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戦争に負けた国 ―――――――― by やせ我慢さん |
☆ 変えるべきもの守るべきもの(下) ―――――――― 2009/05/11
・日本の良いところが壊れていく理由
先稿で、日本が大きく変わっていった節目は80年代だと書きました。そうで
あれば、その原因はもっと以前から始まっていたことになります。
ーーー実際には、終戦直後のアメリカによる占領政策から始まっています。
それは、公職追放や教育改革など、多様な面に及びますが、ここではもう少し
大きい視点で考えてみます。
この原因を考える時、大きく分けて、個人の内面である「内なる理由」と、社
会環境などの「外なる理由」の二つがあると思います。
・外なる理由−世間の喪失
最初に挙げるべきものは、「世間の目」と呼ばれていた地域社会あるいは社会
全体からの抑制や批判が、非常に少なくなったということです。ーーー日本人
の美点を支えていた一つの力が、そうした世間の目でした。
親兄弟に恥をかかせないとか、あるいは敬意を払っている人や親しい人たちに
笑われたくない、そんな抑制が働いていたのは確かだと思います。
しかし、そうした抑制は、二つの大きな理由で消えていこうとしています。
・大都市への人口集中
人口が集中している大都市では、地方からの出身者が多数を占め、隣の人のこ
とは全く知らない状態で、地域社会というものが多くの場合形成されていませ
ん。
個人は、何千万という人間の中に埋もれ、大きな犯罪ならばまだしも、モラル
や気配りが欠けていようと嘘をつこうと、職場や友人といった狭い世界以外で
は直接的に社会から批判されることはありません。
一方で、地方での地域社会も若者が大都市に出ることで崩壊が進んでいます。
場所によっては、歴史のある祭りも維持できないほどだそうです。
大都市では、周りの目がなく、地方では年長者による知恵の伝達が難しくなっ
ています。
・大人たちの無責任な迎合
地域社会の目が急速に減っていく中で、それに代わるべき社会全体の目はどう
でしょう。
それは多くの場合、新聞・テレビといったマスメディアや、知識人・政治家・
役所といった公の目ということになります。しかし、その公の目であるべき人
たちが、無責任にも自分たちの都合や偽善で、犯罪者やモラルの欠けた人たち
を持ち上げているのです。
残虐な殺人を行った人間を、まるで可哀想な人間のように扱い、契約期間の決
まった、更新されなかったというだけの話を、まるでいきなり首切りしたよう
に騒ぐのです。
本来ならば、その罪を社会から糾弾されるべき人間が奇妙なほど気を使われ、
あるいは計画性のなさを諭されるべき人たちが、まるで一方的な犠牲者のよう
に同情されています。
これでは、個人の中に抑制とか自省などというものが働きようがありません。
そうした無責任な迎合主義に流されてか、警察や裁判でも不思議な判断が少な
くありません。年寄りの自転車を用水路に投げ込むという、性質の悪いイタズ
ラをした子供たちを叩いて叱ったら、叩いたほうが逮捕されるというのでは、
社会がモラルを支える力は弱まるばかりです。
地域の目もなく、公の目は迎合してくれるのですから、モラルや自省を捨てて
でも無茶な言い分を口に出したほうが得をするということになります。
公の人々による無責任な迎合主義が、日本人の美点を壊し続けている事は確か
だと思います。
無責任な迎合主義といえば、
不法外国人の増加と甘い対策が、都市部における体感的な治安悪化を生み出し
ている点も見逃せません。実際に多くの外国人が刑務所の中に居るという現実
を見れば、不法滞在者を、取り締まりを徹底し、また犯罪を犯した者を強制送
還していく事は当然の対応です。
ところが、ご存知の方も多いでしょうが、不法入国者だろうと他人のパスポー
トで入国しようと、まるで悲劇の主人公にしてくれます。
法を守った上で最善の方法を考える、そうした当たり前のことを、公の目たる
人たちが誰も口にしないのです。
結局、地域社会の目という意味でも、公の目という意味でも、「世間の目」が
ほとんど機能しなくなったということではないでしょうか。
都市に人口が集まり、地域社会が薄れていくのは仕方のないことかもしれませ
ん。しかし、今の一極集中は余りにも偏り過ぎていると思います。
「世間の目」が意味を持つには、都市のサイズがある程度以下である必要があ
るのでしょう。地方分権による分散化で、職場と住居の距離が縮めば、少しは
地域社会の復権につながるかもしれません。
また、「公の目」たる人たちの、無責任な迎合主義は徹底的に批判されるべき
です。自らの目的や自己満足の為に、日本人の良いところを破壊する手助けを
しているのですから。
〜〜〜二つめの、「内なる理由」は、
「権威」という、人間の社会性にとって不可欠なものが、意図的、時には無自
覚に壊されていったことこそ、日本人の美徳をゆっくりと壊していった元凶だ
と考えます。
まず「権威」とは何か、なぜ重要なのかを知る必要がありますが、実に大きな
テーマですから、私が気が付いた点だけ、できるだけ端折って書いてみます。
・権威とは何か
権威とは、無条件な信奉であり、帰依です。幼子が、親の後を随いて歩くよう
なものです。そこには、何の理屈もなければ、強制もありません。ーーー純度
の高い「権威」は、ただそこに在るだけで安心を与えます。
自意識を持つ年齢の人間でも、対象に「権威」を認めるきっかけこそ何らかの
理由を必要としますが、いったん認めてしまえば、新たな権威を見つけない限
りほとんどの人は信奉し続けます。ーーーもちろん、そうした純粋な「権威」
というものはめったにありませんが。
多くの場合の「権威」は、いくつかの頼りない根拠を基にして、なんとなく認
められていたり、あるいは「権力」を併せ持っていることで補強されているも
のです。
たとえば偉い大学教授の権威は、その学識や地位・権力を根拠にして認められ
ますが、その学識が、実は大した事がないと判ったり、その地位を追われれば
一気に下落します。
もちろん、地位や権力を失っても、その人間性を尊敬する人がいれば、その人
にとっては一つの「権威」であり続けます。しかしそれも、より高い人間性を
持つ人の出現で、色褪せてしまいます。
しかし本当に純度の高い「権威」とは、他に代わりの存在がない=少なくとも
その文化圏では)ものです。
・権威がなぜ人間に必要か
人間の成長過程、そして社会の維持には、「権威」というものの存在が必要だ
と考えます。
それは、平等とか権利などのような、人によって作られた理念ではなく、人間
という生き物が持つ本能や社会性の問題で、食事や睡眠と同じだと思います。
なぜなら、人間は社会的動物であり、その性質を何万年と受け継ぎ発展させて
きた生物だからです。ーーーそうしないと人類は、生存競争の中で生き残れま
せんでした。
では社会的とは何かと言えば、「情報伝達」と「役割分担」だと考えます。
つまり、人の話を聞き、自分のやるべき事を知るということです。逆に言えば
野生の獣のように、人の話を聞かず、自分勝手な欲望だけで行動する人たちが
多数では、社会は成り立たないのです。
情報の伝達をスムーズに受け入れる、自己を抑制して分担すべき役割を果たす
それは全員に理屈を説明して納得して貰ってから実行するようなものではあり
ません。幼子から大人まで、誰もが自然とそれを行うように、本能の中に組み
込まれているのでしょう。
その仕掛けが、「権威」というものではないでしょうか。
そして「権威」は、人が成長に応じて接する社会の段階ごとに、それぞれ別な
ものが必要です。幼い子供にとっては両親であり、やがてそれは学校の教師や
周りの大人たちへと変わっていきます。
各段階毎に、それぞれの権威を思いつくままに並べてみます。
親、教師、(規則・法)、先輩、年長者、上司、著名人、メディア、知識人、公
的機関、政府、元首、神(あるいは神の代理人)――――。
人はそうした権威に対して、まず盲目的に信じ敬い、やがてその権威を乗り越
えていきます。あれほど親を絶対視していた子供が、親よりも教師の言う事を
信じるようになり、さらには別の権威を見つけていくのです。
そうやって人は、自然と成長の段階を踏みます。
社会のそれぞれの段階における「権威」の連続する存在は、その社会の背骨だ
と考えます。なぜなら、自らが盲信する相手があってこそ、自己を抑制してス
ムーズに「情報の伝達」と「役割分担」を受け入れられるからです。
そうした背骨がしっかりあれば、表面的な姿がどう変わろうとも、その社会の
本質は変わりません。
では、先人から情報を受け取ることや、社会の中での役割を理解したら、もう
権威は必要なくなるのでしょうか?
いいえ、人は幾つになっても、自分を省みることを忘れれば獣になります。
もう教わることはない、真似たり学ぶことはない、そういう段階になっても、
常に我が身を省みる為の「鏡」が必要です。子供から地位や名誉を経た高齢者
まで、あらゆる人にとっての純粋な「権威」が必要なのです。
学識や地位・名誉・お金・権力など、いずれ誰かに超えられてしまうような、
そんな「権威」では足りません。誰にも真似る事も超えることもできない、そ
うした純粋な「権威」です。ーーーそうした純粋な「権威」はその国にとって
の「神」であり「神の代理人」です。
簡単な例なら、キリストでありローマ法王です。もちろん日本でいえば、天照
大御神を始めとする八百万の神々であり、その末裔である「皇室」です。
ローマ法王は中絶を悪と明言し、実社会で批判や摩擦を呼び起こしていますが
日本の皇室は拉致問題ですら声高に何かを主張するのではなく、「この人々の
不在をもっと強く意識し続けることができなかったか、との思いを消すことが
できません」 と、日本国民全員が自らを省みるよう促すのです。
政治や社会に権力を行使せずに、ひたすら人々の心に寄り添おうとする姿勢と
いう意味で、皇室は世界でもっとも純粋な「権威」ではないかと考えます。
両親から教師と、各段階毎に「権威」が存在し、その「権威」の連なりの先に
「皇室(あるいは神々)」がある、これが日本社会の背骨です。この背骨がしっ
かりしている社会は、安定しモラルも保たれやすく、また社会に混乱があった
場合でも、国家の分断や崩壊という最悪の状況に至りにくくなります。
幕末の倒幕軍・幕府軍の戦いにしても、討幕軍が官軍になり錦旗を持ったこと
で、決定的な内戦状態に至らなかった面があると思います。また、クーデター
による権力の争奪が少なくないタイでは、国民の敬意を集めている国王が最後
の安定装置になっているそうです。
こうした社会の背骨である「権威とその連鎖」がなくなってしまえば、社会の
中での「情報伝達」「役割分担」がスムーズに行われなくなり、いわゆる「下
克上」のようなものになってしまいます。
そこでは、誰もが獣のように自分の欲望で動き、力のあるものたちが、その支
配力の奪い合いが、限度なく繰り返されるのです。
さて、そんな社会に「モラル」や「共同体が育んできた長所」が生き残れるで
しょうか?
日本の終戦という、飢え死にする人間が珍しくなかった時代を経ても、日本人
のモラルや長所が残った理由はなんでしょう?
終戦により、多くの権威が力を失いましたが、まだ戦前の社会で育った大人た
ちが沢山いましたし、なによりも権威の頂点である「皇室」が存在していまし
た。大きく傷付いたとはいえ、社会に権威の連鎖がかろうじて残ったことで、
日本人の良き部分が継承されたのだと考えます。
しかし、その社会の背骨たる「権威の連鎖」を、意図的(あるいは無自覚に)に
壊そうという攻撃が、戦後からずっと続いています。70年代中盤から80年
代にかけて、戦前の社会で育った年代層が社会の中枢から外れていった時期を
境に、そうした攻撃は大きな成果を収めつつあります。
日本人の美点が失われることを心配するなら、構造改革や自由競争を槍玉に挙
げるのは見当違いです。戦後ずっと続き、大きな効果を挙げつつある「権威」
への攻撃こそを案じるべきです。
日本の社会の中に、「権威の連続」がきちんと復活すれば、日本人が培ってき
た良き点は必ず残ります。それは、明治維新・敗戦という大きな時代の節目で
すら、なんとか残ってきたのですから。
では、戦後から続く「権威」への攻撃、消し去ろうとする動きはどんなものな
のでしょう。
・内なる理由−権威の喪失
日本人の良き点を支えてきた、社会の背骨である「権威」が、意図的かつ執拗
に消し去られてきました。日本人の美点が失われていく理由の一つ、「内なる
原因−権威の喪失」とは、そうした意味を込めたものです。
典型的な例は、学校教育の現場です。
子供の人権とか意見を大事にしよう、一見もっともらしい言葉に踊らされ、親
や教師の権威が否定されてきました。親は子供の気持をいかに汲み取るべきか
などという教育論が蔓延し、授業中に走り回る子供を叩いただけで教師が謝罪
させられるという状況では、そこに権威の生まれようがありません。
そして教師自らも、権威としての役割を自覚することなく、単なる労働者だと
言い放つのですから、お話になりません。それだけでなく、日教組のような組
織が、子供を利用して国歌・国旗への拒否を煽り、象徴的な権威すら破壊しよ
うとしています。
そうしたことは学校教育の場だけでなく、社会全体で行われてきました。
地域社会を基盤とした「世間の目」に代わるべき「公の目」であるべきメディ
アや知識人たちが、自分たちの思惑で無責任な迎合を繰り返しているのです。
法の権威を嘘と感情論で蔑ろにし、瑣末な揚げ足取りで国政の権威を貶めるこ
とに狂奔しています。そうでない人たちも、メディアなどからのバッシングを
恐れ、多くが迎合するか沈黙しています。
学校教育で権威が教えられず、または否定されて、世論を引っ張るメディアや
知識人までもがそんな状態では、子供たちが「権威」を認識するはずがありま
せん。
「権威とその連続性」というものを学ばずにきた子供が大人になり、そして親
の世代になってしまいました。ーーーその結果は、「公の意識」というものが
存在しない、バラバラな個人の集まりという国になってしまいます。
多くの人が畏れるものがなくなり、法に触れさえしなければ----それすら怪し
いが----何をしても良いのだと自分の欲望のままに振舞うようになるのです。
自分の責任や過失を省みる事もなく、恥じる事すらなく、人や国を訴えたり、
法を曲げてでも助けろと言い出すのです。
ちなみに、既存の「権威」を破壊するというやり方は、革命を目指す人たちの
常套手段です。特に共産革命では多くの実例がありますし、文化大革命でも知
識人や要人が「批闘大会」で吊るし上げられ侮蔑されました。
日本でも、学園紛争が盛んだった頃、「団交」という吊るし上げで、学生が教
師を徹底的に貶めたのです。もっとも林健太郎氏のように、8日間も監禁され
ながらも、警察による救出作戦を「只今学生を教育中。救出は不要」と言って
のけ、その論と胆力で学生達を圧倒した方もおられますが――――。
※ちなみに林教授は、1913年生まれ、戦前社会で成人しています。
そして、日本社会における「権威」への最大の攻撃は、歴史の継続性を否定し
たことです。
権威の裏付けは、歴史の流れの上に築かれ、継続していく社会の中で育まれて
きました。その歴史の連続性を否定し、ある時期以前の日本は悪であると決め
付けたのです。
その意味では、敗戦後の占領政策とそれに便乗した勢力が行ったことは、緩や
かな革命だったのかもしれません。
そして、その流れの中で戦後利権構造が形作らてしまいました。
既存の権威を破壊し別な国にしようとした占領政策に乗っかって、利益を得る
構造を作ってきた戦後利得者たちが社会の要所を占めているのですから、権威
の崩壊が進むのも当然かもしれません。
しかし革命を望む一部の狂信者以外は、日本が歴史の中で育んできた「権威」
を破壊することが、どんな結果を生み出すのかなど、まったく考えていないよ
うに思います。
構造改革・規制緩和・自由競争などの方向性が、日本の良き点を壊すのではな
いかという意見に、本当にそうなのかと考えてこの長い稿を書き始めました。
そして、それは違うだろうし、むしろ改革を阻む戦後利得者たちこそ、日本の
美点を壊し続けてきたのだと確信しました。
といいますか、自由競争で日本の良さが失われるという理由を、ちゃんと説明
している人を知りません。
さて、ならばどうすれば「権威とその連続性」を取り戻せるのか、その為には
「何を守り、何を変えるべきなのか」それはまた改めて考えたいと思います。
= おわり =
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この記事は、メールマガジン「頂門の一針」2009年5月11日発行第1542号に転載して頂きました。とても
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┃●┃ 読後アンケートの結果。
┗━┛ ◇ この意見に賛成 -------------------------------------- 62人 (71%)
◇ どちらかというと賛成 -------------------------------- 14人 (16%)
◇ どちらともいえない ---------------------------------- 3人 ( 3%)
◇ どちらかというと反対 -------------------------------- 2人 ( 2%)
◇ この意見に反対 -------------------------------------- 6人 ( 7%)
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┃●┃ お寄せいただきましたご意見や感想。
┗━┛ ┌──────────「あいさん」50代@男性@専門職@関東
いつも楽しく拝見しています。日本の失ったものとして、社会の目、権威など
今週号もとても勉強になりました。さらに付け加えるとすれば、子供に対する
親の倫理教育があると思います。
広い意味では親の権威付けということになるかもしれませんが、していいこと
としてはいけないこと、それから絶対に人としてしては許されないこと=殺人
・強盗・強姦など)を徹底して幼児教育しておくことが親の義務でしょう。
三つ子の魂百までといいますが、これは学齢期になってからの教育では遅すぎ
ると思います。まっとうな日本人であれば、このような幼児教育は自然となさ
れていると信じたいところですね。
本メルマガの素晴らしいところは、反対意見も掲載しているところだと思いま
す。読むに耐えない、ネット左翼からの意見も掲載している点が高く評価され
ます。----もちろんそれに対する正しい見識の意見も掲載されていますが----
匿名性をいいことに、勝手な書き込みが多く、管理人としてはいろいろ大変だ
と思いますが、これからも正しい日本観の養成のために、ネットの灯を絶やさ
ないよう頑張って下さい。
└──────────
▼
┌──────────「やせ我慢さんから」
┌--------
いつも楽しく拝見しています。日本の失ったものとして、社会の目、権威など
今週号もとても勉強になりました。さらに付け加えるとすれば、子供に対する
親の倫理教育があると思います。
└--------
仰るとおりです。そして教育とは権威の連鎖を教えることなのだと思います。
親・兄弟・師・先人たち…、そうした知恵の蓄積を伝えることが教育・躾けで
はないでしょうか。
└──────────
┌──────────「尊野ジョーイさん」
┌--------
自由競争で日本の良さが失われるという理由を、ちゃんと説明している人を知
りません。
└--------
構造改革を批判している急先鋒である西尾幹二氏は自著の中で、教育には「競
争」が必要であると述べています。→『日本の教育 ドイツの教育』
教育現場では自由競争を奨励しながら、そして、それが人格形成にプラスに働
くと主張しながら、一方で、社会における自由競争を否定するのは論理的に矛
盾しています。
他の保守論客も、文科省のゆとり教育を否定して、競争原理の導入を主張して
いるのに、社会における自由競争を否定しているのは矛盾している。
ーーーカンニングをする奴がいるからといって、テストを中止するバカはいな
いでしょう。ーーー保守論壇は硬直していますねぇ。
ちなみに、学園紛争の時、世間が迎合している状態の中で唯一、正面から堂々
と批判する論陣を張ったのがかの有名な福田恒在氏です。
たしか、「常識に還れ」という論文を発表しました。
あの林健太郎をして、「僕は臆病なので、福田君みたいな行動は取れないよ」
と言わしめています。(8日監禁で一歩も引かずという行為もすごいと思うが)
福田先生は、学園紛争のリーダーと直接に会って話をしたりもしています。
----浅間山荘事件のリンチ殺人が明るみに出た直後の話----
そこで、福田恒在先生が述懐として、「もし彼らが、きちんとした躾を受けて
いたらこんな行動は起こさなかったと私は痛感した」と述べています。
戦後まもなく、アメリカの偏った思想が輸入されて「子供には躾はしないほう
がいい」という間違った育児方法が奨励された時期がありました。ーーーその
犠牲者が学園紛争世代だったのです。
3つ子の魂百までではありませんが、幼少時にきちんとした躾をしておけば、
その後大きく道を踏み外すこともないかと思われます。
└──────────
▼
┌──────────「やせ我慢さんから」
┌--------
保守論壇は硬直していますねぇ。
└--------
結局、事実を直視せず、自分のイデオロギーが先にきているのでしょう。
┌--------
そこで、福田恒在先生が述懐として、「もし彼らが、きちんとした躾を受けて
いたらこんな行動は起こさなかった、と私は痛感した」と述べています。
└--------
ああ、これが全ての答えだと思います。
└──────────
┌──────────「にかいぼうさん」
そもそも、いつから「子供の気持が一番大切」などという世の中になっちまっ
たんですかね〜。子沢山の時代にゃ、親はいちいちガキの気持ちなんて気にし
ちゃいられなったし、それが当たり前でしたしね。
それでいて今の若い衆のような、身勝手で役に立たねぇ大人になったかってい
うと、とんでもねぇって気がしますわね。
「子供は家畜のように扱え」ってのが、今でも欧米の家庭での教育方針だって
いう話を、最近、現地在住の奥様が書かれていたのをお聞きして、「そうだよ
なぁ〜」と思うのは‥古い人間なんすかね。
家畜ってのは、大事に育てなきゃいけねぇけど、言うこと聞かなきゃ鞭で叩く
のが当たり前で、まして、家畜の言うこと聞く飼い主なんてぇのは聞いたこと
ねぇもんな――――。
└──────────
▼
┌──────────「やせ我慢さんから」
┌--------
そもそもいつから「子供の気持ちが一番大切」などと言う世の中になっちまっ
たんですかね。
└--------
しかもそう言っている連中は、実は子供の事よりも、自分の意見を通すために
利用しているだけ、というのが大半です。
┌--------
「子供は家畜のように扱え」ってのが、今でも欧米の家庭での教育方針だって
いう話を、最近、現地在住の奥様が書かれていたのをお聞きして、「そうだよ
なぁ」と思うのは古い人間なんすかね。
└--------
私は体罰推奨派です。しかし、体罰には技術と知恵が必要です。
特に、教師には体罰ノウハウの授業を必須にして欲しいぐらいです。感情的に
ならず、子供の必要性とレベルに応じ、怪我をさせずに痛みだけ与える手法と
その後の対処など、訓練なしには難しいと思います。
ーーー爺さんから教わっていない親にも必要かもしれませんね。
└──────────
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
▽
この記事はブログ「戦争に負けた国」より転載させていただきました。
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。
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