安旅安宿旅行体験記
☆ ネパール・サファリ編 ――――――――――――― 2001/10/31
                          by 藤田健さん

ネパール南部の平原にチトワン国立公園という野生動物の保護区がある。そこ
ではサファリができる。一番人気はサイ。本当はトラもいるらしいが、絶滅寸
前でガイドでさえなかなか見ることはできない。

あとは鹿や孔雀を見たり、バードウォッチングを楽しむ場所だ。中の散策の仕
方は3通り。ジープか象か徒歩。そして私は、そのどれをも試みた――――。

ーーーまずはジープの場合。

川辺の決まった場所にいるサイの群れにジープで近づく。やはり(当たり前だ
が)動物園で見慣れたあの"サイ"だ。広々とした景色の中でのサイはまた格別
ではあるが、どことなく“檻のない動物園”といった感じで今ひとつ感動でき
ない。正直言って、テレビで見るサファリほどの迫力は感じられない。

なにしろテレビでは、動物専門のカメラマンが何週間も粘って撮っている。そ
の映像の中からハイライト・シーンだけを選りすぐって編集し、さらに解説ま
で加えているんだからやっぱり面白い。

本物を見ても感動できず、テレビのほうがかえって面白いと感じてしまう自分
の感性にこそ正直驚いた。サイのほうはといえば、「せっかく寛いでいるんだ
からほっといてくれよな!」 といった感じで憮然としている。

ーーー次は、象の背に揺られて。

象の背に、ツーリストが座れるように座布団が括り付けてある。前膝をついて
かがみ込んでいる象の鼻を正面からよじ登り、いざ出発。立ち上がると、予想
以上に視界が高く、実に眺めが良い。

下草の茂ったジャングルも、象は全く苦にしない。また、象に触ってみて初め
て、まるで針金のような硬い産毛で皮膚が覆われていることを知った。サイの
群れに近づいてみる。象に比べれば、意外なほどサイが小さく感じる。ライオ
ンでさえ象には勝てないというのがよく分かる。逃げまわるサイと追いかける
象。サイにとっては、全くいい迷惑である。

ーーーそして最後に徒歩。

無論ガイドと一緒である。正直言って、徒歩のサファリにはほとんど何も期待
していなかった。当然ジープや象に比べれば行動半径は狭く、また、既に見る
べき動物はもう充分見た後だった。――――でも“せっかくここまで来たんだ
から”と思って一応試してみた。

ガイドについて小川を渡り、草原を越え歩いていく。孔雀が重い羽をばたつか
せ、助走の末にやっとのことで宙に浮く姿などユーモラスでおかしかったが、
たいした動物は見かけない。なんだか“のどかなピクニック”といった気分。

そんな気分で歩いていたら、やっとサイを発見。ジープと象の上から飽きるほ
ど眺めさせてもらったサイである。もう、驚きもなければ感動もない。ガイド
がもう少し近づいてみようと言うので、20m程まで近づく。サイは草食動物
なのでのどかなものである。と、その時突然!!

「サイに気付かれた!木に登れ!」というガイドの声。

「そんなこと急に言われたって小学生の時以来木登りなんてしたことないし、
元々木登りは得意じゃないんだから。無理言うなよな!」なんて心の中でつぶ
やいていたら、!私を置き去りにして、一目散にガイドが逃げてしまった!

そこでサイのほうをもう一度振り返ったら、なんと!サイがこちらをめがけて
突進してくるではないか!!!!〜〜〜いや〜、あせった、あせった。

いろんなゴタクもどこかへ吹っ飛んで、何がなんだかわからないままに、何故
か私も木の上の人となっていた。下を見下ろすと、ほんの2m下にサイの角。
こちらを見上げて睨んでいる。明らかに怒ってる。恐い。ジープや象で追かけ
まわした仕返しだろうか。「ジープや象に乗ってやりたい放題しやがって。素
手の勝負だったら、人間なんかひねり潰してやる!」とでも言っているかのよ
う。
「動物園のサイと全然違う〜!」
「テレビのサイは、こんなに恐くなかったよ〜」

本物の野生の迫力が、骨の髄まで響き渡った瞬間であった。しばらくの“にら
めっこ”の末に、どうにかサイも怒りを鎮めてくれ、去って行った。

「あ〜恐かった。こういう事態が有り得るなら有り得るって、事前に云ってく
れよな〜」
とガイドに言ったら、
「友達のガイドが一人、サイに突き殺された」
とか、
「自分も3年前に一度、サイに突かれた事がある。これがその時の傷跡だ」
とか話し出した。なんと、登った木が細いと、なぎ倒されたりすることもある
そうだ。本当に恐ろしい。

それから後のサファリは、一気に緊張感あふれるものとなった。全身の神経が
研ぎ澄まされ、まるで野生に還ったようだ。――――物音がした瞬間、ガイド
が私を制して偵察に行く。

“もし鹿のようなおとなしい動物だったら急いで見に行かなくっちゃ!”でも
“万が一トラだったりしたら…登れる木を探しておかねば!”----トラも木登
りができそうな気がするけど…

自然とその後は、“いざとなったらどの木に登ろうか、どこへ逃げようか”と
いうことばかりに気が回り登れそうな木伝いに歩いている自分がそこにいた。

野性の世界では、生身の人間は実に弱いものです。「腕力の弱い動物たちは、
こうしていつも怯えて暮らしているんだろうな〜。真っ暗な夜中なんか、ほん
とに恐いだろーな〜。動物って凄い。とても俺には、そんな勇気はないぜ」と
野生の実感を噛みしめながら、帰路についたのでした。

………………………………………………………………………………

ケニヤでサファリに行った時にも、同じようなことを感じました。野生のライ
オンのすぐ前に車を乗り付けても、車馴れしたライオンは意に介しません。そ
れを見ていると、なんだか野生のリアリティーが感じられず、危なくないよう
に感じてしまうのです。

何年か前に、日本のテレビのリポーターが何の気なしに車から外へ出てしまい
ライオンに噛み付かれたのも、現場に来たら分かる気がしました。野生の実感
が感じられなくなっているんですね。

でも、キリンやインパラの走る姿には、「これがキリン本来の姿なんだな〜。
動物園のキリンとは別物だ〜!」 と感激しました。考えてみたら、気候も違
う動物園の狭い檻の中に閉じ込めていたら、生気を失って当然ですよね。

それ以来、動物園に行って檻の中の動物を見ると「本当の彼らは、もっと精悍
で凛々しくて、野生の美しさにあふれているんだけどな〜」と悲しくなってし
まいます。

今は、その気になればこうして本物が見に行ける幸せな時代です。自分がもし
子供時代に戻れたら、動物園やテレビの動物を見て感性を曇らせてしまう前に
本物の野生動物を見てみたいと思います。きっと、生まれて初めて接する野生
動物に圧倒されながらも、一生涯忘れることのない鮮烈な印象を心に刻めると
思うのです。

最近、ヨーロッパへ行った感想が「ディズニーランドみたいだった」とか、観
光名所を巡る旅が“ガイドブックで調べたことを確認してまわる旅“になって
しまっているとよく聞きます。バーチャルリアリティー全盛の時代、本物の価
値が分からなくなってきているのかも知れません。

情報の海を泳いで暮らしている現代人は、知らないうちに知識として知ってい
ることが一番大事になっていて、本物を全身で感じとることの、経験を通して
知ることの大切さを疎かにしているんじゃないかと考え込んでしまいます。

                        = この稿おわり =
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。 
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