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わたしの主張:賛否何論可希望討論
☆ 戦争が教育を再生する! ―――――――――――― 2008/03/12
〜〜〜Take4 さんとhideおじさんの丁丁発止。

┌──────────「hideおじさん」50代@男性

「戦争が日本の教育を再生する」を読んで、これはまたずいぶんと思い切った
意見の投稿だと思いました。正直いって、戦争が解決するものもあるでしょう
が、また失うものもあるでしょう。 そこのバランスを考えないと、結局貧乏
くじを引くのは日本、ということにもなりかねない、というふうに思います。

でも、デフォルメされたアイデアとしては、これぐらい刺激のある意見でない
と、今の日本人には気が付かないのかもしれません。

どちらにせよ、教育の問題は非常に重要だと思います。

個人的意見としては、やはり戦争の前にすることが山ほどあるはずですという
ことでしょうか。

寄せられた意見で、「take4 さん」のご意見に興味を惹かれました。願わくば
take4 さんの仰る「ポスト資本主義」というのはどんな形態をイメージされて
いるのか是非お聞きしたかったです。「ポスト民主主義」と同じような意味合
いなのかな?なんて思ってます。

現在の国家形態について、それが万能・完璧だとはどの国も思っていないので
はないでしょうか。一方、個人(人間)の本質・本能を軽んじていた社会主義・
共産主義というのも決して理想ではなかったことを歴史は証明しています。

「国」という形態をとっている以上、その国民の生活と財産を守る義務があり
ます。それを考えると、「協力・共存・調和・受容」から始まる戦争・紛争の
ない平和な世界は、理想ではありますがそこに至るまでには、乗り越えなけれ
ばならないことが山ほどあるといえないでしょうか。

とすれば「いちのへさん」のご意見と「take4 さん」のご意見は両端にあるも
のといえるのではないかと思いました。

ひとつ気になったのは、take4 さんのお話にあった「国民が国家権力から自立
すべき」という点です。take4 さんがどんな国家イメージを持たれているのか
分かりませんが、現在の日本は民主主義国家であることは否定されないでしょ
う。

これは、国民が主体であり、国民によって選ばれた者が国民を代表して政治を
行うということです。国家権力は、あくまで国民のコントロールのもとになけ
ればなりません。国家権力という言葉が使われていますが、我々は国家に統制
されているのでも管理されているのでもありません。

民主主義国家において、国家権力というのは国民権力と同じです。国民全体で
責任をもって政治に関り、意見を述べることを、まずしなければならないので
はないでしょうか。

国家権力によってコントロールされている思うのではなく、政治をコントロー
ルするのだという認識を、国民ひとりひとりが持つことが大切だと思います。

言葉足らずだったのでしょうが、これだけをみると共産主義の「国家否定」と
同じなのかな?と思えてしまうところが残念でした。
└────────── ┌──────────「Take4 さん」30代@男性
hideおじさん、はじめまして。いつも記事を興味深く拝見しています。 さて、「国民が国家権力から自立すべき」という部分ですが説明不足でした。 まず、誤解がないように私の思想の大別について明らかにしておきます。下記 サイトから引用させていただいた『日本国民の大別』をご覧下さい。 http://blog.goo.ne.jp/photon1122/e/f7bc3419963ce512dea093c9f0251ef9 ┌-------- ―― 1.民族派 A.原理派:選民意識、日本精神美化、天皇崇拝、  (反米、反ユダヤ、反西洋、反アジア) B.改革派:現状憂慮、民衆啓発、日本精神復活、親アジア、真の国際化 ―― 2.国際派 A.協調派:国際協調、アメリカ礼賛、西洋崇拝、日本精神軽視、新世界秩序   アジア軽視 B.従属派:ユダヤ代理人、フリーメーソン社員、日本従属化推進 ―― 3.無関心派 A.大衆:政治的無関心、拝金主義、享楽主義、視野狭窄、無知・従順、   無気力 └-------- 現時点での私の考え方は、自己判断で「1.民族派」の「B.改革派」に最も 近い考えています。 他者の意見に耳を傾ける際に、こうした大別を知っておくことは有益だと思う ので紹介しておきます。 ちなみに数年前までは「1.民族派」の「A.原理派」が、少なからず私の思 考を支配していたかもしれません。その前は「2.国際派」の「A.協調派」 の要素が強く、もっと前は「3.無関心派」の要素が強かったと記憶していま す。ーーー現在の私が持つ信念・理念に至るまで紆余曲折を経ました。 先日のコメントに、私は「現在のような国家のあり方は不要」だと記述しまし たが、国家ではなく「国家権力」とすべきでした。 「日本は民主主義国家であることは否定されないでしょう」とのことですが、 私の認識は少々異なります。――――現在の民主主義は名ばかりであり、機能 しておりません。支配者たちが被支配者の思考をコントロールするために用い られた単なる「用語」だと考えています。彼らが使用する「自由」「平等」な どという言葉と同じです。これらの言葉に高尚な意義を見出し、民衆はコント ロールされてきたのだと考えています。 「我々は国家に統制されているのでも管理されているのでもありません」とあ りますが、 これも私の認識は異なります。日本のマスメディアが権力によって支配されて いることは、その報道姿勢から明らかです。現教育システムも、権力側の意向 によって構築されているはずです。 このような民衆に対する意図的な思考支配や思考誘導は、形を変えたより狡猾 な統制・管理を実現すると考えます。現在の状況がそれを如実に物語っていま す。この現状認識が「国民が国家権力から自立」すること、つまり「支配・依 存から自立する」することに直接つながると考えます。 「国家権力によってコントロールされていると思うのではなく、政治をコント ロールするのだという認識を、国民一人ひとりが持つことが大切である」こと は同感です。この理想を実現するために、 国民には、権力側に狡猾な意図が存在する(してきた)という現状認識=洗脳さ れてきたことを認識すること)と、国民が求める未来のビジョンを、国民側か ら権力側に明示する必要があります。自らの権益拡大と保全を最優先とする現 在の権力側には、国民のために未来のビジョンを創造することは期待できませ ん。 現状認識のあとに、権力側に責任転嫁だけをして思考停止に陥ることは、完全 な隷属状態を意味し、前述しました統制・管理を許すことにつながります。今 まで、その統制・管理を容認してきたのは、他ならぬ私たち国民一人ひとりで す。 私は現在の認識に至る過程で、大別して上記分類の「3.無関心派」⇒「2. 国際派 A.協調派」⇒「1.民族派 A.原理派」⇒「1.民族派 B.改 革派」と思考を変化させてきました。その過程で、過去の自らが犯した「無知 の罪」を認識したつもりです。 仰るとおり、 理想に至るには乗り越えなければならないことが山ほどあります。しかし、理 想=ビジョン)を創造し明示し要求することを蔑ろにすることは、権力側の故 意の迷走を助長します。 私は、理想社会の実現にあたり、現時点で最も必要なプロセスは、現状認識と 理想=ビジョン)を創造して明示する事だと考えます。理想の明示が先にくる 問題解決方法を、日本人は苦手としているのかもしれません。日本人には、理 想を語る者に対し、理想論として一蹴する「思考停止」の一面が目立ちます。 ーーーこれも、思考誘導の結果なのかもしれません。 共産主義は効率が悪い。資本主義は無駄が多い。 両者は、どちらも権力者によって計画的に構築されたものだと考えています。 真に国民によって構築されるべき「ポスト資本主義」は、ホンモノの民主主義 がベースでなければなりません。私にはまだ答えが見つかっておりませんが、 イメージ的には、人々の他者に対する思考が「協力・共存・調和・受容」に重 心がおかれ、自己に対する思考が「自己を磨くこと、自己との戦い」に重心が おかれることによって実現に向かう、奉仕や貢献によって成長していく社会で しょうか・・・・ 実際の運用は、地産地消・地域通貨・減価する通貨・自給自足型社会・地域を 相互に連結するネット環境などを組み合わせることになるのでしょう。このよ うな準備をしている方は、日本にも世界にも多々いらっしゃいます。 現状があまりにも理想とかけ離れているため、こうした理想を実現するには、 人々の価値観に大きなパラダイムシフトが必須です。その意味で、いちのへさ んの「戦争が日本の教育を再生する」には「一端の理はある」と感じながらも 失うものが大き過ぎることと、このような主張がB層の皆さんに与える悪影響 を無視できないこと、統制社会が教育を再生するとは考えにくいこともあり、 暴論に票を入れました。 以上、異端的な発言かもしれませんが、現時点での私のイメージです。 抽象的な表現ばかりで申し訳ないのですが、今の私にはまだこの程度が限界で す。頻繁に更新することはしていませんが、下記は私のブログです。 http://solutions.seesaa.net/article/77800852.html
└────────── ┌──────────「hideおじさん」50代@男性
Take4 さん、わざわざご回答いただけまして誠にありがとうございました。 「日本国民の大別」も大変参考になり、また勉強させられました。 この1、2、3の大別で強いて私を言うならば、「どれにも当てはまる」とい えます。――――日和見といわれるかもしれませんが、一般的な国民は、日に よって考えが変わったり、得られた情報で主義主張が都度変化したり、それが 普通なのでは、と思います。 国際派と称している人でも、親アジアで反米であるけれども、天皇崇拝する人 もいるでしょう。私は天皇制は尊重しますが、天皇個人を敬愛することはある ものの「崇拝」するつもりはありません。 また、日によっては享楽主義に陥ることもありますし、拝金主義なところもあ るかもしれません。 自分のことを差し置いてこんなことをいうのも憚れます が、人間というのはそんなものなのではないでしょうか。 ただ、おおよそこのような分類傾向があるということは言えるというのが私の 感想です。 人間だからこそ、共産主義にしても民主主義にしても完璧な思想になりえない のかもしれません。 民主主義とて、古代ギリシャからその思想がありながら 結局多数決の論理から抜け出せないところがあります。そんな矛盾や欠点があ るにも係らず、紆余曲折がありながら現代に存在しているのは、ある意味一番 人間的な思想だからかもしれません。 「日本の民主主義は名ばかりであり機能しておりません」 一面においてその通りでしょう。完璧な民主主義国家といえる国がどれだけ存 在しているのかといえば、米国、英国、北欧、欧州、亜細亜、どこを見ても理 想的な民主主義の国だといえるところはない、のではないでしょうか。 何を主とするのかで変わってくると思いますが、民主主義というのは、ともす れば大衆への迎合を招く惧れがあります。みんなが「戦争だ」と叫べばそのよ うに動かざるを得ない事態を招く惧れがないとはいえません。 ですから、民主主義が理想的な国家体制ではないだけに、ある種の欠陥・矛盾 を含めることで民主主義が暴走しないことを、時に権力者が抑制する必要もあ ると思います。完璧でないことが正解ということも世の中には存在するのでは ないでしょうか。 米国は民主主義の代表国家のようにいわれています。ーーーしかし、その憲法 には国民主権などという規定は存在しておりません。また、基本的人権の尊重 すら明確化されておりません。余談ですが、男女平等も憲法に規定されていま せん。 民主主義の輸出国である米国ですら、その思想に内包する矛盾を理解し、行き 過ぎた国民主権にならないよう歯止めを掛けている部分があります。ある種の 欠陥を含めることによる民主主義といえるでしょう。 日本とて同じことだと思います。 その国、その文化・風習によって考え方も変わってくるのですから、その国独 自の民主主義があって当然でしょうし、矛盾・欠陥を含んだ民主主義というも のがあってしかるべきだと思います。そこを「機能していない」ととるかどう かは意見の分かれるところだとは思います。 ここで間違ってはいけないのは、国民の都合の良い政治をすることが「政治」 ではないということです。また、民主主義だからといって、国民の考えのみを 汲み取ることは、えてして衆愚政治になりかねない危険性を孕んでいる以上、 支配者は国民に対するコントロールも必要でしょう。 また、偽りも時には必要になるかもしれません。ただ、それは最終的に国民の 利益に結びつけば許容されることだと思います。 私は、ある程度のコントロールは必要、という観点から、日本の民主主義は不 十分ではあるものの、政治システムを見ても「機能していない」と断言するの はどうかな?と思います。 完璧な社会体制というのもないことからも、日本の民主主義というのは非常に ファジーでいい加減なところがあるけれど、日本らしいといえば日本らしいも のかもしれません。 では、さらに日本を見ると、国民主権という、憲法に規定されている文言を金 科玉条のように唱えることによって国民をコントロールしているといわれれば そうかもしれません。理想に近づけるために、さらに統制されるという矛盾な のかもしれません。 しかし、どんな主義主張があっても、人が集まっているコミュニティー、村、 町、そして国家においては、なんでも自由であって良いわけではありません。 そこには「ルール」が存在しなければなりません。 それはある意味不自由を招き、民主主義とは反することがあるかもしれません が、全体として考えた場合、ルールというある種の「コントロール」は必要に なるのではないでしょうか。 権力側がメディアなどを通じて民意をコントロールする、ということは事実あ るだろうと思います。それはルール(法律)というものとは掛け離れた「プロパ ガンダ」でのコントロールということをTake4 さんは仰りたいのではないかと 想像します。大本営発表なども、米国のリメンバー・パールハーバーなどもそ の例かもしれません。 しかし、良い意味でのプロパガンダが日本には無さ過ぎると私は思います。 「日本はどうあるべきか」「国際社会での日本はどう進むべきか」等々、国と しての方向性を国民に明確に示していないことが問題ではないかと思っていま す。「何も示さない」ことのほうが重大です。 今さえ良ければ、という現状維持にばかり汲々としていて、自分たちの利権及 びその団体にのみ視線がいっていることへの批判を巧妙に騙している、これが Take4 さんの仰りたいことだと思いますが、これは権力者が有権者である国民 を軽く見ている証左かもしれません。 さて、ここで私が疑問に思うことは、「支配者たち」ということです。 これは誰を指しているのか分かりません。Take4 さんのお話の中でも疑問は晴 れませんでしたが、よく「支配者たち」と「被支配者」という言葉を耳にしま す。そして、同じく「国家権力」とは何でしょうか? 支配者というのは、法律を制定する権利を有している人たち、警察・軍隊、官 僚を独占的に保有している政治権力、所謂「統治権」を有している人たちのこ とをいうのだと想像しますが、この統治権が国家権力と同義語だとすれば、私 はTake4 さんのご意見に「??」が出てきます。 ここでいう支配者とは、誰が選んだ人たちなのでしょう。日本支配者の場合、 独断でこの権力を持った訳ではありません。 まして国民の意思を無視して、 力ずくで奪ったものでもありません。 国民を自分の意向でコントロールするというような、ある意味物理的な強制力 を伴う政治権力は日本においては正当性を確保できません。被治者からの、支 配に対する自発的な同意と服従を得る必要があります。それが「選挙」です。 そこを考えないと、「資本家と労働者」「支配者と被支配者」という共産主義 の階級闘争となんら変わりはないように思えます。 国民と支配者が全く掛け離れたものとして存在するのではなく、あくまで「選 挙」を通じて国民が選定した「支配者」です。それは、私たちの権利と主張を その支配者に授けていることに他なりません。 一方で、そうした中で選ばれた支配者層が、国民を故意に欺き、税金を無駄遣 いしたり、国益に反することをしているのも事実です。選ばれた途端、そのこ とを忘れ、自分が所属している団体や個人のことが優先されることは、非常に 憂慮されることであり、厳しく断じねばなりません。 しかし、国民が支配者の都合の良いようにコントロールされてきたということ ならば、その人を選挙で選んだ私たちは「天に唾している」のと変わりないこ とです。 それとも、ずっとマインドコントロールされてきたから、そうせざるを得ない ことになったというのでしょうか。本当にそうなのでしょうか?支配者のコン トロールでこのような国民になったのでしょうか? 私は違うと思います。「支配者」の恣意によってコントロールされてきたとす るなら、それは自らの責任を支配者という別な人間に振り替えているだけ、要 は国民が責任逃れしているだけともみえます。 戦後の教育において、自由と人権、そして民主主義が重要視されてきましたが その反面「公共」または、国家への「責任」ということが非常に疎かにされて きたと思います。 結局、自分のことしか考えない国民になってきて、当然選ばれる統治者も国へ の責任が希釈になっているのではないでしょうか。 「国の為に働く」という認識が非常に薄れてきている結果が、利権に振り回さ れ、国民の税金も無駄に使ってしまう。高給の民間会社に就職する学生が増え ている一方、国家公務員になる人間が少なくなっていることにも現れているの ではないでしょうか。 「国」という意識を、教育において極端にセーブしてきたことが、国の為=国 民の為)に働くという意識を持てなくしているのではないでしょうか。 これでは、国民に対して「将来のビジョン」を示せといっても無理でしょう。 国が国民に明確なビジョンを示せないから、お茶を濁すことにしたり、言い訳 したり、論点をすりかえようとしてしまう。 国が国民をコントロールするというより、コントロールしようとしていない、 ともいえないでしょうか。 国家というものをちゃんと認識できないというこ とは、他国への理解もできなくなります。「人を知るにもまず自ずから」とい うように、国民自体が自分の国を知る必要があります。 さて、このコントロール(統制)についてですが、「日本のマスメディアが権力 によって支配されている」云々、 この点は、私と全く認識が異なります。先に述べましたように、ひとつの人間 集団があれば(この場合国家)、そこにはルールが存在しなければ規律が守られ ず、個人個人の権利も阻害されてしまう惧れがあります。 マスコミも同様で、その団体に所属しているのであれば、その団体のルールに 則るのが当たり前だと考えます。どの国家であっても、マスコミを「ルール」 によってコントロールしている部分はあります。それは間違っているとは思い ません。 一方、日本のマスコミを見ると、賛否はあるものの、このルールを守っている とは思えないケースが多々見受けられます。本来ならば、異なった意見があれ ば、できる限り両論を紹介するとしながらも、どちらか一方の意見のみを取り 上げるケース。 国益に反することにはならないとされながらも、北朝鮮拉致問題などに対して 国益、国民意見に反する言動があったり、フェアとはとても思えないケースが あります。これなど、現支配者層にコントロールされているとは到底思えませ ん。 また、支配層に迎合するマスメディアが日本にあるとは聞いたことがありませ ん。何かと批判したりするのはいいけれど、具体的な方策は語らない、言うだ け言って責任を取ろうとする姿勢がみられない。中には「どこの国のマスコミ だ」というようなケースもあります。 それも全て支配者層にコントロールされているとは到底思えません。逆に、日 本のルールを守る意思があるのか、と疑いたくなるケースのほうが多いのでは ないでしょうか。 現教育にしても、政府関係各所は、日教組の意向を無視できず、今回の教育法 改正においても、相当部分骨抜きしてしまいました。これは必要以上に日教組 に迎合した結果です。 教育に国が関与するなという主張がありますが、全くもって間違いです。国と いう集合体に所属している以上、そのルールも遵守しその国のためになる教育 を施すこと、これは国の責任でもあります。それは、コントロールとは全く別 次元のものです。 そして、その教育が、自分勝手な間違った方向に向かわないように、常に注視 しなければならない、それも国民の義務です。縁あって日本に生まれた以上、 そのルールをつくり、自ら守っていくことは当然ではないでしょうか。 マスコミにしても同様、その支配者の意向が国民の意に沿わないものであれば 国民はいつでも変えられる権力を持っているのです。世界に例の無い「国民主 権」を謳っている日本なのですから、国民ひとりひとりが政治と自分たちと国 への関りをちゃんと認識して、責任を持つことが重要だと思います。 コントロール云々を言う前に、国民自身が意識改革できるかどうか、ではない でしょうか。 最後になりますが、ポスト資本主義については、難しいと思います。 かのケインズでさえ、資本主義には欠点があると認めております。その為に共 産主義が生まれてきたといっても過言ではないでしょうが、その共産主義も結 局、現実的には失敗でした。その次に来るものといったら、世界中が同じ価値 観を共有できないとなかなか難しいのではないかと思います。 やはり、資本主義の欠陥を補う形での修正資本主義というのがまあ考えられる ものかな?とは思います。 世の中に完璧なものが無いように、私たちの主義主張も完璧ではありません。 だからこそいろいろな意見が生まれ、試行錯誤していくことが発展に繋がって いくのだと思います。 ただ、人間が完璧ではない以上、世界中が同じ物差しで物事を判断できるよう になるとは思いません。悲惨な大戦を2度も経験した世界でも、思想や国益で の紛争は絶えません。人間が人間である以上、私利私欲というものは払拭でき ないのかもしれません。 いろいろな国があり、いろいろな文化、風習がある。 Take4 さんと私のよう に、異なった考えの人間も多数いる。そのそれぞれの存在を認めることが一番 大切なことではないかと思います。 国は違うといえども、みなが共有できる「価値観」もあるはずです、それをど のように見出し、広めていくか、その為には、自分が国の為に何ができるのか を常に問う姿勢が重要になってくると私は思います。
└────────── ┌──────────「Take4 さん」30代@男性
ご意見、ありがとうございます。しかし残念ながら私には、私の主張に対する あなたの誤解のすべてに答えられる時間がありません。 私が書いた文章に少なからず問題があることもあり、行間にこめた含蓄を含む 私のメッセージはほとんど伝わらなかったようです。私のブログと、そこから のリンクを一通り見ていただかないことには、知識体系の違いから議論は難し いと考えられます。 日本の国家権力は、その上位に位置する権力によって支配されています。日本 の政治が自立していないことから簡単に推測できます。日本は米国の属国です が、支配構造は単純ではないようですね。 この認識がない状態で国家云々を述べても無意味です。国家というものに依存 する姿勢は、上位権力の思う壺です。ただし「気づき」を得る過程で国家とい うものの重要性を認識することは有益だと思います。 こうした見えない支配構造の存在を否定されるのなら、前提条件が異なるため 議論そのものが不可能です。これが、あなたと私の主張がかみ合わない原因で しょう。ご自身でアンテナを張って情報収集してみてください。そしてあなた の身の回りに情報収集した情報を説明する事実を確認できれば、「気づき」を 得たことになります。 得られなければ、それがその時のあなたにとっての認識です。仰るとおり認識 は多様です。そのため、あなたの意見も私にとっては思考の種として、ありが たく頂戴いたします。 日によって得られた情報で主義主張が変わったりとありますが、現在の私には そのようなことはありません。基本的に確固たる確信に近いものをいつも持っ ております。その中の狭い範囲で前後しながら、確固たる自己を構築してきた つもりです。 「日本国民の大別」の中で私の思考の大別が変化したときは、自分の実体験か ら物事を納得することによって、ある種の「気づき」を得られたときです。 私は完璧を求めているのではありません。もともと存在し得ないものを求めて も仕方がない。目の前にある問題を解決するにはどうあるべきか、について主 張しているつもりです。目前の問題を本質的に解決することにより、新たな問 題が見えてくると思います。そしてその問題を解決していく、この繰り返しが 真の成長だと思います。 完璧でないことが正解という認識は、私も同じで正しいと思います。しかし、 目前の問題に気が付いていて放置する事とそれは違います。ここに「完璧でな いことが正解」という思考の逃げを認めるわけにはいきません。「気づき」の 範囲や段階が各個人によって大きく異なります。 そもそも、問題が見えていない人も多い。もちろん私にも見えていない問題は 多々あります。解決方法も千差万別ですが、本質的に解決するものでなければ ならないと考えます。そうでないと「歴史は繰り返す」からです。 前にも書いたとおり、人類が抱える本質的な問題に気づいた人たちが少なから ず世界中にいます。彼らの活動は、現時点では異端であるため決して目立ちま せん。異端的な主張は、自らアンテナを張らなければお目にかかれません。し かし、近い将来に陽の目を見るときが来るでしょう。 私はここで、言葉遊びをするつもりも民主主義云々を議論するつもりも毛頭ご ざいません。無駄なことです。「機能していない」ものは「機能していない」 のが私の認識です。問題があるから「機能していない」のであり、次のステー ジに進むためにも解決を要すのです。 機能している部分もあるから現状維持でいいというお考えでしょうか? 故意 の迷走は、現状維持、現状依存からくるものだと考えます。大多数の国民も故 意の迷走を許容しているのが現状です。過去の私は「無知の罪」もあり、許容 していましたが、現在は許容していません。 >教育に国が関与するなという主張がありますが、全くもって間違いです。 このようなことはひと言も述べておりません。冗長であることは申し訳ないが もう少し注意を払って文章を読んでいただきたいと思います。 >米国は民主主義の代表国家のように・・憲法には国民主権・・規定は存在 >世界に例の無い「国民主権」を謳っている日本なのですから、 >かのケインズでさえ、資本主義には欠点があると認めて >あくまで「選挙」を通じて国民が選定した「支配者」です。 >「資本家と労働者」「支配者と被支配者」・・階級闘争と変わりはない・・ このような表面上の話をしているのではありません。他にもたくさんあります が、教科書的思考を感じました。書いてあるから、宣言しているから・・・だ からどうなのでしょうか。 ここにそのような話を持ち出す意図が分かりません。一度、頭の中を「意図し て空にする」ことを試してみてください。現在のあなたの思考の源泉はどこに あるのでしょうか。何がそのように思わせているのでしょうか。それは、あな たの実体験によるものでしょうか? >私は違うと思います。・・要は国民が責任逃れしているだけともみえます。 責任逃れでは全くないでしょう。問題提起です。そのように一蹴してしまうこ とが問題解決を先送りし、故意の迷走を助長すると考えます。マスメディアが 大衆のマインドコントロールに少なからず関与していることは、世界的常識だ と思っています。 プロパガンダはあるという認識なら、その意図をもう少し深く考えてみてはい かがでしょう。現状認識の重要性については前に触れました。適切な現状認識 (問題認識)がなければ、適切なアクションができません。アクションを起こす ための問題提起なのです。 >支配層に迎合するマスメディアが日本にあるとは聞いたことがありません。 では、そのような情報を探してみてください。私のブログとそこからのリンク や書籍も含めていくらでもあります。狡猾なマインドコントロールがあるとい う認識に立たなければ、その先には進めないでしょう。これについては、既に これからどうあるべきかを前のコメントで述べています。 あなたが、支配者によるマインドコントロールはないと思うことが、マインド コントロールかも知れないという疑いも持ってみてください。「気づき」とい うものは些細なことから得られるものです。 タイムリーなブログ記事があるので紹介します。 http://blog.goo.ne.jp/2005tora/e/a945a87773c443f052226fb5b2cdc834 もっと柔軟な思考を持って頂かないと、私の主張は分かりにくいと思います。 ポスト資本主義については、難しいと思うのは結構ですが、私にはあなたがこ の件に関しては思考を停止するという宣言をここでしているように受け取れま す。 >自分が国の為に何ができるのかを常に問う姿勢が重要になってくると私は思  います。 国のためも大切ですが、人類のために、地球のためにという思考も同時にして みてください。そうすることで国のためにできることが変わってくると思いま す。 あまり物事を難しく考え過ぎると何が本質かが見えにくくなります。常識にと らわれることなく、創造的に物事を考えることが必要な局面だと判断していま す。その意味で「ゼロベース思考」という言葉を使いました。 ところであなたが仰る国家への「責任」って何でしょうか? また、あなたが 理想だと考える社会はどのようなものでしょうか? それがいまいち理解でき ません。 国は違うといえども、みなが共有できる「価値観」があると思うなら、あなた もあなたにできることを考えて実行すればいいだけです。前述した通り、準備 をしている方々は国内外問わず多々いらっしゃいます。世界中にいる彼らの主 張に、いつでもインターネットで耳を傾けることができる、すばらしい時代で す。彼らの主張はいずれ異端ではなくなるでしょう。 そういえば、岡崎溪子さんの記事の中に、インドのラダック地方という文字を 見つけて、丁度、昨日見たばかりの動画のことを思い出しました。日本語字幕 版では「懐かしい未来」というタイトルでした。この製作に関わっている方々 も「気づき」を得た人たちだと思います。
└────────── ┌──────────「(^^) OJIN です(^^)」
「この場を個人の掲示板のような使い方をしてしまい申し訳ございません」と 遠慮されておられましたが、討論は他の読者の方々にも興味深いものであろう と思います。遠慮は無用です。どうぞ丁丁発止と所信を開陳していただけます よう。
└────────── ┌──────────「hideおじさん」50代@男性
Take4 さん、あらためてお返事頂き、ありがとうございます。 頂戴したコメントに対して、何度もお返事を考えたのですが、その度に冗長に なってしまい、お話したかったことが何かボケてしまうので、失礼かもしれま せんが手短にお返事させて頂きたいと思います。 Take4 さんのお話の中で私がお聞きしたかったことは、3点です。 1「ポスト資本主義」に来るものは何なのか?ということ。 2「日本の民主主義は機能していない」について、私はそれなりには機能して  いると思うけれども、Take4 さんが機能していないと思われる点はどのよう  なことなのか。 3「日本の権力、マスメディアはコントロールされている」について、  私は 何らかのコントロールがあってしかるべきと考えておりますが、コン  トロールがあってはいけないのか、またはどのような「モノ(団体・人)」が  コントロールしているのか。 この3点について、私の考えを含めてお話させて頂いたつもりでおりました。 その流れの中でTake4 さんが誤解された部分がありましたら言葉足らずだった のだろうと思います。 最初にお返事を頂いてから、Take4 さんのブログも拝見させて頂きました。ま た、今回もリンクを含めて読ませて頂きましたが、残念ながら「なるほど」と 思えるような回答を見つけられませんでした。ここが私の限界かもしれません し、Take4 さんが仰るように「知識体系の違い」なのかもしれません。 一方、大いに同感できる点は、日本の現状を憂慮するということ、国民の啓発 日本精神について等々、視点は異なっているかもしれませんが、頷けるものも 多いです。 また、こんな風にも考えております。 国家権力とはいっても、ただ民衆の意見で動いているとは思っておりません。 石油メジャー、イスラム金融等々のような大きな利益団体の思惑で政策が決ま ることもあるでしょう。 いわゆるスポンサーの意向を無視した行動は取れないでしょう。また、マスメ ディアとてスポンサーの意に沿った報道がされる場合もあるでしょう。Take4 さんが仰りたかったことがこういうことを意味しているというなら、正にその 通りだと思います。 私の、アメリカから始まった約20年以上のドサ周り=海外勤務)体験でも、 「ずいぶんだな」と思うことを実際に見聞きしてきました。それでも、ある団 体の思惑で全てがコントロールされているとは思っていません。 やはり国民、他国の民衆も含めて、その意思を無視することはできないと感じ ました。 ただ、日本の場合は、国民の意思というものを疎かにしたり、また国民の意思 を明確にしているとは言いがたいケースが多いと思います。そんな現状を変え る為には教育というものは大切だと思いますし、国民も国に対してもっと責任 を持つことだと思っています。 先にもお話しましたが、私は20年以上海外で生活して参りました。その中で 見聞きしたこと、実際に経験したことで今の私の考え方になっています。外か ら見て初めて日本の良さも分かりましたし、不甲斐なさも感じました。けれど 文句はあるものの私は日本が好きだ、ということ、それが根本にあります。 故郷・故国ともいいますが、私にとっての「国」というのは「家」と同じ感覚 です。仕事はいつでも変えられるけれど、家族は変えられない、だから大切に したい。そういった気持ちです。 既に50歳を超えた私ですが、未だに「不惑」には至りません。これからもい ろいろな経験をし、その中から勉強していきたいと思っています。ひとつのこ とに拘り過ぎて周りが見えなくなるよりは、いつでも聞く耳を持って、その度 に惑いながらも、自分の意見を持ち続けたいというのが私の考えです。 結局長くなってしまいまして申し訳ありませんが、Take4 さんのご意見は非常 にユニークだと思っています。だからこそもう少し具体的なお話であれば、と いうのが率直な感想です。
└────────── ┌──────────「Take4 さん」30代@男性
hideおじさん、お返事頂き、ありがとうございます。 多くの人は、情報収集の際に自分の意に適ったものを丁寧に収集しますが、そ うでないものは理解しようとして読んでいないことが多いと思います。私にも この傾向があります。今回は努力をしたつもりですが、あなたが仰る国家への 「責任」と理想だと考える社会については、全く理解できておりません。 以下、ご質問に回答させていただきます。 >1「ポスト資本主義」に来るものは何なのか?ということ。 私の理想のイメージとして、3つ目のコメントの最後に記述しました。 http://solutions.seesaa.net/article/90477599.html >2「日本の民主主義は機能していない」について、 どのように機能していないかについては、既に述べたつもりでしたが・・・言 葉足らずだったようですね。多くの政治家や官僚たちの最優先課題が、保身と 権益の保全や拡大にあることは明白です。 その結果、民意が政治に反映していない面が多過ぎます。日本の政権は、上位 権力の意向に沿った政治を行っているだけであることが行動に現れています。 つまり、国民だけではなく、彼ら(政治家や官僚)も自立していないのです。 「民主主義とは、諸個人の意思の集合をもって物事を決める意思決定の原則・ 政治体制をいう」とあります。政治家を選ぶ選挙という制度はあるけれど、私 たちには官僚を選択する権利はありません。 「諸個人の意思の集合=民意」は常に曖昧であり、誘導されたり、作られるこ とが多々あります。資本主義と組み合わせることによって、民主主義は虚構色 を増します。私の認識では機能しているとは思えない。 >3「日本の権力、マスメディアはコントロールされている」について、 国家という枠組みの中で共同生活をしている以上、何らかのコントロールは必 要です。主たるものとしては、ルールを守らせる(守るように仕向ける)ための コントロールです。 自己の欲を統制できず他者に害を及ぼす人間がいる以上、この種のコントロー ルは必要であり、当然のことです。私が問題にしているのは、このようなうわ べの話ではありません。 >石油メジャー、イスラム金融等々のような大きな利益団体の思惑で政策が決 まることもあるでしょう。 「決まることもあるでしょう」ではなく、そのような、時々の大きな利益団体 の思惑で歴史が動いてきたのではないでしょうか? 私たちが知る歴史は、強 者の歴史でしょう。弱者の集合意思が歴史を作ってきたとお考えでしょうか? >スポンサーの意向を無視した行動は取れないでしょう。 このスポンサーとやらが、何らかの形で軍産複合体に結びついていることは否 定できないと考えております。戦争や、それに結びつく状態は、軍産複合体の 利益に直結します。 ┌--------「Wikiより引用」 1961年1月、アイゼンハワー大統領が退任演説において、軍産複合体の存 在を指摘し、それが国家・社会に過剰な影響力を行使する可能性、議会・政府 の政治的・経済的・軍事的な決定に影響を与える可能性を告発した・・・ └-------- 資本主義は、大が小を飲み込むことを繰り返しながら、大が更なる大に、小は 時間とともに消滅していくことが構造化されています。これをグローバルに適 応すれば、当然、世界規模の超国家的権力=大きな利益団体)が誕生します。 軍事力とマネーが結びついた権力を想像してみて下さい。陰謀云々は関係なく 私たちの社会構造=この世界)が時系列で生み出す当然の流れだと思います。 上位権力側の狡猾な意図によって、日本国民を飼いならすように思考誘導する 行為や、そのプロセスや権益保全・拡大等で邪魔になるタイプの国民を社会的 に(または実際に)葬ったり、嵌め込んだりなどの行為です。 権力側自らの欲を満たすために、国民を統制する行為を問題にしております。 近年、その傾向が日本と世界で露骨にみられるようになりました。 権力については、その使い方やコントロールの先にある意図を問題にしている のです。戦争は常に権力側の意図によって起こされてきたものだと認識してい ます。戦争容認の空気やナショナリズムの高揚は、意図して作られると考えま す。そこには、必ず受益者がいるのです。 タイムリーなブログ記事を紹介します。ちなみに私は、完全な護憲派ではあり ません。 http://www.amakiblog.com/archives/2008/03/31/#000790 >どのような「モノ(団体・人)」がコントロールしているのか、について 断定的な判断はしておりません。多くの情報があるので是非ご自身で調べてみ てください。私のブログからもリンクしていますし、youtubeやgooglevideoな どに要約された動画が、日本語、英語も含めてたくさん出回っております。 前述の視点から、国家権力の上位には、マネーによる支配があるという認識で す。現に日本には、売国奴が沢山いますね。今の日本人には是非、日本という 狭い枠ではなく、人類全体や地球環境も含めた、本質的な問題解決姿勢を持っ て未来創造(理想像の構築)にあたっていただきたい。 そして、狭い枠の中で理想を実現できれば、それを徐々に広げていくとともに 世界に向けてプレゼンしていければと思います。 >だからこそもう少し具体的なお話であれば、というのが率直な感想です。 私の理想のイメージとして、3つ目のコメントの最後に記述しています。 http://solutions.seesaa.net/article/90477599.html 私は、この場を借りて物事の考え方について述べているつもりです。具体的な 準備段階にある方は、世界中に沢山いらっしゃいます。様々なアプローチがあ るようですね。ご自身で調べてみてください。 過去のコメントにも書いたとおり、各自が理想を構築して明示することが、国 民一人ひとりが今やるべきことだ、という認識です。理想=ビジョン)が現時 点では具体的である必要はないと思います。少なくても、その理想のイメージ から、各自が今やるべきことを認識できれば良いだけではないでしょうか。 沢山の人が、各自の理想のイメージをすり合わせることによって、集合として の理想にいたることができるだろうし、現実化への具体的なプロセスが見えて くるものだと思います。理想のイメージを構築する際に、世界の広範を見渡せ る視点にたつ必要があると考えています。 理想の構築には、国境という考え方を持込まないほうがいいと思っています。 しかし、理想実現のプロセスを考える際には国境を無視できないと思います。 それは、必要以上に具体的でなければならないでしょう。私は残念ながらまだ プロセスを考える段階には至っていません。まだまだ「気づき」も「学び」も 足りないということです――――。
└────────── ┌──────────「hideおじさん」50代@男性 2008/04/25
私事都合のため、お返事が大変遅れまして申し訳ございませんでした。 丁寧にご説明いただき、お手を煩わせてしまったと恐縮しております。 あらためて頂戴したコメントを拝見して、正直な感想としては、大いに賛同で きる部分が多いということと、見ている方向性は同じだと思いますが、視点が 異なっているのだろうということです。 最初は「既存の利益団体を超える何かの存在」を言っているのかな?と思った のですが、コメントやブログを拝見して、至極普通のことを言葉を変えて話し ていると感じます。また、今回のご説明でTake4 さんが意としていることは分 かったつもりでいます。 最後に以下、枝葉に拘り過ぎたかなという思いを含めて、私の考えを述べさせ て頂きます。 世の中には軍産複合体に代表されるように、強力な利益団体が多数存在してい ます。ある意味このような組織に身をおく私としても、仰りたいことは重々承 知しています。歴史を振り返っても、結局はなんらかの利益団体が世の中を動 かしてきたという例は数限りなくあります。 「それが分かっていながら」と思われるでしょうが、敢て言わせて頂ければ、 それだけで、また、彼らの思惑だけで世の中が全て動いている訳ではないとい うのが私が言いたかったことです。 彼ら利益団体が、国家権力やマスメディアへの介入、そして市民に対して影響 力を及ぼすことなど、ある面では確かに「マイナス」かもしれませんが、それ が直ちに「悪」とはいえない。 ーーーこの二つが私の考えです。 私たち自身、なんからの組織に関っていれば、例えば経団連のような組織の集 合体として「利益団体」のひとつとなり、国家権力にも、メディアにも大きな 影響力を持つようになります。私たち自身が組織の一員ということは、間接的 に利益団体の一員といえます。 また、利益団体は単体ではなく複数の利害関係のある組織であったり、異なっ た価値観を有する組織で構成されています。軍産複合体にしても「戦争を誘導 した」という面もありますが、彼らの存在無くしては成り立たなかったもの、 普段の生活に有益なものをもたらした、という異なった面もあります。 このように、ひとつのものでも多様性があるだけに、ある面だけを捉えて「善 悪」を判断することはできないと思います。私たちが組織の一員である以上、 利益団体を単に「悪」という捉え方をし、この組織が自己の利益でのみ国家権 力へ介入し、メディアもコントロールしているのも悪いとなると、なにか自分 自身を「悪」といって否定しているようにも思えます。 一方、「権力者」と「市民」という分け方からすれば、「市民」はコントロー ルされる立場にあり、国家権力も実際の権力者に大きく影響されるという見方 ができます。しかし、 これも一面であって、先に述べたように私たち自身が組織の一員である以上、 「権力者」と「市民」という単純な捉え方では説明不足になると思います。 「権力者」と「市民」は常に敵対するものという考えになると、それは「階級 闘争」であり「マルクス・レーニン主義」となんら変わりない構造になってし まい、事の本質を見誤るのではないでしょうか。 いろいろな利益団体が存在できること、複数の価値観が存在できること、それ が「民主主義」だからこそだと私は思います。繰り返しですが、多様な価値観 があるということは、いろいろな見方ができるわけで、「機能する、しない」 というような二極論では語れないものだと思います。 また、利益団体においても、結局は「コンプライアンス」という自らを律する ことや、何より「ステークホルダーを無視しての存続は不可能」ということか らも、彼らの思惑だけで世の中が動く訳ではありません。 ーーーさて、ここまでは「綺麗ごと」のお話でしたが、 実際はとなると非常に複雑で、我々が与り知らぬところで事が運ぶことなどざ らに存在します。Take4 さんのお話は、この点を私たちは注意しなければなら ないという趣旨だと思います。それはそれで非常に重要なことですが、 私の考えは少し違って、それも単純に悪いとはいえないと思っています。 国内外問わず、安易にポピュリズムに流されないためにも、ある程度の統制は 必要だという考えです。但し、ごく一部の組織によって私たちの生活に不当な 不利益をもたらすものであってはならないという条件があってのことです。 また、不利益を被ることへの対応は、常に考えておかなければなりません。 問題なのは、こういうことに文句は言っても、まるで自分たちには責任がない ような風潮、また、権力者や一部の組織に責任を押し付け、見て見ぬふりをす ることにこそ根深いものを感じます。 私はその原因のひとつが「戦後教育」にあるのではないかと思います。 支配者と人民という階級闘争史観で綴られる歴史教科書、時の権力者によって 農民・町民は搾取され続けてきた、或いはその元締めが天皇であったかのよう な記述などなど「国家否定」ともとれる内容に溢れています。 一方、平等であることを重んじるばかりに、健全な競争をも否定する、自主性 や個性ある人間といいながら、平等であることが大原則なように取り上げる。 国に対して敵対するような教育では、国家権力なり利益団体の思惑など冷静に 判断できなくなりますし、何より自分らの責任さえも無頓着になってしまうと 思います。結局は個人の利益しか考えないようになってしまう。 これでは、主義主張など関係ない国際社会では、いいようにあしらわれてしま います。 少なくとも社会主義の国と異なり、日本では好きなときに欲しい情報を得るこ とも可能です。また、自由にものをいえる「場」もあります。 全てコントロールされていて何も言えない、できない社会ではない以上、私た ちの責任を自覚していけば、見えないものも見えてくるし、それに対して声を 上げることもできると思います。 だから私は、日本の民主主義が単に機能していない、とは言えないのです。 最後に、これからの世界ですが、正直具体的なイメージは私にもありません。 経済は結局は金の動きですから、今後も国境を越えてよりグローバルに進むで あろうことは容易に想像できます。しかしそれが、国という単位から全く懸け 離れた存在となりうるのかというと、なんともいえません。 ただ、経済以外に共通の価値観が生まれてくれば、今までのような「国家」と いう組織とは別の集合体が生まれてくる可能性は否定できないとは思います。
└────────── ┌──────────「Take4 さん」30代@男性 2008/05/06
hideおじさんお久しぶりです。 >至極普通のこと・・・ そうなのです。ブログやこの場で私は物事の考え方として「ポジティブな未来 を創るために日本人は様々なことに気づかなければならない」こと、そのため に「思考に柔軟性が必要である」ことなどを述べているつもりです。 今の日本は、至極普通のことが理解されにくい状態ではないでしょうか? こ の至極普通のことが広く理解されていれば「戦後教育」の悪影響などとっくの 昔に消え去っていると思います。 >「既存の利益団体を超える何かの存在」・・・ これは、どういう意味なのでしょか? >彼らの思惑だけで世の中が全て動いている訳ではないと・・・ しかし、大きな流れは時の利益団体が作ってきたものだと認識しています。中 でも戦争は、いつの時代も意図的に起こされてきたと考えます。 自ら検証はできませんが、お金や物資の流れの記録からそれを検証している人 が世界中に沢山います。現在の日本もその流れの中にいると思います。つまり 超国家的権力がその気になれば、日本を戦場にすることも可能な状況にあると 考えます。 私のブログを見て、至極普通のことという認識をお持ちのようなので、私の認 識である「日本は戦争に向かっている」「日本は戦争をさせられようとしてい る」については、ご賛同頂いたのでしょうか? また、下記の部分にもご賛同頂いたのでしょうか? http://solutions.seesaa.net/article/77800852.html より引用 日本においての民衆支配は、どの程度進んでいるのでしょうか?一つの可能性 としてご覧下さい。 ┌-------- ステージ1)軍事的支配 これは既に終わっています。国内に軍隊が存在することで、その気になれば米 軍や自衛隊は国民を襲うことができます。警察組織の権力が肥大化している事 も支配完了を示します。有事になったら、言うことを聞かない国民をターゲッ トにするでしょう。日本でも戦時中には実際に行われていたことです。権力に よる民衆弾圧、過去も現在も世界中で同じ事が行われています。 例えば、準備が整った後に米軍や自衛隊が、洋上の艦艇や潜水艦から日本のど こかにミサイルを放ちます。報道は敵国からの攻撃として行われます。これだ けで日本は、一瞬で世論公認の「有事」になり得るのです。この世論公認状態 に導くための思考誘導と考えることもできます。 ステージ2)経済的支配 これも終わっています。私たちは例外なく人命より経済を露骨に優先する資本 主義の罠にはまっています。資本主義の怪しさに気づく必要がありますが、私 も含めて大多数は現在もその恩恵を受けており、人類自らの意思による制度変 更は極めて困難でしょう。しかし、人類の多くがそれを望めば、変革は必然だ と思います。 ステージ3)情報の支配 大手メディアの支配により、これもほぼ終わっています。 ステージ4)思考の支配 これは過渡期です。どんな未来が待っているかは、私たち一人ひとりにかかっ ています。未来は未だ不確定です。今が重要だと思います。 ステージ5)食料等の生理的支配 すでに三大作物の大半が遺伝子組み換え作物(GMO)です。GMOの拡大など で周到に準備されているようです。ターミネーター技術により、実質、食料の 支配が技術的に可能になっている。また、その技術の使用が拡大している。そ れと、日本の食料低自給率への誘導は意図的なものを感じます。 http://alternativereport1.seesaa.net/article/78201055.html 食料と水の確保が困難になりそうな世の中の動きには十分に注意すべきです。 同時にそうした動きには、出来るうちに抵抗すべきです。 ※ターミネーター技術とは「農家の自家採取を不可能にする技術」で「種をま いて、育てて、実がなって、種をとる」ことはできるけれど「とった種をまい ても発芽しない」という技術なのです。想像力を働かせることにより、この技 術がいかに恐ろしいものかご理解いただけると思います。この技術は米国で既 に特許が認められ、国際特許の申請も行われています。 特許制度といえば、権力者にとって民間科学の進歩を監視する道具の一つだと 私は考えております。ターミネーター技術の詳細はこのサイトをご覧下さい。 ステージ6)肉体的支配 完全隷属状態です。警察国家状態、戦争状態などの有事です。こうなると言論 の自由など一切ありません。このような状態を招きそうな政府の動きには十分 に注意すべきです。同時にそうした動きには、出来るうちに抵抗すべきです。 └--------<引用終わり> 誤解されているようですが、私はすべての権力を「悪」とは一言も述べていな いし、既存権力そのものに対して善悪の線引きをした覚えもありません。軍産 複合体については、自らの欲を満たすために、日本や日本人をダシにしている 可能性を指摘した上で日本人にとっての「悪」である一面を述べただけです。 私が問題にしているのは、前にもコメントしたとおり、権力の使い方やコント ロールの先にある意図を問題にしているのです。己の欲を制御できず自立して いない大人が多数派である以上、権力による統制はある程度必要です。 しかし、残念なことに「己の欲を制御できない自立していない大人」は権力者 に多いように思います。上位権力の駒として権力に依存しているのでしょう。 人々の価値観が変化し、既存のシステムが崩壊することに最も恐れを抱いてい るのも彼らなのでしょう。だから、人々の価値観が変化しないように、このシ ステムを維持できるように意図して権力を行使する。この流れが、長期では統 制社会を構築し歴史を繰り返すことは、火を見るより明らかだと思います。 日本の権力者には、売国奴=上位権力の駒)がとても多いと感じます。TORA氏 のブログにあるコメントが、タイムリーかつ、大変重要な情報だと判断したの で、ここに転載します。 http://blog.goo.ne.jp/2005tora/e/db28f72e5f894bae27b69d002ff11e7b より ┌--------「転載ここから」 2008-05-02 16:34:10 >シナの新聞に留学先の人気ランキング国家が載っていました。 >カナダ、アメリカ、フランス、イギリス、スイス、日本など。 >日本が人気なのは、高い技術や近さ、「奨学金(補助金)」が出るからという >理由が書かれていました。日本政府が出してるのかしら? 他のサイトで誰かが詳しく掲載していたので参考にしてください。腹が立ちま す。 外国人留学生優遇、日本人学生差別! (独法)日本学生支援機構、日本留学奨学金 どれだけの血税が外国人留学生(そのうち80%が中国人と韓国人)一人につぎ 込まれているか? おそらく大多数の日本人は知らないのです。 大学に留学する場合です。 1)生活費/月額142,500円(年171万円) 2)授業料/国立大学は免除、公立・私立大学は文部省が負担(年52万800円   :現時点) 3)渡航旅費/往復航空券支給 東京-北京 (片道111,100円×2) 4)渡日一時金/25,000円 5)宿舎費補助/月額9,000円または12,000円 (年144,000円) 7)医療費補助/実費の80% 上記 1)+2)+3)+5)=262万円!年に262万円ですよ。 全て血税です。しかも支援・支給額です。返さなくていい。 貸与の奨学金すらもらえない日本人が多いのに。中国人韓国人留学生は当たり 前の支給と思っている。 繰り返し、言います。年に262万円ですよ。4年いたら1051万円です。 税金ですよ。経済的事情で大学や大学院への進学を断念する日本人が多くいる 中で。しかも10万人。 なんと2620億円です。どこかの国の国家予算規模です。そして居心地よく て不法滞在、犯罪し放題、母国に送金。なんで怒らないの?血税ですよ。 そしてさらに、現在、自民党がこれを10倍にしようとしています。現在、留 学生は全学生のうち3%。10倍にすると30%が外国人に・・・。大学生が 3人いたら、日本人2人、中国人韓国人1人に・・・。そして予算も10倍。 なんと2兆5000億円。本当にヤバい状況です。あなたも抗議の声を! ◇首相官邸 ご意見募集 ◇各府省への政策に関する意見・要望 ◇経済産業省 代表電話 03-3501-1511 ご意見・お問い合わせ  webmaster@meti.go.jp ◇文部科学省 代表電話 03(5253)4111 御意見・お問い合わせ  voice@mext.go.jp ◇自民党に対するご意見・ご要望をお寄せ下さい。 ◇安倍晋三 抗議連絡先リスト(他に思いつくところは各自追加してください)
└--------<転載終わり>
編集部注:上記のこの転載情報は間違いです。こうした誤った情報が伝播しないよう に、訂正記事をこちらのページにまとめてあります。
冨の集中や権力の集中は、それを持つ人間の人格を歪めてしまうことが多々あ ると思います。本来の目的を失い、自らの権力の維持と拡大が目標になってし まっている人が多数派でしょう。 売国奴たちには、今自分がやっていることの延長に、未来の自分や未来の大切 な人々の首を絞めることになる原因が含まれていることに「気づく」ための想 像力が不足しているだけで目先の利益に思考を飲み込まれている人が大多数だ と思います。暗い未来を意図した確信犯は極めて少数派だと思いたい。 この本来の目的を失った多数派の売国奴たちが「気づき」を得ることが問題解 決の最短距離なのでしょうが、彼らも現状から恩恵を受けているため、変化= 依存を手放す)を恐れている一面もあるでしょう。 彼ら上位権力の駒が、依存を手放す事を容易にしてあげるためにも数多くのシ ミュレーションと理想像の構築と提案、そしてネット上での合意形成は有効だ と思います。 人類は、昔から問題として認識していることを、現在も解決できるどころか、 悪化させています。私は、解決を要す問題として何かを認識したならば、その 解決方法は本源に遡ったものでなければ、歴史は繰り返すと考えているため、 遠くを見るような視点になりがちです。 そのため、前述のシステムに問題があるという認識に至ります。もっと遡れば 人々の共通認識や価値観に問題があるのかもしれません。では共通認識や価値 観は何によって作られるのか・・・と考えてしまうわけです。 >彼らの存在無くしては成り立たなかったもの、普段の生活に有益なものをも たらした。 結果論です。彼らを擁護しておりますが、普段の生活に有益なものは、必要で あれば彼らが存在しなくても得られたでしょう。アルフレッド・ノーベルは、 戦争のためにダイナマイトを発明しましたか? 「民主主義」が機能するかしないかにずいぶんこだわっているようですね。推 測するにあなたは、現在のシステムでずいぶん恩恵を受ける立場、ではないで しょうか。 私の認識は何を言われようと変わりません。機能していないものは機能してい ない。そして更なる機能不全に陥ろうとしている。現在の日本は「綺麗ごと」 ではすまない状況でしょう? 日本人は綺麗ごとや常識にとらわれることなく しっかり現状を認識すべきです。 4月30日のメルマガにあった「4・26長野聖火リレー嘆験隊」を読みまし たか? 私は現場を見ていないから最終判断はできませんが、本当だとすると 私が思っているより早く、日本は統制社会に向かっていると感じます。 http://archive.mag2.com/0000154606/20080504094826000.html http://blog.goo.ne.jp/2005tora/e/59b5900d98578f6f387e0a35769bf9e4 http://blog.goo.ne.jp/2005tora/e/ef9d31c2ee3be6b81d73a41c4812ed5b もちろん権力者の中にも「気づき」を得た人が少なからず存在すると思います が、まだまだ影響力が足りないと思います。ここでいう権力者も上位権力の駒 に過ぎないでしょうから、動きにくいと思いますが、「気づき」を得た上位権 力の駒が増えれば増えるほど日本は、明るい未来に向けて加速することになる と期待します。 力で相手を支配・吸収したりするやり方は、根本的に問題を解決しません。問 題が悪化すればするほど、権力者もその駒も日々、命知らずの暴動や突然の襲 撃、テロや上位権力からの切捨てにおびえることになります。更に権力=強制 力)への依存が強くなるわけです。このような不毛な依存の連鎖が人に成長を もたらしたり、幸せにしたり、何かを解決するとはとても思えない。 >ごく一部の組織によって私たちの生活に不当な不利益をもたらすものであっ てはならないという条件があってのことです。 現状がその条件の範囲に収まっているとお考えでしょうか?であれば甘いと感 じます。「あり得ない」という固定観念を捨てて、もっと世界の闇の部分に目 を向けて情報収集してみてはいかがでしょうか? 情報の鵜呑みは危険ですが、食わず嫌いの思考停止も同じく危険でしょう。私 と見ている方向性は同じとの事なので、世界を光で照らしたいなら、闇がどこ にあるのかを知ろうとする必要があるのではないかと思います。 >自由にものをいえる「場」もあります。 本当にそうでしょうか? 他の国よりもましかもしれませんが、正しいと思う ことを堂々と沢山の人に届くように主張できる「公の場」がありますか?ブロ グとか掲示板があるじゃないかという話はなしにしてください。 私は、ある気づきを得てから、日本の各政党やその他の利益団体などに提案な どのメールを送っています。返事も返ってきます。きちんと窓口が開かれてい ます・・・ですがその窓口が民衆が期待する形で機能しているかは、私の経験 上、疑問視しています。 ところで、アメリカの911テロについて、米国政府の自作自演、または容認 説がありますが、どのような見解をお持ちでしょうか? また、あなたが仰る国家への「責任」については、やはり理解できておりませ ん。 └──────────
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