中国で犯罪!見聞記遭遇記
☆ 香港盗難事件(5) ――――――――――――――― 1996/04/29
                         by ブーザンさん

−22
足を棒にして15軒ほどのホテルを訪ね歩き、やっと見つけることができたが
もっと安くならないものかと交渉しなければならなかったーーー。フロントの
女の子では話をしても決定権がないと思い、支配人を呼んでパスポートや貴重
品などの全てを盗まれた事を告げた。
支配人は、
「それは大変災難でしたね」
「先日など、この近くで命まで取られた方がおりました」
「それから考えるとお客さんは運がよろしいですよ」
と言ってくれたが、この場合喜んでいいものかどうか戸惑った。

支配人は続けて
「で、私に何かご用でも・・・?」
「先程も話しましたように、所持金が限られてますので、ホテル代がもう少し
安くならないものかご相談しようと思いまして」
支配人は考えていたが、こう言った。

−23
「所持金はどれぐらいお持ちでしょうか?」
「2000HKドルちょっとしか持ち合わせていません」
と言いながらズボンのポケットをまさぐった。
支配人は、
「でも大変ですね〜、所持金を全て盗られてしまわれては」

話をしている間もブーザンの手はポケットの中のお金を数えていた。「香港に
は友人がいないので困りました」と言いながら、支配人の前に“2100HK
ドル”を右のポケットから出して見せた。

盗難に遭ってから、やけに慎重になっていた。友人知人から借りた3000H
Kドルは、1500HKドルずつに分けて左右のポケットに入れていた。支配
人と話をしながら、左のポケットから600HKドルを抜き取って、分からな
いように右のポケットに移し替えていた。

−24
支配人は「2100HKドルですか〜」と考えていたが、おもむろに計算機を
たたき出した。何を計算しているのかと思っていると、
「私共も商売でホテル経営をしております」
「しかし、貴方は盗難に遭われ、私共のホテルを頼って来られた」
「今、計算してみたのですが、こうしましょう」
「私共のホテル代は、サービス料混みで1600HKドルに致します」
「残った500HKドルで、食事代や交通費、下着類を買って下さい」

これ以上の交渉は不可能だろうと承諾し、1600HKドルを支払った。
「本来なら預り金を頂きますが、今回は頂きません」
と鍵を手渡してくれた。

ボーイを呼び、部屋へ案内するように言いつけていたが、カバンひとつ持って
いない客を部屋まで案内した事がないのだろうか、不思議そうにブーザンの身
の回りを眺めていた。

−25
部屋に入って、家族に連絡しようとしたが、電話は香港内だけで国際電話は使
えなかった。フロントに頼むとしてもこれ以上のお願いは気が引けたし、また
無理な事でもあった。

外へ出てセブンイレブンで50HKドルのテレホンカードを買った。自宅に電
話を入れた。電話には長女が出た。ジャズダンスの発表会があるため家に一人
で居るとの事だった。
「母さん達は、何処へ行ったの?」
「28日に車で、弟二人を乗せて島根県の実家へ行った」
考えてみると日本は5月の大型連休に入った時だった。

長女に事の仔細を話した。この時長女は21歳だった。どのような状況下にあ
るかすぐに理解してくれた。
「も〜っ!父さん!またバカばっかりやって!もっと気を付けないと・・・」
盗難に遭ってからそう言われてももう遅い!どうしようもない....。

−26
「父さん!怪我はしなかったの?」
「盗難に遭っただけで、怪我はしてない」
「不幸中の幸いってやつだね、母さんには連絡しとくから」

と言って電話は切れたが、既に18HKドルを使ってしまった。こんな小銭で
苦労するとは、銀行で両替した時点では夢にも思わなかった。情けない気持で
夜のネイザンロードをトボトボと歩いた。道行く人々が、妙に幸せそうな顔に
みえて仕方がなかった。

ふと気が付くと香港警察の前に来ていた。

その脇の掲示板を見ると、宝石店で500万HKドルが盗難に遭った事件の張
り紙がしてあった。1995年4月、チムサーチョイの宝石店で、仕入の現金
100万HKドルと400万HKドルの有価証券を、1分間目を離した隙に盗
難に遭ったという。

1年経った現在でもその犯人は捕まっていないという記事だった――――。

                        = この話つづく =
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└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。 
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