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わたしの主張:賛否何論可希望討論 |
☆ 保守を自任する皆様へ(3) ――――――――――― 2008/11/28
by RAM さん
空幕長問題と時を同じくして大阪高裁で、所謂「岩波・大江(健三郎)訴訟」と
いわれる「沖縄ノート」の記述を巡る損害賠償請求訴訟の第二審の判決が下り
ました。
昨年、第一審で、原告=自決を命令したとされる守備隊長側の損害賠償請求と
出版差し止めの請求を棄却する、という判決があり、今回はそれを不服とした
原告側の控訴審でした。
ーーー結果、またもや負けています。
一審は2:8、今回は3:7で原告が負けています。
訴状や公判記録を読んでいないので断言しかねますが、判決を見る限り、原告
側の戦術が下手過ぎた、ーーーというのが客観的感想です。
この敗訴を「裁判長の偏向」のせいにする声が聞こえますが、裁判長はそれほ
ど偏っていないのではないでしょうか?ーーー地裁レベルの一審ならともかく
二審までこのようになったということは、裁判長の問題ではないと考えます。
裁判長はニュートラルであろうとしている跡が覗えます。敗訴した原告側が、
争点を誤ったのでしょう。
そう考える理由の第一は「軍の関与」という言葉が出ているからです。
こう言わせた段階で原告は負けなのです。慰安婦問題も同じですが、「軍の関
与」は、客観的に見て否定はできません。問題はそこに「強制」なり「命令」
があったか、に絞らないといけなかったのです。
恐らく原告側は、「強制したといわれる軍の名誉を晴らしたい」という気持が
あったに違いありません。しかし、これは申し訳ないが、「民事訴訟」を知ら
な過ぎます。
民事訴訟は、相手に勝つためにしてはいけないのです。相手を負かすためにす
るものです。ここを皆、勘違いしています。
この二つは、似ているようで、違います。「自分たちは嘘をついていない」と
いうのと、「おまえは嘘をついている」というのとの違い、です。
具体的に言うと、
「自分たちは命令を出していない」という原告の主張があれば、被告側は「自
決に軍の兵器(手榴弾)が使われており、軍の関与は明確だ。そうであるなら、
自決命令があったであろう事を合理的に否定できない」という「真実相当性」
の反論ができるようになります。
これを、最初から原告が「大江作品には、梅澤隊長始め、個人が特定できる書
き方で、自決命令が下されたように書かれている。何時、誰が、どのようにそ
の命令を下したか証明せよ。さらには、大江はその検証のために、どのような
正確な取材をしたか明確にせよ」
という運び方にすれば「大江はいい加減」という方向に誘導できたはずです。
その、針で突いた穴を突破口に、取材の杜撰さを暴露し「真実相当性」を否定
して、個人の名誉回復だけを求めるべきだったのです。
そうすれば、恐らく被告を負けさせたと思います。
被告が負ければ、原告の勝ち、なのです。相手を貶めるほうが戦術として強い
のです。大江個人をどんどん攻めればよかったのです。文化勲章は断ってノー
ベル賞は受けたという欺瞞を突けば、大江の思想の根底にある「日本嫌い」が
浮かび上がり、記述当時の社会通念から照らしての公平さも否定できたでしょ
う。
人格攻撃を繰り返し、大江個人の尊厳をボロボロになるまで落とせば、相対的
に、大江が攻撃した軍人も、日本軍も、浮かび上がれたと考えます。
目標と目的の区別、選択のミスですね。
被告に勝って名誉を晴らすのでなく、被告を負けさせて名誉を晴らすべきでし
た。ーーー今回の原告側は、この点を見誤っていたとしか思えません。裁判長
は、原告側の訴訟の運びの下手さに応じた判決を出したように思えます。
例えば慰安婦問題でも、「軍の関与」という大きなところから話を始めるから
逆に「強制」の有無という大切な部分で負けています。
これを、名乗り出た婆さん一人一人の証言の矛盾を突いて、その信憑性の否定
をする作業、つまり「婆さん達は嘘つきばかりだ」と知らしめる作業を10人
でも続ければ、その後、相手が何を言っても世間は認めなくなったでしょう。
相手の証言・証人を無価値化する、というのは、裁判という争いの中では非常
に重要かつ効果的な戦術です。ーーーしかし「潔さ」はありません。
日本人のメンタリティに、「負けてもよいから潔く戦う」というのが濃厚にあ
りますが、RAM はこれを否定します。争う限りは、どんなことをしても勝たな
ければいけません。
ーーー「潔く負ける」ぐらいなら最初から争うな、ということです。
先の戦争でも今の国際経済でも、世界中は「相手を負かすことが自分の勝ち」
と思っています。だからこそ、ーーー民間人を空襲で平気で殺したのです。
日本以外では、そうなのです。日本は「武士の情け」という別のパラダイムを
大切にしますが、これは、相手も同じ武士であることが前提なのです。そして
法廷は、武士同士の果たし合いの場ではありません。この世の中で、もっとも
汚く醜い場所が法廷なのです。
もっとも腹黒い世界のひとつが法廷であり、故に、そこでは腹黒くなければい
けないことを知るべきです。
ーーー戦術の失敗の中に、外野応援団の問題もありました。
「つくる会」の面々が傍聴席や証言台におり、屋外では右翼の街宣車が大江を
罵るような裁判では、勝てるわけがないのです。丁度、成田・三里塚訴訟での
左翼過激派の存在と同じ、です。
この訴訟は、何処までも「梅澤・赤松対大江」という図式で行くべきだったの
です。そうすれば「軍の関与」というロジックより、「具体的な命令の有無」
が前に出てきます。この立証が困難な被告側が、負けざるを得なくなります。
しかし、「つくる会」などが証言台に立てば、自らが日本軍という大きな荷物
を背負わなければいけなくなり、勝ち目が薄れてきます。何度も言いますが、
先ず「大江は嘘つき」という結論を出してから、演繹すべきだったのです。
その為には極力「プライベートな裁判」でいかなければいけません。これは、
百人斬り訴訟や、夏淑琴裁判も同じです。最高裁で勝訴を確定させる、ことが
第一目標なのです。
ーーー目的は反日叩き潰しであっても、それを目標にしてはいけません。
目標は、先ず、大江被告個人の叩き潰しであるべきです。大江の権威が粉砕で
きれば「沖縄ノート」が無価値になり、その論拠であった沖縄二紙の権威も失
墜し、反日連中の言葉を失わさしめ、結果、軍の名誉が回復される、というの
があるべき順なのに、
裁判中から最終目的を前に出すのは、戦術として愚かです。中立である裁判長
にカウンターイメージを与えたのは、他ならぬ原告側の応援態勢です。
もし、全ての保守層が、ひっそりと見守るだけに止めおいて、原告側弁護人が
「梅澤・赤松対大江」のプライベートな名誉毀損だけを争点に争っていれば、
この裁判は、第一審から充分勝てたと見ています。
「日本や日本人の名誉に関わる歴史的な裁判」という気負いこそが、これまで
の敗因なのです。まず梅澤・赤松、両隊長個人の名誉で攻めるべきなのです。
訴状ではそうなっていたはずです。
それを「日本や日本人」に拡大すれば、相手も個人としての両隊長から「軍」
に拡大してこれます。ーーーこれで、負けているのです。
被告側の弁護人も相当の腕利きのようですが、原告側の弁護人は、なんといっ
ても「ノーベル賞受賞者」を完膚無きまでにたたきのめすという部分への「目
的の単純化」において失敗を重ねているように思えてなりません。
ーーーこのままでは、最高裁でも、確実に負けます。そして、
ーーー負ければ、大江の嘘が、事実になって一人歩きします。
= つづく =
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この記事はRAM さんのブログから転載させていただきました。
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