テレビや新聞、市民団体などが、「戦争の犠牲者はいつも〇〇」などという言
い方で、先の大戦を批判することがよくあります。
〇〇の中は、「子供」だったり「庶民」だったりするのですが、要は同じ日本
の中で、加害者である軍や指導者がいて、被害者である弱者がいるという構図
です。
これはまさに、GHQや国民党・中国共産党などが、戦後に広めた嘘です。
しかし、敗戦による苦難の中で、不満と責任をぶつける相手を求めていた国民
には、とても魅力的な嘘だったのです。
人は誰もが、苦難の時に誰かの所為にして責めたいという気持になります。そ
の相手を、戦勝国であり絶対の権力者であったGHQが与えてくれたのです。
戦後処理において自らを省みる事を忘れたことが、日本人が当事者意識を失っ
た最初の一歩だったのかもしれません。
ーーーもちろん、日本人が、敗戦と同時にそうなったのではありません。
片岡正巳著「朝日新聞の戦後責任」によれば、
朝日新聞は、昭和20年8月23日付の<自らを罪するの弁>なる社説で以下
のように述べています。
┌--------
思うに、事志と違って邦家が今日の悲運に立到ったについては、天の時、地の
利ともに因をなしているとはいえ、人の和についてなお遺憾な点があったこと
は否めない。
然らばこの点に対する責任は、決して特定の人々に帰すべきでなく、一億国民
の共に偕に負うべきものであらねばならぬ。
さりながら、その責任には自ら厚薄があり、深浅がある。特に国民の帰趨、世
論、民意などの取扱に対して、最も密接な関係をもつ言論機関の責任は極めて
重いものがあるといわねばなるまい。
└--------
また、日本がポツダム宣言を受諾した直後に、戦後処理を目的とした内閣の東
久邇首相は、9月5日に国会で行われた施政方針演説で、のちに「一億総懺悔
論」と呼ばれる言葉を述べています。
┌--------
敗戦の因って来るところは、固より一にして止まりませぬ、前線も銃後も、軍
も官も民も総て、国民悉く静かに反省するところがなければなりませぬ、我々
は今こそ総懺悔し、神の御前に一切の邪心を洗い浄め、過去を以て将来の誡め
となし、
心を新たにして、戦いの日にも増したる挙国一家、相援け相携えて各々其の本
分に最善を竭し、来るべき苦難の途を踏み越えて、帝国将来の進運を開くべき
であります。
└--------
マッカーサーが厚木に着いたのは8月30日、朝日の論説や東久邇首相の演説
が行われた時点では、まだ実質的な影響力はなかったのでしょう。また国民の
多くも、自分たちが被害者だなどとは思っていなかったでしょう。
ところが「一億総懺悔論」が広まり始めると、GHQは指導命令・新聞発行停
止命令などを使い「一億総懺悔論」の伸張を抑え、日本の戦争犯罪を、当時の
政府・軍のトップに負わせるために極東国際軍事裁判の準備を進めます。
※−日本人の分断を図り、自己責任を省みる主体性を破壊したかったのでしょ
う。
占領軍による情報統制と処罰は苛烈であり、アメリカ批判を行った朝日新聞も
9月18日から20日まで、3日間の新聞発行停止の処分を受けます。
これで朝日新聞は立場を豹変させ、9月22日付社説、<戦争の責任果して如
何>では、以下のように書いています。
┌--------
遂に国民を大戦争の渦中に投じた我国指導者の責任こそ、この際、十分に糾明
せられて然るべきであろう。
└--------
朝日新聞とその他の新聞や言論人は、その後GHQのお先棒をかついで戦争責
任者追及に邁進していくのです――――。
そうした大勢の流れの中、国民も現在の苦難に、自分たちは被害者であるとい
う嘘を信じ込んでいきます。
ーーー前置きが長くなりましたが、そうやって隠され忘れられた歴史とはなん
だったのでしょう。
先に断っておきますが、あくまで多数の国民がどうであったのかという話で、
その立場によっては違いもあるでしょう。全く逆だという人もいるでしょう。
しかし大勢でいうなら、日清日露から中国大陸進出、大東亜戦争と、少なくと
も勝ち戦が続いている間は、多くの国民がノリノリだったはずです。
もちろん、私はその時代を知りませんが、父母やその他の体験者に聞いても、
あるいは資料を見ても、それは間違いないと思います。
男の子は軍人に憧れて海軍兵学校を夢み、女子学生は海軍さんの白い制服に憧
れたのです。
※−逆に、徴兵検査で丙種合格(実質上の不合格)になれば、女たちに相手にさ
れなくなりました。それが津山三十人殺しの動機の一つとも言われています。
戦局悪化が実感されるまでは、皇軍の勝利に酔いしれ、上海が陥落したといっ
ては提灯行列をし、シンガポールが陥落したといっては日の丸の旗を振って町
を練り歩いたのです。
彼らは、誰かに強制させられたのでしょうか?
特高に脅されて、仕方なく提灯を持って歩いたのでしょうか?
日清戦争では、誰もがイケイケドンドンでしたし、日露戦争でも開戦を求める
騒乱が起きたりしています。
黒岩涙香が社長を務めた新聞「萬朝報」も、最初は日露戦争に反対の論調でし
たが、国民の開戦を望む声に押されて開戦論に転じています。そうしないと、
新聞が売れずに倒産するような情勢だったからです。
日本海海戦の勝利に国民は沸き立ち、東郷元帥は英雄になっています。
二葉亭四迷も、欧米のような一等国になれると狂喜したそうです。
ーーーそうした国民の大勢は、シナ大陸への進出でも同じでした。
「暴支膺懲」と、シナへの武力行使を朝日新聞や毎日新聞が煽ったのは、そう
すれば新聞が売れたからです。
つまり多くの国民は、強盗が支配する世界で日本も戦うことを当然だと思って
いたのです。
ーーーアメリカに対する開戦にしても同じです。
真珠湾攻撃の約一ヶ月前に開かれた帝国議会では対外強硬論が渦巻き、11月
18日の衆議院本会議で、「国策完遂に関する決議案」が全会一致で可決され
ています。
※−大雑把にいうならこの決議案は、交渉がまとまらないなら開戦するとした
国策を実行しろ、ということです。
その時の帝国議会で東条英機は、まだアメリカとの交渉による妥結の可能性は
あると言っているにも関わらずです。臨時軍事費、防空法改正法案などの戦争
準備法案は、あっさりと可決しています。
この対外強攻策に満ちた議員たちを選んだのは、いったい誰でしょう。
いわゆる翼賛選挙が行われるようになったのは、翌年の1942年4月からで
すし、選挙権は25歳以上の男子全員に与えられていました。
つまりは、選挙権を持つ国民によって選ばれた複数の政党が、全会一致で「国
策完遂に関する決議案」を可決したのです。
※−ちなみに、その時に議席を持っていた政党は以下の通りです。
立憲民政党 179
立憲政友会 175
社会大衆党 37=社会主義政党
昭 和 会 19
国民同盟 11
東 方 会 11
無 所 属 34
アメリカにおける日本人の排斥や差別政策、そして大陸における安全と利権を
奪う欧米のやり方に、多くの国民は憤慨していたのです。
こうした国民や議会の声の中で、昭和天皇ですら「かかる国民的憤慨を背景と
して、一度軍が立ち上がった時に、之を抑えることは容易な業ではない」と述
べるほどでした。
さらには、「私がもし開戦を拒否したら、国内は必ず大内乱となり、私の信頼
する者は殺され、私の生命も保証できなかったであろう。それは良いとしても
結局凶暴な戦争が展開され、今次の戦争に数倍する惨事となり、日本は終戦も
できかねる始末となり、滅びることになったであろう」とまで考えたのです。
こうした歴史を振り返れば、誰が加害者で誰が被害者などという論理は、先の
大戦に限っては大きな嘘の論理だと思います。
ーーー大多数の国民が加害者であり、また被害者でもあったのです。
加害とか被害という言い方がそもそもおかしな話です。もちろん、それぞれの
戦場や、職場・官僚・役人に、具体的な問題での責任はあります。
それぞれの責任を明確にすることと、日本人自身が選んだ時代の選択だと認識
することとはまったく矛盾しません。
結局、誰かが国民を扇動してそのように仕向けたのではなく、ペリー来航以来
欧米との衝突は避けられないものだったのだと思います。
※−もちろん、財閥など、大陸利権や軍の絶対化に伴う汚職の旨みなど、状況
を利用した人たちはいましたが。
私たちは、占領軍によって与えられた逃避と無責任な嘘を捨て、善悪ともに自
国の歴史として受け止めるべきです。それは歴史を取り戻すことであり、当事
者意識を取り戻すための最初の第一歩だと思います。
※−追記
歴史と当事者意識を取り戻し、なぜ勝てなかったのかを多くの人々が議論し、
問題の改善と次回の戦い=武力衝突に限らない)で負けない日本にしたいもの
です。
= おわり =
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┃●┃ 読後アンケートの結果。
┗━┛
◇ そうだ!まさにこのとおり! -------------------------- 91人 (88%)
◇ よく分からない -------------------------------------- 9人 ( 9%)
◇ 国民はあくまでも被害者だ! -------------------------- 3人 ( 3%)
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┃●┃ お寄せいただきましたご意見や感想。
┗━┛
┌──────────「hideおじさん」
まさにその通りだと思います。
「責任」を誰かに押し付けるのは一番安易で楽な方法です。やれ「天皇だ」
「A級戦犯だ」「軍人だ」と言いますが、それこそ「責任逃れ」と言われても
仕方ないと思います。
勿論、昭和のTOPが無謬とは言いませんが、「戦争責任」というものがある
とするならば、それは国民全体が負うべきことだと思います。何もドイツと同
じことをする必要はありません。
誰かのせいにして、「だから自分はこうなった」というのは、あの戦争から目
を背け、本当に反省すべきことからも逃れているようで、フェアじゃありませ
ん。
現在を見ても「政治が悪い」「政府が悪い」だけで、国民としてどうしたいと
いう主体性が全く見られません。文句は人一倍言うけれど、選挙の投票にも行
かない。「支持する政党が無い」とか、「誰がやっても同じ」と自分への言い
訳で自己正当化している。
結局、なんでも誰かのせいにして自分は良い子でいる。これらは、戦争責任へ
の対応と全く同じものだと私は思います。
「戦争反対」「再軍備反対」「平和憲法」
大変結構ですが、耳障りの良い言葉を並べることが戦争責任の果たし方ではな
いのではないでしょうか。
外野の嘘を無視して、本来の自国の歴史として認識して反省すべき点は反省し
良き点は今後にも活かしていくことこそ本当の責任の果たし方ではないでしょ
うか。
└──────────
▼
┌──────────「やせ我慢さんから」
生意気なようですが、終戦の混乱を生きた人たちがそうした嘘を信じたのは仕
方ない部分があると思います。
大事な人を亡くし、食べ物も着る物もなく、犬のように飢えて死んだり、体を
売ったり、尊厳など忘れないと生きられない何年かがあったのですから。
ただ、世の中が落ち着いてからは、ちょっと振り返って欲しかったと思うだけ
です。
しかし、その時代を生きていない今の私たちが、他人のせいにして誰かを責め
るというのは、本当に許されないことだと思います。
└──────────
┌──────────「日本国民さん」
当時の国民の意識としては正にそのとおりと思います。
しかし、重要なことは、世論をそのように導いたマスコミ、特に朝日新聞が、
日米戦争を望む国の諜報活動に汚染されていたことが最も問題であったと思い
ます。
この最も重要な部分を封印した戦後の占領統治を見直さないことが、現在の日
本の国状を悪化させている。現在のマスコミは、大東亜戦争に至ることになる
戦前の状態と全く同じではないだろうか。
防諜と諜報の重要性を国民が認識しなければ、戦争に巻き込まれるかはともか
くとして、戦争と同じような災難に国民が襲われるであろう。
└──────────
▼
┌──────────「やせ我慢さんから」
┌--------
重要なことは、世論をそのように導いたマスコミ、特に朝日新聞が日米戦争を
望む国の諜報活動に汚染されていたことが最も問題であったと思います。
└--------
この点は、一部の人間なのか、たとえば朝日の主要部分もそうだったのか、私
には知識がありません。
ただし、当時の状況という意味で、そういう要素があったことも忘れてはいけ
ませんね。
└──────────
┌──────────「しょーちゃんさん」
大多数は積極的に参加したと言えるし、消極的も含めれば国民総参加と言って
も過言ではなかろう。
われらは加害者であることを忘れてはなりません。
└──────────
▼
┌──────────「やせ我慢さんから」
この加害者という意味が、誰に対しておっしゃっているのか分かりません。
もしもアジアの人たちという意味でなら、私はまったくそんな事を思ってもい
ませんし、書いてもいません。
それを罪だというのは、徳川家康を殺人犯というのと同じぐらい馬鹿げていま
すから。
└──────────
┌──────────「lonsome carboyさん」
戦前、戦後での朝日新聞の豹変振りは有名ですね。今現在所属して、ペンを走
らせている記者たちには人としての誇りや矜持といったものが無いものと思わ
れます。
熱心な読者=信者も似たり寄ったりですね。
└──────────
▼
┌──────────「やせ我慢さんから」
ええ、マスコミの無責任さは、今も続く悪だと思います。
ただ、彼らに利益をもたらせ、今も好き勝手にさせているのは..私たちです。
└──────────
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
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この記事はブログ「戦争に負けた国」より転載させていただきました。