☆ カルカッタ編(2)「世界一のカレー屋を探して」―― 2002/01/30
by 藤田健さん
カルカッタに初めて滞在してから約一年後のことである。
私はその後幾つかの国を旅し、再度カルカッタを訪れた。Hotel Maria の屋上
にベッドを確保すると、早速いつものチャイ屋へと向かう。店に着くと、驚い
た事に、そこには金を持ち逃げしたシャンカールが舞い戻っていた。どういう
経緯で親父さんに許してもらったのか、とにかくまた店を任されていた。
一年ぶりで会うシャンカールは、以前よりも少し大人になっていた。きっと、
様々な苦労のあった一年だったのだろう。いいようのない感慨にふけりながら
また私のチャイ屋通いが始まった。カルカッタでの生活の中心は、チャイ屋に
座っている事と街を歩く事、そして食事である。
食事といえば、やはり中心になるのはカレーだ。
私もインドを旅していて、様々なカレー屋に入ったことがある。デリー・バラ
ナシ・ボンベイ…、そしてふとひらめいた!カレーといえば、無論インドが本
場である。とすれば、世界一おいしいカレー屋はやはりインドにあるはずだ。
そしてインド各地でカレーを食べた経験からいって、私にとって一番おいしい
のはどうやらカルカッタのカレーのようである。ならば、カルカッタにこそ世
界一おいしいカレー屋があるはずだ!
そう思って以来、カルカッタの街を歩く際には、どこに高級カレー屋があるの
かチェックをしつつ、世界一おいしいカレー屋の目星をつけていった。予算に
限りがあるので、そうそう何軒も食べ歩く訳にはいかないが、それでも一流店
で食べるぐらいのお金はあった。
ーーー何しろ私は、世界一物価の高い国から来た男なのだから。
目指す店は見つかった。宿からさほど遠くない。歩いても行けるのだが、威厳
をもって店に入るために、今日は人力車で店に乗りつける。いつもは、スラム
街の散歩に馴染むよう、穴のあいたTシャツにビーチサンダルなのだが、久々
に飛行機搭乗用のワイシャツと靴の登場だ。
店の前に立つと、当然のごとくドアボーイがドアをあけてくれる。席に案内さ
れて周りを見回す。街中を歩いている人たちと違って、金持そうな人たちばか
りだ。数ヶ月ぶりで味わう贅沢な雰囲気。
ボーイがやって来た。まずはオーダーだ。このメニューの中から世界一おいし
いカレーを選び出さねば。――――ここで、私の編み出した必殺のオーダー法
を披露しよう。
メニューを見ると、一流店ならばカレーの種類が30ぐらいあると思ってもら
いたい。これがヒンドゥー語と、運がよければ英語で書いてある。当然、イン
ドに慣れていない日本人はメニューを見ても分からない。何しろ店に入るまで
カレーの種類が多いなんて予想もしていなかったのだから。
だからメニューに面食らった日本人は大抵、自分の知っているカレーを必死で
捜す。そして、チキンカレーという字をメニューに見つけてホッとする。しか
し、これを頼むのは素人だ。大抵あとで後悔する。
何しろ、インドでいうチキンカレーという奴は、野菜も何も入っていない黄色
いルーの中に、骨付きのチキンがポンと入っているだけなんだから。チキンカ
レーは、インドカレーの中で一番面白みのないカレーだと私は思う。
インドカレーの名前の多くは、大概が具の名前である。これは慣れると大体覚
える。そして、私のお勧めは、それ以外の名前がついたカレーである。これは
正直いって何が来るのかは(私程度の知識では)来てみないと分からない。しか
し、この中にこそ旨いカレーがあるように私は思う。
これは推測なのだが、具から名前を付けているカレーは、大体具が一種類であ
る。多分、何種類かの具を使ったカレーは、具から名前を付けると名前が長く
なり過ぎるのだろう。だから、具の名前ではないカレーを頼むと、大抵2〜3
種類の具が入ったカレーがやってくる。これが、味が複雑になっていておいし
い場合が多い。
さらに、これは根拠はなにもないのだが、カレーの名前に地方の名前が入った
カレー、つまり、何々地方風カレー、これに何故かヒット作が多い。少なくと
も、私はハズレに当たった事はない。
こんな中から、野菜にマトンにシーフードにチーズ、カレーソースの種類も黄
色にオレンジに赤をバランスよく頼むと味に飽きがこない。従って、(中華を
食べに行く時と同様)数種類のカレーが頼めるように数人で連れ立ってカレー
を食べに行くのが絶対に良い。
あとは好みに合わせてナン(チャパティーをふっくらさせた感じのパン)やチャ
パティー、プーリー(チャパティーを揚げた物)、サフランライスなどを主食に
タンドリーチキンを前菜に食べれば完璧だろう。
最高級レストランだから、当然客層も良ければサービスも良い。客のインド人
の吸っているタバコなど、その頃私が吸っていたタバコの3倍も値のするもの
ばかり。ちょっと目配せすればすぐにボーイが飛んでくる。
オーダーをする時には、お世辞のひとつも言ったりする。本当に細かな気遣い
のできる店だった。味も、日本の一流店でも食べた事のない深みと繊細さが感
じられる期待通りのものだった。
このような店では、たとえチップの習慣が無いといわれるインドであっても話
は別である。果たして幾らぐらいのチップを置くべきか?それとなく他のイン
ド人を観察してみると、けっこう皆気前良く置いているようだった。
やっぱり10パーセントぐらいは置くべきか。そんな事を考えつつ勘定書きを
眺めてみると、二人で300Rpを越える程度の支払だ。では、チップは二人で
40Rpぐらい置く事にするかと決めて支払を済ませて店を出た。
久々に先進国に戻ったような一時が楽しめて、それは楽しい夜だった。
翌朝、いつものようにチャイ屋に寄って朝食を食べる。そこでハタと考え込ん
でしまった。――――昨夜のレストランでは、二時間ばかりの食事を済ませて
一人あたり20Rpのチップを支払ってきた。しかし、このチャイ屋で私は毎日
7〜8時間も座っているのにチップなんて払った事がない。
確かに昨日のレストランは良いサービスを提供してくれた。水が減っていれば
注ぎにも来てくれたし、恭しく扱ってくれもした。それに比べればここは安っ
ぽい路上のチャイ屋だし、無論チップの習慣もない。
しかし、私は毎日々々この店に座っていて彼らの世話になってはいないのか?
高級店だから、地元の習慣だからという理由だけであの店では20Rpのチップ
を払ったけれど、してもらったことといえば、所詮は皿の上げ下げとコップに
水を注いでくれたこと、ドアを開けてくれた事、そして、恭しく接してもらっ
た事だけだ。
それに対するチップの額は、チャイ屋の連中の日給を越える額。どうにもこう
にも釈然としない気持ちになってしまった。チャイ屋の連中に、客扱いされて
少しでも気を遣われてしまうだけで申し訳ないような気になってしまうのであ
る。
しかし、では彼らにチップを払えばよいのかといえば、事はそんなに簡単では
ない。第一、そんな習慣がないのだから、いわれのない金は彼らだって受け取
るわけにはいかないではないか。乞食ではないのだから。
そんな釈然としない気持ちを抱いたままチャイ屋通いを続けていたある朝のこ
とである。私はチャイ屋にいるときに、チャイ屋の隣の煙草屋でタバコを買う
ことがある。
余談だが、インドの庶民は、紙巻タバコは高いのであまり吸わない。もし吸う
としても、バラ売りのタバコを一本ずつ買う人が多いようだ。その代わりタバ
コの葉を黒檀の葉で巻いた、ビリーというタバコがお気に入りだ。
これは、1本々々はとても細いし短いのだが、確か30本で4Rpしなかったと
思う。だが、ビリーというのはブルーワーカー御用達のタバコという趣きがあ
るために、逆に高カーストのインド人は決して吸いはしない。
その頃に私が吸っていたタバコは、一箱(10本)が10Rp の「 Wills」とい
う紙巻タバコ。シャンカールにとっては贅沢品だ。だから普段、彼は紙巻タバ
コは吸わない。
さて、その時も、私は席に座ったまま煙草屋に声をかけた。
「“Wills” One Packet !」
すると、となりから間髪入れずに声がかかった。
「Two Pactets !」
シャンカールである。つまり俺にも一箱買ってくれということである。シャン
カールのほうに視線を向けると、彼はニヤッとした。私もつい苦笑いをして、
「OK.Two Packets!」と答える。
奴はいつもと違って、「Thank You Mr!」なんてかしこまって云いやがる。
しかし、彼のうれしそうな顔を見ていると、普段世話になっているチップ代わ
りにタバコを買ってやるのもいいかと思えてくる。ふと「これがシャンカール
風のチップの取り立て方(?)かもしれないな」と思った。
この店は、インドのお金持ちだったら決して立ち寄ったりはしない店。私の釈
然としない思いは、そんなインドの習慣を飛び越えてしまった外国人特有の感
傷かもしれない。本来付き合うことのない世界の人間同士が付き合い始めたか
らこそ露見してしまった社会の矛盾。
この矛盾をどう受け止めたらいいのだろう。この問いかけに対する答えを、未
だに私は見つけられずにいる――――。
= つづく =
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。
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