☆ カルカッタ編(10)「本音で生きる人々」―――――― 2002/04/03
by 藤田健さん
カルカッタの街角では、大道芸人を見かけることも珍しくない。大道芸が観ら
れることは、外国を旅する上で大きな楽しみのひとつである。ニューヨーク、
バース(イギリス)、そしてカルカッタ。――――これらの地では、とりわけ印
象深い大道芸人と出会うことができた。
芸人の気迫を肌で感じ軽妙なアドリブと巧みな話術に魅了された時には、本当
に豊かな気持ちにしてもらえ、おもわずチップをはずみたくなる。その代わり
冗漫で稚拙なだけの芸の場合には、とてもお金を渡す気にはなれない。
芸能を観に行く場合、普通は芸人サイドの決めた見物料を前払いで支払うのに
対して、大道芸の場合には芸に対する満足度によって自由に観客が見物料を決
められる。その為、大道芸人の客寄せと見物料集めのテクニックには、それぞ
れ独特の創意工夫がある。そんな芸人達のみなぎる気迫を直接肌で感じるられ
る事が大道芸の醍醐味だ。
だがインドでは、いざお金を集める段になると不愉快な思いをする事もしばし
ばだ。大体、大道芸を見た後の見物料の相場は1Rp程度なのだが、我々外国人
の場合には1〜2Rpを払っても納得してくれないことも多く、見るに耐えない
未熟な芸人でも、公然と多額のお金を要求してきたりする。
稚拙な芸を勝手に道端で繰り広げ、たまたま足を止めた者から強制的にお金を
徴収しようとするそのやり方は、まるで押し売りである。その上、見物料の額
を勝手に芸人のほうで決めようというのだから無茶苦茶である。そういう発想
をする連中と関わる事自体、私はとても不愉快なのである。
さらに頭にくることには、支払いを拒否すると罵声を浴びせてくる輩もいたり
して、二度不愉快な思いをさせられる。そのことがとても私は嫌だった。だか
ら私の場合、インドでは大道芸を見物することに一抹の躊躇があった。
さて、私のカルカッタでの常宿 “Hotel Maira” の屋上でくつろいでいると
よくホテル脇の路地から大道芸人の歌声が聞こえてきた。すると、大道芸好き
の旅行者達は急いで表に駈けて行く。
そして芸が終わって戻ってきたあとに、いつも土産話を聞かせてくれた。どう
やら家族でやっている芸人らしく、歌を唄う子供がかわいかった事、ハルモニ
ウム(インドのアコーディオンに似た楽器)を弾いている女将さんの気性の激し
いこと、それに対して太鼓を叩く旦那の気の弱そうな事。
お客との間で、今日はどんなエピソードが繰り広げられたのか。その話は目に
浮かぶようで、とても私の興味をかきたてた。しかし、どうしても見に行く気
にはなれなかった。なぜなら、その女将さんの意地汚さは物凄いらしく、見物
しているツーリストと毎回トラブルを起こしていると聞いていたからだ。
私は、そんなトラブルの主人公になった時の不愉快さを想像しただけで、どう
しても(気持ちは行きたがっているのに)行く事ができなかった。だから、いつ
も屋上でその演奏を聞きながら下の様子を見下ろしているばかりであった。
いくら我の強い私といえど、和を尊ぶように躾られてきた日本人、揉め事の臭
いを感じ取っただけで憂鬱になってしまうのである。私は降りかかった火の粉
は必ず祓うほうだが、しかし、火の粉自体の熱さは骨身にしみているので、火
の上がりそうな場所からは出来るだけ遠ざかりたいと思っているのである。
例えば、サイクル力車にもなかなか乗れなかったりする。なぜなら、彼らはよ
く最初の約束より多い金額を最後には要求してくる。だから支払いの段になっ
て揉めるかもと想像しただけで憂鬱になってしまうのである。
それならそこで、大した金額でもないのだから気前よく払ってやれば丸く収ま
るのだが、そういう約束を守らない輩がどうしても許せなくて、毎回トラブル
となってしまうのである。その為、ついつい遠距離でもサイクル力車を利用す
る気になれず、1時間、2時間と歩く破目に陥ってしまうほどである。
そんな私の窮屈な性格を見かねたのか(どうかは分からないが)、その頃屋上で
一緒に寝泊りしていた或る日本人ツーリストが、私に面白い話をしてくれた。
┌--------
俺もね、世間で云う“立派な大人”になりたくて、長いこと社会のモラルなん
かにガンジガラメになって生きてきたんだ。だから、今回の旅では自分のワガ
ママを素直に出せるよう心がけて毎日を過ごしているんだ。な〜に、大した事
じゃないんだ。ーーー例えばね、
今日の夕飯は何食べようかな〜、なんて朝から考えていて、カレーも飽きたし
たまには中華でも食べに行くか!って思ってたとするだろ〜。ところが、夕方
たまたま日本人旅行者とつるんで楽しく遊んでいたとする。
そこで誰かが言い出すよね。“そろそろ晩飯にしますか”って。そこでまた誰
かが、“今日は角のカレー屋にしましょうよ!”って言って、あっという間に
賛成多数全員一致で決まったとするよ。そんな時、普通の日本人ならば場の雰
囲気を壊したくはないから“俺もそれでいいです”って賛成して付いてくじゃ
ない。だって、たかが晩飯だもの。
俺は一緒には行きません”って言うのも、なんか大人気ないしね。でもね、そ
こで気軽に、イヤ〜、俺は今朝から妙に中華が食べたい気分になっちゃってた
もんだからね。せっかくだけど、俺は中華に行かせてもらうわ!”なんて気軽
に言うように努めているんだ。
こんな事わざわざ考えるまでもなく、思ったことをいつも口に出せる人だって
沢山いるけれど、“もう少し周りに気を遣えよ!”って言いたくなる奴も大勢
いるけれど、俺はいつも自分のやりたい事がなかなか口に出せなくて、つい八
方美人の顔をしちゃうほうだから、
今度の旅行では、“今、本当は自分が何をしたいのか?”を自分の心に訊いて
みて、心の声に耳を澄まして自分の心と身体の趣く方向をしっかりと受け止め
てあげて行動しようって努めているんだ。
└--------
この話は、いたくその頃の自分を揺さぶった。
しかし、結局その後もホテル脇でのハルモニウムの演奏を聴きに行く事は、身
体が動かなくて遂にできなかった。しかし、彼の言った言葉はその後も私の中
で育っていった。
その後アフリカに渡り、約一年後に再度カルカッタの地を踏んだ。
宿はいつものHotel Maria の屋上。そして或る日、再び聞きなれたハルモニウ
ムの演奏が屋上にまで響いてきた。あの大道芸人の家族だ!迷わず表に飛び出
した。いたいた、あの大道芸の家族が。
観衆は、私の他はインド人が2〜3人。当然、芸人にとっては金になりそうな
ターゲットは私1人。だから、明らかに私を意識して演奏が始まった。私も、
今日は見物料を吹っかけられる覚悟を決めて聴きに来た。地元の相場は1Rp程
度だが、奮発して5Rpくらいは払うつもりだ。だから、途中でリクエストまで
してしまった。
そして、一通り演奏が終わって見物料を集めだす。他のインド人たちは、やっ
ぱり大体1Rpの支払い。無論、中には払わない人もいれば、気前良く2Rp払う
人もいる。そして私が5Rp札を差し出すと、案の定意地汚いと評判の女将さん
がクレームをつけてきた。
「なんだこの金額は。ケチケチしてないで、100Rp札を出しなさいよ!」と
大声でわめきやがる。しかし、それを聞いて不思議と私はうれしくなってしま
い、思いがけず笑みまでこぼれてしまった。
そしてニッコリと、「5Rpで充分じゃないか。それ以上はあげないよ」と彼女
に言った。おばさん何やらブツブツ言ってたけれど、30秒もしないうちにも
う頭は他の事を考え出しているようだった。
その時私は思ったんだ。おばさんだって、きっと理不尽な要求をしている事は
承知の上で試しに言ってみてるんだって。迫力満点の声で、本気の振りして無
理難題を。なぜなら、試しに“もっと金くれ”って言ってみたところで、おば
さんに損はない訳だし、時たまほんとに大金払うツーリストがいないとも限ら
ないのだから――――。
私だって、例えばもし東京で大道芸でもやって、相場のわかっていない外国人
の客に向かって「ケチケチせずに10万ぐらい出しなよ!」って試しに言うだ
けで、もし年に一度でも出す奴に巡り会えるものなら言ってみたい気持は自分
の中にもあると思う。
しかしその時には、モラルを守らなければいけないという気持も働くだろうし
また、そう言うことによって他人から蔑まれることを恐れ、プライドが邪魔を
し“金が欲しい〜!”っていう本音はやはり押し殺してしまうだろう。
誤解されると困るのだが、私は日本人も、インド人ほどに本音を表面にさらけ
出して生きていけばいいとは思わない。なぜなら、もし日本人がそうしたら、
毎日がぶつかり合いとなってとてもやってはいけないと思うからである。
しかし、インドの最下層の人たちの、恥も外聞もない、裸になって本音をぶつ
け合って生きている姿っていうのは、実にエネルギッシュで清々しいと思う。
なぜなら現代の日本では、表面取り繕ってばかりで本音は何を考えているのか
お互いに分からなくなって相互不信に陥ったり、八歩美人をやり過ぎてほんと
は自分が何をしたいのかを見失っている人がとても多いと思うからである。
だから、恥も外聞もモラルも関係なく、平気で本音のワガママを言い散らすイ
ンド人に出会ったときに“こんなふうに生きられたら楽かもしれないな〜”っ
て感じられるぐらいの余裕を持って生きていきたいと思った。彼らに無茶苦茶
な要求を突きつけられたって、ただニッコリ笑って“No”って言えば済むのだ
から。
また、その後こんな出来事もあった。
いつものチャイ屋に座っていた時のことだ。一人のちょっと頭のネジが緩んだ
ようなインド人が、チャイをおごってくれといってきた。私は時折インド人に
チャイをおごることがあったので、それを見ていたのだろう。
しかし、そいつはかなり変な男で、地元でも嫌われ者だった。だから「あんた
になんで俺がチャイをおごらなくちゃいけないんだよ。俺とあんたは話したこ
とさえないのに」と言って断った。そうしたところ、その男はいろいろと暴言
を吐き始め、
終いには “ジャップ”なんて言って喧嘩を売ってきた。その頃の私は、大抵
の事では腹が立たなくて、いつもニコニコと受け流していただけだったのだが
その時だけはなぜだか素直に腹が立ってきた。しかし、別にキレタわけでも冷
静さを失ったわけでもなく、妙な表現だが、とても自然体のまま怒りがこみ上
げてきた。
私が立ち上がると、奴はファイティング・ポーズとったので、さらにいっそう
頭にきてしまい、“よしやろう”っていう感じで私は一歩前に踏み出した。そ
うしたところ奴は一歩下がった。それでも減らず口が止まらないので、さらに
一歩、もう二歩と私が踏み出すと奴は背中を向けて逃げ出した。
それでも何やら罵声を吐きながら逃げて行くので、私はさらに追いかけた。す
ると奴はもう全力疾走で逃げ出した。そこまでやれば、それ以上追っかけるの
も大人気ないし、騒ぎを大きくするほどの事じゃないと頭では分かっていたの
だが、
不思議とその時は追うのを止めようとは全く思わなかった。我を忘れた訳では
全くなくて、ただ心の求めるままに自然に体が動いたのである。凄く爽快な気
分だった。
そのまま100m以上を全力疾走して奴をとっ捕まえ、胸ぐらを掴んで締め上
げた。当然インド人が沢山集まってきて、大騒ぎである。それでも奴は、警察
がどうのと云って減らず口を止めないので、「ああ、警察でもなんでも呼んで
来い」って言ってやった。そうしたところ、やっと奴もしょげかえったので放
してやった。
それからゆっくりとチャイ屋へ歩いて戻ると、いつものチャイ屋の連中が大喜
びで待っていてくれた。私に対していつも愛想のなかった従業員のおじさんま
でが、「チャイが冷えちまっただろう」と言って、熱いチャイに入れ替えてく
れた。
その時私は思った。あぁ、きっと今までいつも俺は、ニコニコしてばかりで怒
りもしないし、本音が見えなくて得体が知れなかったんだろうな“って。彼ら
は、八方美人的な聖人君主よりも、綺麗事抜きの本音で生きている人のほうが
きっと親しみが湧くんだと思った。
それが、自分に欠けてたものだって事が分かった。なぜなら、彼を追いかけて
走っている時、無我の境地ってこんな感じじゃないだろうかっていうぐらい頭
の中がすっきりしていて、気分爽快だった。ただ単に、自然に体が全力で躍動
してるって感じで。
笑われてしまいそうだが、あの時の感覚を一生忘れないで日本でも生きていけ
たらなっていうぐらいに無心になれた瞬間だった。
= おわり =
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┃ ┃ コメントボードに頂きました感想。
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┌──────────「かたやんさん」
北京やソウルに1人旅をした時、自分の意志が正確に相手に伝わっていないの
に中途半端に妥協し、おまけに愛想笑いをしている自分が‥‥‥たまらなく嫌
だった。
健さんのレポートを読ませてもらって、本当に凄いなぁ‥私もそのレベルまで
到達したいなぁ‥‥‥と芯から思いました。「目から鱗」です。
└──────────
┌──────────「tomokoさん」
藤田健さんのカルカッタの話はいつも面白い!これが楽しみでこのメルマガを
取ってます。(悪いけど中国はイマイチね) 藤田さん、これからも人間味のあ
るリポートをよろしくね。
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┌──────────「cottonさん」
こんばんわ、はじめまして。
3月の中旬からこちらのメルマガを購読してます。藤田健さんの「カルカッタ
編(10)」、最後のほうは、なんだかじわーっと涙を浮かべながら読んでしまい
ました。
ワタシも、できることなら自分の心の中を全部さらけ出して、きちんと相手に
怒りをぶつけたい、この胸のつかえを何とかしたい、そんな風に思いながら読
みました。
なんかメルマガと、全然関係ない個人的なハナシですみません(^_^;)これから
も配信楽しみにしてます!では!
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┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。
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