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HAJIMEの近況通信 ―――――― by HAJIME さん
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☆ ウギャーッ!!中国ケンカ道!! ―――――――― 2004/01/18
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│(^^) OJIN です(^^)
│
│HAJIMEちゃんは..まだ..日本にいます。そして、
│またFAXで原稿が送られてきた〜〜〜。(ToT)
│
├────
│オハヨウございます。
│
│今回も手書きです。なぜなら・・(途中省略)・・で、できませんよ。
│
│今週は先週より少し短い....あ、コメントボードがないなコレ。
│あれ入ったら先週と同じか....。
│
│ごしゅうしょうさまです‥‥アーメン!
│
│でも今回は原稿が早いので何日も時間があるから大丈夫ですよ!!
│ハッハッハッ!!
├────
│
│!!戻ってきたらゼッタイッ!イジメてやるッっっっつ!!
└──────────
ニイハオ!!
なんか中国はいま春節らしいですな。
らしいって、よー知らんのだな、今年の農暦の元旦いつなのか....中国にいた
くせにだな。現場を離れるというのはこういうことなんだ、と元シンセン開発
区激務戦士はしみじみ・・・。
で、時節ネタをやると思うでしょう。・・やんないんだな。
春節ってね、、思い出が全然ないんですね。どうしてかなと真剣に考えたら、
それもそのはず留学中は冬休みで旅行してたし、開発区に来てからは工場休み
で里帰りしてるか、工場がなんとフツーに操業しててフツーに働いてしまって
いるか..だから思い出しようがない!!
誰か心暖まる春節ネタを投稿して下さい。
中国人家庭に招待されていっしょに餃子作ったとか そーいうやつですね。
そういう理由で今回は時節完全無視ネタ、文句があったらかかってこ〜い!!
そう!!「中国ケンカ道」です!!ぎゃふん。(←死語?)
―――― 靴工場時代、
----ッつったって、クビになってまだやっと2ヶ月だが----材料探しや下請け
工場廻りや問題処理なんかで、広州や東莞をグルグル廻るのが私らの日常生活
だった。ーーお食事も当然外のレストランや安食堂で摂る。
ほとんどの場合、工場の中国人スタッフと同行だ。(車が2台しかなかったか
らね)そしてほとんどの場合湖南料理屋(いわゆる「湘菜」シャンツァイ)か
四川料理(これは「川菜」チュワンツァイ)に行く。ーー私が好きだったから。
その度に驚くのが同行の中国人スタッフがクレーム魔に変身することである。
おととしの冬、初めて深センに来たY氏を広州のエアポートに迎えに行った帰
り、私の独断で自分の大好きな「毛家餐庁」=湘菜レストランの代表格)東莞
厚街支店にひっぱって行った時のこと。
----普通は、初めて来る日本人を連れていってはいけません。
----辛すぎて食べられません。
注文していくら待ってもおかずが出てこなかった....。
終いに違うテーブルのおかずが来た。あんまり遅いのでしょうがない水餃子で
いいよと変更したら、それを服務員が忘れた。
20分以上経ってもまだ餃子を外に買いに行ってもいない始末。しかも我々の
テーブルのお茶ポット(急須の大きいやつ)が別のテーブルに持っていかれたき
りになってお茶も飲めない。
私もY氏も、けっこうニコニコと「こういう事もあるんだね〜」なんておだや
かに待っていたが、同行の運転手の陳さんと購買のウェイ姐さんがマジ切れし
てしまった....。
服務員をテーブルの脇に呼んで2人がかりでウギャーッ!!とまくしたてて、
小娘相手ではマニュアル通りのイイワケのくりかえしであると知ると経理を呼
び出して、経理=マネージャー)相手にまたウギャーッ!!
----経理はこの時店にいなかったのに人をやって呼んで来させたのだよ。
結局、経理の平謝り+サービスでおかず一品追加+料金の割引きで事は収まっ
たのだが、私もY氏も傍でただタジタジ。湘菜の辛さより激しい怒り!!
この日はもう、すべての用事が済んでて後は帰るだけだったので、多少時間を
ロスしても問題ないと思ったのだが。
ウェイ姐さんが経理に向かって
1.「あたしらはしょっちゅうここで食べてるおなじみさんなんのに、何じゃ
この扱いは!!」
2.「別にここに来なくても相菜館はお向かいにもあるだから、次からお向か
いに行くわよ!!」
3.「味も最近落ちてるし!!」
と、あまりにズバズバ言うので次から来れるかしらここ?・・・とドキドキ。
しかしそんな心配は中国では愚考であり、その後もこのレストランは我々(私
とY氏)の通いつめるところであり続けたし経理は全然気にしていなかった。
----忘れてんだな、絶対....。
そう!中国人と日本人の一番大きな違いのひとつが、ケンカしてもすぐ忘れて
しまうというアレ....なのであった。
中国人は金に対しては、5角でもムダに遣いたくない主義なので、レストラン
で出てくるおかずにもやはり大変にきびしい。
工場の美人女医徐偉さんといっしょにレストランに行った時、「このほうれん
草は古い!!こんなに硬い!!。見ればわかる」
・・と、ほうれん草のニンニク炒めをやり直させ、2回目に出てきたのを「検
査」!さすが医者)したら..髪の毛が1本入っていたのでまたやり直させた。
このテの青菜炒めは、レストランで一番安い安いおかずで、多くの場合タダで
つくぐらい安いものである。しかし私はこの青菜炒め交換しろ場面にけっこう
遭遇した。金払う以上100%ゆるがせにしない思想。・・・・ううむ。
日本人なら「まぁたしかに硬いけど、食べられないわけじゃない・・・」とか
「どうせ安いおかずだし。文句言ってゴタゴタするめんどうを考えればガマン
して食べちゃおう」とか、
良く言えば「波風立てずおんびんに物事を済ます」悪く言えば「泣き寝入り」
するであろう。
こういう些細な問題に、しかし中国人は非常に徹底してケンカ売るのである。
・・・しかしここで問題なのは、他人の事のはこんなに厳しい連中が、自分の
作った製品にはおそろしく甘いうたことだな....。出荷が間に合わないと不良
品だろうがサイズ違いであろうがなんでもかんでもぶちこみやがって・・・。
-----ずいぶん泣かされたもんです。トホホ・・・
最近はさすがに36歳。人間も丸くなり、ケンカも1年に1〜2回するかぐら
いになりましたが、97年に深センに来たばかりの頃から2〜3年間のHAJIME
さんは「歩くニトログリセリン」で、全く「中国で生きることそれはすなわち
ケンカすること!」でありました。
―――― 私をニトログリセリン体質に改造してくれたのは、
中国の社会というより留学時代の韓国人のルームメイトと友人達であります。
私が留学していた天津は、95年当時、留学生のおそらく7〜8割が韓国人、
というミニ韓国状態。
私のいた大学は留学生の9割が韓国人ではなかったと思います。
私のルームメイトも1人目も2人目も韓国人でした。
で、その2人と四六時中顔つきあわせて一つ部屋で暮らす中で受けた影響で、
いちばん大きいのが「とにかくすごく一所懸命。いつもいつも勉強ばっかりし
ていること」と「自分の利益を少しでも損わないために、権利を少しでも損わ
ぬために、とにかくケンカする!!」ことだったのですね。
――1人目のルームメイトは、
当時まだ大学生の若い娘っ子でしたが、私が何か買物して帰るたびに、
それはいくらで買ってきたか?と聞かれ、その値段に対して、
あーそれは高い、あんたまた騙されたよ。次からはいくら以上で買っちゃダメ
だよーーーー、と、いちいち指導が入った。
――2人目はもっとすごくて、
彼女は私と同じ年....韓国人留学生には珍しい社会人ドロップアウトタイプの
大人留学生で 私の買物があまりにダメなので、いっしょに自転車に乗ってつ
いてきてくれる、私に代って店先でウギャーッ!と値切ってくれるのでした。
95年〜96年当時は、韓国と日本の経済の較差は今より大きかったのでしょ
う。ほとんどが自前資金=アルバイトとか社会人だったとか)の日本人留学生
より、不思議なことに100%親がかり....しかし確実に全員お金持ちのウチ
の坊ちゃん嬢ちゃんの韓国人留学生のほうが、目に見えて明らかにお金にキビ
シイ。ーーもう目から炎出てるんだな....。
いつだったか、留学生の寮費や関連経費が一部値上げになる、と通告があり..
シラーッとしている日本人留学生に対して....韓国人留学生は猛反発し、韓国
留学生会で何度も代表を出して学校側と協議して、結果、値上げの阻止に成功
してしまった事があった。
こういうわかりやすい大きなエピソードを通してだけでなく、生活の中のごく
小さな様々なできごとを通して 日本人と韓国人の権利意識と経済観念の違い
を実感した2年間だった。
この2人目のルームメイとは生まれながら親友のようになり、いつもくっつい
て行動し、彼女は私の「ケンカ道」の師父:中国語:先生、師匠)となった。
―――― その極めつけが2人で行った上海―杭州―蘇州の旅行。
何もわからんポヤーッとした私は、旅行の日程も計画も 行く先々の宿の予約
も、火車=汽車)の切符の手配も全く彼女まかせ。彼女は、有名な韓国人同士
の情報網をフルに利用して、いちばん安い宿、いちばん安いルート、いちばん
安い切符を調べてあんぱいしてくれた。
前日、リュックのパッキングまで検査され、
「これは必要ない。置いてけ、現地で買える!」
とバンバン荷物を削減された。
――他人のプライバシーにも親切心でガンガン入り込んでくる。
しかしありがたかった。ーー実際重くて背負えないんだから。
で、彼女が旅行の行くところ行くところでケンカするのだ....小さいな金額の
ために。
駅前の人力タクシーと5元ぐらいの金額のことで、大声で、青筋立てて15分
20分とケンカする。
招待所に着いてみたら聞いていた宿泊料より高かった、とまたケンかする
----5元ぐらいなんだよな・・・。
なにしろ2人旅なので、彼女がケンカしてる間、私は他に何もする事がない。
目をウルウルさせて、遠まきにケンカの終わるのを見守るしかないのだ。
ーー星飛雄馬姉だな。
日本人にしてみたら、そんなケンカしてる時間、気力、体力を計算したら5元
ぐらい払っても何もかまへんやんかー、、というところなんだが、彼等はそう
は考えないらしい。
大体、彼等にとってこのくらいのケンカで気力、体力を損うということはない
のだ。ーーむしろ元気になってしまう。
で、10日間だったか2週間だったか忘れたが(完全に彼女にくっついていっ
てる形なのでまるで日程を憶えていない)その旅行を通して、そこそこ「韓国
式ケンカ道」を学習し、ひとまわり大きくなって帰ってきた。‥‥のか?
−−ちなみにこの旅行で憶えているのは、全く彼女のケンカ関係のことばかり
で、蘇州で何を見たとか杭州で何をしたとか、ことごとく憶えていない・・・
写真が100枚ぐらいあるので、かろうじて行った事だけは憶えているけど。
‥‥ううむ。
―――― これが後に、
つまり次の冬休みに日本人3人で行った黒龍江省の旅行で、ケンカ道の実習と
して発揮されるのですな。
この旅、ヒトコトで言って黒龍江省を観光するというより、中国人に騙される
クイモノにされるという事を体験しに行った旅だった。この旅のもようは同行
の当時留学生、現在立派な翻訳家である佐藤嘉江子氏の著書
「女は中国語で強くなる」(はまの出版)にも一部記述されているのでそっちも
ヨロシク!(友人のためのCMだ!)
――とにかくケンカばっかり。
ロシアとの国境、という事しかウリのない街「黒河市」で、その駅のけっこう
偉い職員と友達になり、なんかいろいろおしゃべりして帰りの切符の手配を頼
んだ。たしかハルピンまでだったか....忘れたが、2等の寝台でけっこう高い
席だ。
で、観光して、さあ帰りましょうと駅に戻って、切符ちょうだい、と言ったら
コイツが何じゃかんじゃ言ってなかなかくれない。でも友達だからねぇ〜とか
日本人ノーテンキでその言いわけを真に受けて列車の出発時刻のギリギリまで
ボ〜〜ッと待ってた。ーーアホである。
ギリギリになってパッと手渡された切符を持って、しかもその切符を見もせん
と列車に乗り込んでから、列車の服務員に指摘されて初めてその切符が2等の
普通席=寝台ではなくて座るタイプ)つまり硬座のものであるのを知る。
もちろん我々はチャント彼に3人分の寝台席の代金を渡していたのだ。
・・やられたのである。その差は3人分なので数百元にもなる。
・・留学生にしてみたらヤッパリ大金である。
「どうしよう!!硬座で十数時間も、こんな寒い列車で耐えられない!!
でも発車までもう時間がない!!」
と泣きそうな友人をひっぱって私は猛然と列車を駆け出し、そいつを探した。
そして、当時まだロクにしゃべれもしない中国語でウギャーッ!と、とにかく
目についた全ての駅職員にまくしたてまくった。
「こんな事してもムダよ。ここは中国よ」
と涙目の友人などかまわず全身ゼスチュアで呼び、吼えた。
----ビデオで録ってなかったのが残念!!
するとその騒ぎに何事かと奥からその駅の最高幹部が出てきた。我々をハメタ
アイツよりもっと偉い人である。私達は体あたりでその幹部にクレームした。
友人2人は興奮で本当に泣いていた。ーー涙と鼻水でクレームだ!
――我々は運がよかった。(それまでの運が徹底して悪かった分かしら?)
その最高幹部は、人格的に立派な人で、ちゃんと差額を返してくれ、席のほう
はもうすでに寝台も1等座席も全てが満席なので変更が不可であり、大変申し
わけない、とキチンと謝ってくれ、しかもその悪徳職員を呼び出して(隠れて
いたのだ、いい大人が)我々の目の前でそいつを怒ってくれた。
結局、寒い2等席に十数時間も乗らねばならない情況に変わりはないのだが、
我々3人のヘッポコ留学生は、やけに勝ち誇った気分でもう出発のベルや汽笛
の響く中、その幹部じきじきのお見送りで列車に乗り込んだのであった。
・・・涙と鼻水まみれで・・・。
黒龍江省の思い出もまたケンカ以外何も憶えていない・・・。
これで味をしめた、有頂天になった我々は、次の休みに四川省三峡下りの旅に
GO!!(佐藤女子不参加)・・そしてこれまた、三峡が本当にすばらしかっ
たという事以外はもうケンカケンカケンカ、ケンカの事しか憶えていない。
ーーそれだけ行くところ行くところで騙されてるんだけど。
卒業後開発区で働くようになってからは、さすがに工場でスタッフやワーカー
とケンカするわけにいきません。チャント理屈立ててお話するもんです。
ではどこでケンカしてるかといいますと、香港との行き来が日常茶飯事である
深センではすっかりお馴染みのイミグレーションの職員であります。
香港から持って来た、香港名物のブ厚い新聞〜リンゴ新聞とか太陽新聞なんか
を没収するとかしないとかでケンカしたした。羅湖では何回やったかわかんな
いほどした。
‥‥結局1回も勝てずに何れも没収されたが....。
職員が全員出てきて総がかりになった時もあった....。
・・決していばれる事ではないな・・・。大人のやる事じゃーございません。
ーーよい子は決してマネしないで下さい。
―――― しかしこんなニトロ体質のHAJIMEさんも、
ここ2〜3年は、めっきり爆発しなくなりました。靴工場の激務で余分の体力
ゼロであるという原因もありますが、中国でも昔みたいなムチャクチャな騙し
行為をやる人が減ってきたからでしょうか。
まあ留学生時代と違ってお金が無いわけじゃない、5元や10元でケンカする
んなら、多く払ってやって気持ちよくつきあおう、という感じでこっちの思想
も成長したからでしょうか。
Y氏によれば、中国人と論争する時は相手と同じ調子にでかい声でムキになっ
て怒鳴りあうより、相手の言うことを全部聞いてから、森本レオみたいな穏や
かな調子でゆっくりと、ヒトコトヒトコトこっちの言い分を述べたほうが、む
こうをこっちのペースにまるめこめるんだそうです。
ーーY氏江蘇省四年の経験に基づいたヒケツだそうだ。
そうするとHAJIMEさんのかつての「韓国式ケンカ道」はあまり有効でないこと
になる。むむむ・・・。
どのみち今年37歳の身では消費パワーの大きい韓国式はもうムリだし、方向
転換といきますか。
―――― ところで、
よく中国人研究本なんかに、中国人はケンカしても後に残らない、と書かれて
いますが、アレ 本当なんでしょうか?
私の工場での仕事体験からだけ言ったら、これは確かに本当です。
口角泡とばして、顔を真っ赤かににて机ガンガンたたいて怒鳴りあった数時間
後に、何でもなかったようにケロッとフツーにおしゃべりしてます。
ーー日本人なら一週間ぐらいお互いに避けて暮らすレベルですね。
――靴工場のおばちゃん総経理、
私が全品検査で数百足をNGにしました・・・・。
突然バーン!!と我々のオフィスにとびこんできて、靴をバシーン!!と私に
ぶち投げて、
「いいかげんにしろ!!何もわからんくせに何がNGだ〜〜!!
こんなのどこが不良だってんだ!!」
・・・頭の上にでっかい温泉マークが出ています。
私もクツ投げられて黙っていられませんのでウギャーッ!と言いかえします。
おばちゃんはさんざん悪態をついてバーン!!とドアをしめて去りました。
でも―――その日の夜ごはん。
まーだムッとしている私に向かって、おばちゃんはもうなにも憶えない様子で
「タご飯たべたか〜?おかず足りてる〜?」と満面の笑顔でごあいさつ。
まあこの人の場合、更年期も少し入ってて感情の起伏が激しいのかもしれんが
こっちはヘナヘナ〜〜というカンジです。
いつまでもこの事を覚えてる私ですが....向こうは絶対忘れてるな。
まああんまり簡単に結論づけるのもいけませんが、こんなふうなんで人間づき
あいに関しては日本人相手より圧倒的に楽です。
一見すると、日本人と比べてオモテウラさえ無いように見えます。まぁ彼等も
人間ですから、当然ウラはあるはずですが、日本人より狭いのかな??
ーー狭くて深いのかもしれません。深くて暗〜い狭〜いウラ。
まぁ中国人といっても、北と中と南、そして省や民族によって当然それぞれ気
質に差があるので、いいかげんに断言できませんよ。でも日本人より圧倒的に
明るい。オープンになっている部分の面積が大きい。
ーーケンかするごとに仲が良くなる、と言ったらわざと臭すぎるかな。
中国人のやり方が両手離しで全面的にいいとはいわんですが、人間関係の中で
の小型地雷は、踏んで爆発させて、つまり処理してつきあうほうがその関係が
もっと発展することもあるのでは、と9年間の中国人、韓国人とのつきあいの
中で思いました。
日本人は古来から、地雷という地雷を全て踏まないように踏まないように人間
関係をもってゆくのが美徳とされていますが、現代の、現在のそれはちょっと
過剰に感じられます。日本の若い人など見てると子供の頃から地雷を踏まずに
生きてきたんで、ツルツルッと超上滑りな、表面を滑っているような人間関係
しか築けなくなっているように見えます。
ーー本当は、地雷の全部を避けるのでなく、踏んでいい地雷も踏むべき地雷も
あるのではないでしょうか。
日本の若者は、ケータイは持ってる、パソコンは持ってる、自宅の電話も自分
用があって、長電話、いつもメール、と、時間だけは長く、言葉だけは多くや
りとりしていますが、一方で「癒しの時代」なんていわれて長い、つまりドン
ドン空っぽになってるですねェ。
ーー本当の人間関係ってのが何だかわかんない。
――多分、大人もわかんなくなっている。
ちょっとケンカしてみませんか?
もちろんケンカの後はすぐキレイサッパリ忘れないとだめなんですが、ね..
......何か変わるかもしれません......。
= この稿おわり =
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