☆ 中国5泊6日600元!?の旅(1) ――――――― 2000/12/29
by Bun さん
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│ (^^) Ojinです (^^) ぶんさんを紹介させていただきます。
│ぶんさんは韓国・光州市で日本語講師をされておられた日本人です。
│2001年12月で契約期間が満了?となり日本に帰国されました。
│が、帰国されてからも「韓国からのPC通信」として、見たこと、聞いたこと
│感じたこと、考えたことなどの韓国情報を紹介し続けています。
│ご本人言 → さぼらないように、頑張ります(^^ゞ
│
│OJINとは、今は無くなってしまいましたが、日本の大学に留学していた中国
│人、りょう君が主宰していた“中日交流喫茶店”というコミュニティサイト
│で知り合いました。…りょう君、どうしてるかなぁ..連絡がほしいなぁー..
│
│この〜中国5泊6日600元!?の旅〜は三回に分けてお届けいたします。
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掲載 2002/05/29_Wed 発行 ≪ WEB_熱線 第103号 ≫┌--------
│600元≒9000円)で ━━━━≫!?5泊6日?!
│
│そんなの不可能だろう?!・・って普通は考えますよね〜〜
│でも、予期せずにそういう事態に追い込まれてしまったら、、
│あなたにもできる........か〜〜な〜〜〜??
│
│では、はじまりはじまりぃぃぃぃ♪
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ぶんです。ーーーー中国から帰ってきたら、非常におなかがキツイです。
もっとも・・おなかは採点をしているときに間食をする癖がついてしまってか
ら、ずーーっときついんですが・・。
日本で運動をしっかりするか、もうひとまわり大きいサイズのズボンを買わね
ばならないでしょう(^^ゞ
*
今回の旅行記は「北京編」「天津編」に分けて書いていきます。
まず、今回の旅行の日程を紹介しましょう・・。
22日 光州発−ソウル−北京着 知り合いの先生のお宅に宿泊(〜24日)
23日 北京観光 故宮/廬溝橋・中国人民抗日戦争記念館
24日 北京観光 円明園/頤和園
25日 北京発−天津着 古文化街/南市食品街 南開大学の施設に宿泊
(〜26日)
26日 水上公園/周恩来ケ穎超記念館
27日 天津発−北京−ソウル−光州着
では、北京編からです!
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<北京編>
はじめての中国旅行ということで、気分も高まりましたな。
ソウルから Air Chinaの飛行機で北京に向かうときも、早速中国語の練習・・
といっても、最初に使ったのは「pijiu(ビール)」、
次に使ったのは「cesuo zai nar(トイレはどこですか)」という具合で。
ここまでは順調だったが、早速トラブルが・・。
北京空港の銀行で韓国のウォンを人民元に替えようとしたところ、「ウォンは
もっていない」ということでことごとく拒否される。
たまたま会った韓国人に聞くと、IMF危機以後、中国ではウォンの両替はし
ないのだそうだ。
一応闇市場関係者の連絡先を聞いておいたが・・おそろしいので、まず電話を
しないだろう。
幸いに金浦空港で9万ウォンばかり交換して、手元に600元もっていた。
5泊6日の日程をこれで乗り切るのはつらいが・・仕方ない。(T^T)
知り合いの日本人の先生を訪ねるまでもひと苦労。
タクシーは絶対使わないと決めたぼくは、しつこーーーいタクシーの客引きを
あしらいつつ、何とかシャトルバスの停留所をつきとめた。
しかし、いかんせん簡体字をよく知らないぼくは「美術館」行きのバスを見つ
けるのも苦労苦労・・。
だから、先生に会えた時はほんとうにうれしかった\(o ̄∇ ̄o)/
この方は日本の大学で日本史を教えている方だが、現在は北京師範大学の語学
施設で中国語を習っていて、日常会話は充分にできるのだ。
ホント、自分が韓国で独学してきた中国語なんて、まったく頼りにならなかっ
たのだ。
*
こうして、2日目からぼくはこの先生と一緒に北京の観光地をまわることに。
最初に行ったのが故宮。
明清期には紫禁城と呼ばれていた、アレです。
ひと言でいうと、ほんとーーーに広い!
先生は早足ですいすいまわるのだが、それでも2時間以上かかった。
このでかさはソウルの景福宮の比較になりませんな。
そういえば、中国人の留学生は景福宮を一度見ると、後でほとんど行かないと
いいますから・・。
ちなみに宝物は国民政府が台湾にもっていったものがむしろ貴重だそうな。
ここで、エピソードをひとつ。
故宮の土産物売り場で写真集を買おうとしたところ、70元だが1万ウォンで
いいといわれて少々迷った。
その時は70元という金額も高いし、1万ウォン払うと損だということで買わ
なかったのだが、後で計算し直すと70元の品物を1万ウォンで買うと、わず
かにお得だということがわかって、ちょっと惜しい気も・・。
しかし!ぼくがこの先生と一緒に歩き回ってよかったことは中国での金銭感覚
を知ったこと。
その先生曰く、「10元以上は高い」(笑)。
実際そのようで、ぼくがもっている600元というのも、中国の方からすると
何とか1か月くらい暮らせる金額でもあるわけです。
・・ということで、ぼくも今回の旅行では交通手段は極力バスや地下鉄を利用
するなど、ずいぶんケチりました(笑)。
次に行ったのが廬溝橋。
北京市内からずいぶん離れたところにあります。
マルコポーロが褒め称えたと伝えられるこの橋は、10数年前に修復されたよ
う。
しかし、橋の真ん中あたりはそのまま残されて、「踏まないでください」とい
う掲示がある。
にもかかわらず、我々は堂々とその真ん中を歩いて、掲示を見たときにとても
恥ずかしかった。(^_^;)
城壁で囲まれた廬溝橋の街にある中国人民抗日戦争記念館も圧巻。
とくに日本侵略館は韓国の独立記念館の蝋人形の比ではありません。
ぼくは南京大虐殺の犠牲者30万人説とともに、だいたいその内容がわかって
いるのでショックはあまりありませんでしたが、それでも反帝反日という中華
人民共和国の「建国神話」の一端を激烈なかたちでかいま見たような気がしま
した。
*
3日目に円明園と頤和園にいってきました。
円明園ははっきりいって廃墟なので、散歩するにはいいかもしれないが、何も
真冬に歩くこたぁないという感じでしょうか。(^_^;)
しかししかし、ここのウリは西洋楼をはじめとする西洋建築であり、清代の離
宮としての華やかさをかいま見ることができるわけです。
ならば、しっかり復元するのもいいのではと思いつつも、大水法の近くにたて
られている掲示を見ると、ここにも反帝という「建国神話」の意志を十分知る
にいたります。
ちなみに、その掲示の内容は清末に列強諸国と結んだ不平等条約の条文です。
・・というわけで、冬に歩くにはさみしーー円明園にひきかえ、頤和園はほん
とうに華やかですな。
何たって、1860年に英仏連合軍によって破壊されたものを西太后が軍事費
を流用しまくって再建したというんですから、大したものです・・。
故宮でもそうですが、北京の王宮関係の観光地では「西太后が・・した」とい
う説明が多いです。
もっとも、それらの多くは「西太后はこんなに悪いことをした!」という話で
すが・・。
例えばここにある「蘇州街」なんて、西太后が蘇州にいったことがないから、
蘇州に似た街をつくって買い物をしたというんですから・・
普通、「こんなものがあったらいいな」と思うだけですが、彼女はそれを現実
にしちゃったわけで・・
まぁ・・権力乱用の極致といったところでしょうなぁ〜。
= つづく =
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