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┃ 私の主張:賛否何論可希望討論      十八子松戸さん
☆ 焦らないで下さい、中国も民主国家になります ―― 2005/01/07

┌──────────「十八子松戸さん:2005/01/01記」

OJINさん、皆さん、あけましておめでとうございます。

学識のない私ですが、昨年一年は皆様のご投稿から大変勉強になりました。
特に OJIN さん、毎度私の拙い日本語ご添削頂きまして改めて深謝します。
さて、
昨年は、日本中でもこのMMでも、中国に対する良い雰囲気ではなかったです
が、これは--日本側が間違っているとはいえませんが--ただ、中国という巨大
な国、悠久な歴史を考慮して頂き、目の前の事ばかりより長い目、大きな寸法
で見てほしいという、今年の、一読者の私の希望です。

政治に翻弄されて、苦難の少年・青年・中年前半を過ごした私は、実に政治が
大嫌い、無関心の類ですが、中国は生まれた祖国、日本は現在の祖国、という
立場・感情から、本当に仲良くしてほしいと願う一心です。

私は、天秤の真中に立って両祖国に面しています。反華でも、反日でも、私は
両方ともに断固反対します。良い気持がしません。
ただ、
批判は歓迎します。確かに、昨年の投稿の中で、中国のマイナス面を暴露した
ものは勿論全然問題がありません。今の中国政府も、だんだん違う意見を容認
できるようになったそうですから「大陸で働いているHAJIMEさんやZASSO さん
の身に危険が及ばないよう」などということは絶対にあり得ないと思います。
ただ、
「中国はなんといっても大きな国ですから、小回りが利かないのは止むを得な
いでしょう」ーーという事実を正視して頂きたいのです。

私が大尊敬する田原総一朗氏の、昨夜の徹夜討論番組にもこのような発言があ
りました。「江」から「胡」に替わったばかりで、従来の方針を一気に180
度変えるのは無理で、日本も、言えなかった時から、言える立場へ転換できた
のかもしれませんが、時期とはタイミングが合っていないことに大きな原因が
あるのかもしれません。

確かに日本は、前の戦争の件で頭が上がらなくてずっと大きな声が出せなかっ
たです。特に日中国交回復して以来、一部「親中派=自民党最大派閥が中心」
の動きのせいで、日中間はいつもウヤムヤとなっていました。

「江」の訪日時に、やっと小渕首相が日本政府として初めて毅然とした態度を
取りました。実は、最初からこのような態度を取っていれば、日中間の懸案は
幾つか解決していたことでしょう。しかし、中国新旧指導部交替という肝心な
時期に、日本は見極めず、強硬路線を大いに推進したのは如何なものですか?

ご存知のように中国は「面子」民族ですから、前の指導部の方針をチェックし
ながら少しずつ変える可能性があるのに、ドンドン突っ込まれて、反撃しない
と国内の世論などに対してどう釈明するのですか?

特に周知のように、前任の「江」は日本に対して決して友好的ではなかったか
ら、もう少し「胡」に時間を与えて困らせないようなやり方ならば、今のよう
に対立、膠着の局面にはならないでしょう。

以下の添付した情報は、今の指導部の本質が少しでも見えると私は思います。

ご存知のように、改革開放の開明的指導者「胡耀邦」は大親日家です。三千人
日中青年大交流を促進しました。三千人という数字は、秦始皇帝が徐福に連れ
させた少年少女の人数です。これらの三千の少年少女が日本に残って子々孫々
(今の日本国民の一部)へ繋がったのは根拠の無い伝説ではないと思いますーー
こうした意味から、何千年前からの日中友好交流をもう一度盛り上がりましょ
うと。

トウ小平は本当に中国を変えたと思いますが、4つの偉大の人脈、信者の勢力
が余りにも大きく残っていたために、性急な改革ができなかったです。でも、
改革は断固推進しました。保守派の反対の矛立を避ける為に、上海ではなく、
何もない深セン[土+川]で開発区をテストしたのにも1つの思惑が伺えます。

胡耀邦と趙紫陽は、トウ小平の左右腹心ですが、改革実行者として保守勢力の
目の釘のような存在でした。トウ小平は、バランスを取るために時々やむなく
保守勢力とある程度妥協をしなければなりません。

しかし性急な改革派は、学生を煽動して「反腐敗」等をスロ−ガンにして大騒
ぎました。ーー天安門広場で連日いろいろやりました。
勿論是は皆正義ですが、結局収拾できなくなりました。国の安定を最優先する
という判断で、仕方なく極端の手段で鎮圧に乗り出し、しかし同時に趙紫陽も
解任されました。
もしあの「幇倒忙」がなければ、改革も後退しなかってでしょうし、「江」も
抜擢されることはなかったでしょう。江は、中国国内でも良い評判がない凡人
です。自分の勢力づくり専門で、この十年間何も大きな仕事もしていませんで
した。
一方、一説では、当時江を選んだのは、角[かど]のない俗人だから、保守勢力
との妥協で、その代わりに改革には余り反対しないでほしい..ということだっ
たそうです。
トウ小平思想本当の後継者は胡錦涛で、一説ではトウ小平の(政治の)秘蔵っ子
だそうです。トウ小平は、胡耀邦と趙紫陽を(諸葛孔明と同じ)涙を流しながら
切ったのですが、以下の情報から分かるように、当時、共青団「3胡」は有名
です。――胡耀邦と胡啓立と胡錦涛。

つまり、胡耀邦が実現できなかったことを、トウ小平は胡錦涛に託する謀略で
す。ですから、江はこの十年間、上海閥を作っても胡錦涛を排除できませんで
した。大人しく禅譲せざるを得ませんでした。

胡錦涛は、就任したばかりですぐ早速胡耀邦の名誉を回復させました。趙紫陽
の名誉回復はもうすぐ、天安門の再評価もそんなに時間がかからないという話
が耳に入りました。今の中国腐敗現象などは、江の時代にできたことです。

しかし、日がまだ浅く、新しい政策を作ろうとするところ、人事面もまだまだ
足元が固まっていない内に、日本の強硬対応で中々対応し切れなくなる状況に
追いこまれた。しかしそれでも、
日本に対し、歴代の中国政府に比べると割合冷静に対応しています。例えば、
潜水艇も素直に認めたし、
「李登輝氏の訪日から既に3日が経つ。中国は、李登輝氏が日本で問題のある
行動を取ったかどうか気づいたか。日本に対する中国の態度は最近比較的冷静
だが、中国の対日政策に変化があったのか 」等等、
このような変化に日本は気がついていないのですか。

ーー最後にひと語言わせて頂くと、
19年の在日中、私が見たこと、聞いたこと、体験したこと。

一部の日本人は、強い態度に対しては弱い、自分より弱いものを苛めるという
癖があるようです。ーー4つの偉大時代には「打倒日本帝国主義・軍国分子」
「日本鬼子を許さない!」等を国家政策としていたが、真正面から闘った日本
の政治家、国民は何人いました?
ーーそれなのに、いまこんな(比較的)大人しい中国新政府に対してガンガンい
うのはどうなのかな?ーーと..私はいつも思っています。

これは「酷い中国政府」を体験した者からの声です、、、。

焦らないで下さい。中国も民主国家になります。
批判は鞭撻として、攻撃ではないよう、新年の私からのお願いです。

長い駄文、もうしわけありません。
気分は情報無限さん、レス、ありがとうございました。

┌--------「現代中国ライブラリィ 人物事典:北京ヴァイオリン」

改革開放の開明的指導者:胡耀邦 こ・ようほう Hu Yaobang 1915―1989

元党主席・総書記。湖南省瀏陽生まれ。党の青年組織である共青団第一書記、
陝西省党委第一書記などを歴任したが、文革が始まると、1967年に実権派
と批判され失脚。文革後は、75年科学院副秘書長、77年党中央組織部部長
中央党校副校長。78年政治局委員。79年中央宣伝部部長を経て、80年に
党総書記に就任。
党中央組織部長時代には、右派分子の名誉回復を精力的に行っている。

78年12月の11期3中全会以後、ケ小平の元で文革の清算と改革開放政策
が進められる中、80年9月、党主席・首相だった華国鋒は経済政策や文革へ
の姿勢などを批判されて首相を辞任し、その後継に趙紫陽が就任していたが、
さらに81年6月に党主席も辞任すると、党主席に就任した。

82年9月には、党規約改正によって党主席制が廃止されて総書記制が導入さ
れると、党トップの総書記に就任し改革開放路線と自由化路線を打ち出した。
この頃、胡啓立(政治局常務委員)ら、胡耀邦を中心とした共青団グループが、
改革派として活躍。
現総書記の胡錦涛も胡耀邦に連なる共青団出身である。86年5月には「百花
斉放・百家争鳴(双百)」を再提唱して、言論の自由化を推進した。

しかし、9月の6中全会では、胡の政治改革は棚上げされ、逆に保守派主導の
「精神文明決議」が採択され、胡は保守派、長老グループらの批判の矢面にさ
らされた。
こうした状況を背景に、安徽省合肥から始まった学生デモは、北京、上海など
全国に波及。方励之、劉賓雁、王若望らの党員知識人が、学生デモを積極的に
支持した。

胡耀邦は、ついに翌87年1月の政治局拡大会議で辞任を強要された。罪状は
集団指導原則に対する違反と「ブルジョア自由化」に寛容だった為とされた。
11月には、胡耀邦の後任として趙紫陽が総書記に選出された。

89年4月15日に死去。胡耀邦追悼と民主化を叫ぶ学生デモは激化し、五・
四運動の70周年記念日にあたる5月4日には、北京の学生・市民10万人が
デモと集会を行い、6・4天安門事件へと発展した。
ここで趙紫陽総書記も、学生運動に同情的な発言を行ったため失脚。

胡耀邦は、国民から愛された開明的指導者だった。長老・保守グループの批判
さらにはケ[トウ]小平の政治的引き締めの要求にも応じなかったため、最後は
解任されたが、中国はその大きなツケを、天安門事件として支払うことになっ
た。83年11月に訪日、中曽根首相と首脳会談。

:2003年1月30日作成

└--------
gosakuさんやHAJIMEさん、他の皆様からご意見を頂けますと大変嬉しいです。

└──────────
                        = この稿おわり =
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┃┃ お便りで頂きましたご意見・感想。
┗━┛
┌──────────「gosakuさん」

「十八子松戸さん」遅まきながら、明けましておめでとう御座います!

全国組織ではないので、十八子松戸さんはご存知ないかもしれませんが「日中
手をつなぐ会」という民間親睦団体があり、長野県や愛知県で主に活動してい
ます。もともとは、中国残留孤児を言葉と生活の面から支援するボランティア
団体でしたが、最近は範囲を広げて、中国人全般に日本語を教えたり生活指導
などをしています。
僕は、支部幹事をしている関係で彼らと話をする機会が多くあります。

そんな中の一人の陳さんと、暮れの忘年会で隣り合わせになり、いみじくも彼
の話をじっくり聞くことができました。

彼の両親は大学教授でしたが、文革時に迫害され父は自殺してしまいました。
彼も高校の時に下放され、4年間も東北の田舎で農業をしていたそうです。
四年後、故郷に帰ることが出来ましたが、知識階級の子弟という事で大学受験
でまた差別され、合格点に達しているのに入学許可が出ず、死にたいと思った
そうです。

文革終結後、すぐ日本の大学に留学して、卒業するとそのまま日本企業に就職
し、今は結婚して日本の永住許可も取り、中国にはもう帰りたくないと言って
います。彼もそうですが、在日華人の方は政治の話はしたがりません。身の上
話はしてくれましたが、彼らとの政治討論は、まだ先のことになりそうです。

二つの故郷をもつ彼らにとって、今の日中政治摩擦の現状は胸中複雑でしょう
ね。

内閣府が先月18日に発表した「外交に関する世論調査」によると、
中国に「親しみを感じる」と回答した人が、昨年の前回調査と比べ10.3ポ
イント減の37.6%に落ち込み、1975年の調査開始以来最低となった。
「親しみを感じない」は58.2%と大幅に増加。
現在の日中関係が「良好だと思う」は28.1%(前回46.9%)に激減し
た、とあります。

僕も、今までかなり強硬な中国批判を繰り返してきましたが、何を隠そう熱烈
な「中国迷=ファン」なのです。中国迷ゆえに「政冷経熱」の謂われ、政冷が
経熱の足を引っ張るのではないかといわれる現状に我慢が出来ないのです。

しかし、反日嫌日政策の元凶江沢民から、胡錦濤に政治権力は移りました。

そして、これは私見ですが、中国の外交優先順位も、先の1.大国外交、2.
周辺外交、3.途上国外交、から、1と2が入れ替わって周辺国との関係強化
に動き出したと思える動きが顕著になってきました。
六者協議や、東南アジア諸国とのFTA(自由貿易協定)の推進などです。

外交の目標が変わったことで、日本の位置付けも変わってきました。自国の発
展と地域安定のためには、どうしても日本との協力が不可欠ですし、台湾問題
などを抱える中国にとって、日本をアメリカ側へ追いやるのは得策ではない。
それが、先日の胡錦濤の「中日関係は世界で最も重要な二国間関係の一つ」と
いう発言に繋がっているのでしょう。

靖国問題など、歴史問題はもちろん無視できませんが、新指導部の考えは、前
指導部とはやはり違う感触です。江沢民は1926年生まれで、日中戦争の苦
い思い出を持っています。その後は、戦後日本の復興や平和主義を理解するこ
となく、再び日本と接したのは80年代に入ってからでした。だから彼にとっ
ての日本のイメージは、侵略戦争と経済大国です。

しかし、胡錦濤も温家宝首相も1942年生まれで、日中戦争の体験はありま
せん。そして、80年代の胡燿邦時代に世に出て、その間、日本人の友人を多
く持ち、戦後日本の変化をよく理解しています。極端にいうと、前指導部では
「親日」を見つけるのが難しかったが、新指導部では「反日」を見つけるほう
が難しいのです。

しかし、冷え込んだ日中間の政治関係、なかでも中国での反日感情の高まりは
両国間の経済関係にも影を落し始めています。日本では対中ODA見直しの声
が挙がっています。また、東シナ海の天然ガス田の開発や、ロシアからの石油
パイプラインの敷設ルートを巡る摩擦が起きています。

北京―上海間の高速鉄道計画に対して、日本から新幹線技術を導入することに
反対するキャンペーンが興っており、各国企業の入札に当って、当局も世論に
配慮せざるを得ない状態になっています。

日中両国の間で、真の関係正常化が実現されるためには、まず相互不信を払拭
しなければなりません。その妨げになっているのは、中国人の「日本軍国主義
復活」論と、日本の「中華思想」論に象徴される、双方の「被害妄想」です。

お互いが現実を見ないで、過去に作られた先入観だけで相手を推測していては
駄目です。それではいつまでも、誤解が誤解を生むという悪循環から抜け出る
ことは出来ません。

胡錦濤は国内向けに、台湾統一に武力も辞さないと声高に呼号していますが、
もし台湾海峡で何かが起きれば、国際社会から非難され2008年の北京オリ
ンピックの開催も危うくなるでしょう。経済発展とオリンピックの成功を優先
に考えている今の中国が、武力行使をすることは考えられません。

└──────────
┌──────────「HAJIMEさん」

十八子松戸先生、あけましておめでとうごさいます。
今年もよろしくお願いいたします。

さて、今回のレポート、大変ありがたく拝読いたしました。大変難しいことを
非常に平易な表現で分かりやすく書かれていて、ワタクシの風船頭でもよく分
かりました。そのとおり!中国を見ているとホントに
「どうやって曲がるのかなあ、、自分でクとか縦列駐車とかできるのかなあ。
すっげえなあ。私なんかには想像もつかないや」
と、若いオネーチャン運転手の市バスに乗ったときと同じようなことを考えて
しまいます。

頭の悪い私などが日々ニュースなど見て、胡主席が工場視察して地元の幹部と
握手なんかしてるのを見れば「13億人のこんな大きな国を仕切って、切り回
して、しかもこれを全員豊かに暮らせるようにしなくちゃいかんのんだな、こ
のおじさんが。す、すっごいプレッシャーだなあ。どんな脳みそしてて、毎日
何を食べていたらそんな凄いことができるものなのだろうなあ。小泉さんには
できるのかなあ..そんなことが?」と、ただただ感嘆するばかりです。

中国に来て11年ですが、いればいるほど、とにかくデカイ国で、人間がいっ
ぱいいっぱいいてしょうがない国だと、イヤというほど思い知らされます。
民族は56もあって、気候も様々で、そもそも大昔はそれぞれ違う国でいつも
戦争してたのを、一個の大きな国にしてしまった、けっこう人工的な大国だな
あ、とも感じます。

だからこれを、運動会のしゃもじ玉子レースを走るように気をつけて気をつけ
て運営していかなければいけないのは、中から見てるとよりいっそう分かりま
す。お隣さん(日本)から見ても、想像しても想像しきれない、いろんな「国が
でっかいゆえの都合」があるに違いない、のもすぐ分かります。

そういう都合は、人口も面積も大きいので、きっと日本のいろんな都合より、
ずいぶん多いに違いありません。何がホントの目的かよく分からん反日もきっ
とその都合のなかのひとつなのであろう、というのもよく分かっております。

私のアジテーションは、別に反中意識を盛り上げようというものではないんで
すよ。日本人が、日本の歴史や自分のすぐ昔の根っこ、バックボーンを失った
まま21世紀を歩んでゆくのはおかしいし、日本人の将来の発展のためになら
ないと思うからなのです。

対中国として、対韓国として、対○○国としての、日本人背骨入れなおし運動
ではなくて、日本人が日本に対して改めて向き直っての背骨矯正と考えてくだ
さい。いまODAのことで、日本人が俄[にわ]かにワーッと反中に流れるのは
石油ショックのトイレットペーパー買出しと同じようなもんではないでしょう
か。ーー大衆は単純で、すぐ熱くなってすぐ忘れます。

中国にも、発展してもっとお金持ちの素晴らしい国になってほしいです。そし
て日本も足場のしっかりした長持ちのする国になってほしいです。

足のひっぱりあいでなく、アラの探しあいでもなく、何千年も前から連綿と続
いた兄弟関係の延長として(もちろん中国がお兄さんですよ)、願わくはお兄さ
んが、弟にも弟なりの都合があるということも理解して頂いて、弟の都合にも
ちょっと配慮してほしいのです。

うちは台所がデッカイからいつもてんてこ舞いで、隣の利益や都合までかまっ
てられないよ!!なんていうのは大国としてはカッコ悪いです。お兄ちゃんら
しくしてくださいね。

ところで、私はいつも中国の人に聞きたいけど聞き忘れて、いまだに聞いてな
いことがあるのですが。
――もしも毛沢東さんが、2005年の中国にタイムスリップしてきて、この
資本主義ドップリの今の中国を見たら、どんな感想をもらすもんでしょうか。

ーー今度フォンさんにでも聞いてみますか、、、。

└──────────
 
┌──────────「十八子松戸さん」

HAJIMEさん、こんにちは。十八子松戸です。
私の投稿へのお答えはありがとうございました。
おっしゃいました事もよく分かりました。

ここで私なりの纏[まと]め?ではなく--そんな能力があるわけではありません
から--一歩引いて、纏めといっても、二回のご投稿を一回で、私の考えをもう
少し言い足すぐらいの纏めです。
1通の返事に対して1通の再返事するなら一番良いですが、中々時間がなくて
すみません。

――物事を、中国の立場、日本の立場でどのように見るのかは重要です。

私は「足のひっぱりあいでなくアラの探しあいでもなく、何千年も前から連綿
と続いた兄弟関係の延長として」というHAJIMEさんのお言葉に同感です。
ならば、何故今はできないのでしょうか?ーーこれは、60年間の歴史を顧み
る必要があると思います。

―― 1.中国

日中戦争時、日本と真正面で戦ったのは国民党政府軍でした。共産党は延安に
追い込まれて壊滅を待つしかないような状況でした。そこへ日本軍が入って来
て張学良の東北軍が西安まで撤退せざるを得なくなりました。ここで共産党は
頭が単純でボンボンの張学良を上手く利用して、その「殺父之仇」、日本への
恨みと、東北軍の望郷の不満を煽動して蒋介石を監禁し、全国一致抗日という
大義名分によって共産党も武装軍隊を持つ合法政党になりました。

しかし共産党軍は、一個、二個だけの大型戦闘しかやらないで国民党政府から
軍費を貰いながら、日本軍にはゲリア程度でチョコッと、チョコッとだけで、
自分たちの勢力を密かに拡大していきました。そして日中戦争が終わった時に
は、共産党軍の力は国民党軍と5分対5分になっていました。

ですから、その20年後の「4つの偉大」時代に、訪中した日本のある代表団
に日本の侵略のお蔭でと得意げに冗談風にしながら本音を漏らしたようです。

一方、逆監禁された張学良も、だんだん共産党の本質を認識してきて、自分が
やった馬鹿なことを反省し始めました。愛国将領と共産党に褒められ、自由の
身になっていくら誘われても、絶対共産党政権下の中国に帰りたく無いようで
す。自分の誤りで中国にどのような苦難を与えたかといわんばかりの心境は分
かるでしょう。
兄弟達も、文化大革命時期に命を落とされたほどの苛めをされたことも知って
いるはずです。

しかしながら、不思議に共産党は、何故こうした「恩人」の日本に対して反対
するかというと、1つの理由は、戦後国民党政府の日本に対しての寛容と区別
するため、もう1つは、日本は中国、いいえ「世界の公敵」である美帝国主義
に追随しているから。(美帝国主義=アメリカ帝国主義)
結局、政府としての反日も段々にエスカレートしていったわけです。

ここで、日本にも責任があることは否定できません。米国に保護され、ちゃん
とした戦争反省もしない、同時に中国を敵視してきたことは歴史の事実です。

結局「歴史問題」が残ってきたわけですけれど、何十年も支配された韓国以外
では、同じやられたアジアの他の国々はそんなに「歴史問題」を煩く言わない
ということも何故ですか?お分かりと思います。

4つの偉大の反日国策の後のトウ小平時代は、割合に平和的に対日していたの
です。特に胡耀邦は日本と非常に友好的だそうです。今でも、彼の息子さんは
対日友好関係団体の責任者を担当しているそうです。

しかし「江」の時代になると、何の原因か、対日は「歴史問題」を理由にして
両国関係が険悪ほどともいえる状態になってしまいました。しかし中国共産党
党校校長を兼任しました「胡」は別の考えもあるようで、一昨年からの「対日
新思考」理論が盛り上がったのは、決して偶然ではないと私は思っています。

ですから、ご存知のように、指導部交替まもない時期に180度変化するのは
不可能です。これは、舞いの海なら3艘飛びとか、猫騙しとかいくらでもでき
るが、小錦に身軽なバレーを踊らせることができないのと同じで、単純な道理
です。

それでも、何回も言いましたように、潜水艦事件、李登輝訪日等の色々ことの
対応を見ても、中国現政府は如何に冷静的だと..ちょっと55年の中国共産党
政権と比べてみれば分かるはずだと私は思います。まるで、現総理のご苗字と
同じように温和です。ーー日本側もやるわ、やるわとしないで、如何ですか。

―― 2.日本

60年前の戦争は反省すべきです。いくら、どんな理由があっても他国へ軍隊
が進出して、その国土を占領するというのは大前提が間違っています。
ただ、「大昔はそれぞれ違う国でいつも戦争してたのを、一個の大きな国にし
てしまった、けっこう人工的な大国だなあ、とも感じます」は同感です。
勝てば官軍です。黄河・長江領域しかなかった中国も、いつのまにかチベット
・新彊・旧満州・内モンゴルまで拡張して(侵略して)います。

また日露、日独(第1次大戦)のような、他国の領土でやったおかしな戦争も、
日本が勝ったから侵略とは呼ばれず、日清戦争だって同じではありませんか?
それでも、、60年前の戦争だけではなくて、日露戦争でも、日独戦争でも、
日清戦争でも、日本は中国に対して悪い事をしたことを認めるべきです。
ーー弟が、若さの力で年とった兄を殴ったようなものでした。

ただ、既に60年も経った今、祖父がやったことは子に責任を取ってもらえば
十分であって、孫、曾孫まで責任を追及する必要はないと私は思います。
確かに日本は、この重い荷物でずっと頭が上がらない、所謂「自虐史観」はも
う卒業すべきです。「日本ってなんて悪い国だったんだろう」派は間違ってい
ます。

いまの日本という国は、アジア人の誇りともいえます。日本国民は民度高いで
す。前の戦争でも、いくら大前提に間違いがあっても、当時アジア各国に建設
した工業・インフラはまだ残っています。ここが収奪専門の独逸とは根本的な
相異です。

ですが、兵隊は戦わなければならない以上、残虐はツキモノです。それをしっ
かり追及すると同時に、日本国民の良い面もあると認めなければなりません。
戦争当時、中国に渡った普通の日本人が、勤勉でよい評価をされていると私は
よく聞きました。

本当に教育というもの、いいえ洗脳というものは怖いです。
一例:
私の姪が留学しに来日、私の従姉妹、つまりその母親が心配で心配で、最初の
頃、何回も何回も国際電話で「日本人はこわいですか」「お前は日本人老板に
殴られましたか」とかのバカバカしい質問ばかり。

我々の年代の頭には「死(す)ら死(す)ら」「バガヤロ」とかの、仁丹鬚で背の
低い日本人姿ばかりでした。姪は笑いました。いいえ、私は何も貯金していな
いのに、銀行に入ったら親切に教えてくれたような日本人がほとんどです。
それでも従兄弟は、自分を安心させるためかと..まだ半信半疑のようでした。
――従姉妹は、いわゆる知識人の医師なのに、、このことだけで4つの偉大の
罪がどれだけ重いか分かります。

おっしゃいました小林(よしのり)さんも、大晦日の田原さんの夜通し番組にも
出てきました。
ですので、いまは日本も普通の国になっても全然おかしくはありません。堂々
と「日本人背骨入れ直し運動ではなく、日本人が日本に対して改めて向き直っ
ての背骨矯正」は賛成です。

最近よく聞こえるようになりました「日本もアジアの一員」という言葉は非常
に嬉しいです。アジアに貢献大です。欧米ばかりじゃもう時代遅れ。アジア各
国と仲良く、また弟も弟らしく、兄にも少しでも尊敬してほしいです。そうす
ると兄もだんだん煩く言わなくなるでしょう。勿論、石油とかの実利を巡って
時々兄弟喧嘩もあるでしようが、その都度、その都度話し合いで解決できると
私は思います。

中国も「反日」、日本も「反華」を皆やめるなら「靖国」もお互いに沈静化へ
向かえるでしよう。あれはあくまでも政治のカードに過ぎません。なんでもな
い事になりうると私は推測しています。

ともかくいろいろはありますが中国がよくなっていくのは間違いありません。
日中関係も、現在の冬が終わればもうすぐ麗かな春の到来ではありませんか。

ご質問の4つの偉大は、残念ながらいくら本領があっても、中国を逆戻すのは
不可能です。その長男が朝鮮戦争で亡くなったことは、中国人民にとって災難
が一代短縮できて良かったです。次男は頭が非正常、当然孫も大きなデブ身体
に空っぽ頭だけ(ウチの甥と一年違い。中国人民大學、寮も一階上の階でした)
最近、赤ちゃんの曾孫も、昭山故郷の曾祖父の像に写真を撮ることだけしかで
きません。中国版の「金正日」が現われなくて幸せです。

最後に、風船頭といったらこちらのほうです。余り不勉強なもので色々引用も
できなくて、自分の素朴想像だけの投稿です。長文で皆様にもご迷惑をかけま
すし、 OJIN さんの日本語添削も大変ですし、すみませんです。

└──────────
┌──────────「横浜の人さん
(^^) OJIN です(^^):プロフィールの記入が何もありませんでしたが、この方
は、(校正前の)言葉遣いから、韓国人?或いは中国人?ではないかと考えられ
ます。だからどうということではありませんけれど、念の為に申し添えます。

―― 十八子松戸さんへ:

あなたの「最後にひと言 言わせて」の文に、「日本人は強い態度には弱い。
自分より弱い者を苛める癖がある。今の大人しい中国新政府に対してガンガン
言うのはどうかと」

ーー私はいつも思っている。
私から言わせてもらうと、日本政府は、中国・韓国には強い態度に出ていると
は思いません。むしろ弱腰と、何も反論せず沈黙は金と勘違いしている。

中国政府は、歴史を観(てい)ないと教本のように言ってくるが、中国指導者は
侵略された事しか観ないで、侵略した事は忘れてしまったのか?侵略したのは
日本だけではないのです。世界の歴史をみてください。ーーヨーロッパでは、
ローマ帝国・オスマントルコ・ジンギスカン・イスラム勢力・ゲルマン等等。

今でも植民地であるタヒチなど、フランス人を移住させて独立を阻止。中国も
同じく(漢民族を)移住させ、よく暴動がありますが、十八子松戸さんはご存知
でしょうか?アジアもしかり。金のお店が多いのは国が侵略され安定していな
いからです。60年前までは、侵略するかされるかの弱肉強食の時代。人権な
ど何処にありましたか?

中国も日本へ侵略に来た事はご存知ないですか?万里の長城はなぜ出来たか?
朝鮮戦争では韓国へ侵略。ベトナム戦争ではベトナムへ侵略。韓国と国交を結
ぶとき、韓国は中国に謝罪と賠償を求めたが、中国政府に一蹴されて終わり。

中国・韓国が歴史を云うならば、日本での犯罪、密入国・殺人・強盗・スリ・
強姦を、何故、中国・韓国内でこうした犯罪の事実を報道しないのでしょう。
これは反日教育の結果ではないですか?私は、(こうした犯罪者を)国家が送り
込んでいるのと同じだと思っている。

長くなるので今日はこれで。第二段は次回に。

―― 余談
中国の時代劇によく出てくるあのヘヤースタイル(=辮髪の事?<< OJIN )。
中国人が平気で観ているが、最後の封建王朝=清朝=300万の満州族)が、
4億の漢族を統治し、漢族に髪を剃らせたのだそうですが、漢族は屈辱的では
ないのですか? 分かりましたら教えて下さい。

└──────────
┌──────────「気分は情報無限さん」

―― 十八子松戸さんへ:

どうも、、いくつか誤認されておられるようなのでひとつ反論させて下さい。

たしかに日本人が「弱い者に強くて強い者に弱い」のは否定できません。所謂
「島国根性」ってヤツですね。これで日本滞在中に散々苦労された事と思いま
す、本当にお気の毒です。
しかし、同じような状態は中国には存在しないのでしょうか?

それから、今まで何十年も土下座外交を続けて来たのだから、あと暫く土下座
外交を続けるのなんて大した事ではない!というのは勝手過ぎる言い分ではあ
りませんか?

しかも十八子松戸さんは「中国が民主化すれば・・」と仰いますが、そうなっ
ても尚「日本が中国を侵略しなければ我々はもっと早く民主化できた云々」と
言われる事はないのでしょうか?

そもそも「靖国神社の公式参拝問題」や「対中国ODAの見直し」が日本国内
で強くなってきた最大の原因は、中国が日本近海で日本の国家主権を脅かすよ
うな行為を数多く行った結果です。ところが中国の言い分では、日本が挑発し
てきたからやり返しているみたいな発言が目立ちます。此れは何故ですか?

└──────────
┌──────────「気分は情報無限さん」

日本在住の人間としてひと言申し上げたいのですが、結局のところ中国が民主
化されても「反日」は無くならないと思います。そして、それはそれで仕方が
ない事だとも思います。

以前に、ロシア語通訳として有名な米原万里さんの文章にてこんな事を書いて
いました。
西洋人は、公的な場所で女性がズボンを着用する事を病的に嫌がるそうです。
もっとも向こうでは、それが作法なんだそうですが。米原万里さんの分析によ
ると、これは騎馬民族に征服された後遺症ではないかとの事。同じ事は、今後
の中国と日本との関係に対しても当てはまると私は考えています。

つまり、gosakuさんの仰るところによると先の戦争では日本は中国に敗北した
事になるそうですが、これはあくまでも国際法上の事であって両国国民は絶対
に納得できないでしょう。何故なら、日本軍は当時の中国の首都であった南京
を攻め落としましたが、中国軍は日本の国土を一歩たりとも踏んでいません。
┌--------
│ OJIN の??:
│情報無限さんが使われている「戦争」とは「戦闘」の意味で、gosakuさんが
│使われている「戦争」は「戦争」の意味なのではないでしょうか?
│大日本帝国は「戦闘」ではほぼ不敗でしたが、「戦争」には敗れています。
└--------
この如何ともし難い歴史的事実が在る限り、中国国内での「反日」は無くなら
ないでしょうし、また個々の日本人が中国に対して大なり小なり偏見を持つの
も仕方がないでしょう。

それから十八子松戸さんは「江」から「胡」へ政権が変わったから時間が経て
ば中国が民主化すると考えておられるようですが、それはあまりにも甘過ぎる
考えではないでしょうか?政治が民主化すればするほど「腐敗」も進行してし
まいます。中国は中国の実情に適った政治体制を選択すれば良いのであって、
何も無理して「民主化」に拘る必要はない筈です。

今の中国が民主化したところで、所詮「日本が侵略しなければ我々はもっと早
く民主化を達成して豊かになれた云々」と言われるのがオチだと私は考えてい
ます。

└──────────
┌──────────「ドクターCさん」男性@三十代@会社員@東京

――十八子松戸さんへ少々反論を:
┌--------
60年前の戦争は反省すべきです。いくら、どんな理由があっても他国へ軍隊
が進出して、その国土を占領するというのは大前提が間違っています。
└--------
当時の国際状況、環境、立場などから為された決定を、現在の価値観・倫理観
で判断する事は歴史を学ぶ上で意味のない事です。後から結果に対して善悪を
言うことは誰にでも出来ます。
大事なのは、戦争に至るまでの状況を検証・分析し、現在および未来に教訓と
して活かせるか否かであって、客観的事実の認識が必要なのです。観念・感情
からくる善悪の裁定ではありません。

――国土を占領する大前提?

当時の日本の目的が、中国の国土を占領する事にあったとでも?中国領土でも
なかった「化外の地・満州」に、溥儀を担いで国家を建立した事は別として、
日本軍は中国軍と戦争をしていた訳で、その過程で都市を占領するのは方策で
あって目的ではありません。もともと、イギリスやドイツなどのような「植民
地化」が狙いではなかったからです。

そもそも、当時の世界の列強国が「反省」していますか?――原住民を駆逐し
て作られた現在のオーストラリア・ニュージーランド・南米各国・カナダ・そ
してアメリカなどなど。アフリカで「奴隷狩り」をし連行して働かせた事を?

インドネシア政府が、かつての宗主国オランダに謝罪と反省を求めた時、どの
ように反論されたか知っていますか?
インドが、スリランカが、マレーシアが、フィリピンが、どのような成り立ち
の国々か知っていますか?

ーー話が飛躍しましたが、
世界の歴史上で自国のした事を反省し相手に謝罪と賠償をした国が日本以外に
あったら教えて下さい。ちなみに中国は、韓国からの(朝鮮戦争の)謝罪要求を
一蹴して一切無視を決め込んでいます。

┌--------
日本人は強い態度には弱い。自分より弱い者を苛める癖がある。
└--------
中国の、現在進行形の「弱い」周辺地域(国)への「領土拡大」をどのように考
えていますか?中国は、戦後臆病者になった「弱い日本」を苛める以外には、
自国を麻薬漬けにしたり植民地化した「強い」相手=イギリス・ドイツ・ポル
トガル・ロシア等)と勝負をしましたか?また彼らに過去の謝罪を求めた事が
ありますか?
「強い」ロシアやアメリカと、国家の存亡を賭して戦った日本は、強い態度に
弱いですか?

(中国が)現在のスマトラ島沖地震津波の災害で、いつも強圧姿勢で接している
「弱い」アセアン諸国に援助の手を差し伸べていますか?
奢り高ぶるのもいい加減にして下さい。他国を論[あげつら]いたいのなら、先
ずは鏡で、自身の姿をしっかり見られてはいかがですか?

中国では、学校教育と情報統制の中では自我礼賛のオンパレードの為、国民に
事実が伝わらないのは判りますが、報道・言論の自由な国に居て客観的判断が
下せる環境にあってさえ歴史の固定観念に縛られているのであれば、人を説得
することは難しいと思います。

蛇足ながら、わたしは貴殿が尊敬する某局の田原某氏の歴史認識については、
あらゆる面で見識を疑っております。あしからず。

└──────────
┌──────────「hideおじさん」男性@四十代@会社員@神奈川

十八子松戸さん、ご投稿拝見させてい頂きました。表現が拙いかもしれません
が、「二つの祖国」をお持ちの十八子松戸さんならではのご発言と思います。
ーー投稿の行間から、いろいろ表現に苦慮されていることも容易に想像出来ま
した。

――私も、単純な反華・反日には賛成は出来ません。

13億の人口を抱える中国において、社会主義という単一の思想で国民を統一
することは、膨大なエネルギーが必要でしょう。それには反日というアイテム
があっても無理からぬこととは思います。東西冷戦が消滅した頃から、世界で
唯一といっていい社会主義の国家中国が、時代の流れに逆らい「中華人民共和
国」を維持していくことにどれだけ努力していたかも理解出来ます。

しかし、日本人として、江沢民氏のやり方には非常に違和感を持たざるを得ま
せん。日本をスケープゴートに利用するにも限度があるのではないか、という
のが正直な気持ちです。
度重なる領海侵犯、針小棒大、歪曲を混じえながらの反日教育、まるで全ての
元凶は日本にありという態度は「やっていいことと悪いこと」の限度を越えて
いると思えます。

一方、私個人としては、日本政府の、中国のこのような態度に対しての反応は
非常に緩やかに感じてしまいます。決して、反華に凝り固まって中国との関係
を硬直化させているとは思えません。逆に、日本政府の態度に「お人よしにも
限度がある」と思えてしまいます。

また、中国に対しては「初めに共産党ありき」で単一のイデオロギーで国を治
めることに限界が来ていることを、もっと理解すべきだと思います。たしかに
先の全人代において「資本家階級にも党籍を認める」とはなりましたが、小手
先の手段でしかないように感じられます。

――またぞろ友人との話で恐縮ですが、

日本政府及び財界は、胡錦濤氏の出現に大いなる期待を抱いております。特に
財界においては、バブル景気のような中国経済を微妙にコントロールしながら
急激に弾けぬよう手を打っている胡氏を認めております。胡氏(現政権)は日本
やアメリカでのバブル景気について非常に勉強されています。

財界では、歴史上初めてソフトランディングするバブル景気になるのではない
かという期待を持っております。それが日本においての国益に適う以上、日本
政府も、まだ江沢民氏の影響がぬぐえない胡錦濤氏の立場を不利にするような
態度は取りたくないというのが本音でしょう。

新世代の胡錦濤氏の手腕に、日本は勿論アメリカも期待を寄せているといって
も過言ではないと思います。また、新駐日大使に王毅氏を選んだことも日本へ
の対応の変化の現れと捉える政府財界人が多いのも事実です。ーー私は、王毅
氏の靖国発言等は、日本へというより中国本土へのものと考えております。

――ただ、先にも述べましたが、

十八子松戸さんがおっしゃるように「日本は強行対応」を取っているとは思え
ません。また、中国が日本に対し、最近比較的冷静というのはどうでしょう?
胡錦濤氏も苦慮されているとは想像出来ますが、江沢民グループ・人民解放軍
の意向が色濃く出ており、「言い方が変わった」だけのように思います。

個人的には、日本の中国に対する対応は優し過ぎると思います。先日お亡くな
りなった台湾の辜振甫氏のように、主義主張をハッキリとし、江沢民氏を激怒
させても、現中国政府から哀悼の意を表される人もおります。辜振甫氏のよう
な人間が今の日本にいるのか甚だ疑問ですが、「言うべきことは言う」は中国
の文化にそぐわないことではないと思います。

単純に優しい(?)胡錦濤氏だからと日本政府がクレームしているわけではない
し、氏を追い詰める為ではないと思っております。胡氏政府の今の態度を日本
が簡単に受け入れるということは、江沢民氏の影響をいつまでも引きずること
に繋がるのではないでしょうか?ーーそれは、決して胡氏の政治基盤を強固な
ものにすることには繋がらないと思います。

――私は、胡錦濤氏に対して歴代の中国主席とは違うものを感じます。

氏なら、今まではとは違う舵を取るのではないかと期待もしております。

一方で、中国4千年の歴史の中で、独裁政治でなかった時期がないことを考え
ると、民主主義というものが中国で受け入れられるのだろうかという疑問も浮
かびます。
・多民族国家である中国が、民主主義となっても現在と同じ形態を維持出来る
 のか、済・楚・秦・燕・韓・魏・朝のような状況になったとしたら、国際規
 模でどのような影響が出てくるのか、
・大中華主義を捨て去ることが出来るのか、
・人民解放軍が座して見ているのだろうか、
等々、考えるとキリがないですが、まずは、国際ルールとマナーをより尊重す
る中国に変わることに期待したいと思っております。

――最後になりますが、

私はあの天安門事件の現場におり、装甲車の前に立つ学生も目の前で見ていま
した。また、人民解放軍が人民に対して発砲したその現場にもおりました。
ーー倒れた学生を、引きずりながら逃げたことを今でも忘れません・・・。

「おい!中国が変わるぞ!歴史を見に行こう!」と言われ、こうした行動をし
てしまったことはあまりに軽率であったと反省しておりますが、学生の一人が
「日本は俺たちを応援してくれるよな!」と叫んでいたことが耳から離れませ
ん。
彼らの純粋な気持ちを踏みにじってきた、その後の中国政府に対して不信感を
持たざるを得ません。しかし、胡錦濤氏に続く中国のこれからの指導部があの
学生達の気持ちを将来に活かしていってもらいたいと願うものです。
それならば私はあの彼に、自信を持って「応援するよ」と言えると思います。

└──────────
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