中国の教育事情を覗く ――――― by 老玩童 OJIN
☆ 自転車に乗れるようになろうぢゃないかッ! ――― 2002/01/08
現在でも、都市部における“独生子女=一人っ子政策”の実施は本当に厳格に
管理されています。単位=職場)居民委員会=町内会)・街道委には必ず女性
の妊娠を管理・監視する部署があり担当者がおります。

避孕用品=コンドームなど)を配布したり、リングの装着を勧告(ほとんど強
制命令。が、最近はかなり緩和されたようです)したり、二人目を妊娠してし
まった場合には堕胎を命令(!)したりしています。

この政策の経緯を述べると長くなりますが、1978年12月、天津の労働者
が始めた「子供は一人でいい運動」からスタートしたようです。

79年になって政策として取り入れる事が協議され、80年には先ず共産党員
の率先実行が発令されました。
81年からは、一部の少数民族を除いた全国民を対象に正式発令となり、厳し
く実施されることになりました。

憲法上は、男22歳、女20歳になれば結婚の自由は認められています。しか
し、新政策での結婚許可年齢は男性25歳・女性23歳以上(都市部)とされ、
また、出産は女性が24歳以上になってからと定められました。

結婚すると新夫婦は「一人っ子宣言」をします。これによって奨励金が支給さ
れたり、住宅斡旋に優遇策を受けたり出来ますが、宣言を拒否したりした場合
は、賃金カットや昇級停止、その他の厳しい罰則が待っています。

そんなわけで、双子でも生れない限り、各家庭の子供は必ずひとりだけです。
だから大事にする、カワイがる、というのは分るのですが、ピントがズレてい
るように感じるのは私だけなんでしょうか・・・・

ひとりの子供に対して、父親・母親はもちろん、両方の祖父母、父母の兄弟姉
妹、友人知人、とにかく子供の周りのありとあらゆる大人が、よってたかって
過保護を競い合う(!?)、、、、とにかく子供に甘い!
┌------------------
│一人の子供がおりましたーーー。
│
│巷間喧伝される、アホウの代名詞としての“小皇帝小公主”の見本のような
│子供、、、。
│ひょんなことから一緒の生活..に近いような生活をする事になりました。
│ありていにいえば“動物”と変わらないような子供・・・・が、身辺をウロ
│チョロするのは、自分の精神衛生上も快適な環境とは言い難い、、、。
│
│で、実験を兼ねてこれを改造してみようぢゃないか・・・無謀かなァ?計画
│をスタートさせてみました。
└------------------

この子の親も祖父母も、“おお甘”に砂糖を塗してサッカリン漬け、にしたよ
うな、模範的“親バカ”でした。

まあ、子供がどうのこうのといってみたところで、結局その子を教え、育てて
いるのは周りの大人達・・・その辺をどうにかしないと、子供だけいくらいじ
くり回してみても“賽の河原の石積み”・・・という思いを、それからかなり
永い期間にわたって味あわされることになってしまいましたーーー。

―― 自転車に乗れるようになろうぢゃないかッ!(^o^)丿

ーーー先ず目に付いたのが、小学三年生にもなって自転車にも乗れない!?

自転車大国の中国の子供は、早い子だと幼稚園ぐらいからスイスイなんてのも
珍しい光景ではありません。・・・ましてや小学生においておや・・・

聞いてみると、クラスで自転車に乗れないのは彼と、あと一人か二人だけで、
しかもその一人か二人かだかのどちらかは、身体のどこかに障害のある子....
(ーー;)
親も頭を痛めてはいるけれど、どうしたらいいのかが分らない(!?)

そんなある日、!一計閃光いたしました!

自転車の練習をしてみようぢゃないかッ!(^o^)丿

部屋から連れ出して、部屋のスグ真下の道路。――道路といっても団地の中で
すから、車なんかめったに通ることはありません――親が心配そうに窓から覗
いています・・・

そのとき、この子も自転車を持ってはいました。後輪の両側に小さな補助輪が
ついた子供用の小型のもの。といっても、幼稚園児が乗るようなのよりはかな
り大きなものでした。――この子は普通よりかなり体格のいいほうで、クラス
でも一番後ろの五本の指以内ぐらいという大柄な子でしたーーー。

最初は、その補助輪が付いたままのに乗らせてみました・・・驚いたことに、
補助輪がついている自転車なのに怖がって、少しでも傾くと直ぐに足をついて
しまいます、、で、まともに乗ることが出来ずグニャグニャフニャフニャ・・

まあ、出来ないものは仕方がありませんから、最初は後輪付きの自転車の後ろ
を支えてあげて、オイッチニー、オイッチニー。
そんなことをしばらく繰り返しているうちに、フラフラしながらながらでも、
なんとか五メートルぐらいは補助輪が地面に触れることなく進めるようになり
ました。
本人もご満悦で..自信満溢の様子・・・時こそ至れり・・・( ̄ー+ ̄)

!!補助輪を外しちゃお〜ぢゃないかッ!!

何も知らないご本人はニコニコと“可以、可以=OK、OK”‥‥イッヒッヒ

早速工具を持ち出してきて、手早く補助輪撤去作業を完了・・・それまでは、
最初に外へ出た時と同じ、部屋の真下の、親からもよく見える道路上でやって
いましたが・・・後輪を取っ払って、さて、

乗せてみるとヤッパリ不安になったのでしょうか、スグに足を着いてしまって
元の木阿弥に逆戻り・・・こりゃイカンな〜〜・・・何度もトライさせてみま
たが変化はありません。。ウ〜〜ン。。。

ちょっとイッパツ荒療治のカツを入れなきゃダメかな。?(-_-メ)。そこで、
だんだんに、親の目が届かない場所に誘導して移動することにしました・・・

前に出て止まったら、戻らないでまた前に進んでまた、を繰り返して、建物の
角を曲りました。さらにもう少し進んで・・・さ〜て、もういいかな・・・

相変わらずスグに足を着いてしまって2メートルも乗ることが出来ない状態で
す。けれども、補助輪が付いているとにきは乗れたわけですから、基本的には
問題はないわけです。で、

何回目かの後、思い切り ボカッ! と殴りつけました。(^O^)

おそらく、生れてこのかた、誰かにというよりも、親にも殴られたことなど無
かったものが、まったく突然の奇襲攻撃(!?)・・・・初めは何が起こったの
か訳が分らず、キョトンとしていたのも一瞬間、、たちまち溢れだす涙の泉。

オットット、ここで泣かれちゃ計画破綻、再開河原の石積み。

思い切り怖い (-_-メ) にして、、もうイッパツ ボカッ!
・
・・と、「泣くんじゃないッ!キンタマぶら下げたオトコだろッ!」と大喝!

痛いのと、ビックリしたのと、何を言われてるのかは分らないながらも、泣い
たら、、またやられそう、、そう思ったのでしょう、、涙は引っ込んで大きな
目玉・・・・作戦大成功〜〜〜(^o^)丿

さて、ーーー訓練再開ーーー。

もう遠慮手加減はありません。ーーー足を着いたらゴツン!また着いたらまた
ゴツン!・・・たくさんゴツンしたようですが、そんなことはありません。

補助輪があるときは乗れたわけですから、ちょっと心構えを変えるだけ・・・
3〜4発(?)で5メートルを達成!(^o^)丿
あとは、もう勝手にヒョロヒョロ〜、、、こちらはタバコプ〜カプカ見物人。

ヒョロヒョロと、、オットット〜!まだ馴れないもので..目の前--直下--だけ
見るのが精一杯で。。。おいおい!?、止まってるトラックの後部に激突!!
まあ、激突といっても、元々がフラフラノロノロなのでケガもありません..。

ナ〜ンてことを二、三十分、、まあまあOKになってきたので、、では、角を
曲ってまた最初の窓の下。「マ〜マ〜!」。。窓から顔を出すママとパパ。。

「見て!見てッ!」

フラフラじゃないぐらいの技量で30メートル先まで・・・戻ってきて、もう
1回、もう2回、、、。さあ!
それまでは、気ばかり焦っても教え方も分らずどうにもできなかったものが、
わずか小一時間で乗れるようになってしまった!!(^○^)

ーーーそれで気をよくしたらしく、両親の気持も少しは変わったようです..。
ーーー OJIN を見る目も、、少しだけ、、変わりました、、だったのかな??
けれど、
この後、、様々な場面で、、何年にもわたって、、延々と、、“賽の河原の石
積み”という事態に直面させられることになるのでした、、、、、、 (ーー;)

                           = つづく =
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┃┃ お便りで頂きました感想。
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┌──────────「kz87さん」

「巷間喧伝される、アホウの代名詞としての“小皇帝小公主”の見本のような
子供」  
                     
「子供」ならぬ、トシだけは大人の私=kz87が、黙っちゃいられない!と
思ったので反論させていただきます。私の親も「親バカ」ですが、それはまあ
措いといて。

☆「自転車の練習をしてみようぢゃないかッ!(^o^)丿」

 OJIN さんがこれを言ってどうするの?本人が「自転車に乗りたい」と言った
のならよいのです。けれど、 OJIN さんがこれを言った時点で、本人が(自転
車に乗ってみようかな、どうしようかな、… 難しそうだな。でもやってみよ
うかな?…)

そういう人生の経過(迷ったり、悩んだり)を OJIN さんが奪っていることにな
るでしょう? この、迷ったりして、… 決心するまでの間を、しっかり体験
させてもらえることがその後の生きる力になるでしょう?

それを奪っちゃいけません。

私が自転車に乗れるようになったのは、小2の時だったと思います。(泣きそ
うになったので覚えている)近所の友だちと一緒に、すぐ近くの神社で練習し
ました。自転車の後ろを持ってもらって、…でもすぐ倒れますよー。私は3日
かかりましたよ。

その子、すごいよ。小1時間で乗れるようになったなんて、すごい。さすが男
の子だなあ。

☆「!!補助輪を外しちゃお〜ぢゃないかッ!!」

 OJIN さんが主導権をとってほしくないけど、ま、仕様がないか。上手に乗れ
ないからって殴られても、本人はなんで殴られているのか、分からなかったん
じゃないかなあ? そうでもないか。

☆「補助輪があるときは乗れたわけですから、ちょっと心構えを変えるだけ」
   ↑
 OJIN さんが分かっていても、仕様がないんだってば。本人が思わなきゃ。

 OJIN の中に、自転車に乗れるほうが○で、
           乗れないのは×という先入観があるでしょう?

この場合は、自転車に乗れるようになって、本人も良かったんでしょうけど、
 OJIN さんの親切心も感じるから、ホロッといきそうになるんだけど、「やり
方」に私はカチンときてしまうんですよね。

これからも、ケンカしようね。

└──────────
 
┌──────────「(^^) OJIN です(^^)」

はい、ケンカしましょうね。 とはならないんザンスよ〜♪(^^) (←古い?)

まず、大前提である「本人は乗りたかったのか、その気が無かったのか」です
けれど、本人はギンギンに「乗りたかった」のでございます。だって、

「クラスで自転車に乗れないのは彼と、あと一人か二人だけで、しかもその一
人か二人かだかのどちらかは、身体のどこかに障害のある子」←こういう状態
では、いくら小学3年生とはいいながら、非常に恥かしい思いをしていたわけ
でございます。おまけに、

「親も頭を痛めてはいるけれど、どうしたらいいのかが分らない(!?)」

まあ、ようするに「ボカッ!」をやらないで、しかも安全を考えて補助輪をつ
けたままでなんとかしようとしていたわけですから、こりゃ1年やろうが2年
やろうがなかなかね〜。

しかも、クラスの中で乗れないのは実質的に自分だけ、ということになります
と、負い目、焦り、自信喪失、ーーーますます手が縮む足が萎える。しかしそ
んな状態でも、本人も親も一所懸命練習は重ねていたんです。ーーーだけど乗
れるようにならないーーー。

そういう前提状況がありましたので、こりゃ「ボカッ!」の2、3発もあれば
楽勝だぜいッ!ーーーということで「自転車の練習をしてみようぢゃないか」
となったわけでございます。やる気はギンギンだったけれど、最後の決め手の
「ボカッ!」を欠いていたので乗れなかっただけ‥‥‥。

 OJIN には男の子が3人おりますが、この3男坊が小学生の時、なかなか水泳
ができませんでした。ある夏休み、家族揃って東京都内のホテルへ遊びに行っ
て、そこのプールサイド。

長男次男はスイスイと泳いでいましたが、三男坊は浮輪につかまってパシャパ
シャやっているだけ、、これじゃしょうがないな‥‥‥3人を呼んで長男次男
に「おい、構わないから三男坊をプールに放り込め」

ドップ〜〜ン!と放り込まれた三男坊は、暫くバチャバチャもがいていました
が、そのうちブクブクブクと沈んでいきました。頃合いをみて「よし、引上げ
てこい!」

そんなことを4、5回繰り返しましたら、、沈まなくなって、、その日のうち
に犬掻きから平泳ぎまでできるようになりました。

ーーー同じようなものです。

障害は、おんぼお日傘でオタオタするだけの親なんでございますよ〜〜。

└──────────
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
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