝鮮が経済制裁を受けたため政権維持ができないので韓国 に侵攻した場合、北朝鮮の自衛戦争となさるのでしょうか。まして「国内革命 が起きかねない」(=回顧録)という理由は単なる政権維持目的であり、絶対に 自衛戦争とは言えないでしょう。 3.国が生存を図り発展していくために「国是」→「国策」→「国防」と展開 されるのですが、その「国防方針」のベースになる国防思想を辿ると、 第一次世界大戦の「国家全ての力を動員する総力戦」への転換を機に、資源の 少ない日本は、中国の資源を計算に入れた日支自給自足体制にしなければ列強 に対峙できないことが大正6年頃には陸海軍の共通認識となっておりました。 当時の世界は、列強が植民地を囲い込んで国力を養い、弱者を併合する時代で ありましたので、資源の少ない日本の生存の途は、日支自足体制確立しかあり えなかった訳です。 支那と平和裏に貿易がなされれば問題がなかったのですが、残念ながら加藤高 明の対支21ヶ条要求以来、反日機運が高まり、種々の齟齬が出るのですが、 上記の理由から、支那の資源は日本の生存にとって欠くことのできないものと 認識されており、中国の利権に拘泥せざるを得なかったわけです。 当時の軍部としては、日支共栄と考えていたのでしょうが、今となっては=負 けた戦だったのですから)侵略という連中も多々いるでしょう。 私の理解する範囲では「自衛」と「侵略」は対立する概念ではなく、当時の日 本軍は、自衛のために侵略せざるを得なかった面があるわけでして、あの時代 では弱い国ということが悪かったのだと思っております。 だから、侵略したと言われて視線を落とす必要などないと思います。「まず、 欧米に言え!」と言ってやりますね、私は。 └──────────
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