子供が難病で移植が必要だが、アメリカでの施術や治療に莫大な費用が掛かる
ので、募金を集めるという話がよく話題になります。
ネットでは、批判や応援などが入り乱れた論争になったりしているようですが
私は、親の負担がどうとか会計が不明朗だとかいう問題を書きたいのではあり
ません。
そんなことよりも、ずっと気になっていることがありました。
以下のニュースが、そのことを端的に示しているので取り上げてみます。
「そうたろう君を救え」募金再開
┌--------
生まれつき胃や腸が働かない難病で、今年3月にアメリカで移植手術を受けた
名古屋の小学生・各務宗太郎くん(8歳)の術後の経過がよくなく、入院が長引
いているため、支援団体が募金活動を再開させることになりました。
今後も、入院1日につきおよそ100万円が必要ですが、前回集めた1億5千
万円は間もなく底をつきます。今後、数ヶ月分の治療費として5千万円の支援
を求めていく方針です。
└-------- http://hicbc.com/news/detail.asp?cl=c&id=00024872
そうたろう君の命を救うためには、一日に100万円の費用が必要なのだそう
です――――。親にしてみれば金額の問題ではなく、ただただ子供の命を永ら
えたい、救いたいという思いでしょう。
私も子供を育ててきた親として、まったく同じ気持ちです。
他人に何と言われようと、どんな事でもして子供を救いたいでしょう。
ですから、こうしたご両親のことを何か言うつもりはありません。
ーーーただ、それでも気に掛かるのです。
一日に100万円で生き続けられる命、そして一日に100円の金が無くて死
んでいく世界の子供たち。
なにも外国の例を挙げるまでもなく、日本国内でも、オニギリが食べたいと言
いながら餓死する人や、数万・数十万の金に困って犯罪に走ったり自殺したり
する人たちがいます。
そうした現実から見比べて、一日に100万、一ヶ月で3千万という金額に、
どうしても大きな違和感を感じるのです。
先にも書いたように、親の気持ちとしては充分に分かります。ーーーただ、周
りの人までそれを当たり前のことのように考えていいのでしょうか。
酷なようですが、物事には限度というものがあります。地震で絶対に壊れない
橋を作る事は、不可能ではないのかも知れませんが莫大な費用がかかります。
車や電車・飛行機の事故なども、コストを度外視すれば、今よりも遥かに安全
になるかもしれません。
しかし、実際にはそんな事をする社会はありません。
いろいろな要素を考えて、ある程度の限度以上は諦めるのが社会の知恵です。
諦めることは、決して悪いことではなく、知恵ではないでしょうか。
なにか、そうした社会の知恵が忘れ去られ、子供を救うという錦の御旗の前で
は誰も何も言えなくなっている気がします。
この件だけでなく、そうした現実的な知恵が忘れられ、正義の言葉が限度なく
振舞っているようで、危機感さえ感じるのです。
もちろん、ご両親は子供を救いたい一心でしょう。
しかし、周りの人間こそ、嫌な役目でしょうがそうしたアドバイスをする必要
があるのではないかと考えてしまいました――――。
= おわり =
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◇ んんんんん‥‥むむ ---------------------------------- 31人 (16%)
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┃●┃ お寄せいただきましたご意見や感想。
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┌──────────「マイルドさん」
もし、あなたのお子さんであれば、どんなお気持でしょうか?
└──────────
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┌──────────「やせ我慢さんから」
本文に書いた通りです。
└──────────
┌──────────「さぶろうさん」
マイルドさんのコメントにたいするコメントです。
回答はやせ我慢さんの本文中にあります。本文中より引用しますね。
┌--------
ただただ子供の命を永らえたい、救いたいという思いでしょう。
私も子供を育ててきた親として、まったく同じ気持ちです。
└--------
やせ我慢さんの仰りたいことは、社会(地球)全体としてのトータルバランスが
とれているのか?という事です。
実はこれは難しい話で、最先端救命治療の研究実験が行われているのならば、
1日100万円も医療技術の発展という意味で、世界に貢献できます。=新発
見があって、学会に発表して、世界に広がる、という手順で。
現状では、情報不足のため判断は難しいのですが、常識的には、バランスが悪
そうです。つまり、やせ我慢さんの仰ることはよく判ります。
└──────────
▼
┌──────────「やせ我慢さんから」
┌--------
やせ我慢さんの仰りたいことは、社会(地球)全体としてのトータルバランスが
とれているのか?という事です。
└--------
私の思ったバランスとは、モラル的な意味なんです。家族のお金なら幾ら使っ
たとしてもそれは別問題なのですが、募金を募るという社会に対して助けを求
める場合、そこにはモラル的なバランスが必要なのではないかと考えました。
そういう意味で、わずかなお金が無く死んだり、犯罪を起こす人たちのことと
対比しました。
└──────────
┌──────────「bali@toku3さん」
なかなか言い難いことを、よくぞ適切に表現されていたと思います。
<ある程度の限度以上は諦めるのが社会の知恵です> とのことですが、これ
はいわゆる平和憲法死守の平和念仏、格差社会のあげつらい、生活保護等々、
各種社会保障の拡充要求などにも繋がる他力本願の、過剰要求社会現象だと思
います。
本来、己が払うべき負担を棚上げ=気づきを棄却し)して、どこぞの誰かが払
うだろうとの予断からでた、限度をわきまえぬ甘えそのものだと思います。
お上の御威光が全てをシャンシャンと解決してくれる、テレビの”水戸黄門”
が定番の人気番組であり続ける限りは、日本社会から、こうした甘えの構造は
なくならないと思います。
└──────────
▼
┌──────────「やせ我慢さんから」
そうした意識が、私にも感じられました。例に挙げた家族の周辺にいる人たち
が、募金を募る場合の、モラルとしてのバランスに少し配慮して欲しかったと
思います。
└──────────
┌──────────「紋起さん」60代@男性
1人の同じ民族の子を救うのか、もっと多くの他民族の子を救うのかという問
いを突きつけられたら、私は日本人の子を救うだろうなと思います。そして、
高額の費用を掛けても自分の子を救いたい親に、止めろと忠告する人はいない
でしょうね。
論旨とは外れますが、子供の臓器移植についていつも思うことは、
子供の脳死状態での臓器提供は日本国内で禁止しておきながら、海外で行うこ
とは許す日本人の身勝手さです。その国の子供達に、臓器移植を切望している
子供はたくさんいるはずなのに、お金で横から割り込んで臓器を奪っている行
為を誰もおかしいと思わないことが信じられません。
日本国内で禁止なら、海外でも禁止すべきです。子供の臓器移植が必要なら、
日本国内でも認めるべきです。潜在意識では、他民族は人間ではないと思って
いるのだろうか。
└──────────
▼
┌──────────「やせ我慢さんから」
同じ民族の子を救う、自然な感情だと思います。
費用をかけて子供を救う親を止める必要もないと思います。
私が言いたかったのは、社会に助けを求める場合のモラル的なバランスです。
それを、周囲の人が少し考えて欲しかったのです。
ーーー移植については、いつか別の機会に書きます。
└──────────
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
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この記事はブログ「戦争に負けた国」より転載させていただきました。