HAJIMEの近況通信 ―――――― by HAJIME さん
☆ 私の愛国心(?)論 ―――――――――――――――― 2003/11/16

先日、ご縁あってある日本の会社の出張者の通訳アルバイトをさせて頂いた。
26歳の若いお兄ちゃんであった。

話題につまってなんとはなくに、「そういえば、選挙ですよね」などとふって
みたところ、
「いやぁ、行かないっすよぉ。行ったって、どぉせ変わんないっしょ〜、なん
てね、もうボクってさぁ、愛国心ですかぁ?無いっていうかぁ〜、自分〜」

・・・愛国心、無いっていうかぁ〜・・・か、、。

私は95年に勘当されて日本を離れたっきり、ほとんど日本に帰っていない。
クビになって、ハタ!と我にかえって指折り数えてみたら、今年でもう9年目
なのであった。

なにか、親親戚はもとより、日本という国そのものからさえはじき出されたよ
うな気持ちで、後を振り返るもんか!とクソ意地張って船に乗ったあの日から
もうはや10年ひと昔だったのか。

歳とったせいだろうか、95年の留学時代も、97年からの開発区流浪生活も
なにかつい昨日のことのようにしか感じられない。どうりで中国がえらい様変
わりするはずだ。10年経ったらどんな国だって変る。

それがこのような今世界で一番早い速度で発展してる右肩上がりの国ならなお
さらだ。

では、中国で10年経ったなら、SFの世界ででもない限り、日本でもやっぱ
り同じように10年が経っているはずだ。そして、中国の変化に及ばないまで
も、日本も10年分変化しているはずだ。

―――― さ〜て愛国心

HAJIMEさんは、実は日本のことが全然わかりません。

留学の2年間は、偏屈350%でわざと日本人の少ない、小さい学校に行った
ので、日本の衛星放送が見れる北京の有名学校に行った皆さんのようには日本
の情報はGETできませんでしたし、日本の新聞も見る機会がありませんでし
た。

そのうえ、留学2週間目で同期の日本人留学生とケンカをぶっかまして、以降
2年間、ほとんど日本人とつきあわない。中国人と韓国人同学とばっかり遊び
あとはひたすら勉強してました。

----はっきり言わせてもらうと、それらの日本人留学生は毎日遊んでばっかで
全然勉強しないので、つきあっているといつまでも中国語が上達しそうにない
と判断して意図的に絶交したのです。
今の留学生はどんななんでしょうかねぇ。

―――― う〜む愛国心
 
その後働くようになってからは、香港に行って新聞や雑誌を買えるようになっ
たので、ある程度の情報は入るようになりましたが、なにしろ普通の会社でも
一年に一回しか里帰りさせてもらえないとこへもってきて、行く会社行く会社
で1年以内にクビになってしまうので、ほとんど日本に帰れないわけで。

----なんでそんなにクビになるのか、は今回のテーマと関係ないので、これは
またの機会にでもじっくりと----

今時のこの超情報化時代にあっても、浦島太郎になるのはこれほどた易いとは
思いもよりませんでした。まあ、今はインターネットがあるので、これからは
そんな心配はないでしょうが。

―――― そうですか愛国心

さて前述のように、HAJIMEさんは勘当されて中国に来たのですが、中国に来る
前のHAJIMEさんは、ご想像の通りかなり偏った中国大好き&香港オタクであり
ました。当然のことながら中国好きな分だけ日本が嫌いなわけです。

ーー若さ故の融通のきかなさですな。

で、中国に着くなり日本人とケンカ⇒絶交してしまった上、この28歳遅咲き
の留学生は自分でも驚くほど早い速度で中国に溶け込んでしまうのですね。

全然喋れないのに一人でガンガン外出して、筆談でそこいらじゅうで中国人の
普通の人々と友達になってしまったり、道に迷って知らない親切な人に送って
もらって大学まで帰ってきたり、CD屋さんの店先で火鍋をご馳走になったり
などなど。

中国はなんて生きやすい国だろうか。日本にいたときはなんて窮屈だったのだ
ろうか。毎日が本当に楽しくてしかたがない。

思えば、自分は親親戚からだけでなく、日本という国そのものからもはみだし
てしまったのかもしれない。はじきだされてしまったのかもしれない。そんな
人間でも中国はこんなに温かく包んでくれるのだ。ってな感じで留学2年間で
HAJIMEさんの中国贔屓は、引き倒して引いたままどこまでいくのやら。

日本ますます嫌いや!・・ってな大変危険な人物になってしまっていました。

しかし、そんな危険人物でも就職するとなればやっぱり日本の会社なのです。
まあ、もともと規格外だったのが、中国で放し飼いでさらに野生化してしまっ
ていたので、当然最初の会社では狼少女が社会に適応する訓練ぐらいに大変な
ものでした(笑・・・・・・笑ってる場合か)

まあ、どこへ行っても日本人のオジサンたちから事ある毎に「それでも日本人
か!」と言われるのですね。そういわれても私は掛け値なしの1780%日本
人だし。日本で生まれて育って日本のパスポートで中国に来てるんだから。
ーー困ってしまいます。

―――― その頃からですHAJIMEさんが

日本人、日本人とえらい威張って言うけれども、

―日本人とはじゃあ、果たしてなんなんだ?
―日本人だからなんだというのだ?

―"日本人らしく"っていうけど、
―"日本人らしく"って具体的にどういうことなんだ?
―じゃあ、"日本人らしくない"とどうしていけないんだ?

―だいたいそもそも、どうして"日本人らしく"ないといけないんだ?
―"日本人らしい"と外国にいてなにか利点でもあるのか?
―"日本人"がなんでそんなに"日本人"であることを鼻にかけるんだ?
―なにを根拠に?

などどスカな脳ミソから煙を上げて考えるようになったのですね。でも、なに
しろ高校時代グレてお勉強してなかったので頭が悪くて、いくら考えてもよく
分かりませんのじゃ。

若いうちにお勉強しないと一生タタルのですえ、中学生、高校生のみなさん。
年寄りのいうことにウソは1コもありませんのや。騙されたと思うて一所懸命
勉強なさい。遊ぶのは、大人になってから中国でも来なさい!いくらでも遊べ
ますさかいな。

分からないもんだから立て続けに3つも会社をクビになってしまって、それで
もまだ分からないのですな・・・・。

さて、たしか2つ目の会社でした。

そこでもまた猛烈に日本人にイジメられ、1ヶ月と3週間しかもちませんでし
たが、その会社には私より一年早く入った、私より何歳も若い元留学生の女の
子がおりました。

その子が私に輪をかけて偏屈な、そうとう傾いた中国大好き派で、だから私と
いう日本人が生活に増加したのが気に入らなかったのでしょうか、イジメられ
ましたな。とほほ。

ある日、工場のスタッフが言いました。「彼女はすごく中国が好きで、ホント
は日本人をやめて中国人になりたい、とよく言ってますよ」

HAJIMEさんは頭がわるいのですが、これを聞いたとき「それはチョット違うん
じゃないかしら?」と思いました。

その時点で既に2つの会社で日本人にイジメられ、理不尽な策略でクビになっ
た経験に、日本人というものに対してそうとうの疑問をもってはいましたが、
そんなバックグラウンドがあっても尚、この若いお嬢さんの考えは間違ってい
る、と思われました。

ただ、なにがどう間違っているのかというのは、HAJIMEさんのバカ頭では答が
でなかったのですけれど・・・・。

そういうワケで、その会社の名前ももう忘れてしまいましたが、このお嬢さん
とこの言葉だけは、折々に記憶によみがえってくるのです。

―――― ああ、そうでした愛国心でした。

さて、3つ目の会社で私を迎え撃った日本人駐在のオジサンたちは、いままで
の会社のそれを遥かに凌駕して、HAJIMEさんをして日本人を軽蔑させ、絶望さ
せるに余りある人々だったのでした。

工場で接する若い若い、20歳前後の中国のスタッフやワーカーさんの、キラ
キラした穢れない瞳と、ほんとうに純粋で、真っ直ぐなその真心に日々心打た
れ、その対比の、あまりの分かり易さに「日本はこのままで大丈夫だろうか」
と自分がいつクビになるか分からん身分のくせに、憂国の思いに駆られるよう
になりました。

彼ら若い若いスタッフの、それはそれは優秀なこと。

聞けばみんな中卒で、高校出はほとんどいないのですが、難しい金型図面理論
をおそろしい速さでマスターし、しかも1年ぐらいでそれを更に部下に教えら
れるようになるのですから。とにかく彼らの頭のよさに驚愕しました。

みんな家庭の事情で上の学校にいけなかった子らです。
13億の中国にこんな恐ろしい若者がいったい何億ぐらいいるのだろう。しか
も彼らはおそろしく純粋で、間に合わないとなれば、2時まででも、3時まで
でも残業するのです。

徹夜もします。女の子もです。しかも文句ひとつ言わず、誰に言われるのでな
く、自分から、責任感からそうするのです。

優秀で、努力家で、責任感があって、しかもまったく骨惜しみするということ
を知らない。彼らの月給を聞いたら本当に驚きます。

HAJIMEさんが18歳で就職した年に、日本である言葉が流行りました。
「3K」
という言葉です。「きつい、汚い、危険」だったかな?忘れましたが。
製造業のしんどさを3つのKの字にまとめた言葉です。

ただし、この言葉が流行ったのは「若者がこれを嫌ってこういう仕事に就きた
がらなくなっている」社会の風潮を報道するためでした。

そうして18歳のHAJIMEさんも製造業に就職はしましたが、残業も日曜出勤も
大嫌いな、まさに時代の気分に乗っかったトレンディーな(笑)若者の一人で
した。

日々中国の未来の光=この素晴らしい若者達を見せつけられる。そして、振り
返って自分の20歳ぐらいはどうだったか、当時の日本と日本の若者はどうで
あったか考える。「3K」などとイイ気になって吹きまくってきた自分自身と
同世代の若者達。

時代の潮流だと「3K」を馬鹿にして、では彼らはいったいその後どんな仕事
に就いてどんな人生を送っているのか。まったくなってなかった18歳〜20
歳当時の自分と、この中国の若者達をいやでも比較して考えずにはおれない。

頭の悪いHAJIMEさんでも、サスガに「これは、なにかとってもヤバイような気
がしますよ‥‥」と、メールで日本の友達に訴えてみたりしました。

さて、ここもクビになりました。

仕方ないので日本に帰りました。

5年ぶりに帰った日本は、なんだか前と全然違う国になっていました。
ーーひと言でいったら不景気でした。

でも、ほんとは中国にいても、それはハッキリと感じとれていましたけれど。

95年に初めて中国に来た年は、1万円が1000元以上しました。
天津の中国銀行本店に両替に行くたびに、ヤミ両替屋のアンチャンらが「日円
!!日円!!」と叫んでウワァーッ!と取り囲まれます。どこのヤミ両替屋に
行っても日本人は大歓迎されました。

ヤミ屋に取り囲まれるのを、ウザッタイ、とか口では言いつつも、心の中では
殿様気分でたいへんに有頂天でした。世界で一番お金持ちの国の人!!と誰か
らもチヤホヤされるのがけっこう得意でした。

それがこの頃になると‥‥600元‥‥です。しかも、開発区のヤミ屋さんは
日本円なんてゼンゼンありがたがりません。日本円はあんまり価値がないから
両替をしてくれないところもありました。

まあ、この頃の私の給料はもっぱら香港$だったので、日本円の両替は日本か
ら来た出張者のお付き合いのときしかありませんが、両替の度にアリガタがら
れかたがみるみる下降していく我が祖国の通貨を憂えるのを止められませんで
した。

―――― ああ、そうでした愛国心ですね。はい。

祖国のあまりの陰気臭さに耐え切れず、3ヶ月でまた日本を飛び出して、なん
の当てもないのに飛行機に乗って開発区に来て、運良く今の工場に拾ってもら
いました。

開発区で就職して以来の最長記録3年ですから、確かに激務でしたが、とりあ
えずひとつところに3年定住できたということで、いままでと違っていろいろ
考え、哲学することができました。

いままでの、いつクビになるかわからない暮らしと違い、精神的に安定してい
るので、いらないことをああでもない、こうでもない、と考えます。

以前メルマガにも書いたことがありますが、私が日本人だというだけで、みん
なの10倍以上の給料をもらって、しかも仕事は彼らよりかなり楽チン、で、
宿舎や食事は特別待遇という問題について....など。

そもそも私が雇われたときにいいつけられた仕事は実に簡単で、楽チンなもの
でして、口頭でしたがハッキリと、毎週日曜日は休んで香港の教会に通ってい
い、とも約束されたのですね。

じゃあ、なんで毎日12時まで残業して日曜日も休まず働くようになったかと
いうと、単に中国のみんなにあまりにもモウシワケナイ、後ろめたさの一心と
いうわけです。

だってですね、私の部屋は悪いことに会議室の真上なのですよ。

私が10時とかに、「今日は早く上がってVCDでも見るじゃんね〜」なんて
シャワーしてフカフカのセミダブルベッドに横になると、階下から椅子の立っ
たり座ったりの音がするんですよ。

彼ら11時とか12時とかから当たり前みたいに会議始めるんですね。それも
しょっちゅう。で、2時くらいまでやってるときさえある。

彼らの激論の声が床を通して丸聞こえ。また中国の建物って、壁も床もまるで
紙でできてるみたいに、まったく防音効果というものがないんだな、これが。

さぁ、あなたならこういうとき寝れますか?VCD見れますか?

で、ただもう後ろめたさだけのエネルギーでやたらに頑張る。するって〜と、
仕事ができるようになる。できるとなると、中国人というのは、それ!コイツ
できるぞ!ってドンドンドンドン自分らの仕事を私に押付けてくる、で、仕事
が増える。
そういうわけで、メルマガでご紹介したような状態となったわけです。

―――― ああ、愛国心でした。忘れてませんよ、ご心配なさらぬよう。

開発区で就職した一個目の会社からずっと、密度は薄くなったり濃くなったり
しながらも、この不思議なうしろめたさはHAJIMEさんのスカ頭を離れずにのし
かかっていたわけですね。

なんで私は彼らの10倍20倍の給料をもらって、彼らよりあらゆる面で優遇
されているのだろうか?
私になんの優れたところがあって、この給料とこの宿舎とこの幹部食堂の特別
メニューと、このお客様といっしょに接待にいって食わされる海鮮料理と、、

なにもわからんのにベテランの幹部を叱り飛ばしたり、彼らにえらい気を遣わ
れたり、、

ーー考えても、考えても、的確な答が見つからない。

仕事に対する捨て身な没頭ぶりも、責任感も、疲労も、どの角度から比べても
私は遥かに彼らに敵わない。どう無理矢理こじつけてみても、この後ろめたさ
を追い出すことができない。

そして認めたくないが、やっぱり最後に行き着くのは
「私が日本人だからか?」
いったい、日本人だからなんだというのか?

ーー仕事の能力を比べたら、肖さんに遥かに敵わない。
ーー頭の回転でくらべたら、友良に遥かに及ばない。
ーー英語会話と客あしらいではごんちゃんの100分の1にもならない。
ーー業者と値切り交渉させたら、李宗保のハナクソにさえなれない。

日本人という枠をはずしたら、中国ではだれもハナもひっかけてはくれないの
ではないか?

どの会社の日本人だったかが事ある毎にえらい意地になって吹いてた「日本の
優れた教育」とやらを一応高校まで受けてきたはずのこのテイタラクは、あり
とあらゆる面で中卒の中国の若者に負けてしまうのだった。

―――― そこで初めて気付く・・・

私は、中国に来て9年間ずーっと、嫌いだ、捨ててきたんだ、と言い張ってき
た祖国、「日本経済大国」に、目に見えない形で護られてきていたんだ!と。

私という人間は、ホントウにとるに足らないチリのような、それこそ明日消え
てなくなったとしても誰も困らないほどの存在だが、日本という国が立派で、
世界の大国としての看板がデッカイから、こうやって失業しても道ばたで死体
になることもなく、他人様の国であるというのに結構堂々とあちこちに出張っ
ていけるのであった!

祖国とは、ホントウに故郷の母のようである。

いっしょにいるとうざったくてしょうがない、ぜんぜんアリガタイなんて思わ
ないが、遠く離れてみてその有り難味がやっと分かるものなのであった。

さて、このスカ頭のHAJIMEさんでも祖国の有り難味が分かるに至った、とても
分かり易いエピソードをひとつ紹介いたします。

激務地帯でお馴染みの靴工場で、私が就職した年の終わりに、それまで工場の
オーダーのほぼ100%を占めていた、ある日本の大手のお客さんとお別れを
した。つまり日本からのオーダーがほとんど来なくなった。

日本事務所はもちろん、新しい大口のお客様を掴むべく、それこそ身をすり減
らして営業活動を繰り広げていたのですが、ご存知の通り日本の会社というの
は大変保守的なので、新しいお客と信用関係を築くのにはある程度の時間がか
かる。

その「ある程度の時間」の間、約半年ぐらいか、工場としては当然自分で営業
して、台湾人や香港人から、主にアメリカやヨーロッパのオーダーを取ってき
て生産する。

その半年間、工場に置きっぱなしの私は、それはそれは針のムシロでしたね。
工場の董事長は日本人で私を雇ったのもその人だから、まあ、いちおう宿舎も
食堂も変りはしないのだけれど、スタッフもワーカーもあからさまに私と私の
部下達を軽く扱うようになってねえ。

サンプルを作ってても、「そんなの作って、ほんとにオーダー来るのか?もう
何十スタイルもサンプル作ってるけど、全然オーダーこないじゃないか。俺達
が今作ってるこのサンプルなんか、もうオーダー決まってて、アメリカ向けで
5万足だよ。その後まだ追加オーダーがくるんだ。全部で20万足だってさ」

といった調子で、当時景気のよかったヨーロッパやアメリカと比べて、不景気
でオーダーの来ない日本という捉え方で虐められるのだな、、言葉のイジメ。
態度のイジメだ。

工場のスタッフもワーカーも、いずれもたいした情報ソースをもっているワケ
ではないから(だいたいテレビ見るヒマなんてないし)、どこかから聞きかじっ
てきた「日本はすごい不景気」という断片情報をどえらい拡大解釈して、

「もう日本はだめだね。これからはヨーロッパだね」
「日本の円はもうぜんぜん価値がない。だれも欲しがらない」

等々、なにも知らないかわいらしさで、いろいろ私に演説してくれる。無邪気
なイジメである。
サンプルを頼んでも、アメリカ向けやヨーロッパ向けのお客のサンプルが入る
と、おもいっきりストップしていつ再会するかわからない、なんてしょっちゅ
うだったし。

この半年は辛かったけど、
「国が傾いたら外国でゾンザイに扱われる」
という疑似体験をさせてもらった。ーーいい機会だった。

私という人間はまったく同じなのに、国が傾くとまったく鼻もひっかけてもら
えない、という恐ろしくも、しかし起こらないとは断言できない..貴重な体験
でしたよ。

その後日本事務所の営業努力が実って新しいお客がつかまり、工場のオーダー
シェアが80%〜90%以上に回復し、あの時あんなに私をいじめたあの連中
が手のひらをかえすようにヘコヘコと言うことを聞くようになって今に至る。

―――― 愛国心ですがな!!

そんなわけで、今のHAJIMEさんは間違っても、口が曲がっても、「愛国心なん
てぇ〜無いって感じ〜」などど、恐ろしくて言えません!!!

選挙に行かない日本の若いお兄ちゃん、お姉ちゃん!

あなた方が、選挙の日に有給休暇をとって南の島やらヨーロッパに優雅に旅行
して、札ビラ切って、ブランドもの買い漁っていられるのはいったい誰のおか
げか?考えたことがあるのかいな???

ゼッタイゼッタイあんた自身が偉いとか、スッゴ〜イんではないで。
みんなみんな日本という、あんたの祖国があってのことなんやで〜。

国が傾いたら、今みたいに引きこもったり、親がかりでフリーターやったり、
中学生の分際でケータイ持ったり(その電話代を親が払ったり)、遊ぶ金ほしさ
で援助コーサイしたりなんてやってらんないで。

それこそ、エンコーしたくなくても、家族を食わすために身を売って暮らさな
あかんようになるんや。中国にはそういうお嬢さんが千万の単位でおるんや。

彼らとあんたらの違いはなんや?

人間個人としてはなんも違うところなどない。いや、ある意味では彼らのほう
が何倍も偉いかもしれん。ただ、国の発展の度合いが違うだけなんや。

あんたら、もっと祖国に感謝して一日一日大切に生きな、そして自分の将来、
子供や孫の世代まで今の幸せな暮らしを保証するために、今自分たちがどうし
なくてはいけないのか、目をそらさないで真面目に、それこそ真面目に考えな
間に合わんで。

HAJIMEさんが高校生ぐらいの頃からか、日本の若者の間に「真面目になんかす
るのってカッコわり〜」っていう思想が発生して、いまやすっかり根付いてし
まったけど、HAJIMEさん開発区で7年間、超真面目な中国の若者といっしょに
働かせてもらって、目が覚めたわ。

真面目のドコがいかんのんじゃ!!

真面目に考えて、真面目に働いて、真面目に仕送りして、真面目に貯金して、
真面目に結婚して、子供を養うために倹約苦労する、なにがカッコわり〜!!
------ことがありましょうか――――。

もちろん HAJIMEさん本人も偉そうに言った手前なにかせんならん。
う〜〜ん。
いま、とりあえず昭和の歴史を勉強しております。
ーー頭悪いからなかなか入ってこないけどな・・。

では、次回の選挙には必ず行くように!!

25歳以上の国民は、たしか誰でも立候補できる、と小学校で習った記憶があ
る。私の知らんうちに憲法が変わってなければ、いまでもそうであるはず。
「変らないから〜」なんていうなら、自分で立候補して変えてみなされ。中国
と違って日本にはそういう権利と自由があるんではないか?

反論、言いがかり、苦情、などなど、、ド〜ンとかかって来なさい〜〜!!
今の私はもう失うものがないから、なんにも怖れないで〜!!

・・・ただ怖れるのは、日本国籍剥奪だけだ〜〜!

                        = この稿おわり =
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