安旅安宿旅行体験記
☆ カルカッタ編(6)「乞食さん(後編)」――――――― 2002/02/27
                          by 藤田健さん

またまた、いつものチャイ屋での出来事である。このチャイ屋に座っていると
何人もの乞食さんがお金をもらいに回ってくる。乞食さんの顔ぶれは、毎日大
体決まってる。きっと乞食の人たちも集金のコースを決めているのだろう。

だから、座っている私の前を、毎日何人もの乞食さんが通っていく。

チャイ屋に通いだしてまだ日が浅い頃は、わりと気軽に小銭(1Rpか50パイ
サ=0.5Rp)を渡していたのだが、チャイ屋の面々と仲良くなるにつれ、乞
食にお金をあげるのを見ている彼らの視線が気になるようになってきた。

なぜなら、そこのチャイ屋は、チャイが一杯1Rp、従業員の収入は(3食付で)
10Rpのチャイ屋である。働きもしない乞食に、気軽にお金をあげるという私
の行為に不愉快さを感じても不思議はないと思ったのである。

そこで、さらに彼らの顔色を窺ってみると、どうも彼らにとっては、お金をあ
げても構わない乞食と、あげるべきではない乞食、、端的にいえば人望のある
乞食と嫌われ者の乞食がいるらしいということが分かってきた。

彼らの判断基準はもっともで、働けるのに怠けたいから乞食をしていると思わ
れる者や、実は財産があるのに乞食をしていると思われる者(ちょっと信じが
たい話だが)そして性格の悪い嫌われ者などがいるというわけである。

彼らは、時に乞食の身の上を(多分噂で)知っていたり、その言葉遣いや雰囲気
などからその乞食のバック・グラウンドを推測したりしているようだ。しかし
当たり前だが、これを通りがかりのツーリストが見抜くのは至難の業である。

私は毎日チャイ屋に座っているので、チャイ屋の面々とは仲良くやっていきた
いと思っていた。だから自然と、乞食にお金をあげる時には、みんなの様子を
窺って、暗にみんなが認めるような乞食にだけお金をあげるようになっていっ
た。

その結果、チャイ屋の面々から合格点をもらえている乞食は、毎朝一回は私の
ところに立ち寄るようになっていった。まあ、乞食さんの顔なじみ、といった
ところだろうか。

そんな中で、面々から一番尊敬されていた乞食さんは、乞食と呼んでもいいも
のかどうかも判然としない盲目の老人で、お金を受け取れるようにいつも右手
を前に突き出して、左手に長い杖をついて「アッラー・アクバル=アッラーは
偉大なり)」と唱えながら一歩ずつゆっくりと歩んでいくムスリムの老人だっ
た。

この人が、若い頃からこういう生活をしているのか、どんな人生を歩んできた
人なのかは知る由もない。ただの乞食なのか、聖職者なのかさえも私には見分
けがつかなかった。

もう一人、私と仲良しになった乞食さんで、両足を失ってしまっていて、スケ
ボーのような車輪付きの四角い板に乗って、路上をガラガラといざって移動し
ているおじさんがいた。彼は毎朝「 Good morning Master!」と朗らかに挨拶
をしてくる。とても明るく自然で、なんだか幸せそうな顔をした人だった。彼
は英語もけっこう達者で、時々チャイをご馳走してあげて世間話をしたりもし
た。

インドについて書かれている本を読んでいると“乞食のカーストの子供は乞食
にしかなれないので、乞食をしている親は、子供が(乞食として)稼ぎやすいよ
うに我が子の足を切断したりするそうだ”と書いてあるのをよく目にする。少
しインドに詳しいツーリストは大抵この話を知っている。

だから、或る日私は、この足のない乞食のおじさんに確かめてみたくなって、
訊いてみたことがある。「おじさんはなんで足を失ったの?」と。それに対す
るおじさんの答えは意外なものだった――――。

実はこのおじさん、数年前まではタクシーの運転手をやっていて、事故で両足
を失ったのだそうだ。ーーーだからこんなに英語が達者なんだ。事故で両足を
失っても、乞食をしながらでも、朗らかに逞しく生き抜いているおじさんを見
ていたら、すごいな〜、と、尊敬の念まで湧いてきてしまった。

このおじさんや、何人かの顔見知りの乞食さんとは、チャイ屋以外でも街中で
たまに出会うことがあった。雨の日の彼らは、雨宿りできる場所に一日中佇ん
でいてどこか物哀しかった。

マラリアなどの病気に罹っている時の彼らは悲惨だ。熱があろうが辛かろうが
路上で過ごすしかないのだから。薬が欲しければ(ツーリストにすがるなど)自
分で頑張って手に入れるしかないのだから。

しかし、生きるのに必死の彼らではあるけれど、どうにかこうにかその厳しい
状況を切り抜けた後の朗らかな彼らの笑顔を見ていると、なんだか生きていく
元気を分けてもらえるような気がしてきてうれしかった。

日々つまらない事で悩んだり落ち込んだりしていた自分にとって、彼らの逞し
さはときにまぶしく、また、うらやましくさえ感じる時があった。彼ら乞食の
中にも、普通の日本人よりずっと生き生きとしているように感じられる人たち
もいるのである。私は、生きている実感というか、生命力を感じさせてくれる
乞食の人に何人も出会うことができた。

その頃から段々と、乞食にお金をあげるかどうか、そして、いくらあげるのか
という、自分自身にとっての判断基準が決まってきた。その頃の私にとっては
もう、乞食にお金をあげる理由というのは単純明快なものとなっていた。

簡単にいえば、お金をあげたい気分にさせてくれた乞食さん、つまり、元気を
分けてくれたり、こちらまで幸せな気分にさせてくれる笑顔を見せてくれたり
愉快な気分にさせてくれた乞食さんに対しては、私も彼らに幸せを運んであげ
たくなったということである。

ブッダガヤで出会った女性ツーリストが言っていた、「最近やっと私も素直な
気持で乞食にお金を渡せるようになったのよ」とはこういう意味だったのでは
ないだろうか。私を不愉快な気分にさせる乞食に対しては、いっさい施しを与
える気にはならなかった。

結局、乞食さんが私からお金を獲得できるか否かは、乞食さんの人間性(或い
は人間力”といってもいいだろうか)にかかっていたと思う。それは、乞食が
たとえ子供だったとしてもである。

チャイ屋に座っていると時折、15人程の、物乞いの老婆の列を見かけること
があった。年金制度なんてないに等しいインドでの、身寄りのない老人の生き
る術なのだろうか。しかし驚いた事に、その集団が来ると、チャイ屋の隣の煙
草屋の兄ちゃんは、

当人も全然金が無さそうなのに、物乞いの老婆全員に小銭(本当に小さな額の
小銭だとは思うが)を渡していたのである。もしかしたら、その為の小銭を普
段から用意していたのかもしれない。

そしてバラナシでは、ここで死んでガンガーに流してもらおうと、他所から集
まってきている老人達が、沐浴場への参道の階段にズラリと並び、喜捨を得る
ために座っている。この人たちを乞食と呼んでいいものかは、よくはわからな
い。ただ、施しだけを頼りにして一日中路上に座っている人たちだ。

彼らに喜捨をする側も、こうズラリと並ばれては大変だ。場合によっては20
〜30人に渡さなければならないのだから小銭も用意しなければならない。し
かしそこはよくしたもので、ちゃんと小銭の両替商がそこで開業しているので
ある。施す側の人たちも、そこまでしても喜捨をしたいのであろう。

ツーリストのなかにはよく、乞食にお金をやっているときキリがない、と言う
人がいる。確かにそんな物乞いの集団を見たりすると、私だってそんな気がし
てくる。しかし、あげだすときりがないというのは間違いである。

乞食が多いのは事実だが、日常出会う人数には必ず限りがある。とはいっても
一人残らずにあげているとかなり鬱陶しい事になってしまって、気軽な旅行気
分がそがれてしまうのもこれまた事実であろう。

インドでは、福祉制度の貧弱さは先進国とは比べようもない。税金だって払っ
ていない人がほとんどだろう。そこで、西欧的な福祉制度の代わりに、それを
補っているのが宗教ではないかと思う。

生きるのに困れば、乞食をするのは当たり前。
金持が貧しい人を助けるのも当たり前。
金持が多く支払わなければならないのも当たり前。
まあ、累進課税みたいなもんだと考えれば分かり易い。

そんな意識を持っている社会なので、乞食の人もあまり自分の職業に引け目を
感じていないような気がする。この国では、乞食の人や、足のないようなハン
ディキャップがある人でも、胸を張って(?)がんがん普通の人たちと喧嘩をし
ている。まあ、引け目なんか感じていたら生き抜いていけない厳しい社会とい
う見方もできるだろうが。

生存競争の激しいインドでは、下手に乞食に施しを与えるとたくさんの乞食が
集まってきてしまい、彼らに取り囲まれて身動きが取れなくなってしまうとい
うのは、本などでよく目にする話である。

しかし、私自身は経験した事もなければ見かけたことも、体験談を耳にした事
もないので、(本の著者にはあったのかもしれないが)それは取り越し苦労だと
私は思う。無論、乞食に(日本人にとっては小額のお金のつもりでも)大金をあ
げたりすれば、囲まれて騒ぎになることがありえないとは言わないが。

慈善団体が行っている(乞食を含む)貧しい人たちの為の無料給食サービスなど
を見ていると、彼らは実に整然と列を作って静かに順番を待っている。正直、
そのモラルの高さに驚いてしまう。

インドという国は、混乱と秩序が、激しい生存競争と相互扶助が、騙し合いと
公正さがうまく調和して存在している社会だと思う。そしてそこにこそ、イン
ドの奥深さと多彩さ、面白さが感じられるのである。

そのことは、乞食さん達とのふれあいを通して端的に感じたことでもある。

                           = おわり =
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┃┃ コメントボードに頂きました感想。
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┌──────────「たろさん」

藤田 健さん。インドで感じた大事な話、ありがとう。

困っている人に対して、何が出来るか、何をしてあげるべきか。
情けは人のためならず(自分のためにしているのだと)を最近実感しているこ
ともあるのですが、今回のお話は身に沁みました。

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┌──────────「ヒロ99さん」

インドはまだ行った事はありませんが、乞食への施し方について教えていただ
いて楽しく読ませていただきました。

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┃┃ お便りで頂きました感想。
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┌──────────「みやさん」 2002/03/13

藤田健様、みやです。お久ですね。

カルカッタの乞食の話、ヘンヨーイース(めちゃおもろい!)でした。とくに
悲惨さを背負った男の話が・・・両足のない男がどのような一日をすごしてい
るかよ〜く分かって面白かったです。

でも、その男を一日中じーっと観察していた藤田様を見ていたインド人はもっ
とびっくりしたかも・・・ね。「なんや、このおっさん、ヘンな日本人!?」
って。それとも日焼けして、インド人と変わらなくなっているのかしら?カル
カッタの町にすっかり同化して、座り込んでいても違和感がない・・のかも。

インドを旅行した日本人は、インドが大好きになってはまる人と、もう二度と
行きたくないという人の二つに大きく分かれるみたい。うちのダンナは後者で
す。ボンベイの町で、ボンベイ大学の学生ですという若者に「私が案内してあ
げます」と言われてついて行ったら、墓場に連れ込まれて取り囲まれ、お金を
せびり盗られてね・・・

「二度とインドへは行きたくございましぇ〜ん」と言ってます。
渡したのは日本円にして千円ぐらいっていうから、それぐらいで済んでよかっ
たよね。のこのこついて行くほうが「アホ」なんでしょうが・・・

北京でおばあさんと孫娘の乞食を見ました。夜中の11時過ぎに地下道を通っ
たらござをしいて寝ていました。暑いときならいいけど、寒くなったらどうす
るんやろね?

それにしても藤田健様。世界各地で世捨て人のように優雅に時を過ごすあなた
は一体何者?仕事は?家族は?年齢は?生活費は?
べつに尋問しているのではありません。ただの好奇心だけやから・・・ネ。

└──────────
 
┌──────────「藤田健さんから」 2002/03/14

みやさん、お久しぶりです。

> それにしても藤田健様。
> 世界各地で世捨て人のように
> 優雅に時を過ごすあなたは一体何者?
> 仕事は?家族は?年齢は?生活費は?

とのご質問ですが、この連載の中では「俗世間の事から離れたイメージの中で
読んで頂いたほうが夢がふくらんで楽しいのでは?」と思い、敢えて日本での
個人的生活には触れないように書かせていただいております。勇気を出して話
した末に皆さんのイメージ(どんなイメージ !?)を壊してもなんですし…。

でも、もしどうしてもお知りになりたい方がいらっしゃって、尚且つもし“オ
フ会”なんて開かれて直接お会いできる機会がございましたなら、その際には
(リクエストがあれば)お話をさせて頂こうかと思っております。

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└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。 
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