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坂の上の雲を! ――――――――――― by 紋起さん |
☆ 負けないために:賛否意見(3) ――――――――― 2006/12/25
┌──────────「渡辺龍二さん」―――― 2006/11/14
紋起さんの立場は、現時点ではごく一般的な思想的立場かもしれません。日本
の思想状況は、ここ十数年はずっと左から右に動きつつありますから。ただ、
ちょっと読みましたが、事実関係では、紋起さんの投稿に首を傾げる点が多く
ありました。それらは正確なのでしょうか。
例えばNo123「負けないために―1」のある1節をとって検討しても、事実
関係の部分をみるとかなり違和感をおぼえます。
1.(紋起さん)『マラヤ(イギリスの植民地)、東インド(オランダの植民地)は
占領後日本の領土に編入』
マレーシアやインドネシアを本当に日本の領土に編入したのでしょうか。私の
ほうが勘違いしているのかもしれませんが、本当ですか?
2.(紋起さん)『ビルマには国民により選ばれた政権があったが、日本が占領
後は独立から遠ざかったという評価もある』
本当にビルマには国民により選ばれた政権があったのでしょうか、独立から遠
ざかったのでしょうか。これも違うような気もします。どうですか?
3.(紋起さん)『東條は、支那人、満人を蔑視していたともいわれる』
どうなのかな?誰が言っているのですか。特に差別をしていたのかな。ユダヤ
人への人種差別などに対しては明確に反対して、救ったりしていましたよね。
以下は個人的な感想です。
(紋起さん)『大東亜戦争後に続々と独立できたのは、日本の占領が宗主国の統
治の空白を生じさせたこと、日本の敗戦、そして武器の入手が可能になったこ
と等が大きいのではなかろうか』
これはそのとおりだと思いますよ。インドネシアなどのことを指していると思
いますが、でもそういうなら、誰が武器を渡したのか、誰が武器の使用や戦い
方を教えたのかということが大事だと思います。集団的行動自体が禁止されて
いたのですから。
(紋起さん)『有色人種が白人に勝るとも劣らない事は、日露戦争で十分に示し
得ていたし、敵に対する礼儀や対応の端正さは世界的評価も高く、非白人種は
自信を回復していたはずであり、逆に、その評価を大東亜戦争では貶めたぐら
いである』
確かに日露戦争の勝利は世界の有色人種の人たちに希望を与えました。でもこ
の時点で世界が変わったのかな?これだけで本当に有色人種が自信を回復した
のかな。世界中の植民地での状況は変わったのでしょうか。例えば、同席して
食事をするなんてことが一般的にできたのかな。
現地人にとって白人はマスターでした。有色人種との結婚も考えられなかった
でしょう。現在では、こういう戦前の実態というのが分からなくなっていると
思うのです。日露戦争後は希望を与えましたが、戦後も決定的には変わってい
ません。やはり、日露戦争に始まり大東亜戦争が仕上げになったと思います。
大義名分についてですが、例えば、リンカーンの南北戦争だって『奴隷開放』
でなく、北部と南部との経済構造の違いによるものとか、分離独立を許さない
ためだとかいえます。本当はそうだったのかもしれません。でも『奴隷開放』
という大義名分は人類史に輝きます。――――北軍も悪いことをたくさんやっ
ています。でもその大義名分のおかげで正当性があるわけです。
何の、どのような戦いでも大義名分を掲げるわけです。「そういう大義名分は
無意味だ、本当は経済的争いだ、権力闘争だ」と大義名分を全く無視していい
かというとそうではなく、幾分かは考慮すべきだと思います。そういう面もあ
るからです。
大東亜戦争は大戦争ですから、実にいろんな面があります。追い詰められたと
か、歴史の必然とか、太平洋の覇権争いとか、多面性があると思います。しか
し日本は大義名分も掲げて戦い、そして結果的にその大義名分のとおりになっ
たのですから、これは実は凄いことです。
「建前だから、純粋じゃないから嘘だ、無視すべきだ」というのなら、世界中
からすべての大義名分はなくなります。そうであるなら、少なくとも米国・中
国・韓国・・・・などの過去と現在の大義名分に対しても同じようにみなすの
でなければ公平ではありません。大東亜戦争にも、日本には日本の大義名分が
あり、米国には米国の大義名分がありました。
国だけでなく、会社などにもさまざまな名分はあります。そんな名分は「純粋
じゃない、要するに金儲けじゃないか」で平板にきって捨てていいものかどう
か。戦後日本のマスメディアは、何故か日本の近代史だけに特別に厳しい基準
を設定して裁いてきたと思います。それは逆によくないと思います。
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┌──────────「紋起さん」―――― 2006/11/16
1)マラヤ、東インドは、共に1943年の大東亜政略指導大綱で日本の領土
となっております。
2)ビルマは、1937年、完全自治に向けてインドから分離され、行政は2
院制議会に責任を持つ10人の大臣が構成する内閣に委ねられた。しかし、重
要な権限は依然としてビルマ総督の手中に握られていた。ブリタニカ百科事典
3)東条英機の、アジア諸国を蔑視する傾向の強い事は、福田和也氏の発言や
著作にも出てきます。大東亜共栄圏諸国の独立、自立よりも、日本への物的、
人的貢献のみに興味を持っていたともいわれています。
4)アジアの植民地各国の独立運動がいつから始まっているかといえば、ビル
マ1914頃、フィリピン1929年、インドシナ1908年、ベトナム19
05年というように、日露戦争で東洋人が勝利したことも影響しているように
みえるし、そのような発言が残されている。だから、直ぐには変わらる道理は
ない訳で、それらの運動が、日本軍の敗退で作り出された宗主国の空白期間に
結実していったのではなかろうか。
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= まだまだ続きます =
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└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。
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