☆ インド編(1)「力車たちの洗礼」 ―――――――― 2001/12/21
by 藤田健さん
バラナシ駅に列車が着いたのは、もう夕方だった――――。
ネパールを旅立ってからの道のりで、身も心もクタクタになっていた。金額が
印刷されているバスのチケットでさえ、なぜか値段交渉をする羽目になるし、
(無論、印刷された通りの値段で買える)なにかというとお金を要求されるし、
もうインド人の言うことが全く信用できなくなっていた。
つり銭のちょろまかしなんて日常茶飯事。彼らは、嘘を付くことになんの抵抗
も感じないらしい。朝から晩まで怒ってばかりで、もう怒る元気さえなくなり
かけていた。
ーーーバラナシでの宿は久美子ハウスと決めていた。
ネパールで一緒だった日本人のお勧めだ。駅から久美子ハウスまでは約5Km、
サイクル力車に乗って10ルピー(89年当時で約70円)で行けると聞いてい
た。大体、安食堂で食べるカレーぐらいの値段だ。
インドでは、サイクル力車に乗る時には、まず値段交渉から始まる。だから、
もしこちらが相場を知らなかったら勝負にならない。力車乗りも、客が外国人
であれば料金を吹っかけてくる。その外国人が大きなバックパックを背負って
“この街は初めてです”といわんばかりに駅に降り立てばなおさらだ。
だから、駅前はぼろ儲けのチャンスに群がる客引きでごった返している。
!さあ、戦闘開始だ!
駅舎から外へ一歩出た途端、大勢の客引き達に囲まれてもみくちゃにされる。
口々に“どこまで行くんだ?”とか“ダサシュワメート・ガート迄30ルピー
でどうだ!”とか言ってくる。
とりあえず“久美子ハウスへ行く”と言ってみる。しかし、“先月、あそこは
火事になってつぶれてしまった”と言い出す奴!?逆に、“1ルピーでどこで
も行ってやる”なんて異常に安いことを言ってくる奴?!もうワケが分からな
い。
相手を絞って交渉しようとしても、今度は客を取られまいと“こいつは嘘つき
だから気をつけろ!”とか“だまされるな!”と言って皆で妨害にかかるので
大混乱だ。どうしたらいいのか分からなくなって、とにかくこの場を離れるこ
とにする。
しかし、私が歩き出すと同時に、客引きたちも一緒に歩き出す。その上、歩き
出したのはいいけれど、どちらに行ったらよいのか分からない。そんな心の中
を見透かされ、“久美子ハウスは右だ!”“いや、騙されるな左だ!”と声が
かかる。もう完全にもてあそばれている。
ここで頭にきて怒鳴りだしても、彼等は全く意に介せず状況は一向に変わらな
い。只々、彼等に翻弄されるだけだ。――――そんな状況まで追い詰められて
しまうと、もうガイドブックを広げて地図を見るなんてことは、彼らにもみく
ちゃにされてしまって不可能だ。ーーー精根尽き果て、途方に暮れてしまう。
ここでもう一度気を取り直し、打開策を考える。
もう駅に降り立ってから、20分は経っている。彼等と話しても埒があかない
ことだけは分かったので、まずは彼等を振り切ってこの場から離れよう‥‥。
彼等を無視して、とにかく気の向いた方向に歩き出してみよう。
群がる彼等の声を一切無視して、脇目も振らずに黙々と歩く。10分ほどで、
ようやく最後の一人が諦めて去っていった。やっとひとりになれたので、タバ
コに火を点けて一息つく。
さて、ここはどこだろう?
駅に降り立ってから全く状況は進展していないのに、もうへたりこんでいた。
しかし、ここで茫然としていても誰も助けてはくれない。元気を出して動き出
さねば!!
今度は流しのサイクル力車を止めて交渉してみる。値段交渉にちょっと手間取
るが、10ルピーで交渉成立。単に、駅前で待ち構えていた奴らが特に性質の
悪い連中だったということのようだ。
と思ったのも束の間、5分も走ったら “やっぱり15ルピーだ” と力車乗り
が言い出した。頭にきて、力車を飛び降りる。それをみて相手が慌てて“やっ
ぱり10ルピーでいい”と引止めにかかる。“バカヤロー!結局10ルピーで
行くんならつべこべ言わずに黙って行け!”と心の中で叫ぶ。
やっと、久美子ハウスの近くまでたどり着いた。ここから先はもう、道が細く
てサイクル力車が走れない。10ルピーを払って力車を降りようとすると、今
度は “重いバッグも乗せたんだからチップをくれ” と言い出した。ーーーも
う、うんざりだ。
約束の10ルピーだけ渡して、あとは構わず歩き出す。後ろから追いすがる声
が聞こえたが、どうやら諦めたようだ。
入り組んだ裏路地を5分ほど歩いて、やっと久美子ハウスに到着した。もう、
ヘロへロだ。ほんとに遠い道のりだった。20人ほどが泊まっている大部屋に
入り、日本人に囲まれホッとする。なんとここの客は全員日本人なのである。
疲れきった私の顔を見て、“駅からここまではどうだった?”とおかしそうに
彼らが聞いてきた。あとで皆に聞いてみたところ、それぞれに大変な思いをし
てたどり着いている。
ぼったくられて随分沢山払ってやって来た人。
頭にきて力車乗りを殴り飛ばしてしまった人。
久美子ハウスへ行けと言ったのに、他の宿屋を連れまわされた人。
あたかも、バラナシにやってくる旅行者に対する通過儀礼のようだ。
ひとしきり、みんなでインド人とのトラブルや、盗難、詐欺に遭った話を披露
しあって“インド人こき下ろし大会”となる。みんな鬱憤が溜まっているので
陽気に盛り上がる。なんでインド人はこうも意地汚くて、くだらない奴らばか
りなんだ、と思ってしまう。
しかし、インド人に対するこのような感想がいかに薄っぺらなものだったかと
いうことは、その後旅を深めるに従って次第に気付いていくことになる‥‥。
= つづく =
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└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。
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