安旅安宿旅行体験記
☆ バックパッカーのリスク管理術(病気編) ――――― 2002/02/01
                          by 藤田健さん

初めての途上国旅行を思い立った時、やはり病気の心配が心をよぎりました。
当初から長期旅行の計画だった上に、行き先さえも、香港から中国に入るとい
うこと以外は決まっていなかったので、知識不足からくる不安は否めませんで
した。

そこで、まずはガイドブックで健康管理についての項を読みあさり、次に途上
国における健康管理についての専門書を読みました――――。

最後の仕上げとして、横浜にある検疫所?(正式名称は忘れました)に、黄熱病
や狂犬病等の予防接種とその証明書(国によっては、その証明書がないと入国
できない恐れのある国があったので)をもらいに行った際に、そこのお医者さ
んに途上国での病気の状況と予防法をお伺いしました。そのお医者さんのおっ
しゃるには、
┌--------
とにかく途上国は不衛生なので、食事には気をつけなさい。具体的には、生水
は絶対ダメ。ミネラルウォーターも品質の悪いものがあるので信用しきれませ
ん。氷も、ミネラルウォーターを凍らせたもの以外絶対ダメ。氷入りの飲み物
はだからだめ。

お勧めは炭酸系です。炭酸には殺菌力があるので比較的安全です。しかしコッ
プで飲んではいけません。コップが汚れている可能性が高いので。さらに、旅
行者のなかには不用意にボトルをラッパ飲みする人がいますが、あれも危険で
す。口元が汚れていますから。だからせめてティッシュでよく拭きましょう。
あと、スプーンやお箸もね。
└--------
参りました。専門家のおっしゃる事ですから、その意見の裏には確かな根拠と
実例があるように感じられました。しかし、それでは旅行になりません。実際
先生の説明には、言外に「できることなら、そんな不衛生な国へ行くのは危な
いのでよしたほうがいいんだがな〜」というニュアンスが感じられました。

ーーーそうこうするうち、いよいよ旅行が始まりました。

私は、とりあえず1年以上の旅を考えていたので、予算は限られていました。
なのでミネラルウォーターを常飲するという選択肢は考えていませんでした。
それに、それではミネラルウォーターを売っていない場所には行けなくなって
しまいますから。

そこで、当初は生水に塩素系の殺菌剤を入れて飲んだりしていました。しかし
専門書によると、塩素系の殺菌剤では殺せない菌もあるとのこと。できれば煮
沸[しゃふつ]消毒がいいのだが、それも短時間では殺菌しきれないので長時間
(たしか10分以上?)煮沸する事と書いてありました。もう不安がいっぱい、
殺菌剤入りの水さえガブ飲みはためらわれます――――。

私は旅行に際して、地元の人と接する機会を楽しみにしておりました。そして
その機会は、列車の移動中などに訪れます。そんな時、近くの乗客からはお茶
やお菓子が勧められます。それは、地元の人たちと世間話を始める上での絶好
の機会です。それに、長い道中隣の人とぐらいは仲良くなっておかないと、知
らない異国なのでいろいろと困ります。(社内アナウンスが解らない等)

だから、極力おすそ分けの品やお茶は頂くようにします。しかし、これを食べ
たらお腹をこわさないだろうかとの不安が頭をよぎるのも事実です。しかし、
周りの乗客が皆食べている中で、自分ひとり固辞したり、おもむろにミネラル
ウォーターを取り出したりというのはやはり気が引けます。だから、自然と食
べてしまったりします。

そのことによってお腹をこわす事は十分にありえます。しかし、少々のリスク
は仕方ないと割り切っていくしかありません。(余談ですが、この旅行者の心
理を逆手にとって、睡眠薬を仕込んでくる輩もいるので、実際の状況はもう少
し複雑です)――――そんな経験を積んでいるうちに、地元の食事というもの
にあまり神経質にならなくなってきました。

旅行が長くなるに従って、他の日本人バックパッカーとの出会いも多くなって
きます。彼らを見ているとほとんど地元の人と同じ常識で旅行をしています。
それは、とても自由でのびのびとした旅行です。

日本の衛生観念や感覚で判断すれば、やはり途上国は不衛生です。でも、現地
の人は現地の常識に沿って元気に暮らしています。同じ人間なのだから、同じ
ことができないはずはないと思いました。

当然、途上国に比べたら無菌状態のような日本からやってきたのですから、当
初はお腹を壊したりしました。しかし、壊し慣れてくるうちに、壊さなくなる
んですよね。少々の雑菌ではびくともしない免疫ができたようです。

初めて海外で下痢をした時に、たまたま長期の日本人旅行者が大勢いました。
そこで、駆け出し旅行者の私が「下痢しちゃいましたよ〜」と不安げな顔で彼
らに報告をしたら、なんと、「俺はもう下痢が続いて一ヶ月だよ!」なんてい
う返事が続出。驚きました。

彼らにいわせると、トイレに通ったりお腹が痛い状況であれば旅行に支障が出
るので問題だが、ただ下痢しているというだけだったら何の問題もないという
のです。なるほどな〜と思いました。そして、その心構えで下痢を気にしなく
なったら、さらに旅行が楽になりました。それに、地元の人をよく観察してみ
たら、下痢をしている人が多いのに気付きました。

途上国を旅行していて、もうひとつ解った事があります。それは、ある程度の
病気のリスクは防ぎきれないという事です。――――例えば外食に際し、食器
が清潔だという保証はありません。(足を拭いた布でそのまま食器を拭くのを
目撃した事さえあります)

皿洗いをする人たちというのは、いわば下働きの人たちです。彼ら全員に衛生
観念を期待するのは難しいと思います。一流ホテルのほうが少しはましかもし
れませんが、それでも同じ国の人たちです。私は、五十歩百歩だと想像してい
ます。

それに、チャパティなど、素手で持つ料理も不安です。多くの国で、トイレの
あとを(紙ではなく)水と素手で処理しているので、当然手を石鹸でよく洗って
もらわないと困るのですが、そんな事期待しきれません。「あなたの店で食べ
たらお腹をこわした!」なんて苦情は日本のように受け付けてはくれないので
すから。

あと、店によっては蝿やゴキブリ、ねずみの数が半端じゃありません。これは
一流レストランだから大丈夫だと思ったら大間違いです。キッチンの状況は、
我々には見えませんからね――――。

だから、当然旅行が長くなれば、結構怖そうな病気にかかる事があります。し
かし、それも旅行をしていて分かったことなのですが、意外に思ったよりも病
気は怖くないということです。(とてもつらいですけれど)

罹りやすい代表的なものは、“アメーバ赤痢”“B型肝炎”“マラリア”そし
て食中毒といったところでしょうか。これらの病気を患っている最中の人にも
何人も出会いましたし、単に患った経験のある人というだけであれば何人会っ
たか数えきれません。

しかし、大抵は皆安宿に泊まったまま医者に見てもらって直してしまいます。
抗生分質は偉大です。(ちなみに、B型肝炎とマラリアは抗生分質では治りま
せん。この二つを私は患いました。)

それに、途上国のお医者さんは、現地特有の病気に関しては日本のお医者さん
よりもはるかに優秀です。なぜなら、マラリアなんて日本のお医者さんは患者
を診察した経験自体のない人がほとんどなのですから仕方ありません。

無論、処置を誤れば死に至る病気はたくさんあります。亡くなられた実例も幾
つか伝え聞いた事もあります。しかしそのほとんどの例は発病直後の判断ミス
・知識不足だと私は思っています。病気をあまりに甘くみたということです。

あと、現地の人が多く亡くなられる伝染病(コレラ等)もあります。しかし、こ
れも亡くなられる原因の多くは貧困だと私は思います。なぜなら彼らは、たと
えリスクを承知していても、不衛生なものを食べざるをえません。その上、病
気になっても薬を買う事もできません。

極めつけは、路上生活者が病気になった場合、おちおち寝てもいられません。
寝込んだまま食料を手に入れられるほどの貯蓄を持っているとも限りません。
ーーーこれでは、病気になったらひとたまりもありません。

これに比べたら、バックパッカーは若くて体力がある(ことが多い)上に、栄養
状態も良好、医者にもかかれるし、安静にしていられる余裕もあります。こじ
らせたり、誤診がなければ、大抵の病気は直せます。勝負は発病直後の正しい
処置にかかっています。

あとは日常でのコンディション作りにかかっています。病原菌というものは日
常的に身体に入ってきます。その際、感染するか(発病するか)否かはその時の
体調に大きく左右されます。体調のすぐれない時には、ちょっとの菌でもやら
れてしまいますし、体調がよければ抵抗力があるのでかなり跳ね返せます。

それは言い換えれば、あまり小さなリスクは、避ける努力をするよりも体調管
理に努めるほうが大事だし、逆に体調が悪いときには、神経質なぐらいにリス
クを避けて、早く体調を整える事に努めるべきだという事です。

それ以上のリスクは、交通事故と思ってあきらめるより仕方がありません。日
本よりは当然相対的なリスクは高くなります。が、それは日本とはあらゆる面
に於いて状況が違うので仕方がありません。そんなリスクを嫌うなら、途上国
には行かないほうが賢明です。

或いは一部の駐在員の方々のように、自宅を、できる限り日本と同じような無
菌状態に保って、極力現地との接触を避けることです。日本並みの環境を外国
で求めるのですから、当然日本以上の出費は覚悟しなければなりませんし、そ
の気苦労は大変なものでしょう。しかし、その対処法は(仕方なく滞在してい
る人を除けば)それでは何の為に外国にいるのか分かりませんから、本末転倒
というものです。

余談ですが、旅行中、日本の医療関係者(医者、看護婦、薬剤師、薬の開発研
究者等)の方と出会う事が何度もあったのですが、途上国の経験がなくて知識
の豊富な方ほど下痢や腹痛に悩まされている方が多かったのには驚きました。

理由の一つは、知識があるために衛生管理に神経質になり過ぎて、神経性の下
痢を起こしてしまったようです。そしてもうひとつの理由は、完全な健康体を
求めて下痢を止めようと試みて抗生分質に頼り、腸内の有用細菌を全部殺して
しまってさらにコンディションを崩してしまうということです。

途上国で大きなリスクを回避する為には、確かな知識はとても重要です。知識
があり過ぎて困ることはありません。しかし、それにもまして重要なのは、経
験と現実的な対処です。状況を良く見極めて、どの程度のリスクなのかを推測
し、リスクを排除する努力によって損なわれるマイナス面と、リスクを天秤に
かけて判断するしかありません。ーーーどのような判断をなさるかはその人の
価値観次第、人様々でしょう。

ただ、多くの場合、教育を受けているレベルの地元庶民の判断基準がもっとも
現実的で正しいと思います。いま流行っている病気の情報とか、季節によって
何の病気に(つまり何の食事に)気をつけなければいけないか、地元で衛生上評
判の悪い店はどこか、そして食べ物の良し悪しを判断する際の匂いを嗅いだり
新鮮さを目で確かめたりといった常識的な方法(これも経験なので教わらない
と判断が難しい)に従っていれば、少なくとも現地の中流以上の人たちと同じ
レベルのリスクですみます。

そして、我々に高度な医療を受けられるだけのお金があれば、当然命のリスク
は飛躍的に減少します。

最後に個人的な意見ですが、無闇にリスクを恐れて、何のために生きているの
か分からなくなるような生き方は、私は好きではありません。だから、奥地も
旅しますしスラムも歩きます。そして、リスクを差引いても有り余るものを得
ることができたと私は確信しています。

(追記:だから私は、途上国でも卵かけご飯をやっぱり食べます。食べる前に
お皿に割って新鮮かどうかを確かめるぐらいの注意が現実的で正解だと私は思
います。それでも避けられないようなリスクは私は気にしません。だって、卵
かけご飯は懐かしき日本の味、旅の友ですから)

注意:以上の意見(簡単に云えば、現地に早く慣れたほうが手っ取り早いとい
うこと)は、長期旅行者や現地に住まれている方々を対象にして書いているの
で、ツアーなどの短期旅行者の場合には当てはまりません。

現地の衛生状態に慣れるより前に体調を崩すだけで終わりかねませんし、短期
間であればミネラルウォーターだけで通すなどの、神経質なぐらいの注意もま
た現実的な選択だと私は思います。

                           = おわり =
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。 
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