☆ インド編(2)「力車乗りの現実」 ―――――――― 2001/12/26
by 藤田健さん
インドを初めて旅する者は、誰しもその貧しさと剥き出しの生存競争の凄まじ
さにまず圧倒されてしまう。そして考える。
「なぜなんだ!」
次々と湧き起こるトラブル。目の前で繰り広げられるインドの現実。肌で感じ
る空気。そのすべてがあまりにも日本とは違う。その事に戸惑い、旅行者は皆
一生懸命に答えを探し求める。「インドでわしも考えた」と本のタイトルに名
付けた椎名誠氏ではないが、インドに行くと皆考え込んでしまうのである。
そして旅行者の多くは、日本で育て上げてきたそれぞれの常識に当てはめて無
理やりに答えを導き出し、分かった気になって帰っていく。偉そうに言ってい
る私自身、長いことそんな思考からなかなか抜け出せずに旅していた。
「サイクル力車の稼ぎは凄くいいんだ」と教えてくれたインド人がいた。「奴
らはただ、意地汚いだけさ」と吐き棄てる旅行者もいた――――。
実際、如何にインド人にひどい目にあわされたかという話は、旅行者からは無
論、インド在住の日本人からだっていくらでも聞けた。そして、自分が直面す
る現実のどれもがそれらの話を裏付けていた。
そんな私のインドに対する見方を変えるきっかけを与えてくれたのは、一人の
日本人ツーリストだった。永らくインドに滞在していた彼は、実によくインド
社会に溶け込んでいた。よく日に焼けた肌は“インド人よりも黒い”とインド
人に冷やかされていた。
服装は、普通の下着用のランニングシャツ1枚にくたびれたベトナムズボン。
----ベトナムズボンというのは、作業衣屋さんに売っている、よく大工さんな
どが履いているベージュ色をした作業ズボンである。
彼はいつも、ガンジス川のガート(川岸にある沐浴場)にあるチャイ(インド式
ミルクティー)屋で日がな一日チャイ屋の親父と話したり、ガンジス川で泳い
だりしていた。――――彼の姿勢は、驚くほど力が抜けている自然体だった。
彼は、インドに対する批判的なことは一切言わなかった。
そしてその姿勢は、付き合ってみてよく分かったのだが、決して無理をしてい
るのではなく、素直にインドのすべてを受け入れた末のものであった。
彼と一緒に過ごすことが多くなるにつけ、自然と自分のインド人に対する視線
も彼と近くなっていった。すると、今まで見えなかったものが少しずつ見えて
きた。――――それは単純にいえば「インド人の側から現実を見る」という事
なのだが、
現地の事情も分からない外国では、現地の人の視線に立ってものを見るという
ことはなかなかできないものだ。しかし、自分がまだ現地の事情が分かってい
ない事に、そして現地の人の視線に立てていない事に気付いた時、そこに謙虚
さが生まれる。
その時、おのずとインドの現実を受け入れられるようにもなっていた。旅行者
にはとかく評判の悪いサイクル力車についても、少しづつ彼らのことが分かっ
てくるにつれ、自分の考えの至らなさが同時に分かってきた。
まず、彼らはかなり稼いでいるという人がいるが、私はたまたまサイクル力車
の家族が何十世帯も固まって暮らしている部落を歩いた事がある。その暮らし
ぶりはどう見てもスラム街の一歩手前、インドでもかなり貧しいものだった。
また彼らの多くは、サイクル力車を親方から借りていて、その借り賃を親方に
払うと果たして幾ら彼らの手元に残るのか。ーーー彼らは金を溜め込んでいる
という人もいる。しかしインドでは、貧しい人ほど蓄えが必要だ。なぜなら、
もし彼らが生活に行き詰まっても、国は助けてくれないのだから。
もし、病気になって仕事を休んだら、その日の稼ぎはゼロである。もし怪我を
してしまったら、もしサイクル力車が壊れてしまったら。もし蓄えがなかった
ら、不意のトラブルで本当に食べ物さえ買えなくなってしまう。
ーーー私は一度、少しだけサイクル力車を漕がせてもらった事がある。
人が乗っていない時でさえ、驚くほど重かった。あれに人を二人乗せ、30分
漕いで約70円。----今は当時の倍以上インド・ルピーの為替相場が下がった
ので、もっと安いと思う。
そして、そこから力車の借り賃等必要経費を差し引いて、果たして幾ら彼らの
手元に残るのか。自分があの職業につくことを想像したら(もしインド人に生
まれていたとしても)とても割が合うとは思えない。
日本でなら、日雇いの肉体労働でも1日8000円ぐらい稼げるが、果たして
インドで同じ額を稼ぐのに、肉体労働を1ヶ月で稼げるかどうか。
そして私は考えた。確かにサイクル力車の運賃相場は、バラナシ駅からガンジ
ス川迄10ルピーと地元ではなっている。まあ、暗黙の定価のようなものだ。
しかし、その値段が安過ぎるんだと。
力車乗りたちのカーストはとても低い。つまり社会的なパワーはろくにない。
だから、値上げができないのだろうと考えた。――――実際、その後何度かバ
ラナシへ行ったが、インドルピーの急激な下落によって物凄い物価高になって
いるのにもかかわらず、力車の運賃相場だけは変わっていない事に驚いた。こ
れでは、彼らの生活はどんな事になってしまうのか。
そんな状況にもし自分が置かれていたら、金持の外国人と交渉する時ぐらいは
やはり高値を吹っかけるのではないだろうか。なにしろ、本当に食うや食わず
なんだから、格好はつけていられない。そして、金になりそうな客に群がるの
もこれまた当然である。
こうして考えてみると、食うや食わずの彼らが、(彼らから見れば大金持の)働
きもせずにフラフラと海外旅行をしている外国人から、さらに小金(サイクル
力車の場合でいえば、5円10円レベルから2〜3百円レベルまでである)を
せしめようとすることは、ごく自然なことのように感じられる。
相場から考えればたとえ法外な額だとしても、我々にしてみたら大した金額で
はない値段を吹っかけてくる彼らと、それに目くじらを立てて怒る金持外国人
の、果たしてどちらが意地汚いのかーーー。
----ただ、吹っかけられても腹が立たない事と、言い値を払う事は別である。
彼らの言い値を払っていたら、地元の物価が無闇に上がってしまうし、その他
にもいろいろと地元に影響が出てくる。
そんなふうに思いはじめたら、彼らに高値を吹っかけられてもハラが立たなく
なったどころか、飾りっ気のない彼らの生き様が感じられて、なにやら楽しく
なってしまうのであった。
※ インドでリキシャーといえば、本当に明治時代の日本の力車が源流だそう
である。そしてサイクル力車というのは、自転車と力車を合体させた定員2人
の自転車タクシーといったところでしょうか。
運賃は大体相場が決まっているのですが、天候や時間、客の懐具合等々によっ
て価格が変わるので、交渉で決めることになっています。
= つづく =
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└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。
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