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わたしの主張:賛否何論可希望討論 |
☆ 敗戦日本の忘れ物(2) ――――――――――――― 2008/11/12
by 歯軋りゴマメさん
俺達は悪かねぇ、ワルイのはあいつ等だ!てぇ気持ちは分からんではないが、
普段は「勝てば官軍、負ければ賊軍」「騙されるほうが悪い」と言っとるのを
忘れとりゃせんかのう。
ぶっちゃけて言えば、あの大戦は暴力団同士の縄張り争いじゃ。
先発、「毛唐組」の縄の張り方に「アジアの解放」とのイチャモンがてら、ひ
とバス乗り遅れの新興暴力団「菊水血桜組」がおっとり刀、いやチャカかな?
で首を突っ込んでいったもの。
先発組は対抗上、「企業舎弟」に変身して「看板」を書き直したうえ、連携し
て事に当たり、それだけでは格好がつかぬ故、止むを得ず縄張りを手放すこと
にし、新興側にも縄張りを放棄させ、ーーー挙句の果にこの騒ぎの咎の全てを
新興側だけに押し付けちまった、てぇのがアラスジ。
それでも手前ぇ達の縄張り手放しに腹の虫の治まらねぇ「毛唐組」が「ヤクザ
の掟」でオトシマエをつけたのが「東京裁判」の実体じゃなかろか。
ホントにコンチクショウと思うが、考えてみれば、先発組は以前からこの新興
組をぶっ潰す絵図を描いていて、見事にそのワナに嵌められたわけじゃ。
同じことをやっただけだけだから、勝った側の責任も問え、騙したほうが悪い
等と喚いたところで、負け犬の遠吠えに過ぎなかろう。暴力団相手に通じる筈
もなく、日本人は「infantile」と馬鹿にされっ放しじゃ。
暴力団同士の「しのぎ」がぶつかり合った挙句のドンパチであってみれば、負
けは許されん筈じゃったが、結果は御覧の通り。袋叩きにされて追っ払われ、
先発組の看板はいつの間にか「仁義ある戦い」に変わっていて、
こっち側のは「仁義なき戦い」のまゝで勝手裁判に掛けられた挙句、御丁寧に
いまだに「凶状持ち」の回状(敵国条項)が廻ったまゝという体たらくじゃ。
講和条約11条では東京裁判を受諾してはいない、等とお勉強をひけらかして
る御仁がいらっしゃるが、こんなのは枝葉の問題じゃ。
暴力団同士の出入りへの暴力団の掟での落とし前に、今更堅気面したとてどう
にもならんし、要は「負けた」ことが全てなのじゃなかろかね。
にも拘らず、この「負けた」ことの重大さを60余年もの間無視し続てきたの
は大きな怠慢じゃと思うとるのに、昨今では「我が皇軍に誤謬無し」との論調
が勢いを増してきているのには大いに違和感を覚える。
確かに、日本の軍隊には立派な軍人も大勢おったと思うが、トータルして果た
して日本の軍隊はそんなにご立派なことばかりだったのじゃろか?
殴る、蹴るの新兵へのリンチはさて置いて、3月事件や10月事件、5・15
から2・26事件等、暗殺やらクーデターを頻発させ、意に沿わぬ者達を次々
に排除していった軍隊とは一体何なのじゃ?
特に2・26は別格じゃ。
皇道派のぶっ潰しを狙った統制派の狡猾なヤラセであり、その裏には昭和天皇
の存在もあったとの説もあるが、ーーー統制派による、一国の陸軍私物化の総
仕上げに他ならんかった。
しかも、市ヶ谷の軍刑務所に収容されていた皇道派の兵士達を、真冬に氷を
浮かべたプールに褌一つで飛び込ませた挙句、銃の台尻で殴り殺し、その血で
プールの水が真っ赤に染まるという実に陰惨なリンチまで行われていたとのこ
と。
これが一国のまともな軍隊じゃろか?敢えて言えば、菊の紋章を背負ったゴロ
ツキ集団に成り下がっていたとしか言い様がありゃせん。
東條英機が「戦陣訓」を出さねばならぬほど、規律が乱れとったのじゃなかろ
か。こうした一連の事件を起こしながら、その首謀者達は実に甘い刑しか受け
ておらず、死刑になったのは嵌められた2・26事件の青年将校のみで、真犯
人達はにんまりしたまゝじゃった。
権力を握った統制派が仕組んだ張作霖爆殺を手始めとする、中国大陸における
様々な「事変」は何れも「私戦」に過ぎず、手続き的には違勅であり憲法違反
じゃったが、昭和天皇がこれらを次々と追認していったのは無力を託[かこ]つ
どころか、名実共に最高権力者としての驚くべき責任感の欠如じゃなかろか。
ーーー或いは統制派シンパとしての確信的行為だったのかも?
張作霖爆殺事件の処理において昭和天皇は、田中義一首相を厳しく叱責して詰
腹を切らせ、対外的に体裁を繕ったが、こりゃお門違いもいゝところじゃ。
国外にいる軍隊に対して、田中首相には何の権限もなく、それがあるのは天皇
だけのはずじゃのに首相を死に追い遣り、実行者には「御言葉」では本末転倒
じゃ。
統制派が一連の違法行為を既成事実として積み上げてゆき、昭和天皇がこれを
次々と追認していったことは、法治国家の放棄に等しくはなかろか。
インパール作戦の際、現場を無視したある無謀な攻撃命令に対し、佐藤師団長
は、無駄に将兵を失いたくないとの現場の指揮官としての判断からそれには従
わず、部隊を転回させてしまった。
大本営は軍法会議ものだと息巻いたが、結局は天皇の責任にまで及ぶからと、
有耶無耶にしてしまい、自らの無謀な作戦の責任まで回避させてしまったとの
こと。
これはほんの一例じゃが、大元帥陛下以下軍上層部に蔓延っていた無責任体制
は驚くほどで、最も「公の意識」を要求される人達が実質的には「私の意識」
でしか動いておらんかったのじゃ。ーーーこのことは半藤一利氏の「昭和史」
を読むと実によく分かる。
ポツダム宣言の受諾に際し、日本側があれほど拘泥した「国体の護持」とは、
実は「無責任体制の護持」に他ならなかった。
GHQが東京裁判で昭和天皇を免責したのは、「この男」後で使える、占領政
策への効果大なり、との思惑からじゃったが、それをいいことに序[ついで]に
その「取り巻き」の敗戦責任にも頬被りしようってのはとんでもない話じゃ。
結局あの大出入りは、指導部の犯した数々のチョンボで「負け」という究極の
不始末に終わったが、それを齎した最大の要因はこの「無責任体制」じゃなか
ろか。
そして最大の問題は、その「無責任体制」が60余年後の現在でも脈々と受け
継がれておることじゃと思う。
= おわり =
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┃●┃ お寄せいただきましたご意見や感想。
┗━┛ ┌──────────「やせ我慢さん」
開戦責任は、有権者であった日本人全員にあると思っています。
しかし、敗戦責任は政治・軍事の指導者にあるのは明らかです。
負ける事が最大の罪ですから、本来は日本人の手によって敗因と敗戦責任が追
求されるべきだったと思います。しかし、
そうした自主的な思考は占領軍にとって不都合であり、あえて矛先をそらした
ようにも思えます。
└──────────
▼
┌──────────「歯軋りゴマメさんから」
やせ我慢さん、コメント有難うございました。
成程、そうゆう面もあったかもしれませんね。確か東京裁判の関係者の外国人
の誰かが、日本人自身が行うべきものだとの発言をしていたような記憶があり
ます。
然し乍ら、ポツダム宣言の受諾に際し、あれほど「国体の護持」に凝り固まっ
ていた日本側が、そうした自主的な思考を果たして持ち得たゞろうか、という
疑問も残ります。GHQの昭和天皇免責は、日本人がそうした思考を持ちうる
民族だったとして、その機先を制する効果をも考慮に入れたものだったのかも
しれませんね。
でも、私は当時の日本人がそうした思考を持ち得る人達であったかということ
に関しては極めて悲観的です。余りにも自虐的かな?ーーーもしそうした思考
が持てる人達であったなら、こりゃまた結果論的ですが、嵌められて真珠湾へ
突っ込んでは行かなかったのではないか、なんて思ったりもしてます。
先ほどの外国人の発言は、欧米ではそれが当たり前のことだったからではない
でしょうか。GHQの圧力下にあったとはいえ、それができなかったことは、
“日本人は自分で自分の尻が拭えない民族”との印象を列国に与えてしまった
のではないかと危惧してます。
そして、将にそれがGHQの狙いだとしたら、、、ミサイルでもぶっ放したい
気持です。
残念ながらこの自主的思考のなさは、GHQ戦後政策に始まって自己増殖を続
けているとしか思えません。第二次大戦後、所謂先進国の中で独立を放棄した
のは日本だけです。
全く“どげんかせんといかん”のですが“どぎゃんしたらよかとか”
ーーー歯も磨り減ったゴマメ拝
└──────────
┌──────────「紋起さん」60代@男性@近畿
歯軋りゴマメさま、興味深く拝読させて頂きました。
賛同する点多々ございますが、ただ、私は、天皇陛下に責任を問うことが問題
解決を更に複雑にするように思います。
例えば、社会保険庁の杜撰な事務や不正な処理について、大臣の責任を問うよ
うな追求を野党がやりますが、これが本質的な「トカゲの尻尾切り」だと思う
のです。
なぜなら、トップを替えたら、無責任な事務処理、仕事振りが変わるかといえ
ば全く役に立たないはずです。したがって、大臣を辞めさせて終わりにする愚
は役に立たない、ということをいい加減に認識するべきだと思います。
再発防止は、人なのか、仕組みなのか、仕事に関与した組合なのか、・・等々
の原因の論理的究明がなされなくてはなりません。それが究明し終えて、対策
を施し、効果があったところで責任を取らせることは必要でしょう。
ーーー必要があれば、刑務所に入っていただく刑罰を科すべきです。
私が常々関心があるのは、何故負ける戦争をしたのかに関連して、主体的な行
為をなしていた軍関係者の、不足していたこと(組織、思想、情報、論理等々)
であります。
貴兄ご指摘の、軍の最上級職位にあった宮様の問題は非常にあると思います。
海軍の伏見宮の責任も重いです。ここから学ぶべきは、職位は血統で選んでは
だめであるということでしょう。(2世議員の問題も同様です)
しかし、頭脳で優れていたとされる陸海大卒の集団が、何故、こんな馬鹿げた
戦争を主体的に行ったのかの原因はいまだに究明されておらず、従って、現在
もなお当時と同じ選抜採用方法、人事管理がなされ、軍部同様に霞ヶ関の堕落
行政で国の行く道を誤っていると思います。
そういう点についての、「何故、無責任な人たちが影響大なる地位に着いたの
か」のご高見を伺いたいと思っております。
└──────────
▼
┌──────────「歯軋りゴマメさんから」
紋起さんコメント有難うございます。然しエライ宿題を頂いてしまいました。
実は、小生も中々理解が進んでいないのですが、これには2・26事件以後の
人事が絡んでいるのでは、と感じています。
ーーーこの事件後、所謂「軍部独裁、実は統制派独裁」が始まるわけです。
城山三郎氏が、小説「落日燃ゆ」で非常に持上げている広田弘毅氏が、事件で
倒れた岡田内閣に代わり組閣したのですが、現役の軍人でなければ陸軍大臣や
海軍大臣になれないとする制度を、統制派の強い要求で受け入れてしまいまし
た。
――――この制度のホンネは、皇道派の荒木大将や真崎大将の、大臣としての
復活を防ぐのが狙いでした。
特に真崎甚三郎大将は、現今一般に伝えられている悪評とは異なり、実際は立
派な人物であり、当時の軍人としてはいうなればリベラルな考えの持ち主で、
統制派としては将に目の上のタンコブだったとのことです。
2・26事件は皇道派潰し、且つそのトップの真崎大将を追い落とすために皇
道派の中にスパイを送り込んでいた統制派が仕組んだ、実に狡猾なヤラセでし
た。
この制度により、以後、陸軍ないし海軍の意に沿わない内閣ならば大臣を出さ
ない、若しくは辞任するということで内閣を潰すも作らないも軍の思うまゝ、
政治介入の「伝家の宝刀」を軍が握ることになりました。
このことが軍の各部門の人事に大きく影響することになったと思います。
統制派は、いうなれば対米英強硬派で、各部門の長には、威勢だけは良い声の
でかい連中が配されてゆき、陸海軍とも良識派は中央からは遠くに追いやられ
てしまいました。
当初、対米英強硬路線は少数派で、皇道派のソ連対策重視路線が多数派だった
とのことですが、2・26で実権を握った統制派が多数派となり、自分達の路
線を推し進めていったわけです。
対米英強硬路線なんて、どうみても非現実的で、当時ですらバカかキチガイか
と言われたらしいのですが、国際連盟脱退により種々の情報が入らなくなって
いた日本は、世界の情勢に対して「KY」状態になっていたのではないかと思
います。
統制派は、その後「大本営」を設置して「太平洋戦争」に突入してゆくわけで
すが、この大本営の「KY作戦」の連発で日本は敢無く敗戦に至るという次第
です。
最近、ネット上でショッキングな情報に接しました。
それは、皇居内にもう一つの御前会議があり、そこでは対米英開戦が昭和13
年までには既に決定されていたというものです。つまり、2・26を収束させ
た直後から検討に入っていたわけで、事実とすればホントにオドロキです。
現今巷間に伝えられている、御前会議における開戦決定までのすったもんだは
一体何だったのか、また、グルー駐日米大使との度重なる日米交渉とは一体何
だったのか疑問が残るばりです。
昭和天皇は、統制派の人物をとかく可愛がったとのことですが、大陸進出にお
ける統制派の違勅行為を次々と追認していったのは、将に統制派シンパとして
の確信的行為だったように思えます。
昭和天皇の敗戦責任については、或いは総括の仕様がないのかもしれません。
然し乍ら、天皇のみが三権の長であり軍の最高指揮官であるとする伊藤(明治)
憲法の下では、天皇以外に軍人を制止できる者はいない筈であり、それを怠っ
たことに対する責任、そして最終的な敗戦責任は厳然としてあるわけで、その
事実は何らかの形で明確にしておく必要はやはりあるのではないでしょうか。
あまり纏まりもなく、長々と書いてしまいました。
お問い合わせの回答になっているかどうか分かりませんが、以上、返信と致し
ます。
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┌──────────「茶々丸さん」50代@男性@海外
「暴力団同士の縄張り争いじゃ」論は、単純明快でした。今まで、なんかしら
“もわっと”したものを感じておりましたが、大変よく理解できました。
大儀とか仁義とか、いろいろ世界を駆け回っておりますが、結局武器を持った
暴力団のいざこざと解釈したほうが納得できます。近年のアメリカのやり方は
結構露骨ですが、仁義や大儀を上手く振りかざして戦うのが当たり前なんです
ね。
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┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。
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