深セン経済特区より ―――――――――― by HAJIME さん
☆ HAJIMEさん繁忙につき、ご意見特集 ――――――― 2005/01/30

 OJIN でございます。ーーーー中国は(旧暦の)年末でございます。

HAJIMEちゃんからは、年末の駆け込み(?)殺人的な繁忙スケジュール表と共に
「休載にさせでくで〜〜〜」というSOSメールがまいりました。
まあそういった事情であれば千万やむなし....ということで今週は、先週掲載
しました「気分は情報無限さん」のコメントにたいして「hideおじさん」から
長文のご意見を頂きましたのでこれを掲載させて頂きます。

冒頭の「気分は情報無限さん」と「HAJIMEさん」のコメントは先週掲載したも
のですから、ご記憶の方はとばして「hideおじさん」のご意見からお読みくだ
さい。

┏━━━━━━━━━━「気分は情報無限さん」

--「一部省略」--

アメリカの場合は、日本のNHKやイギリスのBBCに相当する公的な報道機
関がない上に、新聞は全て発行部数が百万部に達しないぐらいのローカル紙ば
かりなので、一部のエリート層を除いて、海外旅行はしても海外情勢に疎い国
民が大半との事!!これは結構大きな問題点ですよね。

だから、国際世論を無視して無理矢理「対イラク戦争」を始める事が出来たん
だそうです。
この悪条件があるので、各種報道機関が「視聴率」を求める以上に、エンター
テイメントは「観客動員数」を意識せざるを得ません。故に名監督に名俳優を
揃えれば、映画の内容は大衆受けを狙って悲惨なものにならざるを得ないとも
思われます。

--「一部省略」--

日米の一般大衆を比較して大体の平均値をとれば、恐らく日本人のほうが国際
情勢に通じているのではないかと思います。その理由は「公益社団法人:日本
放送協会」通称NHKによるところが大きいと私は勝手に判断しています。

無論、全ての日本人がNHKの番組を見ているわけではないので、安易にそう
結論付けるのが危険であるのは百も承知です。しかし公共放送のNHKや全国
紙の新聞における国際面が、日本の一般大衆に対する海外への関心を高めてい
る面は見逃せないと思います。

かつて評論家の竹村健一氏が言った「日本の常識は世界の非常識」という言葉
も、他人の目を常に意識して生活する日本人の感覚を海外まで延長したものと
考えられます。ただ、この言葉の意味するところが適切なのか否かは分かりま
せんが。

個人的意見ですが、日本人が何故ここまで「世界の中のニッポン」みたいな事
を意識するのか!?その理由は明治時代の「不平等条約改正」にあるような気
がします。
明治初期の日本が置かれた国際的な立場は悲惨でした。幕府が締結した不平等
条約のせいで「治外法権」や「関税自主権の放棄」を無理強いされていたから
です。此処で注目すべきは「治外法権」や「関税自主権の放棄」は、欧米列強
による日本植民地化への第一歩だったという事です。何故なら「悪徳商人」が
好き放題(アヘン貿易など)するのを取り締まれない訳ですから当然ですよね。

で、当時の日本の外務省が何をしたかというと「鹿鳴館」を造りました。日本
の歴史の教科書には「鹿鳴館」は日本の近代化を各国へPRする為の「ダンス
ホール」だったと書いてありますが、どうもこれは非常に胡散臭い話です。

ぶっちゃけた話、公式にはダンスホールとして建設された「鹿鳴館」の正体は
実は「売春宿」だった可能性が高いです。即ち、近代日本の外交は露骨な言い
方をするならば「飲ませ」「食わせ」「抱かせ」の三拍子で始まったのではな
いのか!?というのが私の立てた仮説です。

この仮説に基づいて判断すると、日本の外交が何故また直ぐに「土下座外交」
になってしまうのかが上手く説明できると私は考えます。当然の事ながらこの
手の「土下座外交」を継続する事が国益を害するのはいうまでもありません。

しかしながら、外務省も個々の外交官も、八方塞がりで打つ手がないのが現状
でしょう。何故なら、日本人全般の教育水準は低くはないですから、致命的な
政治問題が発生する事は少ない筈であります。しかし国民全体の平均値が高い
反面、優秀な政治家になれるだけの素質を持ったエリートが不足しがちです。

となると、東京の外務省も現地の外交官も礼儀正しく「時間稼ぎ」する以外の
方策は採り難い筈であり、その延長路線上に「土下座外交」が存在します。何
といっても優秀な指導者が国民を教え導いて「何をすべきか!?」ではなく、
「何をしたいのか!!」を明確にしない限り、まともな外交が出来る筈はない
のですから。

確かに、HAJIMEさんが仰る通り外交とは「狐と狸の化かし合い」ですが、下手
に騙せば日本国が徹底的に悪者にされるだけですし、相手の内情も分からない
まま強攻策に出れば戦争は避けられません。冷静に考えてみると「対米追従」
「経済偏重」「反共」そして「対中国土下座外交」は、個々の外交政策として
は最低最悪だけれども、総合的に見ればリスクを分散している様にも感じられ
ます。

日本の国内政治も外交も、共に「問題を先送りする」のが多いです。これは決
して良い事ではありません。しかし、犠牲を省みず何でも積極的に今直ぐ問題
解決を図るのが得策なのか!?ということもあると思います。

情報の「収集」や「分析」の能力の強化(多面的なものの見方を育む)は、今後
とも真剣に考えて行かなければならない分野だと思います。これは組織であれ
個人であれ避けて通る事は出来ないでしょう。しかし、今それ以上に重要なの
は、相手に自分の事を!或いは自分自身の主義主張を!理解させる能力(宣伝
や啓蒙する力)を強化する事なのです。

--「一部省略」--

┗━━━━━━━━━━
 
┏━━━━━━━━━━「HAJIMEさん」

◆「飲ませ」「食わせ」「抱かせ」の三拍子は、現在中国のお家芸となってお
ります。おそらく世界一の規模で行われております。GDPの何%になるのか
国務院から統計を出して欲しい。

◆日本の先送りは、「めんどくさいことは自分の任期内にはやらないで・・・
あとの方に・・・」ではないですか?その点中国は、一旦主席になってしまっ
たら20年とかやってしまうので、他人におしつけられませんよねえ。だから
自分でちゃんと積極的に解決するのではないでしょうか。
ーー日本も、10年とか15年任期にしたら先送りしなくなるのでは?

◆騙すことにかけては、日本人は中国人にどうやっても勝てないと思います。
なにせこっちの人は、生まれたときから騙し騙されの中をかいくぐって育って
きてます。赤ちゃんと大人の差どころでなく、まさに天と地の差ぐらい。

ゆえに、中国人の頂点、叡智の選りすぐりである国家幹部との切ったはったで
日本人が負けっぱなしになるのはしょうがねえなあ、と毎日嘆息です。日本人
にもいいところはいっぱいありますが、中国の影響力が大きくなる時代に向け
て「日本人離れしたスーパー日本人」を養成する必要があるのではないでしょ
うか。
お人よしは友達としてはいいでしょうが、国家首脳には、ねえ。

でもって、日本人全体が、今の日本人の長所を保ったまま「温室そだち体質」
を裏返して、もちょっとキリッとした民族になるよう、国を挙げて運動をする
必要があるのではないかと考えます。

◆「海外旅行回数は多いけど、全然外国について知らない」というのは、何も
アメリカについてだけではないと思います。私が偉そうに何か言えた義理では
ないですが、広州や香港の空港、シンセンのボーダー越えでいつも日本人旅行
者を見かける度に、その「のほほ〜ん」としたムードに正直ガッカリします。

外国にお金をかけてやってきて、ただパックツアーの決まった観光コースと、
それに連なるアツラエのお土産屋巡りだけして、なにもその国を感じず見ずに
帰ってしまっているように思われます。

それでも中国に関していえば、時勢柄仕事がらみでいらっしゃる方がすごい数
になっているので、他の国に比べて、本気でこの国と四つに組んでる日本人が
多いには違いないでしょうが。
別にアドベンチャーしろとはいいませんけれど、お金を撒きちらしていくだけ
が旅行ではないでしょうしねえ。

┗━━━━━━━━━━
 
┏━━━━━━━━━━「hideおじさん」

気分は情報無限さん、1月23日紹介されたご意見を拝読させて頂きました。
「なるほどこういう見方もあるんだな〜」と興味を持ちました。

確かに、米国には日本や英国のような公共放送という概念はありません。また
新聞にしても大手といわれてもせいぜい発行部数は数十万部。世界一新聞を読
むといわれる日本から見ると、あれだけマスコミが発達している米国が何故?
と不思議でなりません。そういった意味では、お話しにあったように平均的に
日本人のほうが米国民より国際情勢に通じているといえるかもしれません。

しかし、米国の問題はマスコミの問題というより、「国民意識」の問題ではな
いかと思います。その気になれば、新聞や公共放送といったものでなくとも、
ありとあらゆる情報が手に入りますし、教育においても偏った教育をしている
訳でもありません。国際世論を「知らない」というより、「知ろうとしない」
ところに米国の根本的な問題があるように感じます。

極端にいうと「米国の世論は世界の世論」「米国の論理は世界の論理」という
思考ですから、米国を知っていれば世界を知っているという誤った認識になっ
ているのだと思います。

逆に、NHKのような公共放送媒体が米国にもあったとしても、また国際情勢
の知識を持っていたとしても、彼らの国民性からして「9.11」のようなこ
とが起こったら、「我々(日本人など)が理解する国際世論」が何を言おうとも
イラク戦争は避けられなかったと思います。知識云々以前の問題であり、辛辣
な表現をすれば「井の中の蛙」の故といえるかもしれません。

では日本はどうでしょう? 一般的な海外情勢についての知識は持っているか
もしれませんが、それを、日本国としての主体性を持って理解しているかとい
うと疑問です。中身の是非はともかくとして「自己の論理」を持たない国は、
国際情勢の中では注目されないと思います。

気分は情報無限さんがおっしゃるように、一般的知識は日本人のほうがあるか
もしれません。それは、NHKのような公共放送や大新聞があるからというよ
り、日本は、国際・国内情勢の如何により経済が大きく変動するということを
強く認識しているから、TVにしても新聞にしても注意深く見る、という習慣
が出来ているからだと思います。

日本の近代史を見ると、常に外圧によって大きく変わって来ています。ですか
ら、常に外を気にする国民性になったのではと私は思っています。また、一般
的にいって、日本人は回りを気にし過ぎるという風にもいわれています。

流行がどうだとか隣の家はどうだとか、これほど人目を気にする国民はいない
でしょう。これは、気分は情報無限さんが引用されていた竹村健一氏の標語に
集約されていると思います。

常に他人を意識する国民性から、日本外交は時として「土下座外交」と映るか
もしれません。このような国民性は、気分は情報無限さんがおっしゃるような
幕末・明治時代の「治外法権」「関税自主権」問題等の「不平等条約」に起因
するのものかもしれません。--私は万葉の時代からこのような国民性があった
のではないかと思っていますけれど--
この時代の苦労が、少なからず日本の外交に影響したであろうことは否めない
と思います。

ただ、「鹿鳴館」の解釈について、全面的には同意できません。

教科書のとおりではない、推測されたような側面も確かにあったのかもしれま
せん。しかし、不平等条約はなにも日本に限ったことではなく、中国でも東南
アジア諸国でも同様でありました。
では、何故日本は他国と異なる歩みができたのか、を「鹿鳴館」に見出すのは
少々無理があるように思えます。三拍子揃った接待は日本独特のものではなく
中国でも韓国でも、東南アジアでも見受けられたものです。

私は、当時の日本を取巻く情勢をみると理解し易いのではないかと思います。

欧米列国は「清国」の次ぎは日本をと、虎視眈々と狙っていたと思いますが、
清国のように大きな国土のマーケットがあるわけでもないし、すでに悪名高く
伝わっていた「阿片戦争」の結果を知られている以上、同じような無茶はでき
なかったということや、日本人に麻薬吸飲という習慣がなかったことも、ビジ
ネスマーケットとして清国より一段低く見られていたことが幸いしたのかもし
れません。

何より大きな要因は、日本を舞台にして米・英・露・仏・オランダが、何処が
イニシアチブを取るか微妙にバランスが取れていたことが不幸中の幸いであっ
たのではないかと思います。清国では、圧倒的に英国が優位に立っていました
が、他の各国は、日本だけは英国の思うようにさせてはならないという意識が
あったと思います。

米国は、黒船以降、自分に優先権があると思っていたでしょう。露国も地理的
に近いという優位性を生かしたい。仏国は幕府に食込んでいたという実績もあ
る。オランダは数百年の貿易実績があるという自負。
こうして互いに牽制しあった結果、各国は日本にそれぞれ不平等条約を結ばせ
ることにより利益の均等化を狙ったといえるでしょう。

一方日本は、何処か一国と結ぶことは、それこそ清国のようになし崩しに植民
地化されるという危機意識があったでしょう。そこで各国と平等に不平等条約
を結ぶことが、差し当たり日本存続の道であると判断したのではないかと思い
ます。

どの国にも「良い顔」をしてみせることが波風を立てない手段であり、とにか
く国力がついてから「もの申す」ことにして、今は人目を気にしながら土下座
しても我慢しようというのが外交方針であったと思います。

その手段のひとつとして「鹿鳴館」があった、とは考えられます。

事実、その後の日本は、殖産興業の方針で国力をつけ、各国に「もの申せる」
立場になり、不平等条約も改定させ世界の強国のひとつになっていきました。
私は、土下座しても真の国益を狙った当時の判断が間違っていたとは思いませ
ん。
ところが、太平洋戦争以後の日本は、ある意味幕末と同じような状況に追い込
まれながら、土下座はしても「もの申す」ことをしなくなったところに大きな
問題があると思います。

明治初期のように、臥薪嘗胆して経済的国力を回復することに専念したことは
ある程度評価できますが、各国の顔色を見るだけで、自主的に物事を判断する
ことをやめてしまった。人目を気にしながら経済だけを優先させてきた。それ
が下手に成功しただけに、所謂「土下座」をすればなんとかなるという安易な
行動に繋がるのでしょう。

国際情勢の知識を幅広く持っていることは、ビジネスマンにとって非常に有利
です。日本企業ほど「グローバル」という言葉が好きな企業はありません。
ですから、日本人ほど知識を持っている、また欲している国民はいないのでは
ないでしょうか。そこが、自前で賄える米国と、そうではない日本の国際情勢
に対する考え方の違う点だと思います。

中国が改革開放で国力を増大し、巨大なマーケットに成長した現在、今までの
ような外交方針では通じなくなってきています。が、日本は相変わらず土下座
をすればなんとかなると思っているのでしょう。
中国に何か言われると土下座する、それでも許してくれないとまた土下座をす
る、ーー極端にいうとそんな状況ではないでしょうか。

日本の外交だけを責めるつもりはありませんが、土下座に替わる外交方針を疎
[おろそ]かにしてしまった日本がいま問われているのだと思います。真の国益
に適った主義主張を明確にしないでは、外交官も土下座する以外方策がないと
いえるかもしれません。

この点を含め、折角の情報を分析すること等、気分は情報無限さんのご意見に
全面的に賛成いたします。

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                           = おわり =
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└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。 
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