安旅安宿旅行体験記
☆ インド編(3)「バラナシでの或る一日(前編)」 ―― 2002/01/02
                          by 藤田健さん

バラナシという街は、聖なる大河ガンジスのほとりにあるヒンドゥー教最大の
聖地である。そしてヒンドゥー教では、死後ガンジス川に流してもらうと輪廻
転生から解き放たれて天国に逝けると信じられている。

その為、死期を悟った老人達が死後、荼毘に付された灰をガンジス川に流して
もらう為にバラナシを訪れ、お迎えがくるのを待っている。ーーーそんな老人
用の宿屋もあるそうだ。

バラナシの旧市街、ガンジス川に面して建っている日本人バックパッカー御用
達の宿「久美子ハウス」。そこに滞在中の或る一日を紹介してみよう。ちなみ
に時季は乾季、酷暑の4月である。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐昨夜も、あまりの暑さに夜中の二時過ぎまで寝つけな
かった。やっと涼しくなって眠りにつくと、バッタン、バッタンという大きな
音に起こされる。何の音だろう?時計を見るとまだ3時半!?外は真っ暗だ。

音はガンジス川のほうから聞こえてくる。窓から覗くと川辺の石板(インド版
洗濯板)に洗濯物を打ちおろす音だった。洗濯物を大きく振り上げ、思いっき
り石板に叩きつける。インドでの一般的なやり方だ。洗濯している主は、最下
層のカーストに属する洗濯屋。

インドの人達は涼しいうちに働き始める。5時前にはもう最盛況、沢山の洗濯
屋が並んで洗濯物を振り下ろしている。あれで布は傷まないんだろうか?ボタ
ンがあったら、はじけ飛ばないのだろうか?なかなか彼らに洗濯を頼む勇気が
出てこない。

5時前に起床。屋上から日の出を眺める。一日で一番気持ちのいい時間帯だ!

屋上からふと隣の建物を見ると、野生の猿が家の中に入り込もうとしている。
なんとバラナシでは、街中に野良猿(?)が住んでいるのだ。気を付けないと勝
手に家の中に入り込んで食べ物をあさったり、洗濯物を持っていったりと悪さ
ばかりをする奴らなんだが、だからといってインド人は駆除したりはしない。

猿も人間社会と共存できるなんて…。日本だったら、街に猿が出没するだけで
捕獲作戦を繰り広げてテレビニュースになっちゃうのにーーー。

せっかく早起きしたので、散歩に出かけることにする。街はもう、完全に動き
出している。――――沐浴場は賑わい、川では子供達が水遊びに夢中。そして
そんな風景を見るための手漕ぎの観光船が何十艘も川を上下し、その観光船に
コバンザメのように引っ付いて商売をしている土産物屋のボート。

昼間のインドしか見ていないとインド人は怠け者だと思いがちだが、実は生活
パターンが違うだけなのかもしれない。あまりの暑さでグッタリの日中はのん
びりと過ごし、朝晩はけっこう頑張っているようだ。日本の農家だって、真夏
の日中はお昼寝してる家が多いのと同じ事なのだろう。

川沿いにあるチャイ屋に座り、そんな朝の日常風景を眺めながらチャイをすす
る。(チャイ=インド式ミルクティー)

沐浴場が最盛況に至るのは7時頃。敬虔なインドの人たちは、ボートの上の観
光客など一切気にせず黙々と沐浴をして日々のケガレ(罪や煩悩など)を洗い流
していく。

その沐浴場の少し先では、洗濯をする人が。さらに先では、川をトイレ代わり
に使っている人。なんでもありである。このアンバランスさが、不思議とバラ
ナシでは何の不自然さもなく調和している。チャイを飲みながら観光客のイン
ド人と世間話をする。バラナシは、インド人にとっても聖なる巡礼地であると
ともに観光地でもあるわけだ。

8時ごろにはもう気温も上りはじめ、少しずつ賑わいが引いてゆく。さあ、宿
に戻って朝食だ。久美子ハウスは、朝・夕食付きの宿なのである――――。

朝食後は、ベッドに寝ッ転がって読書。しかし、そのまま眠ってしまう。気が
つくと汗びっしょり。午前中でもすでにクソ暑いのである。

昼食を兼ねて、散歩に出かける。

曲がりくねった裏通りのあちらこちらに、暑さでひっくり返ったような野良犬
が寝ている。こいつらも今はおとなしいが、夜になって涼しくなると群れをな
してあたりを徘徊する。中には狂犬病に罹っている凶暴なのもいるので、でき
るだけ遠巻きに歩く事にする。

いつものことだが、野良牛が狭い路地をふさいでいて通れない。押してもたた
いても動いてくれないので困る。バラナシは野良牛の多い街なので、路上は牛
の糞だらけ。雨季になると路上はグチャグチャで酷いものだ。

しかしインドでは、良く乾いた牛糞はとてもポピュラーな燃料だし、土とこね
あわせて家の壁に塗り込んだりもする建築資材でもあるので、決して汚いもの
じゃない。

今日はチョッと奮発して、少し高級なカレー屋に行く。

本場インドのカレーは種類も豊富だ。オクラ・ナス・ホウレンソウ・カリフラ
ワー・チーズ(カレー用のチーズはどこか豆腐に似ている)・ゆで卵…、無論チ
キンにマトン、海辺では魚や海老、大抵の物を具にしてしまう。

カレーソースの色も、黄色にオレンジ、赤、こげ茶と色々だ。インドで見かけ
ないのはビーフカレーぐらいである。何しろヒンドゥー教では牛は神様の乗り
物だから、食べてしまうわけにはいかない。

よく「インドカレーはやたらと辛い」という貧乏旅行者がいるが、彼らはさし
ずめ、立ち食い蕎麦しか食べたことがないのに蕎麦について語っている外国人
のようなもので、ほんとにおいしいカレー屋には行っていない。

おいしい店はやっぱり、辛さで味をごまかしたりせずに、多様な香辛料と素材
から手間暇かけて深みのある味を引き出している。高級な店ほど、マイルドな
味に仕上がっている気がする。(無論、中には辛い種類のカレーもありますが)

昼食後、露店の青果市場を散歩する。やっぱりここにも野良牛がいる。ノッソ
リしながら何考えているんだかと思って見ていたら、不意に店先のホウレンソ
ウをくわえて逃げた!怒った店のおばさんが怒鳴ったり叩いたりしているがも
う遅い。牛は悠然と食べてしまった。

インドでは、牛は一応神様扱いされていて、殺される事はないが、どこか邪魔
者扱いされている。そんなインド人の本音が垣間見えて、なんとも楽しい。

                           = つづく =
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