☆ カルカッタ編(1)「チャイ屋」 ――――――――― 2002/01/23
by 藤田健さん
カルカッタ--CALCUTTA--インドを旅する者なら一度は立ち寄る街。
しかし、意外と長期滞在する旅行者は少なく、カルカッタの魅力に気付かぬま
まに多くの旅行者は通り過ぎてしまう。しかし私はこの街に魅せらせてしまっ
た。私に人生を教えてくれた街、CALCUTTA。
ーーーカルカッタに立ち寄るバックパッカーが滞在するエリアは、例外なくサ
ダル・ストリート近辺。そして、Hotel Maria の屋上が私のねぐらだ。
一日の日課は決まっている。日の出前に起きて、朝の街を散歩する。この時間
だけは街の表情も穏やかだ。通りで眠る人々もゆっくりと動き出す。午前6時
頃、サダル・ストリートを折れて20メートルほど入ったところにある路上の
チャイ屋へ行くと、今日もラムの元気な声がかかる。
「グッド・モーニング!ミスター! 」そして、爽やかな朝の空気を胸いっぱ
い吸い込んで、のんびりとチャイをすする。――――1日の始まりだ。
ラムはまだ、日本でいうならば小学校3年生ぐらいの少年で、近郊の村からこ
のチャイ屋にひとりで預けられて働いている。でも、いつも元気イッパイ!素
直でかわいい旅行者の人気者だ。
暫くすると、常連のインド人たちが朝のチャイを飲みにくる。そして、続々と
新聞売りや物乞いなどがやってくる。新聞売りは、昔の日本の新聞配達のよう
に、肩から沢山の新聞を下げて売り歩いている。私は新聞をいつも同じ新聞売
りから買うことに決めていた。ーーー少しでも通りすがりではない付き合いを
したかったからだ。
だから顔なじみとなった新聞売りのおじさんは、毎朝私のほうへ一直線にやっ
てくる。寝坊してチャイ屋に行くのが遅れた日など、昼間バッタリ道で出会っ
たときに怒られるぐらいだ。「なぜ朝チャイ屋にいない!捜しまわったよ」と
‥‥‥契約している訳でもないのに。
そのチャイ屋のある裏路地は、人力車がやっと通れる程度の狭い通りだ。路地
の片側の建物の外壁には埋込み式の棚がある。上の棚を開くと、中にはお茶っ
葉や砂糖壷などがあり、下の棚から灯油コンロと鍋釜を取り出せばチャイ屋の
出来上がり。
そして路地の反対側の壁際に、板を渡してあるだけの2メートルほどのベンチ
が二つある。それが、お客の座る場所だ。写真を示せればわかりやすいのだが
つまり幅2メートル程の道を挟んで、路上の片側にはベンチの客席、そしても
う片側が建物の外壁に埋め込まれた棚だけのチャイ屋なのである。
このチャイ屋の左側は、同様の埋め込み式の棚のタバコ屋。なんと、この手の
タバコ屋では、棚の中の1/4畳ほどのスぺースに店員が座り込んで商売をし
ている。右側の店は、職人技の高級服地の修繕師。修繕の技は、まるで神業。
何しろ、穴のあいた服を持ち込むと、そこにつぎを当てるのではなく、同様の
糸を織り込んでいって穴の開いた所の布を再生してしまうのである。インド人
がこれほどの技を持っていようとは、正直驚いた。
そして、その隣には井戸がある。
近所の人が水を汲んだり体を洗ったり、歯を磨いたり洗濯したり。きっと江戸
時代の長屋の井戸端とは、こんな感じだったんじゃないかと思わせるものがあ
る。この井戸端で繰り広げられるやりとりは、ほのぼのとしていて温かい。そ
してその井戸の隣は、道端に小さな腰掛がひとつ置いてあるだけの露店の散髪
屋である。
この通りはツーリストエリアにぽつんと残されたローカルエリアといった趣き
がある。私はカルカッタ滞在中、毎日このチャイ屋に座っていた。そしてこの
場所は、私が地元のコミュニティーに触れるための窓となっていた。
このチャイ屋のオーナーは、40代後半のベンガル人。とても物静かな好人物
だ。一度、彼を誘って皆で一緒に映画を見に行った事もある。
我々にとっては頼もしい親父さんといった感じの人だ。彼は、大体週の半分ぐ
らいは店に出ているだろうか。だが、時には故郷の村で畑仕事にいそしんでい
る時期もある。
そんな時の留守番役はシャンカール。彼はまだまだ地に足の着かない若者だ。
でも、こないだ結婚したばかりで、やる気は充分。きっと、そんな状況だから
金が欲しくて気ばかりあせってしまうのだろう。
チャイの値段は、はじめて行った頃は小さなグラスに一杯で1Rp≒5円)だっ
た。――――インドのチャイは、大きな鍋にミルクを沸かし、そこに水を加え
て紅茶の葉っぱと砂糖を入れ、砕いた生姜や香辛料など、店によってお好みの
ものを落して煮込んで出来上がり。
チャイに使う紅茶の葉は、輸出用の物とは全く違うくず茶で、香りは全然ない
が、ミルクの濃い味に負けない強い苦味があるので、チャイを作るときにはこ
の葉でないとおいしくは作れない。店によって味はかなり違う。シャンカール
の作るチャイは、ミルクをケチって水っぽいのでうまくない。奴はかなりセコ
イのだ。
あとは朝のメニューとして、サブジーが小皿に載って3Rp。平たくいえば一番
庶民的な野菜カレーだ。地元のインド人の朝食は、チャイにビスケットなどの
スナックだけとか、それにサブジーも加えたりといったところが一般的だ。だ
から、地元の人ならそこで朝ご飯を食べたとしても3〜5Rp程しか使わない。
他には、ここも一応ツーリストエリアなので、炭火であぶったバタートースト
にオニオン入りのオムレツもある。地元の人は誰も頼まないけれど。
私の場合、毎朝3時間以上チャイ屋に居るので、当然何杯もチャイをお代わり
する。大体6〜8杯ぐらいだろうか。それにオムレツとトーストとサブジーを
頼めば15Rpぐらいになってしまう。そして、昼に1〜2杯、夜にも3〜5杯
ぐらいチャイを飲むので、毎日20Rp以上のお金をその店で使っている計算に
なるだろうか。
あとの一日の出費は、昼飯とおやつで15Rp、夕飯に10〜30Rp。宿代が、
ホテルの屋上の野外ベッドでワンベッド35Rp。他にはバス代などで5〜10
Rpといったところか。だから、一日の出費は〆て100Rpぐらい、日本円にし
て4〜500円ぐらいだろうか。たまには贅沢をするにしても、一月に使う金
額は、2〜3万円程。
ーーーまあ、旅行者としては貧乏旅行者と名乗ってもいいレベルだと思う。
さて、チャイ屋の仕事というのは決して忙しいものではない。日中の暑い時間
帯は暇を持て余しているぐらいだし、休憩時間だって沢山取れる。しかし、彼
らは朝の5時前から、夜の12時ごろまで働いている。その上寝床は、昼間客
が座っている木の長イスだったりする。
食事は3食付いてはいるが、このぐらい働いて日給は10Rp、休みなく働いて
も月にして300Rp(約10ドル、1300円ぐらい」だそうだ。つまり、い
くら私が貧乏旅行者ぶって振舞っていても、彼らにしてみれば、
朝だけで彼らの日給以上の金額を散財し、一ヶ月で彼らの年収を上回る金額を
働きもせずに使っている、気の好い金持のドラ息子といった感じではなかろう
か。ましてやツアーで来る外国人などは、別世界の人間だと思っているのでは
ないだろうか。
例えば、2週間で30万円程度の一般的なツアーなどでも、彼らの目には2週
間で彼らの数年分の年収を使い果たすマハラジャの集団と映るのではないだろ
うか。
それほどの溝が彼らとの間にあるのだから、彼らの立場に立ってみれば、外国
人旅行者から少々ぼったくってっも、何の良心の呵責を感じなくとも不思議は
ないと思う。例えば、毎日付き合っているシャンカールでさえ、ちょっと気を
許すとすかさず余分にチャイ代を請求してくる。
ーーー油断も隙もあったものではない。
だが、それでも私は彼らと心を通わせてみたかった。彼らの現実が知りたかっ
た。――――ある朝、チャイ屋へ行ったらシャンカールの姿が見えない。それ
に、どうもいつもと雰囲気が違う。どうしたのかと思って他の客に訊いてみる
と、なんと!シャンカールが店の金を持ち逃げしたという。
600Rp足らず、約20ドル。3000円にも満たない額だ。しかし、チャイ
屋の親父さんの金を持ち逃げしたんだから、一生実家の村には戻れないのでは
ないだろうか。
このままでは将来に夢が持てなくて賭けに出たのだろうか。だが果たして、そ
れっぽっちの金で彼は人生を変えられるんだろうか。600Rpさえも大金にみ
えてしまうほど、彼は追い詰められていたんだろうか。
ーーーそれとも、あまりの安月給に嫌気がさしてしまったのだろうか。
彼のとった行動に、私は怒ることも共感することも、はたまた哀しむこともで
きなかった。なぜなら、彼の生きている現実を、私は想像することさえできな
かったから。
ーーー私と彼の生きている世界の隔たりを改めて認識せざるをえなかった。
= つづく =
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。
|